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『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました  作者: 駆威 命(元駆逐ライフ)【書籍化】妹がいじめられて~発売中
第四章 世界は歌と共に巡る

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第72話 スネークミッション、再び!

「明後日、ザルバトル公爵は兵を率いて王都正門前に陣取ってカシミールを糾弾するんだって」


 私は売春宿に帰り、ハイネとエマにザルバトル公爵の予定を伝える。


 本当は宣告をして受け入れられなかった場合は即座に攻撃行動へと移る予定だったらしい。


 私が証拠の話をした事で、少しだけ待ってくれる気になったのだ。


「それまでにグラジオスを取り戻すのが最善だけど……」


「そこまでは無理っすよねぇ」


 私とハイネは額を突き合わせてため息をついた。


「証拠をという話はどうなったんですか?」


「うん、多分ザルバトル公爵が正門前で騒いでる時なら王城はかなり隙だらけになるから、潜入できれば多分取ってくる事自体は難しくないと思う。でも……」


 それを使って貴族たちを味方につけたとしても、追い詰められたカシミールがグラジオスを殺害してしまってはどうにもならないのだ。


 カシミールの目的は王になる事だが、それと同じぐらいにグラジオスへの殺意を抱えている様に私は感じていた。


「私が取りに行きます。少しでも殿下のお役に立てるのでしたら」


「で、ですがエマさんお一人では危険です。自分が行きます。仕掛けたのは自分ですし」


「ハイネさんは王城の構造を知らないですよね? 私はあそこでメイドをしていたので、よく知っています。それに仕事仲間のみんなが手伝ってくれますから」


 エマは自身の胸を叩くと珍しく強気に出る。


 想い人を守りたいという一心が、彼女の背中を押していた。 


「危険ですっ」


「危険は承知の上ですっ。私だったら出来ますから。いえ、私にしかできませんからっ」


 確かに三人の中では一番適任だろう。だが、エマの容姿はあまりにも有名過ぎた。


 一目見らるだけでエマとバレてしまうだろう。


 その問題点を伝えると、エマは何か決心したかのように立ち上がると部屋を出て行ってしまう。


 数十秒も経たないうちに帰って来たエマは、何故か風呂敷の様な物を手にしていた。


 怪訝な顔をしている私達を他所に、エマはそれを床に広げ、ポケットから鋏を取り出す。


「まさかっ」


 ハイネと私が停める間もなくエマはそれを自らの長い三つ編みに当て、ジョキンッと切り落としてしまった。


 先ほど広げた風呂敷の上に、とさっと金の糸で編まれた三つ編みが落ちる。


 髪は女の命というけれど、本当にその通りだ。


 この腰近くまで伸びる長い三つ編みが出来るまで髪を伸ばすことは、二、三年で出来る事じゃない。


 そんなに長い間大事に伸ばして来た髪は、まさにその人の生き様、人生の塊なんだ。


 それをエマは躊躇なく断ち切った。


 どれだけの覚悟を持っているのか、もはや言うまでもない。


「後は髪の色も染めて、ミランダさんにお化粧をして貰えばだいぶ変わると思います。あと、眉も剃ったら更に私って分からなくなりますよね」


「…………」


「エマ……」


 私達はそれ以上何も言えなくなってしまった。


「ねえエマ。一緒に行こ。私ちっちゃいし、昔男の子に変装した時結局バレなかったから多分役に立てると思うんだ」


「姉御が行くなら自分も……」


「だめ。ハイネはザルバトル公爵と正門で兵の説得にあたって。モンターギュの名前を一番有効に使えるのはそこしかないから」


 そう言いながら、私はエマの手から鋏を取り上げる。


 何をするつもりなのかは言わなくても分かるだろう。


 エマが一瞬ためらった後、その場を譲ってくれる。


 それがエマの答えだった。


「ありがと」


 私は後ろで乱雑に括っていた髪を掴むと、その根元に鋏をあて……心のなかでせーのと勢いをつけてから勢いよく断ち切った。


「私も切っちゃった」


 エマの三つ編みの上に、私の黒い髪の毛が落ちる。


 色々あって最近はあまり手入れが出来ていなかったが、それでも十分艶やかな輝きを放っていた。


「姉御……エマさん……」


 ハイネが辛そうに私達を見る。


 そんな気遣いなんかこれっぽっちも欲しくなかった私は、わざと笑って見せる。


「ねえねえ、この髪の毛ってマニアに高値で売れそうじゃない? 特にエマの三つ編み。金貨十枚(百万円以上)くらいザルバトル公爵なら払ってくれそう」


「そ、それはさすがに……」


 エマは顔を引きつらせて笑うが、否定しきれない辺り、ありうるかもなんて思っているのかもしれない。


「それはいけないっすね。自分がきちんと処理しとくっすから安心して欲しいっす」


 ハイネがわざとそれに乗る。


 明らかに冗談を言っているのに、表情が笑いきれていなくてちょっと痛々しい。


 でも、私達の事を尊重してくれているのは明白だった。


「ダメ、ハイネに渡したら絶対ネコババするでしょ」


「……そ、そんな事しないっすよ」


 一瞬回答が遅れたあたり、本気で悩んだに違いない。


 まったく、このエロ舎弟は……。


「きちんと切ってもらうのはミランダさんにして貰おっか。あの人お店の娘にお化粧とか教えてるらしいし」


