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第32話 眩さに焦がれ、再びのエキスパート

と、まぁ。


別の容器も口も使わずに綺麗そっくり入れ換えて見せた俺はザイナスの協力を取り付けることに成功した。

どのようにして入れ換えたかは、まぁ化学基礎を習っていれば分かるのではないだろうか。


説明をしてもよかったのではあるがそんなことに時間は使ってられない。


『ただでさえペースが悪いんだ、ハリーハリー』


と急かされた気がするからには進めなくてはならないだろう。

ただでさえ、ここまでたどり着く者は居ないと言うのにペースが悪くてバイバイ等洒落にならん。


……ハッ。何を考えているのだ、俺は



~✴️


ラセツ・アツキとしての生を選び、▼▶►▲の名で生きる事を諦めてしまった俺には、自分の信念を曲げずにその為の責を自分で負わんとするその生き様にどうしようもなく眩しく、美しく、壊したいものだ。


そう感じれば感じるほどに自分の歪みが分かって気が滅入る。

馬鹿馬鹿しいほどに。とは言え、自分で言うのもなんだが別に人間性が破綻しているわけでも特に劣等感が苛まれる様な経験もないのであるから至って健康的な精神だろう。


しかし、それでも。どうしようもないほどに醜い嫉妬、それと同時に手助けをしたいとも思ってしまう。この二つは天秤にかけられている。ならば今回俺がとるべきは……



「……セツ? ラセ……ッ!」


「なんだよ? 聞こえてるとも。」


エレンの呼び声でやっと今に戻ってきたと言うのにラセツはさも最初から聞いていたかのように告げる。


この忌々しい感情を七十余年生きていても抑えられないのはやはり地球であのまま平和に過ごせなかったからだろうか、いやこの世界でも平穏であれば……


「はぁ」


「何よ、私の何が不満なのかしら」


「べっつにー?」


お前はなんやかんや在っても幸せそうと言うか前向きに生きられる強さがあってよろしいことですな? とか思ってないし?

むしろ、前向きで生きることに関しては俺の方がすごいから? 誉めてほしいぐらい。


ラセツはどうやらおセンチな気分らしい。

評価が下がってしまった()()の影響をもろに受けているようだ。


「あなたが会えと言うからここに来ているのにその態度はなんなのよ!」


「そうむくれるな。ザイナスとてお前が笑顔であればころりと堕ちるだろうよ」


ラセツは少々のおべっかでご機嫌取りをしておく。

実際に中々かわいらしい顔立ちをしているのだからザイナスと言えど気が悪くなることはないだろう。嘘ではない。


「そ、そうかしら?」


「そうだとも」


目をそらさずに言うラセツはやはり腹がダークマターのように黒いのだろう。

やましさの欠片も感じさせないその瞳は成る程、目と言うのは口ほどに偽りが利くといったところだろうか?


ラセツのその言葉に気をよくしたらしいエレンは再び落ち着いたようでラセツへの苛立ちは少し収まっているらしい。それを見ながら……


「誰もがエレンと言うエクスカリバー……王家の証を物事の中心と見るであろう。しかし、エクスカリバーなんぞは名前が有名なだけの剣にすぎん。政治的な利用法においては他の追随を許さず、逸話にしやすいと言えど……な」


ラセツは呟く。羨望か嫉妬かはたまた……


「しかし、本質、実利で言えば鞘にこそ価値がある。その鞘は家臣であり民であると言えよう」


武田信玄はかつて石垣であるといった。


「エクスカリバーはうまく使わねばならん。アーサーは戦争指揮官としては有能であり万夫不倒の英雄だったかもしれんが所詮国の長になれる器では無かった。俺は、なれる。ならねばならない。覇を唱えるつもりはないが、力は必要だ」


