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第35話開戦の兆しは見えたり

……毎度お馴染み、ラセツ・アツキです。


本日は、とうとうアテウマのアホがザイナスにこう言ってしまいました。


「お前が全財産を渡すならよし、渡さぬのならば……分かってるな?」


ひどすぎる宣言。俺だったらうっかり脳天から股下まで槍を振り下ろしてしまいそう。

と言うより、そうしないと失礼なレベルの暴言。


きっとカバディとかだったら特攻のポジションにつく才能がある勇猛果敢な男なのだろう。

多分。


そんなこんなで、このラセツを必要とする機会が早まりザイナスはてんやわんやと言うわけである。


「……解せん。なぜこのタイミングで、アテウマが強気な交渉に出てきた?」


「あれを交渉と言うのか? 懐の大きさに涙が出るね」


こそ泥と疑われたことを未だに根に持っているラセツは、茶化す。


「お主、何かやってはいないだろうな?」


何か……か。


ここ最近の行動を思い返しても、ブッシネスの店の屋根裏にいるか、エレン帰国の報を芋版で彫って紙飛行機にするか、酒場での酒宴、ブッシネスの店に来た顧客との顔繋ぎをしたり……


紙飛行機を飛ばすと、顧客の人たちは異常に喜んでくれるのである。

お土産にいくつか渡したが、アテウマに危機感を与えたりするような事は何もやっていないであろう。


むしろ、何人かのアテウマに与する貴族の従者にも顔を覚えさせることに成功した俺は有能であるとすら言えよう。


なぁ? プロメテウス。


『何も言わぬよ』


久しぶりの出番だからって拗ねるなよ。

出しすぎるとこの世界がイージーゲームに成るせいで俺の成長に悪影響を及ぼすんだから。

俺はの○太くんにはなりたくないんだかンな。


「おいおい? 俺一人で一体どうしてそこまで状況を動かすことができようか?」


いや、出来ない。


「本当だな?」


「誇り無きこの名に誓っても良い」


なんの担保にもなり得ない。


「まあ、良い。至急戦の支度をせねば」


「ヒューゥィッ! 良いね。好戦的ですらあるけれど、こう言う拙くとも速くある行動は嫌いじゃない」


口笛一つ、ラセツは嗤う。


「お主も働けよ?」


「ハッハァ。この俺を誰だと思ってやがる。度肝を抜いてやるぜ?」


「ぬかせ」


~✴️


「急ぎ各部隊の隊長を呼び寄せよ」


「畏まりました」


ザイナスはこちらが完全な状態での開戦を望んでいたが、そう上手く行かない事も分かっていた。

そういうときのために用意されていた計画書を広げる。


ちなみに、作ったのはラセツである。


それを見た時点でラセツを取り込むことは確定していたが、城内で迂闊なことは言えない。

下手を打てば、ラセツはこちらの陣営から去ることもあり得、最悪の場合敵対すらし得ない。


何せ、この立案された計画書には、明らかに警告としか思えないほどに露骨に数パターンの対応策が抜けている。


その場合、抜け落ちた戦術で来るのかそれを隠れ蓑にした戦術で来るのかと言うことも考える必要や、全く違う状況にされることもあり得る。

もしも敵に回した場合、異常に厄介な存在となる可能性を持っていた。


ラセツにしてみれば、ザイナスに賭けるつもりだが全て出しきると捨てられかねないから、有能さをアピールする為に敢えて穴空きにしたのだが深読みしすぎである。


露骨に分かるようにしたのは、それが本当に分からないで穴が空いていると思われたくなかった馬鹿がプライドを保つための策である。


そんな考えのザイナスにしてみれば、あえて不和に見せかけて敵に対応すら取らせないようにしたかった。


もう不和だと分かりきっている状況で、更に不和を煽る奴がいればそれは敵と言うことである。

この状況では選別にこそ、情熱を燃やしていた。


唯一の懸念と言えば、そのような状況が作れるかと言うことと、果たして険悪にしてもその事をラセツに察して貰えるかの二点であったが、侵入者によってその恐れはなくなった。


と、ザイナスは考えていた。


いや、ザイナスを責める事は出来ない。


高度な計画書を仕上げている事や、明らかな曲者臭が漂っている男が一体どうして馬鹿であると気付こうものか?

今の状況で、あそこまで露骨にしておいて、本当に疑われていると思うだろうか?


