門
目的の場所は色とりどりの花が咲き誇る小さな庭園だった。
今までの不気味さからは信じられない程の神秘的な雰囲気で、魔の森の中とは思えない場所に足を踏み入れる。
ここもかつては整備された綺麗な庭園だったのだろう。
今は誰も整備していないため廃墟化してはいるが、独特の雰囲気もあってその神々しさは少したりとも失ってはいなかった。
その神々しさの元は、目の前にある『門』にあった。
庭園中央にある閉ざされた門。
ただぽつんと鎮座しているそれは、門としての機能をはたしていない。
屋敷の大きさ程のそれが何故中央にあるのかは分からない。
ただ静かに、この庭園に佇んでいた。
門の前に座り、静かに祈りを捧げる。
これが日課。
毎日必ずここに来て祈り続けている。
何の為かは分からない。
ただここに来ると祈らなければならないという義務感が生まれてくるのだ。
この場の雰囲気がそうさせるのだろうか。
静かに、ただ一人黙々と祈り続ける。
ここには他は誰も入れないらしい。
家族の皆が言うには結界が張ってあるらしく、階段を上ることすらできないと言っていた。
もしかしたら種族の関係で入れないのかもしれない。
人間である自分には入れて、人間以外の皆はここに入ってこれない。
そう考えるとこの周辺に悪鬼がいないのも頷ける。
結界は非常に強固らしく、解除することは不可能だった。
以前試してはみたがびくともしなかった。
他の皆が入れない分、代わりにここで祈りを捧げているつもりだ。
「さて…」
いつも通り祈りを捧げた後、改めて『門』をまじまじと見る。
多少朽ちかけてはいるものの、立派な装飾が施された石門が何の為にあるのか。
試しに扉を開けようとしても全く動く気配はない。
「んー…何なんだろうなぁ…」
手で触れたり四方から観察しても、それの正体はさっぱり掴めなかった。
今までで分かっていることは二つ。
一つは『門』の材質が特殊な鉱物であること。
魔力を帯びた鉱物ではあるようだが、まるで見当がつかない鉱物だった。
もう一つは、懐かしい感覚が蘇ってくること。
『門』を前にすると非常に懐かしいような不思議な感覚を覚えてしまうのだ。
―――――――これを知っている?
思い当たる節はない。
だとすれば失った記憶にあるのだろうか。
「考えるだけ無駄、か」
日課のお祈りは済んだ。
急いで戻って模擬戦の準備をしないと。
そう思い背を向けると、
暴力的ともいえる魔力の奔流が唐突に襲い掛かってきた。
「―――――――――!!?」
無防備だった背に、大量の魔力が暴風のように襲い掛かってくる。
魔力を察知した瞬間、即座に臨戦態勢で周囲を見回す。
誰もいない。
当たり前だ、ここには誰も入ってこれないのだから。
そもそも身に受けた魔力が異質すぎた。
純粋すぎる。
澄みきった、誰の手も加えられていない大量の魔力。
―――――――誰だ!?
半ば混乱する頭を必死に抑えつけながら周囲を警戒する。
呼吸が乱れて息がうまくできない。
冷や汗が全身から噴き出してくるのを感じる。
こんな魔力を扱える人物は思い当たらない。
悪鬼にもいない筈だ。
もし攻撃されていたら命は無かっただろう。
その事実に身体は震えながらも、必死に冷静に周辺を索敵する。
時間にして数分が経過しただろうか。
これ以上変わった様子がないと判断し、警戒態勢を解く。
「ここからだったよな…?」
奔流の元は魔力の残りを辿ればすぐに分かった。
魔力の発生源は目の前の『門』であった。
変わった様子はなく、祈る前と同じ状態の門を前にただ立ち竦んだ。
「何だったんだ、今の…」
茫然と呟くが答えはなかった。
庭園は風に吹かれ、『門』は静かにその場で鎮座していた。