第47話 大切だよ
私の監禁に関わった全ての人達の拘束が終わり、事件はひとまず収束した。
でも私はハッピーエンドと喜べる気には、まったくならなかった。私のせいで不幸になって、私のせいで人生を狂わせてしまった人が居る事を知ってしまったから。
「ほら、立て」
拘束された男の人たちが兵士たちに引き立てられていく。
彼ら関する処遇はこれから決まるのだろう。
「あのっ、出来ればその……。あの人たちを無罪にしてあげる事って、出来ませんか?」
私は彼らの事を憎むことが出来ないでいた。
だから私は兵士たちの中でもちょっと偉そうな感じの隊長格の兵士へ直訴をしてみる。
日本で現場の警官にそんな事を言っても意味なんてないのと同じで彼らの罪を軽くすることなんて出来ないのかもしれないけど、私は言わずには居れなかった。
「姉御、それはさすがに……」
私の舎弟であり、めったに私に意見することのないハイネですら呆れている。そのぐらい私の主張は筋の通らないおかしなことだという自覚はあった。でも彼らは私の歌を聴いてくれたし、喜んでもくれたのだ。
私にとって、大切な観客の一人には違いない。
「私のロープを解いてくれたり、毛布を貸してくれたんだよ? その分減刑とかないの?」
私の懇願にも関わらず、隊長は首を横に振る。
「貴族、王族の持ち物及び使用人に手を付けたとなると、如何に減刑されたとしても死罪は免れないでしょう」
「で、でも私が原因を作ったんだよ? なら……」
少しでも助けてあげたくて、私は必死に食い下がった。そんな私の肩が叩かれる。
振り向いてみたら、いつもの飄々とした表情とは全然違う、厳しい顔をしたハイネだった。
「姉御。アッカマンからもちょいと事情を聞きいたっすが、商売に負けたから逆恨みってどう考えてもこいつらの自業自得っす。しかも、アッカマンは一度自分の傘下に入る様に説得したっす」
「確かにそれはあのオルランドの責任で、私もオルランドは許す必要ないって思ってる。死刑は行き過ぎだとおもうけど……」
結局オルランドですら減刑してくれと頼んでいる事に等しい。あまりにも甘すぎる、この世界の常識とはかけ離れた私の感性を、しかしハイネは笑う事などしなかった。
どう説得したものか、といった感じでハイネはため息をついた後、ためらいながら口を開き……。
「馬鹿がっ! お前を殺そうとした連中だぞっ! 許せるわけないだろうが!」
グラジオスが怒りをあらわにしながら、私に罵声をぶつけて来た。
どうやらようやくオルランドを拘束できたらしい。
グラジオスの頬に出来た切り傷から未だ血が流れ出ていて心が痛む。
「そんな事ないよ。殺すつもりは、無かったよ」
「お前を売ろうとしていたんだ、似たようなものだっ!」
私は激昂するグラジオスに何か言い返そうとして……でもその前に自分のすべきことを思い出した。
私は私の迂闊さをまず一番に反省するべきだし、迷惑をかけた人たちに謝罪をするのが先だ。
これほどグラジオスが怒っているのは私が原因なのだから、まずは私が罰を受けるのが筋ではないだろうか。
「ごめんなさい」
思い直した私は、話の途中であったのにもかかわらず、グラジオスに頭を下げる。
「ごめんね、ハイネ」
ぽかんとしているグラジオスを置いて、次はハイネに。
「皆さんもごめんなさい。私が馬鹿で迂闊な事をしたから迷惑をかけてしまいました。なのに謝りもせずに我が儘言って、ごめんなさい」
よし、筋は通した。本当に申し訳ないけれど、それでも私はしたい事があるのだ。
「それで、自分が馬鹿な事を言っているとは分かっています。でも、それでもこの人たちを少しだけ許してあげてください、お願いします」
隊長さんと、グラジオスに。私は深々と頭を下げた。観客になってくれて、私の歌を喜んで聴いてくれた人たちを、私は助けてあげたかったから。
隊長さんは困り果てた様子でグラジオスへと視線を向けている。
確かに、隊長さんにはそんな権限などない。
この事件を裁くのはオーギュスト伯爵で、そのオーギュスト伯爵に命令が出来るのはこの世で王族だけだから。可能性があるとすれば、この国の王子であるグラジオスだけだ。
だから私はグラジオスへと向き直り、もう一度頭を下げた。
「……お前は……」
グラジオスは深く長い溜息をつき、頭痛を堪えているみたいに沈痛な面持ちで額を押さえている。
私はグラジオスの次にいう言葉が手に取る様に予想できた。
グラジオスはいつも通り、きっとあの言葉を言うだろう。
いつもなら腹の立つ言葉だが、今の私にはふさわしい言葉だからすんなりと受け入れる事が出来る。
「大馬鹿だ。頭がおかしいのか?」
「そうだね。うん、その通りだから……」
私はグラオスの言葉を認めて、言い返そうとして――突然抱きしめられた。
グラジオスのサラサラした金髪が私の頬をくすぐる。
ツンとした汗のにおいが広がるが、悪い気はしない。こうなるぐらい、私のために動いてくれたのだから。
グラジオスの鼓動が直接私の体を震わせる。それほど私とグラジオスは密着してしまっていた。
「お前はもっと自分の価値に気付け! 自分がどれほど大切に想われている存在か自覚しろっ!」
痛かった。グラジオスの強い力で抱きしめられて。
でもそれ以上に、なんて言われているのか私は理解できなかった。
……ううん、そうじゃない。信じられなかっただけかもしれない。まさか――。
「お前が良くても俺が嫌なんだ、お前を傷つけられるのがっ!」
グラジオスがそんな風に想っていてくれたなんて、私は思いもしなかったから。
焦った私は、うやむやにするため、心にもない言葉を口にする。
「そ、そうだね。グラジオス、私の歌が好きだもんね」
「お前だ、馬鹿が。歌よりも、お前なんだよ」
「な、何それ。そ、そんなの困る」
私は焦っていた。抱きしめられて直接グラジオスの熱を伝えられ、グラジオスの人生そのものである歌よりも大切だと言われたら、もうそういう意味だとしか思えないから……。
「グラジオス……。わ、私の事……どう思ってるの?」
「だから大切だと何度も……」
「それじゃ分かんないよ」
大切にも様々な意味がある。友愛や親愛なのか、それとも……
「……好きって、意味なの?」
恋愛なのか。
「え……?」
グラジオスは言われて始めて気付いたという様に少々間抜けな声を出し、そこでようやく自分が何をしているか気付いたみたいだった。
私の顔の横で、グラジオスが首をゆっくりと動かしている気配がする。大方周りを見回しているのだろう。それが終わると腕の力を緩め、僅か数センチの近さにある私の顔を見つめる。
グラジオスは、いつの間にコイツが腕の中に? みたいな感じの表情をしていた。
いや、アンタが抱き着いたんだからね。
それで理解する。ああ、コイツの大切ってバンドメンバーだからだって。
それが分かると一気に力が抜けてしまった。
「あー、そーだね。私もグラジオスが大切。ハイネもエマも大切だしね。だから……」
私はにこやかな笑みを浮かべる。
とてもとても、晴れやかな笑みを。
何故かグラジオスは顔を青くしているみたいだけど。
「あ~、なんだ。雲母……」
「軽々しく女の子に抱き着くな! この変態っ!」
一応守ってくれたわけだしグーは勘弁しておいてあげた。
乙女心を弄ぶなっ!
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