現状は、ラセツがザイナスに不満を抱いている。


ザイナスの陣営に入った経緯が経緯の為、信用されなくともしょうがないと思っているが不満の種はいつ爆発してもおかしくないのである。


とはいえ、ラセツも分別のつけかたぐらいは知っている。


そんなこともあり、テレッシア全土での終戦およびエレンの国王就任時には海苔をうすらハゲに張り付けてバカにしてやろうと考えている程度である。

故に、結果だけを見ればザイナスの策は嵌まっていると言えよう。


しかし、忘れてはいけない。


馬鹿の行動は予想がつかないからこそ、馬鹿なのだ。


~✳️



「チャリオットか」


ラセツは正直チャリオットよりも風になれる騎馬の方が好きであるが、今の馬のサイズだと戦闘に耐えられない為に仕方ないと思っている。


とは言え、戦闘に耐えられないのはこの男が無駄にでかくなったからに他ならない。


~✴️


「チャリオットを使うためには注意事項がいくつかある」


ザイナスとの会議中、ラセツは切り出す。


「例えば?」


「泥濘地帯においては車輪が捕られると言うことと、山林では向いていないと言うことだ」


そんな当たり前なことをなんで今さら


そんな空気が満ちるが続ける。


「ここで重要に成るのが、敵は馬車を多く用意していながらそれを大きく動かすことはできないと言うこと、補給は馬車に頼っていると言うことの二つである」


つまりは、もうこの時点で勝利はともかく敗北はない、と言うことである。

大規模な攻勢に出られるほど砦の位置は甘くないし、数も少なくない。


もう秋は終わり年すら越えた。

日本で言えば1月、食料は乏しい今の時期にどれだけ採れるかと言うことである。


そしてザイナスが支払いと言うことで動きやすくなったジェフは商人としての辣腕を振るい食料品の買い占め及び値段の高騰を引き起こすことに成功。


民衆からの不満も考え、保存の利く物ばかりを買い占め足の早いものはむしろ廉価になっている。


大変な小麦の扱いは大商人としての力、職人ごとセイル商会に一時的に組み込むことに成功。

これにはザイナスの人徳のお陰、と言う面もあった。


それらに掛かった総計は、目玉が飛び出そうですらある。

支払いがザイナスに行って良かったとは思っていない。


兵糧に関しての考えがまだ確立されていない事が助かった。

そういわざるを得ない。


儲けは多いが、それはジェフが持っていく。

ジェフの手腕があったからこその儲けであり、それを俺が掠めるようなことをするのは理不尽であろう。


何より、俺に出資しているのはジェフである。

そのジェフが儲かれば同時に俺の懐も暖かいと言うことに他ならない。


たかってる訳でも、紐でもない。

言うなれば、お得意様と言うやつである。


ラセツカンパニー(株)に出資する大口の方なのである。

ジェフが現金を出資する代わりに、俺はジェフが同行していれば命懸けで守るし、人脈を繋げることだって惜しまない。


Win―Winな関係が一番長く続き易いのである。

何より、一方的なWinだと俺が心苦しく感じてしまう。


そんな事を感じてしまう俺は王の器ではないのだろうか?

いや、そんな事はないはずだ。

俺が王に相応しいと俺が信じているのだから間違いない。


「何故黙っている?」


ザイナスの尋ねる声に、


今何を話していたか? 確か今日の朝ご飯が少々塩っ気が……『チャリオットの注意事項だ』


バッチシだ。プロメテウス。頼れる奴が味方に居る、やはり俺は王の器ではないだろうか。


「いや、何。少し思い付いたことがあったんだが、軽はずみに言うのも無責任かと思ってね」


良く回る舌である。


「ほぅ、それは期待が高まるな?」


「いや、そこまで良くない。やはり前案で行くべきだろうから忘れてくれ」


元から考えてなどいないと言うのに、さも考え抜いた末の結論といわんばかりの態度。

面の皮が厚い男である。


「従来の案では、この川を利用する事が無かった。今回の案では……8ページを開けてもらいたい」


紙を大胆に使うこの手法は斬新なのだろう。

異常にペラペラ捲る音が聞こえる。


現代日本の会議室で、ペラペラ音を出しながら多色ボールペンをカシャカシャ鳴らしていれば顔を顰められる事請負であるが、この場においては全員の興味を満たす行為である。


ラセツも何も言わない。


「さて、3行目と左の図を見て貰えるだろうか?」


「成る程」


「……」


すぐに理解したザイナスは流石である。

何もわからずに黙っているエレンもまるで全て分かっているかのように演出されている。


この川は農業を行う上での水路としての役割が主任務であるが、天然の要害と成り得るポテンシャルを持っている。


「チャリオットを敵は持ってきていることは確定しているが、我々とてチャリオットを持っている。

チャリオットに対抗するにはチャリオット。

それは常識であるが、我々の方が数で劣っていることを考えれば、それだけでは考えなければ勝てはしない」


では、どうするべきか?


