よくあるプロローグみたいな
「えっ」
開口一番、出てきた言葉はこれだった――。
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僕の名前は 樫山 奏太 。
特に取り柄があるわけではないけれど、これまでの人生はそつなくこなしてきた自覚がある。
家事はもちろんのこと、学業だって際立った得意はなかったけれど、特にこれといった苦手もなく、記憶力を活かしてそつなくこなした。
将来設計もそつなく立てた。
国会議員政策担当秘書の試験にそつなく合格して、某大物国会議員に気に入られ、彼の公設秘書――政策秘書として、そつなく仕事をやってきた。
給金もしっかり出るから、将来への貯金も含めて資産運用もそつなくこなせた。
別に「そつなく」がモットーというわけではない。
でも、僕には人とは違う際立った個性みたいなものはなくて、その代わりにこの要領のよさを得たんだろうなと、事あるごとに感じていた。
まだ恋人もいないけれど、僕はこの先まだ見ぬ意中の彼女と共に、そつのない人生のレールに沿って、天寿を全うするまで添い遂げて、そつなく人生の幕を閉じるんだろうと確信していた。
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だからこそ僕の頭は真っ白だったし、二の句を告げられなかった。
そもそも、ここはどこだ?
この真っ暗な空間は何だ?
目の前にいる女性は何と言った?
まさか。
まさか――「僕が死んだ」だって?
大分歳をとった実家の母が、今でもたまに僕に仕掛けてくる、くだらない冗談のほうがよほど笑えた。
それくらい、信じられないことだった。
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「それでも、あなたはお亡くなりになったのですよ」
変わらず目の前に佇んでいる女性が、再び僕に無機質な声を投げかける。
いや、僕がその声を無機質に感じてしまっているだけなんだろう――実際、彼女と目を合わせてみると、その表情には些かの憐憫が感じられたような気がした。
「......お亡くなりになった、って、何で」
彼女が再度声をかけてきたことで、かろうじて言葉をひねり出すことができた。
僕の質問に対して、彼女は若干目を伏せて答える。
「それは......服毒によるものです」
「服毒!?」
「はい、あなたが亡くなった理由は、服毒によるものです。当然、あなた自身が望んで飲んだわけではありませんでしたが」
「一体どういうことですか......」
この女性の言っていることの意味が、全くわからなかった。
だから説明を求めるしかない。
彼女はしばし目を泳がせた。
それは事実を告げるべきなのか否か、逡巡しているようにも見えた。
若干の間のあと、彼女は決意したように口を開く。
「キノコ......」
「......え?」
「あなたがスーパーで買ったキノコのパックに、毒キノコ――ドクツルタケというキノコが混入していました」
「......は?」
あ、何だろう。すごく訊かなかった方がよかった気がしてきた。
「喜んでもいいんですよ。確率で言えば、宝くじの1等6億円を当てるよりもほんの少しだけレアです」
いや、それなら6億円が欲しかったんですが......。
「あなたはそれに気づかず、ドクツルタケごとすき焼き鍋に投入し、優雅な......言葉通り"最後の晩餐"を楽しんだということです」
僕は、また言葉を失った――。
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どうやら、僕が本来予定していた「そつなく天寿を全うする」という目標は達成されることなく、文字通り「あっけない」死を迎えたということだった。
どれくらいの時間が経ったかはわからないけれど、放心した僕の意識が戻って来るまで、目の前の女性は律儀に待ってくれていた。
おかげでこのくだらない自分の人生の幕引きに、僕は何とか納得することができた。
そうして余裕が出て来て、ようやく今の状況と、目の前の女性をちゃんと脳が認識しはじめる。
僕が今置かれているシチュエーションって、例えば美しい羽根が生えていて白いドレスを纏った美しい女性が、リンゴーンという鐘の音と共に現れて、魂を天国に導いたりとかしてくれるのが、定番の流れってものじゃないだろうか。
だけど、今はそうじゃない。
僕がいる場所はあたり一面真っ暗だし、そもそも僕が立っている場所も地面を視認できない。
浮いているのか、それとも目で見えないだけなのか......。
女性だって、天使とは似ても似つかない。
あたりの暗闇に溶け込みそうな漆黒のドレスを纏い、容姿は整っているけれど、顔に張り付いているのは穏やかな微笑みではなく、憂いと憐憫に満ちた――というか、若干面倒くさそうな表情だ。
ここはどこなんだろう。
そして、僕......というか、僕の魂はこれからどうなってしまうんだろう。
その問いに答えてくれそうなのは、当然目の前の女性以外にいなかった。
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「端的に言ってしまえば、あなたにはその魂のあり方のまま、新たな人生を歩んでいただきます」
「新たな、人生?」
僕の問いに、彼女はそう答えた。
「でも、あなたが今まで過ごした世界ではありません」
「それって、俗に言う違う世界への転生ってやつですか?」
「俗に言うのかはわかりませんが、そういうことになります」
彼女いわく、僕は生前に培った知識と記憶を有したまま、違う世界にて新たに産み落とされるということだった。
「それってもしかして、その世界を救う英雄になったりとか」
「それはないですね」
「......」
「......」
「じゃあ、その世界にはびこる悪を倒す勇者に」
「それもないですね」
「............」
「............」
「ええ......じゃあ、転生特典に特別な能力が宿ってとか」
「それはありますよ」
「えっ」
あるの!?
夢と希望溢れる未来が次々に否定されて、ガリガリとやる気を削がれたところになんという!
途端に目の前が明るくなる。
これは......いわゆる、誰もが中学2年生の頃、布団の中で憧れていた「俺TUEEE」というやつになれるのでは、と!
「そつなく」生きてきた僕にも、当然そういう時期はあったのだ。
そう、そつなく厨二病も経験したということだ。
要領のいい厨二病って何だ、という話については、またいずれ話すとして......。
年甲斐にもなく、僕は俄然ワクワクしてきた。
「一体どういう特別な能力が!?」
興奮のあまり、思わず彼女に迫ってしまう。
彼女は若干引き気味になりつつも、質問に答えようとして......固まった。
「......」
「......ど、どうかしたんですか」
「......時間が......タイムリミットのようです。すいません、失念していました」
「えっ、それは一体どういう」
途端、僕の体が光始める。
「こ、これってもしかして!」
「はい、転生が始まったのです」
じ、冗談じゃない!
僕は焦っていた。
まだ能力についても、転生先の世界についても、何も訊いていない。
でも、体はどんどん強い光を帯びていくし、意識が飛びかけていた。
「あ、あなたの能力は "エンゲージ"!あなたの人生を必ず豊かにする能力です!」
目の前にいた彼女は、見た目には似合わない大声を貼りあげた。
「私の名前はベダウロ――あなたの前世の後悔を成就させる、――女、神――」
視界が真っ白になる――。
そうして、彼女の言葉を全て聞く前に、僕は意識を手放した。