第60話 二人の歌姫と一人の妖精
※奈落とは舞台にある大きな穴及び舞台下の空間の名称です。
さて、ここで問題。
一番親近感を覚える事って何でしょう。
答えは相手側から歩み寄ってくれる事。
有名人が下手くそな日本語でも「ニッポンダイスキ」と言えば、それだけで親近感がわくし、民族衣装を着てはしゃいでいたら好感度が上がる。
だから私もそれを考えて、あえてショーではなくこちらをトリに持ってきたのだ。
「キララ様、お待たせいたしました」
帝国の歌姫との緊急コラボを。
半日で衣裳を仕上げてくれたアッカマン商会の針子さんたちマジで優秀過ぎ。
いっつも無理言ってるのに笑顔で聞いてくれるのホントに感謝してます。
「うん、行こっ」
細部を少し変えただけの、私とほとんど同じ衣裳に身を包んだナターリエが衣裳部屋から姿を現した。
プラチナブロンドと白い肌が、黒色と銀を基調にしたドレスとマッチして良く映える。
相変わらず女の私でもむしゃぶりつきたくなるほどの美女っぷりに、眩暈すら覚えてしまう。
……む、胸はエマの方が勝ってるもんね! なんて訳の分からない対抗心を燃やしながら、私はナターリエを連れて舞台下にまで急ぐ。
舞台下ではエマが昇降装置の上に乗ってスタンバっていた。
「ナターリエ様……お綺麗です」
「だよねー。さすが帝国の歌姫様だよね。私、一瞬見とれちゃったもん」
エマがナターリエの艶姿を目にした瞬間、思わずといった感じでため息を漏らす。
私もそれに便乗して大きく頷いた。
「そんな。私なんかより、キララ様やエマ様の方がお綺麗です」
「はいはい、謙遜しすぎは嫌味ですよ~」
私は装置の上にぴょんっと飛び乗ると、エマと一緒にナターリエがよじ登るのを手助けしてあげた。
ナターリエを中心にして、三人が横一列に並ぶ。
そして……気付いてしまった。
右から順に、大中小となっていて、私の格差が目立ってしまっている事に。
いや、特大、並よりちょっと大きめ、絶無かな……。なにこの手の込んだいじめ。
あ、でも私が提案したんだから自殺かな?
くそう……。終わったら絶対エマの胸揉んでやる。
「……緊張のせいでしょうか。ちょっと寒気が」
「大丈夫ですか? 帝国は寒いですからね」
ちっ、なんて勘が鋭いの。
「体壊さないようにしてね。公演は明日からも続くんだから」
「はいっ」
うやむやにすることに成功した私は、きちんと整列して私達の順番が来るのを待つ。
今舞台の上ではグラジオスが弾き語りをしており、渋い歌声で観客を魅了しているところだ。
歌詞の進み具合からして、あと一分弱でグラジオスの歌が終わるだろう。
「……あの、本当によろしかったんでしょうか」
「はい?」
ナターリエがぽつりとつぶやいた。
私がナターリエの顔を覗き込むと、彼女の瞳には惑いと不安が浮かんでいるのが見える。
「私が中心になって歌うだなんて……」
中心とは立ち位置の事だけではない。これから歌う歌のメインを、ナターリエが歌うという意味だ。
他人の舞台なのに自分が主役になってしまい、気が引けるといった所か。
「大丈夫ですって。私も利用させてもらっているんですから」
私達が得る利益については昨日……というか今日にきちんと話してあるのだが、それでもあまり実感が湧かないのか遠慮が先に立っているように見える。
「今日しかルドルフさまはいらっしゃらないんですよ? 劇場で輝くナターリエさんの姿を見せたくないんですか?」
「…………」
私は必殺の一手を繰り出した。
案の定、ナターリエは視線を二階のテラスがある方角に向けて何事か思案し……。
「わ、分かりました」
結局やる気になってくれた。
恋する乙女の弱点は世界や国が変わっても同じな様である。
「さ、グラジオスの歌が終わりましたよ」
私の言葉と共に、商会の人から昇降装置を動かす旨が告げられる。
ナターリエほどの人であっても開始前は緊張するのか、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえてきた。
ゆっくりと昇降装置が動き出し、奈落から私達三人の姿が舞台上に出現する。
「今回は特別出演といたしまして、帝国の誇る歌姫、ナターリエ・スワツェシカ様にも来ていただきました!」
司会の男性が大声でサプライズゲストの名前を呼びあげ、観客からは盛大な拍手が上がった。
時折、ナターリエさまーだとか世界の双姫だ、といった黄色い声が飛んでくる。
期待は上々といったところか。
それじゃあ、始めよう。私達の歌を。
二人の歌姫と一人の妖精が織りなす至高の歌を。
――満天――
ハイネの奏でるグロッケンシュピール――演奏用の鉄琴が涙をこぼしたような物悲しさで呟く。
グラジオスのヴァイオリンが泣き声をあげる。
胸を締め付けられるような演奏がその場を支配し、あれほど熱にうかされていた聴衆たちの心は、氷をかけられたかのように冷えていった。
私達の歌声が語り始める。
三人共に違う音域で、しかし同じ言葉を紡いでいく。
そして人は識る。どうしようもない無念を。決して叶う事のない想いを。
この歌がどうしようもなく涙を誘うのは、誰しもが感じたことのある口惜しさを歌っているからだと。
感極まったナターリエが、二階のテラスを、ルドルフさまを見る。
どうしても叶わない想いを抱いた彼女こそ、この歌われる物語の主人公だろう。
ナターリエが手を伸ばす。
届かないと識りつつも。
どうしようもなく焦がれ、身が焼け爛れて朽ちてしまおうともその想いが成就するのを望んでいた。
あまりの切なさに、私の瞳から一筋の涙が伝う。
気付けば歌を聴いている人たちも、私と同じく知らず知らずの内に涙を零していた。私の位置からは見えないが、きっとナターリエとエマも。
ナターリエが哭く。
貴方が欲しいと。貴方が恋しいと。
しかしその願いが叶えられることはない。
身分という差があり、触れる事すら容易ではないのだ。
そして、彼の心もナターリエには向いていない。
本心は笑顔の裏に隠されて、決してさらけ出される事はないだろう。
それでもナターリエは啼く。
それで少しでも笑顔になってもらえたら、それだけで幸せだからと……。
演奏が終わり、歌の残滓が世界に融けて消えていく。
想いは届かないし願いは叶わない。
その口惜しさと切なさが人々の心を打った。
私達は三人揃って客席に頭を下げる。
やがて歌という夢から覚めた人たちが、手を打ち鳴らし始めた。
始めは小さく。それから一人、また一人と手を叩く者は増えていく。
「ありがとうございましたっ」
雨音から豪風へと変わり、最後には万雷へと移り行く。
聴衆たちは誰しもが立ち上がり、惜しみない称賛を私達にくれる。
私達は観客たちに向かって何度も何度も頭を下げ、手を振り続けたのだった。
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