「この川を防衛線とし、ここを手透きにする」


「チャリオット以外を引き寄せると?」


「ああ、敵の構成を見てきたが、チャリオットを余程気に入っているようだな? 他兵科が極端に少ない」


「しかし、そうしたところで」


「まぁ、聞けよ。敵は絶対と言って良いぐらいに開けている場所が好きだ」


ならば、そこに罠を仕掛けようではないか?


~~✴️


「キンユウめはいつ頭を垂れる!」


アテウマは不機嫌を通り越した顔でサックに尋ねる。


「戦の支度をするべきでしょう」


「戦? 戦だと? 一体どこの誰が、反逆をすると?」


サックは溜め息をこぼす。


「殿下の御弟妹であられるエレン様がこの地に」


「その様なこと、聞いてはおらぬぞッ!」


「幾度もお伝えいたしました」


「そうか。ならばどうする!」


「戦の支度をするべきでしょう」


「戦? 戦だと? 一体どこの誰が、余に敵うと?」


サックは溜め息をこぼす。


「殿下のお父上であられる陛下が与えられた兵団がこの地に」


「その様なこと、聞いてはおらぬぞッ!」


「幾度もお伝えいたしました」


「そうか。ならばどうする!」


「戦の支度をするべきでしょう」


「戦? 戦だと? 一体どこの誰が」



策略に巻き込まれ、謀略によって家、家族を失ったサック元ボウ男爵。

復讐するべく権威を求め、兵を求め、策略謀略に最も遠い暗愚を求めた男は、今。


暗愚によってもたらされるストレスで死にかけていた。


(これは、アテウマの策略……?)


~~✳️



『罠を作ると言うが、そんなことは聞いていないぞ?』


当たり前だろ? プロメテウス。俺は何も考えてはいない。


『……? 自信満々に言っておいて、か?』


ふぅ、我が半身とも言うべき我が友プロメテウス。

考えてもみたまえよ。現場を知らない俺が言ってどうするのか?


無論、頭脳に手足が付いたと言われる程の知将……に成り得るこの俺であるから、そこらの素人に比べれば素晴らしい案が出るだろう。

しかし、餅は餅屋。ザイナスの率いる参謀たちのお手並み拝見と行くべきだろう。

真の賢者とは分を弁えるものだ。


言うまでもなく、山間での少数による多数の打倒の作法は嗜んでいるし、航空機や戦車との戦い方だって心得ている。

しかし、実践したことのあるそれらは兎も角、書物で齧った戦略、戦法が果たして通じるだろうか?

そこに疑問を抱いたと言うわけである。


『つまり自信がないと?』


自信がないと言うわけではない。しかし、確実ならざる手段を他人を巻き込んで行うべきか? と言われれば“否”と言わざるを得ない。

つまり、戦略面での決断、英断である。


大体、チャリオットなんざ日本では流行っていない物を俺が心得ていたらそれが異常であって、知り得ていなかった俺はむしろ正常であろう。


『……どうすると?』


チャリオットを破る手段は、過去に倣えばファランクスがあるが、軽自動車の前に並ばせる事を一日一夕で成せるのならば、それはまさしく神か悪魔。


しかし、幸いなことに強者である俺が居るのだからなんとかなるだろう。

気に入らないことは、折角弓矢と言う便利極まりない物があるのにこの地ではそれほど発達していない貧弱な物であると言うことである。


かつて日本は元の侵攻により苦しめられた。

所謂元寇、日本は一騎討ちや長弓での戦いであったが、元は集団戦法や火薬、速射連射に優れた短弓と毒矢と言った戦術をとった。


ここで脅威になったのは、弓矢と言えよう。

一度モンゴルの遊牧民族と関わったときに触れたことがあるが、動物の腱を張り合わせた弓は見た目や大きさの割りに剛弓で、引くことすら当時の俺では難しかった。


しかして、その経験は全くの無駄にはなっていない。

例えば、この飛竜1号、一式……何と名付けたかは忘れたが、この弓も腱を張り合わせた上に長弓であるから、剛弓も剛弓、彼の大黒天でもあらせられるシヴァの鉄弓には負けるが人造の武具としては頭ひとつ抜けていると自負している。


