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第34話 賭け金?全額で

「……」


「……」


「……」


三者三様と言うべきその沈黙に思わず三点リーダーが猛威を振るう。


と言うのも


~✴️


「今日は本当に良い日ですとも、ここまでの良い日は中々無い」


ザイナスは普段とは違って舌が踊り、言の葉を軽快に編み続ける。

それもこれも長年の負い目を軽く出来たからに他成るまい。


とは言え、これは決して自身の罪を減らすわけではない。

が、しかし。

夜寝る度に白い髪の女が内臓をぶちまけながら追ってくる夢を見る必要が無くなるとなれば嬉しいことこの上無い。

頭頂部が最近寂しさを訴え出したのはその夢を見るからであるからして。


さて、そんなザイナスであるからエレンをもてなすことに余念がなかった。


「いつの日になるか分からぬが、帰ってきたときに……と、貴女の父君から預かっております」


ついでに持て余していたものも返して心労を減らすことにも余念がなかった。

忠誠を誓っているからといって自分の毛根を死滅させてたまるか、と言ったところであろう。


「父上が……?」


父である王は別にエレンを嫌っていたわけではない。むしろ溺愛すらしていた事から驚くべきことではない、が。


「ええ、よりにもよって」


復習(さらい)をしよう。

キンユウ公爵領は、田舎にある。→ 端っこでガル・ダーサと接しかねない場所→禁忌の土地に近い→いつ無くなっても可笑しくない。


と言うわけである。


ではなぜキンユウ公爵はここに居を構えるかと言えば、一番荒れ地であり最悪復興せずとも金融機関として回せる。土地が回復せずとも機能が回復できるためである。


禁忌の土地に近い事で、借金だらけの貴族の溜飲を下げさせる効果も付随している。


逆恨みされて死ぬのもつまらないと初代キンユウが王と共に決めたことであるが、これが案外効果的であったことを喜ぶべきなのか、他家とは言え同国の者の不遇を喜ぶ者が蔓延っていることを嘆くべきか……。


まあ、そんないつ無くなっても可笑しくなければ、襲撃されても可笑しくない所に贈り物を渡すなと言うことである。


事実、後数ヵ月もすればこの地は無くなっている目算の後継者がいたのだから。


「それはどこに?」


「こちらです」


~~✴️


「この部屋に」


部屋の中には日記や子供用のとおぼしき服が丁寧に収納され、その正面にはドデカイ金庫があった。


「これは?」


「エレン様が着ておられた服、王との思い出を綴られた日記、そして活動資金です」


エレンが帰ってきたときに愛情を感じられる物を、と考えた王の結論がこれであった。


「こんなことしなくても……私は別に恨んじゃ……」


しんみりとした雰囲気にあてられてザイナスの瞳にも涙が浮か……


バキッ、バキッ


「何事かッ!」


ザイナスが吠え、即座に執事が飛んでくる。


「曲者が入ったのかとッ、至急避難を」


ザイナス達が駆ける、と、その正面には扉が


「おお、無事だったか」


……正確に言うならば、扉を抱えたラセツがいた。



~~✴️



「違うんだ。そう、これは誤解だ」


必死の言葉を受けても二人の目に猜疑的な色が浮かぶ。


「成る程、この厳重な警備が意味を成さないほどの刺客が現れて、誰一人目撃者がいないほどに鮮やかに襲撃をかけてきた……と言うことで構わないか?」


「ああ、その通りだ。あれほど見事な隠行出来る奴は中々居ないだろう」


「刺客を追い払うために、美しい女神の彫刻で有名な芸術家であり、代表作に“スッケシ・ターギ”を持つ、インスピレーションが湧いた時にしか描かぬ為に作品が少ない事で有名なフェティ・シジムの作った家宝の扉“ヌ・レスゥーケ”をもぎ取り撃退したと?」


