第26話 キラッ☆アイドル始めましたっ☆
「いっくよぉ!!」
私の掛け声に合わせてハイネがドルルルとスネアドラムを打ち鳴らす。
その音に釣られて様子見していた兵士たちが、わらわらと集まって来た。
私は誘導係の兵士に向けて合図を送る。すると誘導係の兵士がロープを引っ張って観客席を解放した。
「みなさ~ん。順番に入ってくださぁ~い」
舞台上から私が単純なルール(私が何度か参加したコミマを参考にした)を解説し、兵士たちがそれに倣って列を作っていく。
きっちりまっすぐ並ぶ当たり、さすがは訓練された軍人さんたちだ。
とはいえ予定していた六十人分の観客席を半分埋めるか否か程度の人数で、少し残念に思う。
その分かぶりつきで見て貰えばいいか。
「今日は皆さんに、私達の歌と踊りを楽しんでいってもらおうと思っていま~す」
ダンスと歌の組み合わせの歴史は、実はかなり浅い。
歌いながら踊るというスタイルが確立したのは、エルヴィス・プレスリーが最初と言われている。それまでは歌と踊りが別々だったのだ。
このスタイルが確立した事で、ライブはぐっと派手になった。
プレスリーが腰を振ればファンが失神するなんて逸話があるほどに。
……エマが胸を揺らすたびに男が一人出血死するんじゃなかろうか。ケッ。
……話を戻すと、この世界では歌と踊りを一緒にするなんてスタイルは確立されていない。つまり、私達がプレスリーになれるわけだ。
大丈夫、絶対に成功させる。私はそう胸に誓った後グラジオス、ハイネの順に視線を送った。
グラジオスたちは軽く頷くと、自分の獲物を構えて見せる。
エマも私の後方で構えを取って頷く。
全員の準備は整っていた。後は始めるだけ。
……これが、私の、私達の、初めてのライブだ。
「みんな~っ! 手拍子お願い~っ!」
ちょっと作ったぶりっ娘声でお願いすると同時に演奏が始まり、観客たちの期待は高まっていく。
私達のショー、最初の曲目はアニソン、ではなく歌って踊れるボカロ曲だ。
――君色に染まる――
ライトで明るく素敵な恋の歌が始まり、私とエマは、コケティッシュかつハートフルなダンスを始める。
この曲を選んだ理由はそれだけではない。分かりやすく手拍子を入れられる、つまり観客も演奏に参加できるのだ。
それによる一体感は、とてつもない波と熱を生み出していく。
観客席は一応ロープで区切られているのだが、熱狂した観客によって歪められ、もう杭が抜けかけていた。
くるりと回る私達に合わせてふわりとスカートが舞えば、大きなどよめきが。ぴょんっと飛んでたゆんっと揺れれば大きな歓声が上がる。
……揺れたのっ! 私も揺れたの!! 絶対揺れたから!!!
なんて心で叫びつつ、笑顔で観客を魅了していく。
たった三分間の短いダンスで、私達は彼らの心を虜にしていた。
歌とダンスが終わった瞬間、割れんばかりの拍手と口笛、アンコールの声が沸き起こる。
私はそれに応えたかったが、肺が異常なまでに酸素を欲しており、呼吸以外の行為は難しかった。
かろうじてといった感じでエマと共に手をあげると、更なる歓声が応えてくれる。
「どう?」
息も切れ切れになりながら、隣のエマに囁く。
「すごい……です……」
返って来たのは目が潰れそうなくらいに眩しい笑顔だった。
振り返ってみれば、グラジオスもハイネも同じような笑顔を浮かべている。そして、それは観客のみんなも。
「みんな~っ! 楽しんでくれた~!?」
もう答えは分かっている。観客たちの笑顔がその証拠だ。
私達の歌とダンスは、この世界に風穴を開ける事が出来たのだった。
「じゃあちょっとここで人の入れ替えをしたいと思いま~す」
ここで歌を聴ける人数は限られている。
そのため、入れ替えなければ沢山の人に笑顔になってもらえないのだ。だからお願いしたのだが……。
観客は不満たらたらだった。
「ごめんね~。みんなに見てもらいたいの~」
「お、お願いしますっ」
女の子二人にお願いされてはさすがに兵士たちも納得する他ないのか、相当に後ろ髪を惹かれながら次の観客に場所を譲ってくれた。
今度は大体六十人満員である。しかも最初からかぶりついているため、触発された私達もやる気がもりもり湧き上がって来た。
「次っ、行くよっ」
――夜もすがら君想ふ――
これは先ほどの曲と同じく明るい感じのする曲で、選んだ理由も同じだ。
本当ならば同じ曲を演奏してもいいんだけれど……そんなのつまらないじゃない。
例え人が違っても違う歌と踊りで新しい刺激と興奮をあげたいのだ。
曲が始まった途端、先ほどの歌を聴いて散ろうとしていた兵士さん達の足が止まる。そして申し合わせたように全員が反転して戻ってきてしまった。
歓声が上がり、いや、膨れ上がり、それが人を呼んで更に更に更に。
熱は際限なく生み出され、狂乱は留まる事を知らないくらいに広がっていく。
新たに追加された四分間。その時間はきっと夢に満ちた喜びだけの世界だった。
歌が終わっても、なお手拍子は止むことなく続いている。
もう一回、もう一回と観客からせがまれれば私達も応えたいところだが、次に待っている観客の顔を見ればそうもいかなかった。
「は~い、皆さん! 順番ですよぉ!」
私は息を整えながら誘導をかける。ふと、周囲の人ごみの中に知った顔を見つけた。
誰あろう、ザルバトル公爵である。
大方、騒がしいので様子を見に来たら、場の空気に飲まれてしまったといった所か。
内心、大いに溜飲の下がった私は……次への布石を打つことにした。
どや顔してても何にもならない。次に、他の場所で、更に多くの人たちの前で歌えた方がよっぽど楽しいからだ。
「みんな~ちょっと聞いて!」
その場に居る騒ぎが治まるまで少し待つ。
そして私の声が通ると判断してから私は言葉を継いでいく。
「今日の、この催しを許可して下さったのは、ザルバトル公爵です! 皆さん、ザルバトル公爵に……」
私は声と共に手を伸ばして丸い体のザルバトル公爵を指し示した。
人の波が二つに割れ、ザルバトル公爵だけが取り残される。公爵は、え? え? といった感じで周囲を見回していた。
「感謝の拍手をお願いしますっ!」
一瞬の後、盛大な拍手がザルバトル公爵へと送られる。きっと悪い気はしないはずだ。
まあ、小さく「ホントかよ」とか「あの公爵が?」とか言われたりしているが……。
これで気を良くしたのなら、間違いなく次の公演も受け入れてくれるだろう。
……あ~、調子に乗ってるや。
堂々と手を振り上げて全身に喝采を浴びてる……。分かりやすい人。
「じゃあ~……次、いっくよぉ!!」
それから私達は曲を変えダンスを変え、大勢の観衆を前に全ての衝動を最後の一滴まで振り絞って歌い、踊り続けたのだった。
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