第53話 合言葉は私の歌を聴けっ!
最初の内は豪快な丸々一羽のガチョウを焼いた料理だとか、魚醤を使った肉料理のような今までの国とは違う味付けだったり、見たこともない様な星形の果物なんかを堪能できていた。
でも私は忘れていたのだ。
私が放っておいて欲しくとも、向こうが放っておいてくれない事なんて、ざらにあるという事を。
結論から言うと、私は男の子たちに囲まれていた。
「わたしはフィリポ・シュトレーリッツというのだ。あなたのなまえをきいてもよいか?」
「あなたはたいへんすばらしいうたをおうたいになるとおききしました。ぜひわたしのためにいっきょくおねがいできませんか?」
わ~い、おとこのこたちがたくさん~。もてもてだー。うれしいなー……。
みんなわたしとおなじぐらいのせたけで、きっといろいろとはなしもあうよねー…………ってんなわけあるかぁぁぁっ!!!
どうみても9歳とか10歳のおこちゃまだらけだわ! 低いと5、6歳も居るでしょ!
だから何で子どもばっかなのよ!
そりゃあね、私が30歳とかになった時に8歳年下の男性に囲まれてちやほやされたら嬉しいと思うよ? でもね、私18歳なの! それが10歳に囲まれても嬉しくない!
むしろ面倒見る立場!
も~や~っ!!
「いかがされましたか? ごきぶんがすぐれないようですね」
はい、あなたたちのせいです。
「いけません。あちらにへやをよういさせますのでやすんではいかがでしょう」
その部屋に連れ込んで何をする気……なぁんて展開にはならなさそうなガ……お子様たち。
うん、すっごく心配してくれてるんだよね。
ごめんね、なんかアレな反応しちゃって。
私18歳なんです~とか言ったらどんな反応されるんだろ。……駄目だ。背伸びしたい女の子だって思われて終わりだ。
あ~も~どうしよ~~。
私は助けを求めて周囲に視線を巡らせて……結局誰も見つけられずに落胆するしかなかった。
私の知ってる人少ないもんね……。
ルドルフさまは陛下のお傍だし。あ~あ、私もグラジオスかハイネに着いて行って男の子避けにしとくんだった。
「だ、大丈夫です、みな様方。少し人気に当てられただけですわ。おほほほほ……」
なんとなく貴族っぽい感じの口調をイメージして適当に受け答えしておく。
ああ、もう……誰か助けてぇ~。
「あの、すみません。歌姫様でらっしゃいますよね」
「はい?」
強く響く女性の声に、私は思わず頭を上げる。
正面にはプラチナブロンドの髪を結い揚げ、白い布と黄色の布を交互に編み込んだようなドレスを身に纏った、目も覚めるほど美しい女性が立っていた。
私はこの女性が同好の士であることを直感的に理解する。というか声を聞けば一発で分かる。
張りがあってよく通る、うぐいすが鳴いているようなソプラノボイス。間違いなくオペラとかそんなタイプの歌を歌う声だ。
「あっ、はい。井伊谷・雲母です」
「よかった。私はルドルフ様お付きの宮廷楽士をさせていただいております、ナターリエと申します。以後お見知りおきを」
ナターリエは優雅にカーテシーを行う。
私も慌ててドレスの裾をつまんでチョンッていう感じでカーテシーもどきを返したのだが……。
「……………」
「……………」
私達の間には沈黙だけがあった。
ナターリエは凄く何かをためらっている様で、口元に握りこぶしを当て、視線を彷徨わせている。
それでも辛抱強く待ち続けると、
「キララ様」
「はい」
ようやく口を開いてくれた。
「失礼を承知で申します。私に歌を教えてくださいませんでしょうか」
「はい、いいですよ」
え、そんな事? めちゃくちゃ悩んでたからもっと凄い事言われるのかと思った。
私があまりにも軽く答えた事で、ナターリエの方が面食らってしまったらしく、目をぱちぱちとしばたたかせている。
「え? ほ、本当によろしいのですか?」
「本当にお教えしますよ? どんな歌がよろしいですか? なんだったら楽譜を写されますか?」
「が、楽譜まで!?」
なんでそんなに驚いてるんだろう。
「が、楽士にとって曲は秘中の秘ではありませんか! そ、それをそんなに気軽に教えていただけるなんて……」
それで納得がいった。確かに楽士にとって、歌えたり演奏したりできる曲は商品であり自分だけの財産だ。
自分しか歌えなければ圧倒的にその価値はあがるから、普通は他人に教えたりなどしないし、教えるにしてもかなりの大金を貰うのが普通。
でもアニソンって私が作曲したわけじゃないしね~。それを教えてお金貰うってのもあれだよね。
それに……。
「私はもっと世界に歌が広がればいいと思うんですよ。もっとみんなが気軽に歌って、気軽に音楽に触れられる。そんな世界になればいいなぁって思うんです」
私としては、ただそれしか出来ないからってだけど。
「変ですかね?」
ナターリエは少しの間だけぽかんと呆けていたが、やがて相好を崩して頭を振った。
「いいえ、素晴らしいと思います」
「ですよね」
私達は笑いあった。
きっと、音楽を心から愛する者同士だからこそできる共感ってやつだと思う。
「それで、どんな歌がいいんですか?」
「えっと……それは……」
私の問いかけで、またもナターリエは口ごもってしまう。だが、今度はその沈黙の理由がすぐに理解できた。
ナターリエの目。それはエマと同じ目をしていた。