「長々とした説明で罪悪感を煽りに来るね。その通りだよ」


「ほぅ。成る程、彼の作品は全て高値で売れるからな。忍び込むものがいても、おかしくは、ない」


「いや、奴はそんな盗みを働こうとする様な感じではなかった。こそ泥と言うより、もっと高潔な……」


「剣を交わしただけで、良くもまぁそこまで分かるものだ。警備が気づく前の一瞬だと言うのにな」


「おいおい、そんなに誉めてくれ……ん? 待てよ。お前、俺のことを盗みを働こうとしたと思っていないか?」


「まさか! そんなことは露程に思っていなかったとも。ただ、今の流れでそういう言葉が出てくるとなれば……」


見捨ててやろうか、この野郎。



「こんなところに一秒足りとも居たくない、帰らしてもらおう!」


とでも言ってやれればどれだけ素晴らしいことか。死亡フラグは建てるつもりはないが、いってみたい台詞ランキングで言えば73番か4番目だ。


暗殺者として、裏切り者として疑われるならば別に構わない。

誇りある名はとうに捨て去り、傷など付き様もないラセツへと身をやつした。


しかし、しかしだ。いくらなんでもこそ泥と疑われることは許せん。

盗むとなれば予告状の一枚や二枚とは言わずに町中にばらまいた状態で行って見せよう。

名の問題ではない、矜持から自尊心の問題に成っただけである。


だから、ヤメだ。


ザイナスが死んでも予定を未来に延ばせたが、絶対に今回で成功してやる。

先があるなどとは思わぬ。ここで、ブチノメス。


~✳️


「余は幼い時分に故国を離れ、長き時をガル・ダーサの王立学院にて過ごした。されど我が故郷に懸ける思いは……」


どうも、誇りなき名前を名乗るのも何ですがラセツです。


過程はいつか説明すればいいだろう、と言う事で本日はこそ泥と疑われる屈辱の夜から数日経ちまして、我らがかいら……ごほん。

我らが擁立しておりますエレン君がザイナスのうすらハゲが誇る私兵団を前に演説をしてるところです。


あの日から屈辱のあまり、怒りを耐えるのに心中であっても丁寧に話さないとならない状況に己の未熟さを噛み締めている次第です。


感情など余計なものだと割りきっていたのですがどうにもしようがなく、儘ならないものです。


この様なとき、我が心の父と言って良いコチーズ、私を庇ったために重傷を負った彼ならばなんと言うでしょうか?


きっと彼な「余をここまで援助してくれた功労者であるラセツ」らば一言で勇気づける言葉を掛けてくれるに違いありません。


私の座右の銘であ「ラセツ?」る“あなたが生まれたときあなたは泣いていて、皆は笑っていたでしょう。ならばあなたが死ぬときは”「ラセツ・アツキ! 前へ!」


そこで呼ばれていることに気づいたバカは、さもこれが予定通りであったかのようにゆったりとした動作で立ち上がると、黒地に金糸を使ったマントをバサリと翻し我こそが主役であるとアピールするかのように台まで歩みを進める。


エレンは、何とも言えない顔をラセツのみに向けながらも、宣言をする。


「我が兄ながらその暴君と言うべき所業は弁解の余地がない。よって、この地でアテウマを捕らえる! この美しいキンユウ公爵領を、諸君らの故郷を守るべき隣人を戦禍に巻き込まぬために!」