何せ、本気で引いた場合は矢が耐えられずに空中分解すら起こる代物であるから。


つまり、何が言いたいかと分かりやすく言うのであれば、弓と言うのは銃器の発明、発展以前は唯一に近い個人の持ち得る長距離射程の武器であったと言うことで、長距離から一方的に殴れる矢は被害を抑えると言うことにも長けているのである。


しかし、ここで発展しなかった訳は極めて簡単なことであった。

人対人の戦いが少なく、基本的には魔獣や、時折現れる魔物が相手であると言うことだ。


さて、この魔獣だが大体は弓で殺められることは間違いないが、魔獣は毛皮ひとつを取っても金品に変えることができる。

しかし、傷だらけな物ではダメである。故に、数を揃えて弓矢で針ネズミを決め込むと旨味も減る。

だが、犠牲を覚悟で接近戦をさせようにも、兵士を育てるのもただではない。むしろ多額の費用がかかっている。


そんなジレンマを解決できるからこそ、傭兵と言う職業が発展できたのである。傭兵は勝手に育ち、死んだとしても遺族に見舞金等を払う必要もない。


かつ、ある程度の報酬で雇い入れればボロ儲けすることすらできる。

傭兵のシステムとは、貴族、町民、王家が依頼をする。


例えば、


アチャルッパイ(猪の魔獣)を銀貨三枚で討伐せよ。


であれば、死体は全て傭兵の物となるが基本はこうなる。


アチャルッパイを討伐せよ。アチャルッパイの死体を銀貨三枚(状態で変動)で買い取る為、その買い取り金を以て報奨とせよ。


アチャルッパイの死体の価値は、しっかりと活用すれば相場で銀貨十二枚である。

傭兵は基本的に流れや、貧民層が職を求めた結果就く職業であるため、魔獣を活用する方法すら知らない。その為に、この取引は猫の小判を鯖と交換したような物であるが価値を考えれば阿漕である。


とは言え、大成する様な傭兵は御用商人にも似た専属スポンサーが就くことも稀にあるし、腕がよければ継続的に使ってもらえる。


気に入って貰えたのが貴族であれば減税、町長などであれば家を、商人は割引などの特典があったりするので一概に傭兵が損すると言うわけでもない。


重要な点で言えば、戦争が起きた場合にはランクに応じて給料が貰えたり、武器や食料が追加保証される。兵士以上の待遇の場合も多い。


尤も、兵士は基本給が存在しているため安定した生活を送ることが出来るし、兵舎にも住める。

戦争が起きた場合や、魔物、魔獣の襲撃の際には傭兵と違って、指令が出れば必ず出なければならないと言うデメリットもあるが、そんなことは滅多にない為、楽ではある。


兵士になれるならば、と言う点もあるが。

テレッシアは基本的に兵士を王が派遣すると言うスタイルを取っている為か、公務員試験の様に試験を受けなければならないので、人気もあるが合格率は低い。


絶対評価であり、相対評価でないことも挙げられる。


まあ、つまり。

魔獣を狩るためには弓矢が適さない事もあり、剣と魔法のファンタジーが保たれているのである。


俺は一矢で死を与えられる為、関係無い。

大体、神に仇成さんとする奴が世界観を重要視するものか。


数多の宗教が敵の崇める神を悪魔にし蔑もうとするように、俺もディネアを悪魔としよう。

いや、俺の恨みの激しさは、地球のソレに比肩する所ではない。


ディネアを悪魔とし合体させてしまう位の気持ちですらいよう。多身合体ですら厭わない。


~✴️


「あっ!」


と言っている間に光陰矢のごとし。


罠は着々と仕上がり、線宣戦布告すらできる段階で、年明けからそろそろ冬の厳しさがピークになろうかと言う時期である。

そろそろラセツが寒さに辟易とし始めた事を悟ったか、ブッシネスは薪を燃し()続ける。


秋先や春等に戦争が始まるとなれば、罠作りの為の人夫も集まらなかったであろう事を考えれば素晴らしい事のはずだがそれはソレ。

ラセツは寒い中で戦いたくなかった。



……開戦の兆しは出始めている。

ザイナス→策略


エレン→てんてこ舞い


ジェフ→疲労困憊


ブッシネス→接客


ラセツ→●~*(爆弾)


アテウマ→この私に歯向かうものなど居るわけも無し


サック→またか……

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