すなわち、恋する乙女の目だ。
「ルドルフさまが好まれそうな歌ですか?」
「な、な、なぜおわかり何ですか!?」
図星を突かれたナターリエは、顔をバラ色に染めて驚く。
私は自分の頬をチョンチョンッと突っつきながら、
「だって顔に書いてましたよ」
と茶目っ気たっぷりにいじってみる。
それにルドルフさまお付きの宮廷楽士って仰ってましたし。
「うう……。ですがバレてしまっては隠す必要もありませんね。その通りなので、お願いします……」
バレてもそれを認めて突き進めるところはエマとは違うみたいだった。
なんだか最近恋のキューピッドばっかりやってる気がする。
私の赤い糸の先は、何故かおじいちゃんか子どもしかいないみたいだけど。
「じゃあこれから私の馬車にまで来られますか? お教えしますよ。あ、でもその前にルドルフさまの好みを私が知らないので、それを聞く方が先になりますね」
私がそう言った途端、ナターリエの顔が曇る。
私は今言ったばかりの内容を思い返してみるが、どこで地雷を踏んだのか全く分からなかった。
「……私は、ルドルフ様が好まれる歌を歌えないので、分かりません」
あちゃー……。それはキツイなぁ。
「ルドルフ様はお優しいので私の歌を聞いては下さるのです。ですが、いつも心から楽しんでくださらず……。でもキララ様の歌は本当に楽しんで聞いてらっしゃるんです。ここ数日など、私の見たことのない表情でキララ様を待ち望んでらっしゃって……」
ちょっとだけ、私の心に刻まれた古傷が痛む。
自分を見てもらえないのは、とても痛い。
地球に居た頃、動画をいくら出してもほとんど見てもらえなかった。たまに話題に上がっても、見向きもされずに消えていく。
自分が道端の石ころにでもなってしまったような孤独感。
とても……キツイ。
「辛いですよね。でも……それでもあきらめないナターリエさんは凄いと思います。私、尊敬します」
私は一歩前に踏み出すと、ナターリエの両手を両手でぎゅっと包み込む。
心からナターリエの事を応援してあげたかった。
「そんな……。たった一度の歌でルドルフ様のお心を捕らえてしまうようなキララ様が、私の事を尊敬するだなんて……」
「私は運が良かっただけです。一番最初に引いたくじが、たまたま当たったようなものなんです。でも、ナターリエさんは何千何万とある可能性の中から、自分で選んで当てようとしてるんです。私なんかよりずっと凄いですよ」
偶然と必然。そんなの必然的に出来る方が凄いに決まってる。
それを努力してやろうとしている人が、凄くないはずがない。
「自信を持ってください! じゃないとルドルフさまに嫌われちゃいますよ」
「え……」
さすがにルドルフさまの名前が出れば、ナターリエも真剣にならざるを得ないのだろう。明らかに表情が変わる。
「私の歌を聴けっ! ぐらいの自信をもって歌う方が、多分ルドルフさまの好みですよ」
私が『試した』時の表情からも明らかだ。多分、ルドルフさまは、自分について来られるか追い抜くぐらいの人が好みなんだと思う。
「私の歌を聴け、ですか……。面白い言葉ですね」
アニメからの受け売りですけどね。
「ナターリエさんは、今自信を無くしちゃってると思います。でも、そのぐらいの感じでばーんっとやっちゃえばいいと思います」
「ばーん……」
ナターリエは何度か私に言われた言葉を反芻した後、強く頷いた。
「じゃあ、行きましょうよ。教えたげます。あ、ついでにデュエットしましょうよデュエット!」
エマを含めて三人居れば、今まで歌えなかった歌にも挑戦できるし。
あ、明日いきなりお披露目とかもいいかも!
確か皇帝陛下がいらっしゃるから、ルドルフさまもいらっしゃるはず。
なんて私は内心一人で盛り上がっていたのだが、ナターリエは少し申し訳なさそうな顔をする。
「す、すみません。私はこれから……」
「あ、歌うんですね。分かりました。その後とか大丈夫ですか?」
「……まったくためらいもなく、他の何よりも歌を優先なさるんですね、キララ様は」
「当然です」
歌は好きだし、その歌を聴いてもらえるのも最高で、歌い終わった後に次の歌の話ってもう最高だよね。
睡眠時間無くなっちゃうけど。
「ふふっ。ルドルフ様がキララ様の歌をお好きな理由が少しわかった気がします」
ナターリエはまっすぐ私の目を見る。
そこには、それまでの少し自信が無さそうな彼女の姿は無かった。
「負けませんっ」
「お受けいたしますっ」
私も、一番好きな歌手の座を譲りたくはない。
それがたった一人でも。誰かの大切な人でも、だ。
傲慢かもしれないけど、私はそういう気持ちで歌を歌っている。
私達は少しの間にらみ合って、
「ふふっ」
「あはっ」
やがてどちらからともなく笑いを漏らした。
「それでは、これから私の歌を聴いて……いえ、聴け、ですね」
「はい」
それまで流れていた音楽が急に止んだ。
使用人の人達が、床を綺麗にしたり、机を壁際に寄せたりして、パタパタと忙しそうに駆け回っている。
「すみませんっ。もう時間がありませんので失礼します。キララ様はこの後のダンスのお時間をお楽しみください」
ナターリエは私にもう一度カーテシーをすると、急いで楽団の方へと向かっていった。
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