第52話 立食パーティー
「今日は帝国とアルザルド王国とが手を取り合う第一歩の日。まことにめでたき日だ」
あの子ども皇帝――カール・ヴァーツラフ・フォン・ガイザル皇帝陛下が、大広間に設置された陛から祝辞を述べる。
私はお酒の入った銀杯を片手にガイザル帝国とアルザルド王国の交流パーティーに参加していた。
互いの国有数の貴族たちが一堂に会して交流を深める。字面だけみればとてもとても素晴らしい事だ。
だがその実態はタヌキとキツネの化かし合い。ついでに狼も参戦して入り乱れる権謀術数渦巻く汚い政治の世界だ。
まあ、私はただの飾りだから呑気していられるけど、グラジオスとかハイネはもう……ちょっとかわいそうだなぁって思えてしまう。
「みなのもの。存分に楽しんでくれ」
私はさっき歌ったので十分楽しみました。もう帰っていいですか? というか帰りたい……。
そんなの無理だよね……。
「乾杯」
カール陛下の言葉と共に、全員がグラスを掲げる。
そしてパーティーが始まった。
優雅で柔らかな音楽が流れる中、私は仕立てて貰ったばかりの赤いドレスを翻して後方に居るグラジオス達の方を向く。
「グラジオスとハイネはどうするの……って聞くまでもないか」
「まあ、そっすねぇ……」
ハイネは渋い顔で正面に居る人の山を見ていた。
音楽のために私の舎弟になるようなロックなハイネの事だ。こういうお付き合いは大の苦手だろう。
「確か爺さんの代理で親父が来てるはずっすから、顔だけは見せておいて……」
あ~、国境任されてる侯爵様だもんね。普段のハイネ見てると忘れちゃうけど。
「グラジオスは?」
「そうだな。まずは帝国の名だたる貴族たちに名と顔を覚えてもらい、叔父上とカシミールをルドルフ殿に紹介する。それから王国貴族たちにも挨拶をして回って……」
うひー、聞いてるだけで嫌になって来ちゃった。ご愁傷様。
「雲母には俺のパートナーとして傍に居てもらおうか。女性が居た方が色々と手間が無くて済む」
「それは嫌。絶対嫌」
グラジオスの表情からして本気で言っているわけではないのは分かっている。
断られるのが分かっている上での嫌がらせだ。
案の定、グラジオスは苦笑して肩をすくめるだけでそれ以上は何も言わなかった。
「エマ、ついってってあげたら。グラジオスへ婚約を勧めてくる貴族避けに」
ついでにエマがそういう存在って思われたら外堀を埋められるかもしれないし。
「わ、私なんかがそんなっ。殿下の……。私はただのメイドで身分も違いますし。あのその……」
私の軽く放った冗談半分の提案に、エマは真っ白なドレスをわさわさと揺らして相変わらずのテンパりっぷりをみせる。
17歳になっても相変わらずこの方面に対する成長は皆無の様だった。
あ、ハイネが地味にショック受けてる。
こっちもいい加減慣れないのかなぁ。
「エマも舞台の妖精って言われてるんだから、身分とかすっ飛ばせるくらいの実績あると思うけどなぁ」
「そ、そんなのまだまだですよぉ~。と、とにかく無理です、無理ぃ~」
あ~、そんなに強く否定するのってなんというか……。あ、グラジオスもちょっと微妙そうな表情してる。
エマに頼もうとしたけどやめておこうって思い直した時の表情だ。
も~、エマはこうやって自分からチャンスをふいにしちゃうんだから……。もっとガンガン攻めれば絶対いけると思うのに。
「……とりあえず行ってくる」
「あ、お酒飲み過ぎちゃダメだからね。喉焼けちゃったら明日歌えなくなるから」
「分かっている」
肩をすくめてグラジオスが人ごみの中へと一歩進み出る。その寂しそうな背中を見て、私はやっぱり思い直してしまった。
「エマ」
「うひゃっひゃいっ?」
私はエマの腕をぐいっと引っ張ると、グラジオスの方へ投げつけた。
エマは相変わらずの変な悲鳴を上げながらグラジオスの背中に追突して、顔を真っ赤に染めると何度も何度も頭をさげる。
「グラジオスに着いてったげて。たぶんそっちの方がグラジオス助かるし」
でしょ? と視線だけで尋ねてみると、またも微妙な顔を返されてしまった。
どういう意味よ。
「まあ、居てくれたら非常に助かる。エマ、悪いが頼めるか?」
「は、ひゃいっ! 殿下のご命令とあらばっ!!」
どうやらうまく話はまとまったらしく、二人は連れ立って人ごみの中へと消えていった。
「ハイネ~。そこでショック受けないでね~」
「じ、自分別にショックなんて受けてないっす!」
背後に居るハイネがどんな顔をしてるかなんて見なくても分かる。
いつも通り世界の終わりみたいな表情をしているのだろう。
「ま、頑張りなさい。応援だけはしたげるから」
「……うっす」
応援だけだけどね。
「ところで姉御はどうするっすか?」
「私? 私は……美味しそうなものをつまんだり、演奏してる人を眺めてよっかな」
一瞬、頭の中で私が拉致されてしまった事件がよぎる。だが、さすがにこの会場から出なければ大丈夫だろうと思い直す。
さすがにこのパーティーには帝国の威信がかかっている。それと己の欲望を天秤にかけられる者は居ないだろう。
ハイネの方も大体そんな感じの事を思っているのか、まあ大丈夫っすね、なんて呟いている。
「それじゃあ行ってくるっす」
「はいはい、頑張って~」
ハイネは私に敬礼をした後、人ごみの中に紛れていった。
「さてさて、何か美味しいものはあるかなぁ~」
私は近くを通りかかったメイドさんに銀杯を返すと、胸を躍らせながら、豪華な料理の並ぶ机の方へと歩いて行った。
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