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第22話 とりあえず歌えばいいんじゃない?

 モンターギュ侯爵の守る砦は、その名をモンターギュ砦と言い、国境を守るまさに防衛の要といった砦だ。


 山の頂付近に建てられた城から、峡谷を塞ぐような形で巨大な城壁を形成していてイメージ的にはまさに音符のような形をしている。


 城そのものは輪状砦と言って、八本の居住可能な塔が中庭を囲んでいる形で、これが実に歌いやすい構造をしているのだ。


 中庭に立って歌えば、周囲の塔全体に声が響くという寸法である。


 荷物を部屋に運び入れ、幌馬車を既定の場所に停めるなどのやるべきことを終えた私は、エマさんを引き連れて中庭にまでやってきていた。


「むむ、無理ですぅ~」


 出会った当初のお姉さんっぽさはどこへやら。エマさんは目尻に大粒の涙をためながら、まるで子供のように中庭と塔とを隔てる扉にしがみついて訴えかけて来た。


 私はメイド服の襟首を掴んで思いっきり引っ張るが、テコでも動かないといった感じだ。


「そんな事ありません、絶対出来ます~」


 大体エマさんはグラジオスのメイドだったのだ。門前小僧なんとやら。というかグラジオスに教え込まれてしまった結果、エマさんもある程度歌ったり楽器を扱ったりできるのだ。竪琴の腕前ならば、グラジオス以上ではないだろうか。


 エマさんに必要なのは度胸だけ。私はそう確信していた。


「だからいい加減……観念してっ……てばっ!」


「無理無理無理ぃ~!」


 どうやら私の力と体格じゃあどうしても動かすことは不可能そうだった。


 私にもうあと数センチ身長があればなぁ……。


「絶対ここを動きませんからっ!」


 絶対って言われてしまった。仕方ない、グラジオスに説得してもらおう。


「もぉ~~、せっかくあんなに練習したのに~」


 困り果てた私が手をこまねいていると、手が空いて休憩中と思しき兵士たちが通りかかった。


「あ、キララさん」


「どもっす。もしかしてまたっすか?」


 私は彼らの名前など知らない。でも彼らは慰問コンサートをしただけの事はあって私の顔と名前をきちんと覚えていてくれたようだ。


「そーそー。今度は私とリュート演奏だけじゃ物足りないかなって思って新人つれて来たんだけど、動かなくなっちゃって……」


「新人……」


 兵士たちの視線が扉にしがみつくエマさんへと移動した。


 ……おい。お前ら今胸見たろ、おい。しかも顔より先に胸見て笑ったろ。分かってんだからな。この馬鹿ども。


 私はとりあえず頭の中で彼らを死刑にしておいた。


「あ~……これは……」


「美しい方っすねぇ……」


 は? は? お前ら私の時そんな反応したか?


 胸か? やっぱり胸かおい!


「そ、それでね? ちょっとこのエマさんを動かす手伝いをしてほしいんだけど……」


「ひぃぃっ」


 二人の兵士は見た目からして筋骨隆々ムキムキのマッチョマンだ。彼ら一人でも手伝ってくれれば、楽々拉致……ではなくて運ぶことが出来るはずだ。


 私はそれを期待したのだが……。


「え~っと」


「……なぁ?」


 兵士の二人は互いに顔を見合わせ、手伝ってくれる様子はなかった。


「どうしたの?」


「だって……嫌がってるみたいだし?」


「というか何処触っていいかわかんねえっす。いかにも女性って言うか……」


 それを聞いた瞬間、ドバンッと何かがぶつかった様な、奇妙な音が響いた。


「ひぃぃっ」


「あ……あ……」


 ん? どうして彼らは怯えているんだろう。


 どうしてエマさんは顔を真っ青にしているんだろう?


