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第103話 衛生兵な私は怪我人から癒される

 私は戦場には出ない。


 出させてもらえないというのもあるが、出てもこんなチビの女は足手まといにしかならない。


 だから怪我の治療に回ったのだが……そちらも戦場同様地獄だった。


「矢を抜くので口に布を詰めて!」


「はいっ」


 無精ひげを生やした医者の指示に従って、痛みで意識がもうろうとしている兵士の口に汚れた布を詰め込んでいく。


 兵士の腹部には深々と矢が突き立っており、そこから止めどなく血が流れだしていた。


「手を押さえて。違うっ。上に乗って足で踏んで押さえてっ」


「はいっ」


 治療を施す際、痛みで動いてしまえば余計傷口を広げ、最悪死に至る。


 絶対に体が動かない様にするためにはどんなことをしてでも固定しなければならない。


 私は兵士の体の上に馬乗りになると、両ひざを使って兵士の両手を固定する。


 医者は兵士の足を器用に足で挟み込んで固定していた。


「行くぞ、三・二・一……ゼロっ!」


「ん゛~~~っ!!」


 医者は掛け声と共に矢を思い切り引き抜いた。


 矢じりについた返しが腹部の傷口をぐちゃぐちゃに抉る。


 皮膚とその下にある黄色い脂肪がめくれ返り、鼓動に合わせて赤い血がドクドクと溢れ出る。


 思わず目を背けたくなるような光景だが、そんな事絶対にしてはいけない。


 これは私の我が儘の結果なのだから。


 私は痛みに苦しみ暴れまわる兵士を必死になって押さえつける。


 大丈夫だからと必死に囁きながら。


 その間に医者は傷口にお酒を拭きつけると、麻酔もなしに針と糸で傷口を縫い合わせていった。


「後包帯巻いて、終わったらこの人運んで」


「分かりましたっ」


 私にそう言った後、医者は別の怪我人へと走って行く。


 怪我人はまだまだ沢山居る上に、これからも増え続けるだろう。


 何故なら今も外では必死の戦闘が繰り広げられているのだから。


「頑張りましたね。でももう大丈夫ですよ」


 私は治療が終わったばかりの兵士に手を添え、ゆっくりと体を起こす。


 兵士は土気色になった唇を震わせ、荒い息を何度も何度も繰り返していた。


「口の布、取りましょうか」


 私は声をかけつつ兵士の口からはみ出てている布の端をつまみ、口から布を引きずり出すと、エプロンのお腹に付けられた大きなポケットに放り込む。


「すみません、服をめくっててもらえますか?」


 兵士に声をかけながら私は処置を施していく。


 程なくして腹部にしっかりと包帯を巻き終える事が出来た。


 後は処置室からベッドのある療養室まで運ばなければならないのだが、体格的に小さすぎる私が大人の男性を持ち上げて運ぶことなど不可能だ。


 したがって肩を貸す程度しかできない。


「立てますか?」


「……ああ」


 私は習った通り、兵士の腕を肩に担ぎ、反対側の脇の下に腕を滑り込ませて力を籠めて兵士の体を持ち上げる。


 多少兵士は呻いたものの、ゆっくりと立ち上がる事に成功した。


「ベッドのあるところまで行きますからね。ちょっと歩かなきゃいけないですけど頑張ってください」


 この人は比較的軽い怪我であるため、少し遠めの療養室に連れて行かねばならないのだ。


「……ひ、姫さん」


「なんですか?」


 私を姫と呼ぶという事は、何度か公演に来てくれた人だろう。


 歌を喜んでくれて、その上こうして戦ってくれている。こういった人たちには本当に頭が上がらない。


「すまねえな、へましちまってよ」


「……謝らないでください」


 私の望みを叶えるためにこの兵士は戦ってくれて、下手すれば命を失ってしまうところにまで行った。


 私が一方的に迷惑をかけているのだから、何も悪い事なんてしていない。


 むしろ謝るのは、私の方であるべきだ。


 ……でも一度謝ってしまえば私は罪悪感に押しつぶされてしまうだろう。


 それに謝るべきじゃない。この人たちは私のために戦ってくれたのだから、謝るよりもふさわしい言葉があるのだからそれを言うべきだ。


「本当にありがとうございます。私は貴方達に心から感謝しているんですよ」


 そう言いながら、私は兵士と共にゆっくりと歩き出した。


 騒がしい処置室を出て廊下を進む。


「感謝って言われても……初日でこれだぞ?」


「関係ありません。戦ってくださったんですからそれだけで感謝しているんです」


