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『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました  作者: 駆威 命(元駆逐ライフ)【書籍化】妹がいじめられて~発売中
第四章 世界は歌と共に巡る

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幕間 牢の中で泣く子ども

 手足を枷で封じられ、牢に転がされたまま放置されてからどの位経っただろうか。


 時間の感覚が薄れてきて、何もわからない。


 時折こっそり差し入れられる水と食料を必死に食べて、何とか命を繋いでいる。それだけだ。


 雲母はこんな状況だったのに一日中歌い続けたのかと思うと本当に感心する。


 俺はたった一曲ですら歌う気持ちになど慣れなかった。


 そういうところを見ると、俺は雲母より弱いのだろう。


 人前で泣いて、甘えて、笑って、怒って。


 誰にはばかることなく自分を出していける雲母は本当に眩しかった。


 そして、憧れた。


 俺は人の目を気にして望んでいると思われる態度しか取ってこなかったから。


 表面だけへらへら笑って取り繕って、その場だけ誤魔化して。どうせできないと諦めて、好きな音楽に逃げていたから。


 でも、そんな俺でも変われるかもしれないと思った。


 眩しい雲母の隣で少しでも自ら光を放てるように、太陽の隣に月として存在できるように、少しずつ学んで変わっていけると思ったのに……。


 俺の取った行動は、結局今までと変わらなかった。


 表面だけ穏やかでいる事を選び、その下におぞましいものが横たわっていても無視することを選んだ。


 その結果がこのざまだ。


 しかも――。


「絶対助けに戻る、か」


 ハイネの残した言葉を思い出し、罪悪感で気が狂いそうだった。


 俺の問題に何より大事でかけがえのない仲間を巻き込んでしまったのだから。


 今回の件は出口のない迷路のようにどうしようもない案件なのだ。


 俺を助けるという事は、この国をひっくり返すのと同義である。


 絶対に、俺を助ける事は出来ない。


 それが分かっているのに俺は、浅ましくも生にしがみついてしまっていた。


 舌でも噛んで死ねば仲間達を守れるというのに、それすら出来ないのだから本当に嫌になる。


 俺は今無性に雲母の歌が恋しかった。


 ふいに、コツコツと自分以外の出した音が耳を打つ。


 床から顔を引きはがして牢の外を見る。


「グラジオス、まだ生きていたか」


 忌々しそうにそう言ったのは、血の繋がった弟、カシミールであった。


 汚物でも見る様な目を俺に向けると、拳を格子に叩きつける。


「死んでいれば裁判などせずとも良かったというのに。どれだけ私を煩わせれば気が済むのだ」


 向けられた感情は、憎悪よりも嫌悪や苛立ちの割合の方が多い。


 例えるなら路傍で小石に躓いて、その小石に腹を立てる感じに似ているか。


「カシミール……」


「貴様如きが私の名を呼ぶなっ」


 怒声が牢の中に響き渡り、俺の頭を警鐘のように打つ。


 頭痛がして久しぶりに生きている実感が得られた事に、何故か無性に笑いがこみ上げて来た。


「カシミール。父上に謝罪するんだ」


 先ほどの怒声を無視して弟の名前を呼ぶ。


 今まで兄らしいことを何もやれなかったが、こんな時だけはせめて。そう思っての行動だ。


 弟の間違いは、正してやるのが兄の役目だから。


「貴様が父を殺したのだっ! 笑わせるなっ」


「カシミール」


 何を言われようとお構いなしに続ける。


 何度でも弟の名前を呼ぶ。


 そう在ると決めたから。


「お前は正しさを求めている。そこがお前の弱さだ。ならお前はいずれ潰れる」


「何を分かった様な事を。牢で気でも触れたか」


「歴史上、自らの親を殺して王になった者は沢山居る。お前も開き直ればいいものを、俺という影に入って正しく在ろうとしている。そこが弱さだと言っているんだ」