脚本はラセツである。

本当はこの! の後に立てよ、立てよ国民! と繋げるか、オールハイルエレンと言わせたかったが、エレンはこの言葉にすると言って聞かなかった。


「我が愛する民草よ! 愛すべき故国よ! どうか力を貸してはくれまいか?」


断定するのでも、盛り上げさせるのでの無い。問いかける。

エレンは未だに恐れているのだ。故郷に、夢にまで見た祖国に拒絶されるのではあるまいか? と。


だからこれは弱さの一端。

強き支配者としてはあってはならない欠点。


それでも、ラセツは止めなかった。その弱さは欠点かもしれないが、弱さを持っていると言うことは優しさと言う長所も持っていると言うことだから。


「もちろんですよ! なぁ!」


「そうだ、そうだぁっ!」


「俺たちの故郷だ! 守るぞ!」


考えるまもなく上がる声。

ラセツにしてみれば、拒絶されでもしたらコトである。当たり前のようにサクラを商品として取り扱っていたので購入してみたのである。


取り扱っていた商会の名はセイル商会。ジェフやブッシネスと言う伝手を使わないという手はない。

サクラというのが長く利用されているのは効果的であるからである。そういうものは使ってこそ。


清廉潔白を好むと言うのならば、好めば良い。

我は、王となろう。清濁併せ呑む程度では生温い。清濁併せもって見せよう。


覚悟を決めていた。

正義を体現するヒーロー。憧れの存在にはもう、なれないと。


ラセツと言う男はどうしようもなくバカな男だから今まで本気ではないが思っていた、この世界でならば微笑むだけで黄色い声が飛ぶような……そう、言うならばヒーロー、あるいは主人公のような存在になれるかも、とかせめてやり直せるのでは? とか。


かつて憧れていた、いや、今も憧れている。

むしろ今だからこそさらに憧れていると言っても良いが、人としての生を失いバッタの改造人間になったり、衝突してしまったばかりに光の巨人となった彼ら。


一体どれ程の苦悩をしたのだろうか?


しかし、人と言うものは環境が変われば総てが変わると言えるほど浅い存在ではない。

だからこそ、ジンクスや宿命等と言うものが出来たのだから。


~✴️


「エレン、ここから先は後戻りどころか脇目を振ることさえ許されない。」


ラセツは重々しく告げる。

まるで恐ろしいほどの重荷を背負わしてしまった呵責を感じているかのような漏れ出す声であったが、その実態は屈辱と怒りを声に出さないようにしているだけである。


「ラセツ……」


案じるかのようなエレンだが、お前は間違っているぞ。

と告げるものは居ない。


「用心したまえよ? お前を食い物にしようとする者はこの先際限無く出てくるであろう。故に」


俺を信用しすぎるなよ?