その程度すら出来ないのならば神に再び拝謁することすらままなるまい。


所詮俺は人と言う軛から解き放たれようとも、未だ化生と人の間。

人間でしかない。これ以上になる気は毛頭無い……無いとは言えそれは明確なハンデになっているのだ。


三流は手段を選び、二流は手段を選ばず、一流は手段を選べる。

俺は未だ三流であり、一流には及ばず。


力も知恵も無い。ならばこそ、残りの550年と言う短い時間で備える必要がある。

ラセツ・アツキと言う忌むべき名を返上するその日まで。



~~✴️


「ラセツ様、エレン様、どうぞこちらへ」


相も変わらず隙を見せない完璧な執事に連れられてザイナスのもとへとつれてかれる。



「よろしいでしょうか?」


「構わん。お入りになられるよう計らえ」


そんなやり取りのあとに、執事がドアを開き部屋の中に入りドアを支える。


次にラセツが勝手知ったると言わんばかりに堂々と、その背に隠れるようにして30センチも小柄なエレンが入ってくる。


160センチ程のエレンの顔をコマの中心に置くとラセツは胸辺りしか写らずに顔は切れると言うことが最近の悩みである。


「よくぞ、ご無事で」


ザイナスは基本的には実利で動くため迷信を信じてはおらずとも、追放と言う流れには逆らえずにいた。


民が不安になったり貴族に悪影響が出れば一人の少女の安否どころか国が共倒れになりかねないからである。

不憫に思いつつもエレンを庇えずにいたザイナスは追放した土地での暗殺だけには反対を強硬に主張しつつ、エレンの利用価値を高めることでその命だけは救わんと奔走してきた謂わばエレンの恩人である。


「貴方も、まだ元気そうで良かったわ」


「ええ、まだ。元気だと言えましょう。正念場ですが」


「正念場ねぇ? 崖っぷちだったくせにな」


ラセツは意地悪くそう茶化すが


「そうとも言えるだろうな」


ザイナスは百戦錬磨の男である。

この程度の言葉はスルッと右から左に流す。


「そんなことはいいのよ、私は何をすればいいのかしら?」


「ここまで、ここまで成長なさいましたか!」


ザイナスは感極まったようにそう叫ぶと、ラセツが


「さっさとしろよ」


冷酷に言う。一番尺を無駄にとる男のこのいい様である。


「わかっておる!」


鼻息荒くそう言った後に


「あなた様が我らの軍を導いていただけるのならば、この戦、我々が勝てましょうぞ」


そう言う。


「うむうむ。御旗のもとに、と言ったところだな」


良く分かってるのか分かってないのかラセツはそう合いの手を入れる。

バカである。


「つまりどう言うことかしら?」


「つまりはこういうことだ」


「どう言うことよ!」


バカである。


「うおっほん。つまり、我々にはエレン様がついている、庇護があると言うことを万民にお知らせください」


「それだけでいいのかしら? もっとできるわよ!」


「張り切るな張り切るな、初陣で逸る奴はろくな死に方出来ないぜ?」


「こら、縁起でもないことを言うでないわ! エレン様、その勅がなされれば我らは一心同体となりましょう。我らのなすことは御身の為さること、そうお覚悟を……」


「俺らが負ければお前も死ぬと言うことだ」


「なんと言うことを!」


「そう言うものだと割りきってるわ。一応ね」


「ハッハァ! 大丈夫か? 嫌だったら辞めても大丈夫だぜ、この国はなくなるがね」


脅すわ脅す、この男に人の心は期待しない方が良さそうである。


「それこそ覚悟の上よ。私はもう悲しい思いをしたくないのよ」


「代わりに違うやつが泣くかもしれないぜ?」


「あなたが言ったんじゃない。十のために一を捨てざるを得ない、そんなときがあると」


ぱちくりと目を瞬かせてラセツは尋ねる、


「それが今である、と?」


「私にとっては、これからずっとよ」


「へぇ、その心は?」


「その方が得だからよ。迷ってすべてを失いたくはないもの」


言葉の調子は軽くてもその瞳の決心の色は強い。



だから、


あぁ、くそったれめ。

なぜそこまであっさり決められる強さを持っている?


俺にはない、それをどうやって手に入れた?