 図星を指されたからか、カシミールの瞳が怒りに染まった。


 カシミールはもう一度格子を叩くと、苛立たし気に牢のカギを開けて中に入ってくる。


 そして、そのまま無言で俺の体を蹴りつけた。


 幾日も、ほぼ寝たままだった俺の体は弱り切っており、カシミールの打撃に対してほんの少しの抵抗も出来なかった。


 蹴られた箇所――右胸辺りが焼けつくような痛みを訴える。


 激しい痛みは先ほどまでのまどろみの中に居たような意識をはっきりと呼び起こす。


 更に二撃、三撃と蹴られ、床を転がされる。


 特に腹部を直撃した三撃目は酷い痛みをもたらし、俺は床をのたうち回って胃が空っぽだというのに嗚咽を繰り返した。


 そんな激痛の最中だというのに、俺はふと、雲母が腹部にとんでもない打撃をお見舞いして起こしてくれた事を思い出し、笑ってしまう。


「貴様は足蹴にされているというのに喜ぶのか? ふんっ。もしや父に弄られていた時も内心喜んでいたのか? 気色の悪い奴め」


 実に不名誉な勘違いを正そうとも思ったが、それは今必要な事ではないと思い直す。


「くっ……。カシミール、お前は……」


「黙れっ! 貴様は何様のつもりだ? 私に説教など出来る立場か? あの下らない父にすら震えるだけのゴミがっ。貴様は何もしてこなかっただろう。楽な方に逃げ、私だけに全てを押し付け……だというのに今更っ」


 俺はカシミールから何度も何度も罵倒と殴打を喰らいながら呆然と考える。


 カシミール。お前は父上の横に立って、そんな事を考えていたのか……。


 そんな闇を抱えていたのか。


 すまない。気付いてやれなくてすまない。


 力になってやれなくてすまない。


 お前がそこまで歪んでしまった原因は、間違いなく俺にある。


 本当に俺はダメだな……。


「すまない……カシミール……」


「私を憐れむなっ! 貴様如きが私に情けをかけるなっ! 私は貴様よりも優れているのだ。憐れまれる要素などたった一つもないっ」


 全ては決定的なまでに壊れてしまっていて、もう戻りはしない。


 どれだけ後悔しても、どれだけ謝っても遅いのだ。遅すぎたのだ。


 さすがに殴りつかれたのか、カシミールの動きが止まる。


 カシミールはしばらく肩で息をしていたが、やがて深く息を吸い込んだ。


「裁判、いや、お前の死刑が始まる。ああ、そうだ。お前の愛しい歌姫も後を追わせてやる。そうすれば寂しくないだろう。まったく、子どもを侍らせ蹴られて悦ぶ。貴様はずいぶんといい趣味をしているな」


「……雲母は、この間、十九になった……ばかりだ。子ども、では……ない……」


 子どもとからかうたびに面白いほど過剰反応する雲母の事を思い出し、また笑いがこみ上げてきてしまった。


 先ほどから何故か雲母との楽しかった記憶ばかりが思い起こされてしまう。


 死ぬかもしれないというのに、俺には不思議と恐怖が欠片も湧いてこなかった。死にたくないとは思っているのだが。


「カシミール。もし俺が父上を殺したと認めれば、雲母たちを殺さないと約束してくれるか?」


 俺が死ねば、お前は解放されるだろうか。


「はっ。貴様が殺したのはゆるぎない事実だ。そんなもので取引なぞできるか」


「では頼む。雲母たちだけは殺さないで欲しい」


 雲母には歌い続けて欲しい。きっとあの歌は多くの人々を救うから。


「首を切り落として全員仲良く並べてやる。情け深い私に感謝するのだな」


「頼む」


 俺がこうして救われたように。


「貴様が何と言おうと私の決定は覆らない。王の決定だ」


 カシミールはそう言うと、牢の外で待機していたと思しき二人の兵士を呼ぶ。


 兵士たちはカシミールに命令された通り動き、俺の腕を掴んで無理やり立たせる。


「連れていけっ」


「はっ」


 そして俺は、裁判の行われる場所へと引き出されていった。

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