第34話 新しい旅立ち
それから私はグラジオスにひたすら練習をさせ、ルドルフさまの目の前で、グラジオスにTank!を演奏させるという暴挙に出た。
このTank!という曲、アニメのオープニング曲にしては珍しく歌がほぼ無い曲でありながらジャズとしての完成度が高く、特に海外での人気が凄まじい。
フィギュアスケートの大会にてこれを使用した選手もいるほどなのだ。
さすがに一人で三つの楽器は操れなかったため、ハイネがドラムとシンバルを担当したが、グラジオスは口でホルンを(さすがに私が持ってあげた)、手でリュートという荒業を披露し、見事ルドルフさまに感嘆の声をあげさせる事に成功した。
その結果捕虜の返還は即座に行われ、オーギュスト伯爵や、ダール男爵を始めとした七人の騎士さん達とグラジオスは再会を果たしたのだった。
その後、ガイザル帝国と連合王国軍の間には停戦が結ばれることで束の間の平和が始まり、私達はアルザルド王国への帰路に着くことができた。
遠征に出ていた大勢の貴族たちが謁見の間で跪いて跪いている。その一番先頭に居るグラジオスが、声だかに成果を報告している。半分以上私が頑張ったのだが、まあ良しとしておこう。
「……以上で報告を終わります。陛下の望まれた通りの結果になりました」
グラジオスが最後にそう結ぶと、一礼して跪く。
報告されたヴォルフラム四世王は、それをどこか不満そうに聞いていた。
「ジュリアス。今の事は本当か? ちと、出来過ぎてはいないか?」
「兄上、今のは全て事実だが何か不満でもあるのか? 捕虜を銅貨一枚も払わず取り戻し、領土や賠償金もない。完全に我々の勝利ではないか」
ザルバトル公爵、アンタ何もやってないけどね。と突っ込みそうになる自分を必死に抑え、私は人々の一番後ろで平伏しておく。
というかジュリアスってその丸っこい体形からして名前負けしすぎ。名前をピザに変えようよ。似合ってないよ……。
あ、ピザ食べたい。チーズが糸引くヤツ。こっちで食べられるかな? トマトは確か……観賞用とかでモンターギュ侯爵が持ってらした気が……。
そんな風に私が対校長先生長話用として身に着けた『適当な事を考えながら時間を潰してしまおうスキル』を発動させている間に、自体は色々と動いていった。
「だから、貴様は最初に大勢の兵を失い、逃げ戻ったはずだ!」
いつの間にか戦況は芳しくない方に傾いていたらしく、グラジオスがヴォルフラム四世王に叱責されていた。
これからの呼び名は変態ジジイにしよっ。もちろん心の中だけだけど。なんてゆーの? 王って器じゃない感じ。ああいうのを老害っていうんだろうな。
「貴様はその罰をまだ受けておらん! 思い上がるなっ!!」
どうやらは自分で命じておいてグラジオスが在り得ない成果を上げたことが不満らしい。
だからいちゃもんを付けて褒美を与えないというかむしろ罰を与えたい様だった。
ちなみに本来、遠征の責任者はヴォルフラム四世王の弟でもあるジュリアス・ザルバトル公爵であるので、罰を与えるのならグラジオスではなくザルバトル公爵であるべきなはずなのだが……。
当然のように論理など通じないのがこのヴォルフラム四世王であるようだ。
「貴様は……」
「お待ちください、陛下」
ヴォルフラム四世王が決定的な何かを述べようとした瞬間、オーギュスト伯爵がその間に割って入った。
「オーギュストか、なんだ?」
「確かにグラジオス殿下は兵を損ないました。ですが、そうであるのならば同じ戦場にいた我らもその罰を受けるべきであるのが筋。そしてグラジオス殿下はその罰を成果で洗い流したはず。なれば我々こそがその罰を受けるにふさわしいと存じますが?」
オーギュスト伯爵は、ヴォルフラム四世王が武人と称えるだけあって、雄々しい性格とやや古めかしい喋り方をするとてもダンディで素敵なオジサマだ。年齢は五十路を過ぎていて、ナイスシルバーって感じ。
というか、私的にはそういう人がグラジオスを庇っているとか状況も忘れて見入ってしまいそうになる。
目の保養目の保養。
グラジオスも見た目だけは悪く無いもんね……ってそんなことやってる場合じゃないんだって!
「……貴様らは縄目の恥辱を受けたであろう。それが罰となっている。だがグラジオスは逃げ帰ったのだ。決して許すことは出来ん」
「そうでありますか、なれば……」
オーギュスト伯爵はそう言うと立ち上がり、ヴォルフラム四世王の前へと進み出る。そして改めて跪くと、服の襟ぐりを大きく開け、首がよく見える様にしてから頭を差し出した。
「このオーギュスト、グラジオス殿下に命を救われました。然るにこの首を殿下の為に使うが筋。罰はこの無能者の首にて贖いましょうぞ」
ええぇぇっ。そこまでするの!?
って、そうか。そういう極論を言って、無茶苦茶言う変態ジジイを抑え込もうって作戦かな。すっごい、度胸ある!
「…………グラジオス」
ヴォルフラム四世王は、口をへの字口に曲げて悔しそうに舌打ちした後、
「オーギュストに感謝せよ。無能者のお前が運よく罰を逃れられたのはオーギュストの甘さと心しておけっ」
アンタもカシミールにクソ甘だけどね。そういえばあの劣化王子は……。ああ、椅子の横に居たのね。さすが金魚のフン。見えなかったや。
「ありがとうございます、陛下」
グラジオスは恭しく頭を下げる。
私の位置からグラジオスの顔を見る事は出来なかったが、もしかしたら本気で感謝しているのかもしれない。虐待されてる子どもが、たまに親から褒められたら滅茶苦茶喜ぶあれだ。
いやまあ、褒められてないけど。
「陛下」
「……まだ何かあるのか、オーギュスト」
「グラジオス殿下が足りていないと仰られるのであれば、このオーギュストめに預けてはくださらぬか? 直々にしごいてくれましょうぞ」
え……? それってつまり……この変態クソジジイからグラジオスを引きはがすってこと?
うわっ、それめちゃくちゃナイスアイデアじゃんっ。
オーギュスト伯爵最高!
養子にして好きな色に染めるってことでしょ!? うわ~、妄想が捗る! じゃなかった虐待されてる子どもは引き離してあげないとねっ。
「…………好きにしろっ」
自分で無能と吐き捨てた以上、それをヴォルフラム四世王自身が有能と認める人が育てると言えば、まさか無能のままで居てくれ、なんて言えるはずもない。
ヴォルフラム四世王はオーギュスト伯爵の提案を渋々飲むしかなかった。
まあ、王位をカシミールに渡すつもり満々だから、グラジオスが有能過ぎると困るのかもしれないけど。
グラジオスってそこら辺どうでも良さそうだしなぁ……。
俺は王になるんだぁ! って言ってるグラジオスなんて全然考えられないし。
「それでは陛下。失礼いたします」
「早く失せろっ」
グラジオスをいじめられなかったせいでストレスが溜まっているのか、ヴォルフラム四世王はそう吐き捨てると王座に座り、杯を傾け始めた。
グラジオスとその他大勢(もちろん私も入る)は、一礼すると謁見の間を後にしたのだった。
それから三日後、グラジオスはオーギュスト伯爵の所領へと勉強の名目で旅立つこととなる。
もちろん、私も一緒に行くし、ハイネもエマも着いて行く。
それは以前の逃げる様な旅立ちとは違う。希望に満ちた旅路となった。
本日は二話投稿します
読んでくださってありがとうございます