第129話 雲母、出ます!
お茶を飲んで喉の渇きを癒した私は、立ち上がると……、
「おっふと~ん」
ベッドの上にダイブした。
シーツがちょっと湿っぽい気はするが、基本的に問題はないだろう。……私の責任だろうし。
私はそのままころんっと転がると、隣に大きな隙間を作り、手でぽんぽんと叩く。
「グラジオス、ここ来てここ」
「……変な事しないだろうな」
さっきので変な警戒感持っちゃったみたい。
というかそのセリフは私の方が言いたいんだけどなぁ。
「口直しに~」
私はちょんっと唇を人差し指で突っつくと、グラジオスの目に力が入る。
このドスケベめ。
「あまーいもの食べさせてあげるよ? なんて……」
ほんの冗談のつもりだったのに、グラジオスはめちゃくちゃガチの表情で私に迫ってきて……。
「ちょちょちょっ、目が怖いっ! なしなしっ、今のやっぱなしっ!」
慌てて手のひらをグラジオスに向けて止まる様に言ったのにも関わらず、グラジオスはまるでイノシシの様に私へ向かっての突進を止めない。
グラジオスは無言でベッドに侵入すると、私に覆いかぶさってくる。
「お前が先に誘惑したんだからな」
「したけど理性無くさないでよ、この発情猿っ!」
私はグラジオスの胸に手を当てて突っぱねようとするが、力で適うはずもなく……。
「雲母……」
グラジオスは左手を私の頭の横について、右手で私のおとがいを持ってくいっと上げてしまう。
そうなってしまったら……抵抗なんて出来ない。私の腕からは力が抜け、自然に目を閉じてしまう。
それをオーケーのサインと取ったのだろう。唇の隙間から私の中にグラジオスが侵入してきて……私もそれを受け入れてしまった。
「グラジオスのドスケベ、けだもの、野獣、色情狂ぉ~」
たっぷりと口の中を蹂躙されてから解放された私は、思いつく限りの罵倒の言葉を並べていく。
ついでに抗議の意味を込めて軽く握った拳でぽかぽかと殴りつける。……相変わらずまったく効いていない様だけれど。
「俺は悪くない。何度も言うが、雲母が自分の魅力を自覚せずに誘惑してくるのが悪いんだ」
「もぉ……言わないでぇ……」
私の転移ボーナスはグラジオス特効なんてスキルなんじゃないだろうかってくらいにグラジオスは私の事を好きでいてくれて、それと同じかそれ以上、私もグラジオスの事が好きすぎた。
「ほら、可愛すぎる」
そんな事を言いながら、グラジオスは私に体を密着させると、右腕を私の頭の後ろに、左手で背中から腰と撫で下ろして行って……。
「いててて」
「さすがにそこまでは許さないっ」
左腕を思い切りつねり上げてやった。
このままだとまたなだれ込んでしまいそうな雰囲気だったから。
「はい、もう充分でしょ」
半日以上やり続けてもまだ求めてくるってどんだけ精力旺盛なのだこの男は。
……もっと慣れていたらしてあげられたんだろうけど。
残念、もう時間だからごめんね。
「寝るだけ、いい?」
これ以上はホント怒るよ? って気持ちを込めて軽く睨みつけてやったら、グラジオスはごろんっと私の隣に寝転がって、降参だ、なんて呟いた。
「ねえ、結局あんまり寝てないんだから、きちんと寝よ」
グラジオスなんて、こうなる前から目の下に隈を作っていたというのに。
「……そうだな」
私は体を起こすとベッドの下に落ちてしまっていた掛け布団を拾いあげ、二人の体にかけながらグラジオスの隣に寝そべる。
……あったかい。
もうこの布団の中から抜け出したくないと思ってしまう位に、私の欲しいものだけで満たされた空間だった。
しばらく互いのぬくもりに溺れてまどろみの世界へと向かう。
グラジオスがうつろうつろしながら大あくびをかます。
……ああ、やっと効いてきたんだ、さっき飲ませた睡眠薬。
ちょっと遅いかなって思ってたんだけど、グラジオス体大きいから薬の効きが悪かったんだろうな。
「ねえグラジオス」
「ん?」
グラジオスの声は酷く間延びしていて眠そうだ。
でもこれだけは聞いて貰わないといけない。
だって……これでお別れだから。
「さっきの歌、どんな意味かあんまり分かんないって昔言ったじゃん」
「ああ、そうだったな……」
「あれね、ある意味嘘なんだ」
歌詞の中身は英語だから分からない。でも……使われた場面は知っている。
歌の意味と存在理由はよく知っているのだ。
「とある女の子がね、男の人の事を好きで好きでしょうがなかったんだ」
私みたいでしょ、なんて言葉に、グラジオスはほとんど回っていない頭で、俺もだ、なんて応えてくれる。
こんな状態になっても変わらない答えに、少しだけ胸がときめく。
「それでね。ある時男の人が絶体絶命の危機に晒されちゃうんだ。それで、女の子は男の人の為に自分の命を捨てるの」
「……悲恋の劇は……よくある、な。俺も……何度も……見た……」
「あの歌は、そんな時に流れた歌なの」
今の私みたいに。
いつも心の中に貴方が居るから、私は逝くことが出来る。
「ばいばい、グラジオス」
「なに……を、言って……? きら……ら……」
私は起き上がるとグラジオスの顔を覗き込んだ。
グラジオスは下りてくる瞼に対して必死に抗う。手は何も掴めずに空を泳ぎ、唇は私の名前を紡ぎ出そうとしている。
だがそれは幾度も重ねられた眠れぬ夜と睡眠薬の魔力の前には全て無駄なあがきだった。
「グラジオスが起きた時には、全部終わってるから」
「や……め……」
「ずっとずっと愛してるよ、グラジオス」
最後の悪あがきをみせる唇を、私は自らの唇で封じる。
お別れのキスが終わった時、グラジオスは規則的な寝息を立てて、優しい夢の世界へと旅立っていた。
うん、これでもし二度とグラジオスと会えなくなっても私は大丈夫。これだけ愛してもらったんだもん。一生分……だよ。
折れそうになる心を叱咤して、私はベッドから降りると、グラジオスの腕を布団の中に入れて寝相を整える。これで、やってきた人に対して衝撃的な痴態を晒すなんて事はないはずだ。
それから私は簡単に掃除をしてからグラジオスの鎧や剣を持って自分の部屋へと向かった。
装備一式を棚やベッドの下などに隠した後に、今度は自分の身支度を整える。
白いノースリーブのブラウスを着て、紺色のハーフパンツにスリットの入った黒いロングスカートを合わせてみたが……こんなものだろう。
深窓の御令嬢なんてものとは程遠かったが、王の妻として恥ずかしくない格好にはなっている。
最後に王家の紋章が柄に刻み込まれているグラジオスの短剣を持てば準備は完了だ。
私は最後にもう一度だけ鏡を見て自分の格好におかしなところがないかを確かめる。
さあ、戦争を終わらせに行こう。
私がきっかけになって始まってしまった戦争なのだから、私が終わらせるのが筋なはずだ。
グラジオスの事をこれ以上ないというほど感じられて、思い出として刻み込んだのだから未練だって……無い。
と思いたかったが、鏡の中の私は未練たらたらな顔をしていた。
「しっかりしろ、私」
頬を挟み込むように叩いて気合を入れ、もう一度自分を睨み返した。
「よしっ、じゃあ……」
行こう。
私の人生で最期にして最低なショーの始まりだ。
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