第68話 拝謁が叶う時
私達がグラジオスから注意を受けて四日という時間が流れていた。
「本日十二時、グラジオス殿下の拝謁が叶います事をお伝えいたします」
グラジオスの私室にやってきたカシミールの遣いはそれだけ言うと、一礼して出て行ってしまう。
たったそれだけの事なのに、部屋の中には一気に緊張が走った。
私とハイネは目配せをして意互いの意思を確認する。
「十二時って……あと一時間じゃん。なんでこんなギリギリに……」
私達にあまり準備をさせないための措置だろうかと勘繰ってしまいそうになる。いや、実際そうなのだろう。
こちらも向こうの尻尾を掴むことは出来ないでいたが、向こうもグラジオスに害を加える事が出来なかったからこそ、こんな直接的な手段に出て来たのかもしれなかった。
「雲母。まだ変な事を考えているのか? やめろと言っただろう……」
「だから何もしてないって。あれからずっと一緒に居たでしょ?」
私はとにかく色んな理由を付けてグラジオスと同じ場所に居る様にしていた。
それはグラジオスを守る為でもあったし、私のアリバイを確保してハイネやエマが動きやすいようにするためでもあった。
「ハイネ。充電切れそうだから充電しといて」
私は先ほどまで楽譜作りのために使用していたICレコーダーをハイネに投げて渡す。
もちろん充電が切れそうだというのは嘘だ。
ハイネに逃亡の準備をさせるための建て前であったし、もしもの為に記録を残せる様、電池を満タンにしときたかったのだ。
「うっす。姉御の部屋っすか?」
「え~っと……。エマの部屋に置いて来たかも」
「…………」
「何にやけてんのよ」
こんな場合だというのに下心を覗かせるハイネに半ば呆れつつ、部屋から叩き出す。
私とグラジオス、二人きりになった部屋で私は彼の方へと向き直ると、腰に手を当て胸を張る。
「じゃ、グラジオスの身支度手伝ってあげるから」
「俺は子どもじゃない、一人でも出来る」
「じゃあ私の身支度手伝って?」
「…………」
マジ顔にならないでよ。どう反応すればいいのか分かんないじゃん。
冗談だからね?
「と、とにかくだ。俺は一人で……」
「私も行く」
私の答えはグラジオスも予想していたのだろう。彼は少し憂鬱そうに頭を掻くと、
私の目をまっすぐ見据える。
「雲母がどんな事を想像しているのかは知らん。だがそうはならん」
「そうなの? お父さんよくなればいいなって思ってたけどグラジオス案外薄情なんだね」
「混ぜっ返すな」
グラジオスは真剣な眼差しのまま、私の方へと歩いてきて……。
「え?」
ポンッと私の頭の上に手を置いた。
子供扱いすんなとかなんで急にとか、色々な思いが私の頭の中を駆け巡る。
でもそんな事などお構いなしに、グラジオスは私の頭を撫でた。
「お前たちが俺の事を考えてくれているのは、分かる」
肯定すれば私達がカシミールをどう思っているか言ってしまうのと同義だし、否定するのも違う。結局私はどういえばいいのか分からず、ただ黙ってグラジオスのされるがままになっていた。
「でもな、それは間違いだ。俺は……違うな。カシミールに理由がないから、カシミールは何もしないし何も考えていないよ」
もしかして、だけど。グラジオスも何か感じ取っていたのだろうか。
その上でグラジオスは何も起きなかったという様に納めたくて……?
じゃあもしかして私達のやったことは、グラジオスの足を引っ張って?
