006気まずい
006気まずい
そんなわけで、手斧を10本ぐらい買って、革職人に作らせた専用鎧に収納した。
革鎧なのだが、胸の辺りや背中なんかにベルトループがある。
これに手斧を通しておく。
長さ20cmちょっとの小さい斧だけど、鉄量があって重い。
レベル6になってないとこんなの着て歩けなかったんじゃないかと。
というか、レベル6でも重いが。
再び女冒険者達を指名で依頼し、またレベルアップに出た。
□
ぐぎゃ、と不気味な悲鳴を上げて、ゴブリンが死んだ。
俺が投げた斧が頭を直撃したのだ。
最初は全然当たらなかったけど、弓士の指導の元、本日初ヒット。
斧は鉄量がある。
素人でも投げて当たれば殺せる。
この、当たれば、というのが面倒だが、ステータスの存在するこの世界では練習すれば着実に上手くなっていく。
なんか隠し経験値やレベルがあるみたいで、投げていると突然上手くなる感覚があって少し気持ち悪いけど。
それに、剣術とかの武器と違って、投擲武器はある程度自主練できるし。
基本的には他人と上手くやれない俺にとって良い選択だ。
まず動かない的、狙った所にちゃんと当たる様にしてから。
やはりレベルは上がりにくくなっており、今日はレベル7止まり。
女冒険者達は今日の報酬を固辞した。
「あのな、金に汚いって思われると依頼主の印象悪くなるんだよ。あの金塊だって貰いすぎなんだ。代わりにレベル10までは面倒みてやるから、そいつはしまっとけ」
なんというか、ちょっと恥ずかしくなった。
娼婦がお金に汚いというわけじゃない。娼婦達はそれが仕事だ。
冒険者にも汚いのはいるらしいが、少なくともこの女冒険者達は、冒険者としての立場、トレジャー、アドベンチャー、ワンダフルワールドに重きを置いている。
以前はお金が欲しいと思っていた。
女にまみれた酒池肉林の限りを尽くしたいと思っていた。
しかし実現できる様になってしまうと、イケメンや、こういう心の中にあるものが羨ましくなってきた。
俺の心になにやらどす黒いものが湧いてきた。
「………… じゃあ、この金塊で、一晩、お願いできませんかね……」
何でそんな事を言ったのか。
お金で買えないものがあるという事は、俺の能力の否定に繋がる。
誰だって自分が可愛いし、他人を馬鹿にしては自尊心を愛撫する人がたくさんいるじゃないか。
俺は他人を馬鹿にする事ができないタイプの自己嫌悪型だったけど、異世界に来てからは、自分も結構やれるじゃん、とかちょっと思っていた。
お金で買えないものがあるだって? しかもそれが羨ましいだって?
俺はそれを否定したかった。
だが、
「ああ? あのな、アタシらは娼婦じゃないよ」
と普通に断られた。
悔しさと、しかし、安堵もあった。
□
街に帰って、解散した後。
俺は娼館に帰る途中で呼び止められた。
女弓士だった。
「あ、あの、あの話…… 本当に一晩であの金塊を……」
彼女は元々猟師なのだが、父親がモンスターに襲われて大怪我をしてしまい、猟ができなくなってしまった。
右膝と右肩、右肘に後遺症が残っていて、日常生活は普通だが、猟はもうこの先できないだろうという話だ。
それで彼女は冒険者になった。
父親の手伝いで子供の頃から弓矢を扱っていたので、弓士としてあのパーティに入った。
父親に母親、嫁入り前の妹も2人。冒険者だからこそなんとか生活できているが、なにがあるかわからないし、お金はあった方が良い。
そういう事だった。
ざまーみろ、とか、やっぱりなw とか、そんな気持ちは全く無かった。
ただ、後悔だけだった。
何で俺はあんな事を言ってしまったんだろう。
冷や汗をかきながら泣きそうな顔の弓士に、俺はしばらく何も言えなかった。
結局何もせず、持っていた金塊を全部渡した。
無理矢理渡して俺が走って逃げた。
彼女は「そんなに困っているわけじゃないんだけど」と言っていた。
嘘だろう。
困ってないならあんな顔であんな事言わない。
□
翌日はレベルアップ作業は無しだった。
気持ちが沈んでいた。
娼婦とイチャイチャして時間を潰した。
そんな感じで3日過ぎ、気分も落ち着いてきた。
さぁ、そろそろレベルアップ再開しようか! ……と思ったのだが。
女弓士ともう顔を合わせる自信が無い。
お金のせいで、関係がこじれてしまった。
次は他のパーティにお願いしようか……
と、思っていたら、女冒険者達3人が娼館を訪ねて来た。
窓から覗くと用心棒10人以上に絡まれていたので、さっさと部屋に上げてもらった。
□
女冒険者達のリーダー、女戦士が、
「すまん。これを」
と、金粒の入った袋を俺に出してきた。
「アタシ達のレベルアップ手伝い分に貰った報酬と、弓士が貰った分の……残りだ。すまねぇ」
昨日の弓士の事がバレたらしい。
「弓士が貰った分は、少しずつ返していく。全部返してしまいたいんだが、もう薬と高位治療師に払った後だったんだ」
と3人揃って頭を下げられた。
「レベル10まではちゃんと護衛するし、タダで依頼を受けるから、用事があったら言ってくれ」
胸が痛かった。
「あ、いや、頭下げないでくださいよ。で、お父さんは……」
「はい。なんとか腕も膝も動く様になりました。鍛錬して、もう少ししたら猟に出れそうです。ありがとうございました」
頭を下げている弓士の足元にポツポツと水滴が落ちた。
このいたたまれなさ。
普通に寄付しておけばよかった。
一晩を金で買うなんて言ったためにこんな気まずい事になっている。
俺はとりあえず
「気にしないでくださいよ。俺は金だけはもってますから」
と言って笑った。
そう、俺は金だけしか持っていない。
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