「妬ましいね」


ぼそりとつぶやくと、


「エレンとザイナスは積もる話もあるだろう。少し席を外させて貰おう。少し、な」


「分かったわ」


「うむ」



どうしようもなく、眩しい。


~✳️


「よくぞ、これまでご無事で」


そこまで言った後に感情が出たのかうつむいて肩を震わせ、言葉を切るザイナス。


「そうね。ここまで生き残れたのは本当にたまたま。まるで誰かが私をここに連れてくるために道を作ったかのよう」


それが嘘偽りの無いエレンの思いであった。


「……それがあの男、ラセツ・アツキだと?」


「いいえ、強いて言うならば……運命ね。」


運命と言う曖昧な言葉を選ぶエレン。

直接的な言葉では語ってはならないものもあるのである。


「運命と来ましたか」


少し苦笑ぎみに言うザイナスの内心は、言い得て妙と思いつつもそんな物のためにこんな状況になってたまるものか、と言う憤りが半分半分。

しかし、否定はしない。


「だってそうじゃないかしら? 私がもう少しで弑されていたことは間違いないわ。ラセツがいなければ、ね」


「そうなれば、私も破滅しか道がなかった、と言うことでしょうか?」


「ふふっ。さて、ね? ただ、まだその危機は乗り越えていないわ」


「ハッ、その通りです。故に、こ度の一戦で以て全てが分かるかと」


破滅か、否か。


~✴️


「夜、というのは良いものだ」


ラセツはそう呟きつつ、ザイナスの邸宅の中をぶらりぶらりと周り続ける。


暗い感情を抱いていたとしても夜はそんな自分ですら受け入れてくれる。

そんな感じがする為にラセツは昔から夜が好きだった。


とは言え、この男は難儀なもので、暗いところがあまり好きではない。

いや、嫌いではないのだがちょうど良い喩えをするのならば恐れていると言った方がいい。


ダンジョンの中に居るときは暗いところはおっかなびっくりと言った感じだったが、それは見通しが利かないからとかそう言うわけではなく吸い込まれそうだからである。


それなりの修羅場を潜り抜けてきているラセツであるから人の生き死にもそれなりに見慣れているとは言え、いや、むしろそうだからこそ暗闇にはいつも死を感じる。


だからこそ、気付けるものもあるのである。


キィン


澄んだ音が鳴るその中で、ラセツは黒装束のいかにも暗殺者と言わんばかりの男と刃を逢わせていた。



「貴様、確か前にも見た……」


ラセツは相手がエレンやジェフを襲っていたエキスパートであることを悟るや否や襲撃をかけた。

それに気づくと同時にエキスパートは刃を煌めかせ逆に攻勢に出んと振るわれる刀を避けながら振り下ろす。


ラセツはそれを見てとるや自らの振るう刀に合わせて前転する。その時に刀身を右脇から突き出しながら行うことで自らに刺さる事はなく、また左手で直ぐに構えられる。


転がりながら脇出の刃で一撃見舞わんとするラセツの考えを把握すると同時、エキスパートも右手で振るう刃でいなす。


キィン


甲高い音がするが、エキスパートは転がる途中の体勢で止めてやらん、とテコの要領で食い止めようとしたのだがラセツの体重がただでさえ重いと言うのに更に勢いがついているためにそのまま転がる事をヨシとする他無い。


ラセツは左足でステップを踏みつつ刀を小刻みに振るう。

普段であれば待ちの剣を以て敵の戦術をつまびらかにした後に勝利を飾るが、今回は下手に取り逃がすわけにも行かないために、好きであるものの滅多に用いない動の剣を以て勝負に出ていた。


それに対してエキスパートは多少の傷を承知で切り抜けるために考えを巡らせていた。

ラセツが動の剣を用いる最も大きな理由がエキスパートには勝機があるからである。


何せ、出口はエキスパートの背と横にある。

背を向けて逃げ出せば深傷を負うことは間違いないが、ラセツ相手に真っ正面から立ち向かわなくていいのである。


廊下がラセツの後ろに続くとは言え、ラセツのその体格によって細い通路に当たるそこは塞がれてしまっている。

そちら側にあれば絶望的と言う他無かっただろう。


「ふん、仕掛けてこないのか?」


敢えて挑発するラセツを無視し、油断なく目を巡らせ……ッ!