「ね、ねえ。それってどういう意味なの?」
「……全ては俺が父上に会ってから、だ」
グラジオスが何を考えているのかは私にはさっぱり分からない。
私が何度グラジオスを問いかけても、彼は薄い笑みを湛えるだけで何も答えてはくれなかった。
私とグラジオス、それにハイネはヴォルフラム四世王の寝所近くにまでやってきていた。
ヴォルフラム四世王の寝所は、縦長の廊下の一番奥にあり、そこより手前には兵士の詰め所や客人を待たせる部屋がある。
私達はその廊下の手前辺りで待たされることとなった。
寝所の扉が開き、中からカシミールが姿を現す。
カシミールは勿体ぶった感じでゆっくりこちらに歩いてくると、グラジオスに軽く頭を下げた。
「それでは、兄上以外の者はここで待っていてください」
「分かった」
予想通り、カシミールはグラジオスだけを切り離してヴォルフラム四世王と三人になるつもりらしかった。
私はハイネに目配せを送る。
ハイネはそれに小さく頷いて答えると、勢いよく立ち上がった。
「自分も陛下にご挨拶をしたいのですが」
いつもと違う喋り方で私としてはちょっと違和感があるのだが、ハイネは真面目腐った感じでカシミールに話しかける。
案の定、カシミールは怪訝な面持ちでハイネを眺めた後、
「従者如きが何を言って……」
明らかにハイネを見下した様子で冷笑した。
だがハイネは屈することなく姿勢を正すと、首元に付けられた徽章をカシミールが見えやすいように軽く指先で押さえる。
「自分は確かにグラジオス殿下の従者兼楽団員をやらさせていただいておりましたが、これでも貴族であります」
カシミールはハイネの徽章を確認しようと目を細め……その徽章の持つ意味を知って思わず息を飲んだ。
「自分の名はハイネ・モンターギュ。現モンターギュ家当主、アルベルト・モンターギュ侯爵の孫であります。一年半以上も国のために任務をこなして来た私が、陛下の容貌を伺うこともさせていただけないのですか?」
「それ……は……」
意外過ぎる伏兵に、さすがのカシミールも持て余している様だった。
とはいえこれが現段階の私達が持っている最強の手札で、これ以上はない。何が何でも通すしかなかった。
「自分は一兵卒として砦を守り、命をかけて戦ったこともあります。国のため、王のためと仕えてまいりました。それでも自分がグラジオス殿下のお傍に控えておくことすらできないのですか?」
ハイネ自身は未だ爵位も持っていない一貴族でしかない。しかしその後ろには侯爵という、上にはザルバトル公爵しかいない大貴族が備えているのだ。
めったな扱いが出来るはずもなかった。
……考えてみればとんでもないのを舎弟にしちゃってるんだなぁ、私。
まあいいや。ハイネはハイネだし。
平民の女の子であるエマに鼻の下伸ばしながらドラム叩いてる気のいい青年だし。
本人も特別扱いなんて望んでないでしょ。
「ハイネ。すまないが俺からも頼む。少々遠慮してくれるか」
何言ってんのー!? アンタ守ろうとしてんのに、その壁を自分で排除してどうすんの? 馬鹿なの?
「殿下、少しだけでいいのです。自分が陛下のお役に立てた事を父と祖父に自慢するためにも……」
ハイネは味方からの誤射に焦りを隠せない様子だったが、それでもなんとか取り繕う。
ほんの少しでいいのだ。せめて入って中がどういう様子か窺うだけでも、本当にヴォルフラム四世王が生きているのかを知るだけでもだいぶ違うのだ。
今私達が一番危惧しているのは、あの部屋でヴォルフラム四世王が既に死んでおり、あそこにグラジオスが足を踏み入れた瞬間に犯人だと騒がれてその場で殺されてしまう事なのだから。
「……いいでしょう。ただし父上は衰弱しておりますので、会話などは出来ないとご理解いただきたい」
「ありがとうございます」
カシミールは苦々しそうにそう言うと、一人寝所に向かって歩き出した。
ハイネがチラリと私の方に視線を向けた後、グラジオスと共にその後を追う。
私は何も起こりませんようにと必死に心の中で祈りながら彼らの背中を見つめていた。
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