8. ~回顧編~ 才能
クロムとシリカが目覚めたのは翌日の夜が明けてからのことだった。原因は魔力枯渇。ろくに魔法を使ったことのない2人が部屋を水浸しにするほどの魔法を使ったのだ、当然と言えば当然だった。
娘が倒れたと聞いたシリカの親もバリオンの説明を聞いて安堵の表情を浮かべていた。
今回の被害としても大したものはなかった。部屋の壁や床にも大した傷はなく、魔石はもともと水の中に入れたとしてもどうにかなるような代物ではない。紙でできている魔導書等の本たちこそ問題になると思われていたがバリオンが購入した本は全てに保護魔法をかけてあったので、濡れた程度では全く劣化などしていなかった。
あえて上げるなら部屋がより散らかったおかげで部屋を片付けるバリオンの手間が増したことくらいであろうか。
初め、バリオンも、他の2人の両親も子どもの失敗、ということで軽い注意をしてこの件を済まそうしていた。とこが、彼らが驚くのはこれからだった。
2人が目覚めた後、事情を聴いたバリオンはあれだけの事態を引き起こした魔法が立った4歳のシリカ1人によってなされたものだと聞いて驚いた。バリオンの予想ではこの時の魔法は『ウォーターボール』。水魔法の基本となる魔法だ。この魔法を使おうとしたときに2人同時に魔力を暴走させてしまったのだろうと。そうでなければ4歳前後の子どもの魔法で、部屋中に水が飛び散るまいと考えたのが根拠だった。
ところが実際は、暴走させてしまったのはシリカ1人だという。つまりシリカは4歳で、そして初めて魔法を使った身で、並みの4歳児の2倍もの魔力量を持つことになる。
一般に、魔力というのは幼少期に鍛えた分だけ、成人したときの魔力量が多くなる。12~13歳くらいまでに魔力を使い切った回数が多ければ多いほど、14~15歳で起きる魔力量の伸びが大きくなるのだ。そして18を超えるとほとんど魔力量が伸びなくなるという。
4歳児でさしたる個人差が生まれるはずがないのに個の魔力量とは。バリオンはシリカの魔法師としての才覚を感じた。
他にも、クロムとシリカは手の平から何かが出て行くのを感じたという。バリオンはそれは魔力だとわかった。クロムとシリカは初めて魔法を使う身でありながら『魔力感知』を備えているというのだ。本来は魔法の修練を始めて2~3年間苦労してやっと身につけるものだというのに……
極めつけはクロムの話である。聞けばクロムは何かが手をかざせば避けていったので、両手を使ってふさいでしまおうと考えたとか。そして、それで『ウォーターボール』を霧散させることに成功したのだと。
これを聞いた時、バリオンはついに自分の耳がおかしくなったのかと勘違いした。魔力の流れを手を使って妨げようなど聞いたことがない。それが確かなら詠唱無しで魔法を消すという魔法を使ったことになる。詠唱無しに魔法を使える人がいるとは聞いたことがある。でも俺は会ったことがない。もしやクロムはその才能があるのか? バリオンは自分の息子が持つかもしれない才能にこの日何度目かわからない驚きを感じた。
ひとしきりバリオンに事情を話した後、クロムとシリカは大人しく家の外で遊んでおくようにという、少々矛盾した指示を受けた。
どんなお叱りを受けるのかと恐々としながら、近くの田んぼの畦道で何をするでもなく空を眺めて時間をつぶした。バリオンに呼び出しを受けたのは昼になろうかという頃だった。ああ、ついにお説教タイムだ……
ところが、イダルトゥの家の居間に入れられて真っ先にバリオンに伝えられたのはお前たちに魔法の訓練を受けてもらう、というものだった。
「魔法、ですか?」
「ああ、今回のことで俺は確信した。お前たちは魔法の才能がある。きっとしっかり魔法を学べば、俺以上の魔法師になれる。」
「このことは母さんには……」
「シャーナにも相談の上だ。もちろんシリカちゃんの母さんにもな」
「お母さんにもですか?」
「ああ、嬉々として賛成していたよ。」
「てことは今回はお説教は無し?」
「俺からはな」
「え?」「?」
「後で母さんたちからたっぷりとどうぞ」
サー、とクロムとシリカの顔が青くなる。こんなことならバリオンに叱られた方がよかったと。バリオンはそんな2人を無視しながら話を続ける。
「とはいえ、俺が教えられるのは魔法の実践がメインになる。理論については学者のシャーナが中心になって教えることだろう。それとクロム。」
「なんでしょうか」
シャーナに叱られることを想像してか、クロムの口調がやけに丁寧になっている。
「お前、以前から剣術を習いたいと言ってたよな?」
「うん」
「ついでに、ミセルさんに話を通しておいたぞ。5歳になってからだったらいいとさ」
「おじいちゃんにですか?」
「ああそうだ。」
ここでミセルさんと呼んでるのはシリカの母方の祖父、ミセル・エレクトゥスのことである。
「詳しいことはまだ最終決定されていないが、シリカちゃんが4歳になった時に始めようってことになっている。1月後だがそのつもりでいてくれ。」
「「はい!」」
2人が嬉しそうに返事をした。魔法を学べる、使えるようになる。そう考えるだけで2人の心は嬉しさでいっぱいだった。
「さて、俺の話は終わったので」
そう言ってバリオンは居間のドアを開けた。そこには2人の女性。
「か、母さん」
「お、お母さん」
お説教タイムの始まりである。2人の心は、1日前とはまた違った恐怖でいっぱいだった。