ガキッ


ラセツは目がそれた瞬間を見逃さずに攻め込む。

挑発する事からカウンター待ちかと思いきやまさかの先制攻撃である。


余計なことを口にするから攻撃の時にも声を出すかと思えば、ラセツはそこまで親切ではないらしい。


エキスパートは左膝を折りつつ、右足で蹴撃。まるで伸脚するような体勢になるが左の膝と爪先によって重心を低くして体を安定させつつの蹴撃によってふらつく事はない。

何より、右の爪先からは刃が飛び出す。


ラセツはバック転で回避すると同時に曲芸のように右手一本で逆立ちしながら左手から手裏剣を飛ばす。

エキスパートはこれに目を開きつつ、前に倒れ通りすぎると同時に両腕を突っ張り跳ね起きる、その時にはラセツが刀を振りかぶって迫り来る為に後ろに下がりつつ、応戦の構えを見せる。


後ろに下がり続ければ二通りある選択肢がひとつになりかねない為に細心の注意を払いながらである。


「ここで投降すると良い。もしくは、雇い主を言うんだな…とは言っても予想はつくが」


ラセツがそう言った瞬間。


「ッ!」


ラセツの脇を抜ける軌道……抜かせて


「たまるかァッ」


左腕でもって豪快にエキスパートを薙ぎ飛ばすが、しかし。エキスパートは猫のような身のこなしで背後のドアの前に降り立ち開ける。


「させねぇよ」


それを追撃せんと脇差を飛ばすが、エキスパートはそれを弾きながら迫り来るラセツに向けて木の枝を飛ばす。


「この程どぉおおお!?」


ラセツは木の枝から不穏さを感じる液体が垂れていることに気づき避ける。

すると、その枝から発火…だけならばラセツに外傷は与えられないものの、その煙は明らかに有害そうである。


隣のドアをもぎ取り団扇代わりに用いて煙を吹き飛ばす。

そしてそこにはエキスパートの影もなかった……



「ふぅ、証拠に成りそうな物はないな……あんなにやりあったのに飛び道具は灰に成るもので証拠にならぬ」


本来、飛び道具は残るものであるに関わらず発火することによって証拠隠滅まで可能としているのだから恐ろしいものである。


「毒も気化してる上に俺が吹き飛ばしたからな、なんと説明しよう」


ザイナスの機嫌が良いうちに言いたいものである。


そう考えながら、刀を鞘に納めようとした、が違和感を感じて刃を見れば


「錆び付いてやがる」


ボロボロになった刃が…いや、刃が無くなっていた。

どうやらあの剣或いは煙には金属に対する腐食作用をつけているらしい。


剣の感触からすると中は空洞であった可能性が高い。

何せ、剣を合わせると同時にしゃがみこんだりと剣に対する負担を減らす気が満々の動きばかりを行っているからである。


とは言え、それがフェイクである可能性も高いために実際はどのようになっているのかは予想するに他ならない。


そう考えたラセツは錆び具合を見ると黒錆びになっていることを見て、


「酸化鉄に成るにしても赤ではなく黒だと?」


疑問に思いつつも鞘にいれずにザイナスの下へ走り出した。

これでザイナスが首だけになっていたら後百年はほとぼりを冷ますために山籠りだな、そう誓いながら。

ラセツ→うらやま妬ましい


ザイナス→ろくなことを言わないやつだ!


エレン→どうしてこうも人を脅さずにいられないのかしら


ラセツ→加工法には、黒錆がつくのは当然だけれども数度の接触で侵食じゃなくて錆びさせるのは難しいのではなかろうか。


エキスパート→秘伝の技術でござるよ


龍生→次回は、二周年の時に書いたデータが見つかったので、そちらになります。

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