 意味が分からず私は周囲を見回して……気付く。


「ああ、私だったのね……」


 音の出所は私の隣の壁で、原因は私が無意識に殴っていたせいだった。


 私は壁から手を離すと、ゾンビみたいにゆらゆらとエマさんへ近づいていく。


 エマさんは私の怒気に圧倒されているのか、歯をカチカチと鳴らして震えている。


「どこを持てばいいか? 簡単じゃない」


 私はエマさんの背後に回り込み……。


「ここを持ちなさいよ! ここ!」


「ひゃうぅぅっ!!」


 思いっきり両手で()()の胸にぶら下がっている肉の塊を揉みしだいた。


「ちょうどここにとっても持ちやすそうな飛び出た部分があるでしょ! ここ持てばいいのよ! ここはこの為にあんの!」


「や、やめぇてぇぇ~」


 二つの巨大な果実は私が加える圧力に一切の抵抗を見せず、むにょんむにょんと変幻自在に形を変えていく。


 あまりの破壊力に、兵士の内一人は鼻から血を吹き出して倒れ、もう一人は何事かぶつぶつと呟きながら壁に何度も頭を叩きつけ始める。


 そんな事は関係ないとばかりに私はひたすら()()のおっぱいを揉み続けた。


「これかっ! 男どもはこれがいいのかっ!」


「ひぃぃんっ。やめてぇぇぇっ!」


「黙れ! ちょっとは寄越しなさいよ! こんなにあるんだからいいでしょ!?」


「むりぃぃっ!」


「無い人の事考えたことあるの!? なのに肩が凝るんですぅとか嫌味かっ!」


「もう私怨入ってるぅぅ!!」


 この騒動は、グラジオスがやってくるまで続いたのだった。








 会合が終わり、騒動を聞きつけてやって来たグラジオスが、泣きじゃくるエマを慰めている。


 エマは子どものようにうずくまり、グラジオスに頭を撫でられ続けていた。


「ったく……何をやっているんだ……」


「えうっ、えぐぅ……殿下ぁぁ……」


「あ~……ご、ごめんねエマ。つい変なスイッチ入っちゃったんだ……」


 一応心から謝罪しておいたが、許してくれるかどうかは分からなかったので、今度グラジオスからもらった砂糖菓子を譲ろうと心に決める。


「それで、お前は何をするつもりだったんだ?」


「え、え~っと、エマってば恥ずかしがり屋ってだけみたいだから、中庭で叫んで度胸をつけさせようかなって思って……」


 今思い直せばちょっとだけ荒っぽすぎたかもしれない。


「誰も彼もが雲母の様な鋼の心臓を持っているわけではないという事を肝に銘じて置け」


「は~い」


 最後にもう一度、ごめんねと囁いたら、エマは小さく頷いてくれた。どうやら許してくれたのかもしれない。


「……まあ、確かにエマの歌声は綺麗だから俺も聞いてみたいが」


 ナイスッ!


 私は思わず心の中でガッツポーズをした。


 エマはなんだかんだ言って、グラジオスの事を慕っている。だからこそ、楽器なんかも覚えたはずなのだ。そのグラジオスが聞きたいなどと言えば……。


「……で、殿下? お、お戯れを」


「いや、戯れなどではないぞ。俺は本心からそう思っている」


「え、う……あ、や、あ?」


 エマに断れるはずがない。


 エマは涙の止まった瞳を彷徨わせ、赤くなった頬と頭で必死に言い訳を探すが、そんなものは欠片も無かった。


「姉御、荷物をお持ちしました!」


「うっす!」


 そこへ、折よく先ほどの兵士二人が仕事道具を持って帰って来た。何故か姉御呼びで敬語の上に敬礼までしている意味は分からないが。


「あ、ありがと~。じゃあさ、二人にしてほしいんだけど……」


 二人の仕事道具。それはシンバルと太鼓である。


 軍というものは、命令を素早く伝達するために、様々な工夫をするのだが、その一つが楽器を用いる事なのだ。二人はちょうどその奏者だったのだ。だから私はこれ幸いと、二人にドラムの役目を押し付け……やってもらおうと考えていた。


「そんなに難しくなくてね。特定のパターンで叩き続けてほしいの。私が合図するから、そのパターンを変えて」


「分かりました」


「了解っす!」


 その後、多少の練習を経て習熟すれば……。


「じゃあ、歌おう!」


 開演だ。


「お、おいこら、雲母! 引っ張るな!」


「え? なに~? 聞こえなーい」


 なんて大嘘を付きながら、私はグラジオスと共に中庭へ駆け出ると、


「用意はいいかぁ! 野郎どもぉ!!」


 大声で叫んだ。


 数秒遅れて周囲に立ち並ぶ塔のあちこちからバタバタと扉や窓の開く音が聞こえてくる。


 そして、


――オオォォォッ!!


 と大きな歓声が沸き起こった。


 観客と喉は十分に温まっている。なら、始めるしかない。


「グラジオスっ! 構えてっ!」


「ま、待て、俺は……」


「アンタがやんないと始まんないでしょうが。それともなに? これだけの人待たせてなにもしないの?」


「ぐっ……」


 グラジオスは、結局リュートを握って……いや、ノリノリじゃん……。


 仕方ないなと口では言ってるのに、じゃかじゃかかき鳴らしちゃってまぁ……ひねくれ者なんだから。


「エマも来るっ。無理なら歌わなくていいからソコに居る!」


「はっはいっ」


 エマと、奏者の二人も準備万端だ。


「グラジオスッ。シャウト系で行くよ。エマに見せつけてあげてっ」


「シャウト……あ、あれか?」


「そう、あれ!」


 シャウト。日本語で叫ぶという意味を持つ。


 歌であればメタルなんかで凄い叫び声を上げるのだが、いかなる曲も内包するアニソンに、もちろん隙はなかった。


――THE HERO!! 怒れる拳に火をつけろ――


 アニソンと言ったらこのグループ。このグループと言ったらアニソン。と呼ばれるほどの伝説的なグループ。JAM Pr○jectが歌うこの曲は、とても熱く叫び、激しく叫んで、最強のヒーローの気持ちを歌った歌で、あまりのノリの良さに外国人歌い手たち(というかプロの人も居た)がこぞってカバー曲を作ったほどだ。


 そんなとにかく燃える歌を、私とグラジオスは叫びに叫びまくった。


 当然、観客も沸き立ち私達に対抗するかのように声を上げる。


 それを超えるべく私達も声を槍に変えて空へと突き上げた。


 最後のシャウトが終わり、全てを出し切った私は思わずその場にひっくり返ってしまう。


「キ、キララさん!」


 あまりの衝撃で呆然となっていたエマだったが、びっくりして私の所に駆け寄ってきてくれた。


「大丈夫ですか?」


「だいじょーぶだいじょーけほっ」


 ……ちょっと喉痛いかも。


「最終的にエマもこのぐらい叫べるようになるから」


「む、無……」


「無理じゃないよ」


 ねえ、とグラジオスに視線を向ける。グラジオスも喉を傷めたか、無言で頷いた。


「エマならできるって。私達と一緒にうたお」


「…………」


 結局、はっきりした返事はなかったけど、きっと吹っ切ってくれるはずだ。


 だって、あんなに満足そうなグラジオスと私の顔を見たんだから。


「――じゃあ次の曲行くよーーっ!」


「ああ」


「まだやるんですかっ!?」


 私の宣言を聞いてエマが驚く……というより呆れる。


 でも仕方ないじゃない。私は歌が、歌う事が好きなんだから。

読んでくださってありがとうございます

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