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白銀の剣聖と蒼眼の浸蝕者  作者: 榊ゆのみ
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変わらぬ日常1

光の世界から闇の世界へと真っ逆さまに落ちて行く。(おぼろ)げな視界の中で無意識に動いた右手は望んだものへと届くことはない。それでもユノエ=エルスティは安堵した表情を浮かべた。

一瞬だけであれ、少女の無事な姿と駆け付けた兵士たちを垣間見たからだ。


「(…よかった。騎士団がいるなら安心して逝ける)」


下を見れば、先に落ちて行く蒼い巨大な魔物と真っ赤な槍が輝きながら落ちていく。物語であれば化け物を討ち取った英雄が姫を助け起こすシーンになるんだろうと物思いにふける。


凡夫であった彼は英雄とは違って、分不相応な力と活躍の代償に化け物を道連れにするという結末を迎えた。普段の彼であれば 『凡夫の身で上出来だ。道連れにまで出来たのだから』と自分を褒め称えていただろう。


だが、そんな軽口を叩くことすらユノエには許されなかった。

彼は眠るように意識を手放して、地下迷宮の底へと落下した。



                    ◇◇◇◇


「くぅぅッ、美味いな!!やっぱり、運動後のシャワーには珈琲牛乳だな」


日課ともいえる早朝のランニングを終え、シャワー後の珈琲牛乳を楽しんでいた。

風呂上がりの格好はパンツにシャツのみ。例え、それが友人の家だろうとお構いなしである。

そんな大雑把でめんどくさがりやな彼を冷やかな目で見つめる人物がいた。


「……せめて服を着ろよ。一応は客人として招いてる訳だが、最低限の礼儀や倫理ってものがあるぞ」


「そんな硬いことを言うなよ。俺とお前の仲だろう、ショウ」


呆れたように〝ダメだこいつ〟という顔をして首を振る。そして、隣から割り込んで自分も欲しいと牛乳の瓶を冷蔵庫から取り出した。そう言いながらもあまり気にしてはいない家の主であるサトウ=ショウ。

大昔にあったとされる魔王との戦いに召喚された勇者の末裔(まつえい)の一人だ。


とはいえ、勇者の末裔であることを鼻にかけない現代では珍しい好青年だ。……ある一部を除いては。

二人でゆっくりと朝食を摂り、準備をしていると学校に行く時間になる。

お互いに何か話すこともなく、いつもの時間に登校し『それじゃ、またお昼にな』『あぁ、パン買ってからいくわ』と別れの挨拶をして別々の教室に入る。


ルディア王国首都部に位置する兵士教育学校、ソルティレ魔術学院。

この学院では種族や身分といった全てを関係なく受け入れ、能力によって全てを判断する。

だからといって、格差社会がないという訳ではない。


「おいおい、今日もノコノコと来たのかよ!いくら努力しても、お前は三流の魔術師だってのによ」

「ちょっとぉ、そんな言い方すると可哀想じゃん~。そもそも、魔術師でもないじゃん」


そんな会話に面白そうに笑いだすクラスの男子や女子生徒達。

よく飽きもせずに絡んでくるものだと窓際の自分の席まで歩いていく。

ユノエの態度に舌打ちする音が聞こえてくるが彼は気にしない。


彼らの言う通り、ユノエは魔術も魔法も適正は低く容易に使うことは出来ない。

適性のある人間よりも魔力は二倍ほど消費するし、術式も人の三倍も大きなものを書かないと起動する前に魔力が尽きる。詠唱なども含めるともはや話にならないほどだ。


では、何故彼がソルティレ魔術学院に通っているのか。それには理由があった。

簡単にまとめれば、卒業するだけで国の兵士になれるためだ。

実力が見合わない分階級は低くなるだろうが、冒険者などに比べて安定した就職先なのだ。


「(だから、別にお前らのように〝魔術を極めに来ました~〟って訳じゃない。ただの凡夫が楽して稼ごうと思って、努力してるだけだよ。昔みたいに無意な日々を送りたくはないからな)」


席に着くと同時に机の中のゴミや上に置いてある花をゴミ箱に捨てる。

そして、当たり前のように教科書を開くと勉強を進めていく。

ユノエがいじめの対象として確定したのは去年の中等部三年からなのだ。

それまではただの目立たない影の薄い生徒といったイメージしか持たれていなかった。



そんな姿に更に舌打ちが飛んでくるが、急に教室が静かになる。その途端、ユノエは嫌な予感がした。

誰かが『うそっ、聖女様が―』『また来てくださった――』『おいおい、何であいつなんかに―』

と声が周りから聞こえてくる。ユノエは『(いつもながら嫌な予感って当たるな)』と心の中で愚痴ると視線だけ入り口に向ける。


いじめの原因となった少女が扉の陰から、こちらを見つめていた。


「───ッッッ!?!?」


目が合った瞬間に驚き動揺してみせる女子生徒。だが、意を決したかのように前髪を整えて〝よしっ、行くぞ!〟とショートツインをなびかせて、こちらまで歩いて来る。名前をリルア=エルディア。


学院において天使と言われ、男子女子関係なく絶大な人気のある途轍もない美少女。透き通るような白に近い天色の髪、宝石のような碧い瞳。あどけなさが残る顔立ちでありながら、柔らかな笑みは聖女と呼ぶに相応しい包容力を感じさせる。ちょっと抜けてるような仕草が男どもや女子の心を鷲掴みにするらしい。


そして、今も落ち着きがなく自分のツインテを弄っている少女ことリルアはユノエの義理の妹だ。

それを知らない奴らからすれば、さぞおかしな関係に見えるのだろう。

何せ、片や学院一の美少女で片や魔術も魔法も何一つ取り柄もない学生だ。

疑り深くなるのも無理もないと言えるだろう。


そして、兄の気持ちも知らない妹は爆弾を投下する。


「お兄ちゃッ、――コホンッ。おはようございます、エルスティさん。今日のお昼は空いてますか?」


その一言だけで周囲から突き刺さるような視線を浴びせられる。〝落ち着けッ、お前ら――〟と弁解したい気持ちに駆られるが、どう頑張っても火に油を注ぐ行為にしかならないと思い耐える。

一瞬の逡巡のせいでリルアが不安げな顔をする。途端に刺さる視線が殺意の視線へと変わった。


「おっおはよう、エルディアさん。申し訳ないんだけど、今日のお昼は先約があって」


「そっそうですか、…残念です。またお誘いしますね」


ションボリとした瞬間に全員の殺意のボルテージが急上昇し、中には魔道具を握り締める奴が出始める。

あまりの威圧に今朝飲んだ珈琲牛乳が帰って来そうになり、奪回案をすぐさま提出する。


「あっでっでも、エルディアさんがいいなら一緒にお昼でもどうかな?」


「ほッ本当にいいんですか。ご迷惑じゃ――」


「ぜっ全然ぜんぜん、迷惑なんてことないから。寧ろ、嬉しいっていうか!!」


「そっそうですか?うっ嬉しんだ、……えへへ」


遠巻きに見ていた男子どもは『学院の天使を独り占めか、ケッ』と床に唾を吐き、女子に限っては『指一本でも触れてみろ、……殺すぞ』と軽蔑の視線を向けられる。

そうこうしている内にチャイムが鳴るとリルアが『またお昼に来ますね』と嬉しそうに手を振り去っていった。


そして、教師が教室に入ってくると『なんだ、この濃密な殺気は――』と辺りを見回し、絶対に触れないようにと朝の連絡事項を行い、早々に授業が始まりだす。

ユノエは『(結局、どれも正解ではなかったのかよ)』と愚痴を呟くのだった。


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