表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

よくあるプロローグみたいな

「えっ」


開口一番、出てきた言葉はこれだった――。


---


僕の名前は 樫山 奏太(かじやま そうた)

特に取り柄があるわけではないけれど、これまでの人生は()()()()こなしてきた自覚がある。


家事はもちろんのこと、学業だって際立った得意はなかったけれど、特にこれといった苦手もなく、記憶力を活かして()()()()こなした。


将来設計も()()()()立てた。

国会議員政策担当秘書の試験に()()()()合格して、某大物国会議員に気に入られ、彼の公設秘書――政策秘書として、()()()()仕事をやってきた。

給金もしっかり出るから、将来への貯金も含めて資産運用も()()()()こなせた。


別に「そつなく」がモットーというわけではない。


でも、僕には人とは違う際立った個性みたいなものはなくて、その代わりにこの要領のよさを得たんだろうなと、事あるごとに感じていた。


まだ恋人もいないけれど、僕はこの先まだ見ぬ意中の彼女と共に、そつのない人生のレールに沿って、天寿を全うするまで添い遂げて、()()()()人生の幕を閉じるんだろうと確信していた。


---


だからこそ僕の頭は真っ白だったし、二の句を告げられなかった。


そもそも、ここはどこだ?

この真っ暗な空間は何だ?


目の前にいる女性は何と言った?


まさか。

まさか――「僕が死んだ」だって?


大分歳をとった実家の母が、今でもたまに僕に仕掛けてくる、くだらない冗談のほうがよほど笑えた。

それくらい、信じられないことだった。


---


「それでも、あなたはお亡くなりになったのですよ」


変わらず目の前に佇んでいる女性が、再び僕に無機質な声を投げかける。

いや、僕がその声を無機質に感じてしまっているだけなんだろう――実際、彼女と目を合わせてみると、その表情には些かの憐憫が感じられたような気がした。


「......お亡くなりになった、って、何で」


彼女が再度声をかけてきたことで、かろうじて言葉をひねり出すことができた。

僕の質問に対して、彼女は若干目を伏せて答える。


「それは......服毒によるものです」

「服毒!?」


「はい、あなたが亡くなった理由は、服毒によるものです。当然、あなた自身が望んで飲んだわけではありませんでしたが」

「一体どういうことですか......」


この女性の言っていることの意味が、全くわからなかった。

だから説明を求めるしかない。


彼女はしばし目を泳がせた。

それは事実を告げるべきなのか否か、逡巡しているようにも見えた。


若干の間のあと、彼女は決意したように口を開く。


「キノコ......」

「......え?」

「あなたがスーパーで買ったキノコのパックに、毒キノコ――ドクツルタケというキノコが混入していました」

「......は?」


あ、何だろう。すごく訊かなかった方がよかった気がしてきた。


「喜んでもいいんですよ。確率で言えば、宝くじの1等6億円を当てるよりもほんの少しだけレアです」


いや、それなら6億円が欲しかったんですが......。


「あなたはそれに気づかず、ドクツルタケごとすき焼き鍋に投入し、優雅な......言葉通り"最後の晩餐"を楽しんだということです」


僕は、また言葉を失った――。


---


どうやら、僕が本来予定していた「そつなく天寿を全うする」という目標は達成されることなく、文字通り「あっけない」死を迎えたということだった。


どれくらいの時間が経ったかはわからないけれど、放心した僕の意識が戻って来るまで、目の前の女性は律儀に待ってくれていた。


おかげでこのくだらない自分の人生の幕引きに、僕は何とか納得することができた。

そうして余裕が出て来て、ようやく今の状況と、目の前の女性をちゃんと脳が認識しはじめる。


僕が今置かれているシチュエーションって、例えば美しい羽根が生えていて白いドレスを纏った美しい女性が、リンゴーンという鐘の音と共に現れて、魂を天国に導いたりとかしてくれるのが、定番の流れってものじゃないだろうか。


だけど、今はそうじゃない。

僕がいる場所はあたり一面真っ暗だし、そもそも僕が立っている場所も地面を視認できない。

浮いているのか、それとも目で見えないだけなのか......。


女性だって、天使とは似ても似つかない。

あたりの暗闇に溶け込みそうな漆黒のドレスを纏い、容姿は整っているけれど、顔に張り付いているのは穏やかな微笑みではなく、憂いと憐憫に満ちた――というか、若干面倒くさそうな表情だ。


ここはどこなんだろう。

そして、僕......というか、僕の魂はこれからどうなってしまうんだろう。

その問いに答えてくれそうなのは、当然目の前の女性以外にいなかった。


---


「端的に言ってしまえば、あなたにはその魂のあり方のまま、新たな人生を歩んでいただきます」

「新たな、人生?」


僕の問いに、彼女はそう答えた。


「でも、あなたが今まで過ごした世界ではありません」

「それって、俗に言う違う世界への転生ってやつですか?」

「俗に言うのかはわかりませんが、そういうことになります」


彼女いわく、僕は生前に培った知識と記憶を有したまま、違う世界にて新たに産み落とされるということだった。


「それってもしかして、その世界を救う英雄になったりとか」

「それはないですね」

「......」

「......」


「じゃあ、その世界にはびこる悪を倒す勇者に」

「それもないですね」

「............」

「............」


「ええ......じゃあ、転生特典に特別な能力が宿ってとか」

「それはありますよ」

「えっ」


あるの!?

夢と希望溢れる未来が次々に否定されて、ガリガリとやる気を削がれたところになんという!

途端に目の前が明るくなる。

これは......いわゆる、誰もが中学2年生の頃、布団の中で憧れていた「俺TUEEE」というやつになれるのでは、と!


「そつなく」生きてきた僕にも、当然そういう時期はあったのだ。

そう、()()()()厨二病も経験したということだ。

要領のいい厨二病って何だ、という話については、またいずれ話すとして......。


年甲斐にもなく、僕は俄然ワクワクしてきた。


「一体どういう特別な能力が!?」


興奮のあまり、思わず彼女に迫ってしまう。

彼女は若干引き気味になりつつも、質問に答えようとして......固まった。


「......」

「......ど、どうかしたんですか」


「......時間が......タイムリミットのようです。すいません、失念していました」

「えっ、それは一体どういう」


途端、僕の体が光始める。


「こ、これってもしかして!」

「はい、転生が始まったのです」


じ、冗談じゃない!

僕は焦っていた。

まだ能力についても、転生先の世界についても、何も訊いていない。

でも、体はどんどん強い光を帯びていくし、意識が飛びかけていた。


「あ、あなたの能力は "エンゲージ"!あなたの人生を必ず豊かにする能力です!」


目の前にいた彼女は、見た目には似合わない大声を貼りあげた。


「私の名前はベダウロ――あなたの前世の後悔を成就させる、――女、神――」


視界が真っ白になる――。



そうして、彼女の言葉を全て聞く前に、僕は意識を手放した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