「そうですね」


 勢いで切っちゃったけど、よく考えたらもっときちんと準備してから切ればよかった。


 髪の毛が落ちたら怒られるだろなぁ……。


 私は風呂敷の上で頭や肩をはたいて髪の毛を落とし、エマにもそうしてもらった後、風呂敷をくるんで手に持った。


「じゃ、髪の毛切ってもらいながら作戦相談しましょー」


「うっす」


「はい」


 私の掛け声に合わせて二人は気合を入れ、一緒にミランダの所へお願いに行った。










「よし、こんなものかな?」


 私は男の子のように短く切りそろえられた短髪を鏡で確認しながら頷く。


 ついでにこげ茶色に染めてみたのだが、どうにも違和感が湧いて仕方がない。


 なんでだろうなって考えていたら、眉毛が黒いからだった。


 慌ててミランダに眉毛も茶色く塗ってもらうように頼む。


「しょうがないねぇ。ちょっと待ってな」


 ミランダはそう言うと、しまったばかりの化粧道具を専用の箱から取り出し始める。


「どうっすか、姉御、エマさん」


 一旦外に出ていたハイネが部屋の中に入ってきて……。


「は?」


 魂が抜けたみたいに間抜けな声を出す。


 男の子の格好をしている私は置いといて、エマは相当な変身を遂げていたからだ。


 私と同じくこげ茶色に染めた髪を肩口辺りで短く切りそろえ、眉はいわゆる麻呂眉にし、頬と鼻の頭はそばかすだらけになっている。


 ついでにトレードマークの巨乳はさらしで抑えてぺったんたん……にはならなかったが、どたぷんって感じからぽよんって感じにまでは落ち着いていた。


 一見すれば、ド田舎からやって来たどんくさい村娘って感じで、誰がどう見てもエマとは気づかないだろう。


「はい出来たっと」


「ありがとう、ミランダお姉ちゃん」


 ちょっと男の子ボイスでふざけてみたら、ミランダは顔を引きつらせてしまった。


「アンタね……。自分でやっといてなんだけどさぁ……変な気分になるから止めな」


「はぁい」


 私のしゅんとした様子を見て、エマがクスクス笑う。


 あまりにも子どもらし過ぎたから、普段とのギャップで笑いがこみあげてきたのだろう。


「エド、お姉ちゃんの言う事を良く聞くんですよ?」


「はぁい、メイお姉ちゃん」


「だから止めなって」


 性懲りもなくふざけた私はミランダから再び注意を受けてしまう。


 でも、良いんじゃないかと思う。


 こんな状況だというのに、私達はまだ笑える。


 それはきっとグラジオスが助かる事を信じているからだ。


 明るい未来は絶対に来る。手に入れてみせる。そう信じていた。


「こういうエマさんも素敵だと思うっす」


「あら。じゃあこれから毎日こうしましょうか?」


「いや、それは……」


 浅いお世辞を見抜かれ、挙句の果てには反撃を喰らってしまったハイネは轟沈してしまった。


 とはいえ打たれ強いのがハイネのハイネたる所以でもある。


 即座に復活すると、自分に言い聞かせるように言葉を並べていく。


「いやでも化粧を落としたら素敵なエマさんが出て来ると思えば結構いけるっす」


 何その眼鏡を外すと美人、みたいな考え。


 眼鏡は顔の一部でしょ!


 がり勉くんが眼鏡外しちゃダメなんだからね?


 まるごと愛しなさいよ。


 ……なんて、性癖がバレるといけないから言わないけど。


 結局ハイネはエマに、はいはいとあしらわれて再び涙の海に沈没していた。


「さて、じゃあ……ミランダさん」


「なんだい?」


「ありがとうございました」


 私は丁寧に、ふざけ成分ゼロで頭を下げる。


 同様に、エマとハイネも。


「よしとくれよ。こっちは金を貰った分働いただけさね」


「それでも、今のカシミールとグラジオスを天秤にかけて、グラジオスを取ってくれました。それは本当にありがたかったです」


 だから、と続ける。


「私が帰って来なかったら、荷物とその中に在る金貨は好きにしてください。あ、でもエマの家族はどこかに逃がすか匿うかをお願いします」


「自分のはエマさんの家族を逃がすために使った後、残りを貰ってくださいっす」


「じゃあ私はそのままどうぞ」


 私達三人の用意したお金はそれぞれ結構な額になる。


 一生遊んで暮らせるというほどの額ではないが、つつましく暮らせばそこそこにはもつだろう。


「アンタらね……」


 ミランダは呻くと、頭をガシガシと掻く。


 私達が死ぬことも考慮に入れている事を知ったからだろう。


 私達は決して、自分が死なないなんて事を無条件に信じてなどいない。


 むしろ今までで一番死に近い事件だ。


 それでも私達は笑って進む。明日みんなで歌う為に。


「アタシは何かをした対価しか貰わないよ。自分の荷物はきちんと取りに帰って来な。預かり賃をふんだくってやるから」


 ちょっと臭い事を言ったのを自覚しているのだろう。ミランダさんは舌打ちをした後、えへんっと咳ばらいをしてごまかした。


「分かりました。ここの生活、短かったけど楽しかったです」


「声が気になって一睡もできなかったのにかい?」


 それは言わないで~。


 エマもハイネも無視して寝られるとかそっちが凄いの。


「と、とにかく行ってきます!」


「あいよ」


 私達は強引にそう言うと、一礼して売春宿を後にしたのだった。

読んでくださってありがとうございます

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