「それはどういう……」


尋ねるときにはもうラセツは背を向けており、扉がその後に閉まった。



カツンカツンと言う音が響く大理石のような模様を持つ石造りの屋敷の中で、ラセツは轢かれた厚手の赤いカーペットを音もなく歩く。


下駄から草鞋に変えたからでもあるが、その歩法のなす技でもある。


「我が事ながら何とも意地が悪いと言うかなんと言うか」


あのように言えばラセツに向ける目は必然的に多くなるであろう。

しかしだ、それで困るのは疚しいことがある奴だけだ。


ラセツにしてみればむしろこちらに注目して貰わねば上手く行かないのだから多少の疑心はスパイスである。

たかがこの数日で培った信頼を全額ベットしても痛くない。

むしろ勝ったときのリターンに比べれば軽いものだ。


もっとも、信頼は失った時点で二度と手に入らないが。


が、数日とは言え同じ釜を囲んだ少女相手にそんな駆け引きをせざるを得ないと考えてしまっている自分に嫌気が差す。

ラセツなどと名乗ってから人付き合いで誇れることなどそうは多くない。


「全くどうしたものでしょうか」


と。


~~✳️


「おい、今度のあの王女様。どう思うよ?」


「さぁ? 俺はなにも言わねぇよ。白はヤバイってばあ様から言われてるからな」


「そこだよな。白だよ、白。絶対にヤベェに決まってる」


酒場での兵士の会話にすぎないが、こういう声がエレンの耳に入れば傷つくだろう。


=(;゜;Д;゜;;)⇒グサッ!!だ。


「そうかぁ? 白ってのも中々良いもんだろ?」


「あん? 見ねぇ顔だな。」


「今回雇われた奴か?」


「ハッハァ! 気にするな。ほれ、俺の奢りだ。」


「気前が良いなァ。おい?」


「おいおい、こいつぁはじめて呑む味だな」


「中々のモンだろ? 新しい国から入ってくる予定の並行複発酵酒って言う物だ」


「何だって?」


「並行複発酵酒だ。その新しい国の名前が付いて正式な名前にするらしいが、国名がまだ決まってなくてなぁ、本来は○○酒って名前なんだが。」


「へぇ? 近いのか、その国」


「お隣だ。」


「おいおい何言ってんだ。」


「担がれたな。ガル・ダーサが領地を切り取られるわけもねぇしな」


「ハッハァ。そっちじゃねぇよ」


「禁域しかないじゃねぇか」


「そう言ってるだろ?」


察しが悪い奴はこれだから。

そう言わんばかりにため息ひとつ


「「ハァッ!?」」





しばらく後に


「いやぁ、あの王女様もヨォ、中々良いよなぁ」


「全くだ。命を懸けられるね」


すっかり出来上がりながら、他の同僚たちにさらに絡みつつ並行複発酵酒を飲ませつつエレンを持ち上げる。


そんな二人を見ながら黒髪長髪の男は酒場を後にする。


~✴️


「随分と早いお帰りでしたね。ラセツ様」


「ブッシネスか。悪いね、予定がふらふらしてて。」


「無いよりはましでしょうとも。お食事はいかがなさいますか?」


「急に押し掛けてそれは悪い。前も借りていた部屋を少し使わせてもらうよ。」


「左様でございますか。自宅と思ってくつろいで戴ければ僥幸……」


途中で切り上げて、タンタンと階段を登り一週間ぶりの睡眠をとる。

ザイナスは動向を把握しているものの、エレンはラセツの事をただ遊んでいるだけと思っている。

が、実は裏工作や風評操作……名付けるならば“笹の葉作戦”を行っていた。


笹の葉がサラサラと揺れるときに音を出すような自然さで価値観や意見を変えさせるという、やっている最中は地味だが効果は絶大な技である。


その為には、時間を空けないで噂の流布に勤めることが重要にして肝要なのだ。

しかし、ラセツは残念ながら一人しかいない。


つまりこういう時に使える人海戦術を取ることが出来ないというハンデを背負っている。

サクラ達はこういう時に使うべきと考えたが、前回と違って今回は数を集めて声を上げさせるという手段が使えない、或いは有効ではない事から見送った。


誘導している事が敵勢力……アテウマからバレた時に対処出来るだけの武力を持っていないと面倒臭いというのもある。

ちなみにだが、アテウマとその目はキンユウ領でもこの町には居なかった事があの演説を可能とした。


もっとも、バレることは時間の問題であるし、バレることを前提に作戦を練り戦略を構築しているのだから、逆に気付かれないとそれはそれで良いが頭を捻った時間を返して欲しいと言ったところであろうか。


まぁ、そんな無能がザイナスを出し抜けるわけもなし。

そうラセツは腹を括っていた。




数時間の睡眠を取ると、空は白んできて今日も晴れるであろうことを教えてくれる。

ラセツは弓を持ち弦を確認しながらザイナスへの暗殺をどう対処するか考えていた。


この世界では暗殺は卑怯である、正々堂々戦うべしと言う風潮が在るものの五十年前に起きた大国同士の戦争……ガル・ダーサ王国と亡国であるがシャマール連合での戦争。


ガル・ダーサ王国に攻め込んだシャマール連合の狙いは急激に勢力を伸ばす王国を挫き、一定期間の安定期を作ることであった。


しかし、ガル・ダーサにしてみれば四方を敵勢力に囲まれていた状況を打破する絶好のチャンスであり、戦争国家として新造されたガル・ダーサは好意的にすら受け止めた。


魔の領域……禁域とか、禁忌の地とか言われる場所。自国とは違い成り上がりではなく磐石なテレッシア。そして、都市国家が集まったシャマール連合。


これらに四方を囲まれている状況は、言うなればストレスで禿げそうであった。

そこでシャマール連合を兵力をさして損耗しないで打ち破るべく、悲劇の大将軍ゲン・ギケイが猛威を振るった。


当時卑怯と言われる朝駆け夜討ちは何のその、必要とあれば崖すらも乗り越えて、シャマール連合をメッタメッタにしたのである。

しかし狡兎死して走狗烹らる。

当主でもある兄に疎まれ逆賊として討たれたのであった。


が、彼の功績により朝駆け夜討ちは一応戦法になった。

つまり何が言いたいのかと言えば、卑怯と言われる中でも暗殺をしてくるものはいるかもしれないと言うことだ。


そして、その時には奴。


エキスパートと三度(みたび)相間見えることになるだろう。


ラセツ→決意!


エレン→変なものを見た


ザイナス→策は打っておこう。


扉→……

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