 そんな事を話しながら療養室へと歩いていった。


 途中、まだ先にある療養室まで歩かなければならないことを知って、兵士が天を仰ぐなんて事もあったが、何とかしてたどり着く。


 私は兵士をベッドにまで連れて行った。


 兵士がベッドの上で横になり、ほっと息を吐く。


「何か気になったこととかありませんか?」


「いや、別にねえな」


「良かった。じゃあここで安静にしていてくださいね」


 そう言い残して去ろうとした瞬間、あっと兵士が声を上げる。


「どうしました?」


 何か重大な事でもあったのかと思ったのだが……。


「そういやぁ姫さんは将来王妃様になるんじゃねえか……。俺ぁとんでもねえ口をきいち……きいてしまいました。すま、すみません」


 なんだ、そんな事か。と適当に受け流して早く処置室に戻ろうかと思ったが、ふと医者から教えられた事を思い出したので会話を続けることにする。


 医者によれば、怪我をした直後などは心理的に大きなショックを受けているため、安心させることが出来ればその後の回復速度は段違いに速くなる。死ぬかもしれなかったのに、安心することで生き延びられるようになったケースもあるらしい。


「そんな気にしなくて大丈夫ですよ。大体まだ結婚してませんし。私は普通の平民ですよ」


「いやでもですね……」


「えぇっ!? まだ結婚してなかったんですか?」


 唐突に他の兵士が私達の会話に参加してくる。その兵士は顔半分が大きく焼け爛れていたが、それを意に介する様子は全く見られないためかなり明るい性格の様だ。


「ええ、一応結婚指輪を職人に頼んではいますけど、まだ受け取ってもいない状況です」


 発注した職人はピーターだったりする。


 あれから二年経ち、少年だったピーターはずいぶん成長しているようだった。


 身長も伸びててちょっとは寄越せこの野郎とか思ったのはまた別の話である。


「はー……僕はてっきり殿下とだいぶ深い仲になってて発表がまだなのかなとか思ってましたよ。海外公演も新婚旅行を兼ねているものとばかり」


「バッカ、殿下は紳士でらっしゃるんだぞ。お前とは違うんだよ」


 紳士かぁ。つまり他の人から見てもやっぱりグラジオスは奥手に見えるんだ。


 結婚するまでそういう事をしないっていうのが美徳というか、やって当たり前って感じらしいけれど、それを差し引いてももうちょっとガツガツ来て欲しいかなって思ったりもするのよね。


 でも海外公演の前から私とグラジオスってそう見られてたんだ。


 あ~、もっと早くから素直になればよかった。ちょっと後悔。


「あと殿下はアレだっただろ? やっぱり奥手にならざるをえないんじゃないか?」


 ずいぶん含みのある言い方だけれど、やっぱりあのいじめは相当有名だったみたいだ。


「そこから雲母さんが助けたんですよね?」


「ま、まあそんな感じですね」


「殿下も尻に敷かれるわけだ」


 待って、なんか会話の流れが変な方向に行ってない?


 ……嫌な予感がする。


 あんまり時間潰しても処置室に悪いし、ここは撤退しよっかな。


「そ、それじゃあ私はまだ仕事があるので……」


「ああ、すみません」


 コイツおしゃべりなんですよ、とは同室のみんなが言っているので、顔を火傷した兵士は相当賑やかな質なのだろう。


 でもそんな人が居ればそんなに暗くなったりしないかな。


「あ、でも最後に一つだけ。雲母さん。僕たちは全員、殿下と雲母さんの幸せを願ってますから」


 ――え? なんで、そんな……。


「そうそう。殿下は今までがアレだったからいい加減幸せになってもいいよなって」


 そんな事言われたら……。


「あ、ありがとうございます。それじゃあ」


 私はこみ上げてくる感情を必死に抑え、平気なふりをする。


 だが、


「お幸せに!」


「やっぱり好き合ってる二人が夫婦になれないのはおかしいですよ!」


 次々に言葉をかけられ、私は――限界だった。


「……っ」


 私は頭を下げると急いで部屋を出て行く。


 嬉しかった。


 恨みに思われているんじゃないかと不安に思っていたから。


 でも、これだけ祝福されている事を知って、少しだけ、心が軽くなっていた。



読んでくださってありがとうございます。


なお、最終話である139話まで書き上がりましたので、エタる心配はございません

毎日投稿していく予定ですが、もしなかったら、今日は投稿し忘れたか…と思っていただければ幸いです

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