第107話 ほんの少しの前進
チクチクとシャツのほころびを縫い繕う。
コスプレ衣装を自分で作っただけあって、裁縫はまあ得意な方だ。
でもそれはミシンがあった地球での話。
ずうっと手作業だけで縫い続けるのは、正直言って相当苦痛だった。
ミシンは構造的にはさほど難しいものではないのだが、毎回下糸を確実に通し続ける精度を出せるかとなると話は別だ。
この世界における冶金技術の低さや彫金技術ではちょっと難易度が高いだろう。
洗濯機の歯車とは求められるレベルが違うのだ。
「む~~」
もっと体を動かすような仕事の方が性に合っているのだが……。
「んんっ、キララ様」
唸っていたら、家令さんに注意されてしまった。
他のメイドさん達と同じ扱いにしてくださいと頼んでみたのだが、様付けだし敬語を使ってくるとはいえ本当にいちメイドとして扱ってくれるという、線の細い見た目と違ってなかなか豪胆な女性だ。
「すみません」
謝罪をしてから作業に戻る。
そのまま無言でチクチクやっていたら……何故か外が騒がしくなってきた。
口笛や歓声のようなものまで聞こてくる。
もしかしてこの戦争が終わったとか? なんて期待に胸を膨らませて居たら……。
「キララ様」
また注意されてしまった。
「針仕事をなさっているというのに、その様に気もそぞろでは危のうございます。特別扱いをして差し上げましょうか?」
特別扱い。つまりは私がグラジオスの奥さんである王太子妃として扱うという意味である。
さすがにそれは勘弁してもらいたい。地位の高い人にはあまりなりたくないのだ。
だって同年代の女性であるメイドさん達と普通に屈託なくおしゃべりとかしたいし。
「はい、すみませんでした」
私は謝った後に作業に戻ったのだが、やはり気になって仕方がなかった。
私以外にも衣服の補修を行っているメイドさんは居るのだが、彼女たちも興味を隠し切れない様だ。
そこへトントンと扉が叩かれる音が響いた。
「何か?」
家令さんが作業の手を止めぬままに扉の外へ問いかける。
「殿下がキララ様をお呼びになってらっしゃいます。それからエールの樽は幾つまでなら開けても良いかと」
お、祝杯?
でも全部開けろってわけじゃないから終わったわけではなさそう?
「すみません、何があったんですか? 場合によっては着る服とかあるんで……」
なんて、実は何があったか知りたいだけだけど。他のメイドさん達も知りたいだろうし。
「オーギュスト伯爵が奇襲を成功させたとの事です。詳しくは私も聞き及んでおりませんが」
私とメイドさん達は思わず歓声の声を上げる。
オーギュスト伯爵は少数兵士と共にこっそり出撃し、敵補給部隊を攻撃する手筈になっていたはずだ。
どのくらいの打撃を与えたかは分からないが、戦争終結が早まったことは確かだろう。
私は扉の向こうに居る兵士と思しき男性に礼を言ってから立ち上がる。
「じゃあ、その……すみません」
「はい」
うひー、家令さんの声が怖い。
べ、別に針仕事がヤなわけではないですよ~。呼ばれたから仕方なく。仕方なくですからね。
なんて心の中で言い訳を並べ立てながら道具を片付けた後、私は急いでグラジオスの所へと向かったのだった。
「オーギュスト伯爵! 皆さん! お疲れ様です!」
私はスカートの裾を片手でつまんで走りながら大声を上げる。
ちょっとはしたないかとも思ったが、オーギュスト伯爵の後ろに控えている兵士さん達が嬉しそうに手を振ってくれたので良しとしておこう。
そのまま全速力でグラジオスの隣にまで走る。
「兵をねぎらうと言ったら何をするか分かるな?」
たどり着いたばかりの私に、グラジオスがそう言ってニヤリと笑いかける。
そんなの言われるまでもない。
こういうチャンスは逃さず歌っていくのが私達のスタイルだからね。
グラジオスも久しぶりに歌えるから嬉しいはずだ。
「分かる分かる。エマとハイネは?」
「お前より先に来たからな。既に準備しに行ったぞ」
出遅れたー。でも私が一番楽だしってグラジオスの楽器は私が用意しなきゃダメだった。急がなきゃ。
「ありがと、行ってくる!」
来て早々自室へと飛んで戻る羽目になったが、この苦労はむしろ嬉しい苦労だ。
歌う為なら買ってでもやりたいくらいだ。
私はオーギュスト伯爵に一礼した後また走り出した。
――シュガーソングとビターステップ――
宴席の中、任務の重圧から解放されてはしゃぎまわっている兵士たちの間をクルクル踊りながら歌い続ける。
目の前の兵士の手を取って飛び跳ねたり、ハイタッチを交わしてみたりととにかく精一杯歌を捧げ、雰囲気を盛り上げていく。
目の前に居る兵士たちは、全員命を捨てる覚悟で戦ってくれた。
そしてその結果、補給部隊の一つを壊滅させるという功績を上げてくれたのだ。
その功績と覚悟に報いる為にも私は歌い続けた。
もちろん、私自身も歌を楽しんでいたが。
「みんなありがとね~」
曲が終わり、私は大声でみんなにお礼を告げる。
兵士達はそんな私にエールの並々注がれたコップを突き上げて喜びを表してくれた。
「じゃあ次は……」
何の曲にしようか。そう仲間たちと相談しようとした時。ふっと一瞬目の前の景色が歪み、足元に大きな落とし穴が現れたような錯覚に陥る。
カクッと足から力が抜けて、私はその場にしゃがみこんでしまった。
「どうした、雲母」
慌ててグラジオスが私の所にまで一足飛びに駆け寄ってくる。
「……大丈夫。さっき回りすぎて目が回っちゃった」
実はこうなった原因に、心当たりがあった。でもグラジオスを心配させないように私は適当に言い繕う。
グラジオスは一応その言い訳で納得してくれたのか、そうかと頷いた後に私の手を掴んで引き起こしてくれた。
その様子を見た兵士達が、ヒューヒューと口笛を吹いて私達を茶化し出す。
「おい、からかうな」
なんて言っているが、グラジオスの顔はニヤついている。
私との仲が周りからも祝福されているのが嬉しいのだろう。
私も雰囲気に乗って、
「やぁ~ん。私愛されてる~」
なんて言って混ぜっ返してみると、兵士たちも大声で笑いだした。
……うん、大丈夫かな。
完全に煙に巻けたと判断した私は、仲間の方へと振り返る。
「ねえ、次だけど……楽しい曲で行きたいよね」
「あ、それなら自分ロックな曲がいいと思うっす!」
趣味丸出しのハイネの言葉に苦笑を返しつつ、私は次の歌の準備を始めるのだった。
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