第31話 御旗の下に!✨
イクサ……それはもっぱら畳などに用いられることで有名であり、その独特な香りは古来より日本人を魅了してやまない。
しかし、昨今では手入れの大変さなどからフローリングや見せかけだけのゴムマットによって一般家庭から駆逐されつつある。
しかし、海外からの人気は高く専用の御殿を築く物好きな外国人もいると言う。
それはイグサだし、い草だ。馬鹿めッ! と言う突っ込みは兎も角。
そんな感じで急にぶっこまれたエレンにしてみれば、
脳内を『意味不明』の四文字が、熱いものに乗せられた鰹節の如くヒラリヒラリと優雅に舞い踊って、
或いはコンピューターのディスプレイを埋めつくし流れ行く文字の羅列の様に埋め尽くしていくのも致し方ないことと言えよう。
他人が万引きしたと言うから良心が咎めて動機を尋ねたら、
戦争をするから。
そう言い出した。さて、あなたはどうしますか?
つまりはそういうことである。
しかし、まぁ。
地図の私的利用および他人への供給等は最早極刑を避けられないものだが、それも兎も角。
「どう言うこと?」
エレンは、尋ねる。
半ば思考は停止しているが致し方ない。
「簡潔に言えば……」
「簡潔に言えば?」
「お前の兄貴が鬱陶しいし目障りだから、武力を以て解決することにした!」
その問いに対して、ラセツはにっこりと笑みを浮かべながら答える。
普段の右頬を吊り上げる笑みはどこに行ったのか、と言わんばかりの無邪気極まりない心暖まる笑顔。
しかし、言っていることは邪悪というか物騒極まりない。
ラセツとは対照的にひきつった笑みを浮かべるエレンが痛々しい。
「どう言うこと?」
同じ問いを繰り返す。
「キンユウ公爵はな、それはもう驚くほどにトサカに来ている。コケッコーと言う具合にな」
ラセツは現状を整理し、理想を考えながら、足りない脳を以て吟味した言葉のみを口で紡ぐ。
こんな所で余計な言葉を色気もないポロリする事によって、おじゃん等と言う、馬鹿と言うよりも間抜けと言うべき事はしたくなかったのである。
故に、その言葉は慎重に選ばれる。
「だから、先ずはこの公爵領の中に居るとおぼしきアテウマの兵を誘き出す必要があるのだ」
つまり、
「この点で、俺はお前を呼び寄せる必要があると認めた。そういうわけだ」
「私が?」
「アテウマとしては、お前がここに居ると言うのに動かない、そういう手は無い。つまりは、燻す為の草だな」
「燃されたくはないのだけれども?」
「ハッハッハ。例えだ、例え。一応とはいえ、お前がいない事にはキンユウ公爵はどうしても気が乗らないようでな」
仕方ないだろ?
そう肩をすくめるジェスチャーで示すラセツに
「それからどうするの?」
疑問を呈するエレン。
「次に、お前が“我ここに在り”と示してくれれば、兵を動員しての戦いとなる」
ラセツは、エレンを指差し伝える。
「向こうはアテウマが出てこなければ士気は上がらないだろうが、こちらはキンユウ公爵の当主ザイナスで事足りるだろう」
公爵をまるで代用品であるかのようにうそぶく。
「そこら辺の、部下に対する信頼は篤い様だからな。総大将と御輿は分けましょうとね」
「どちらも兼任されていた場合は、我々が一つ事を為すだけで二つの事が成りますからな。こちらにしてみれば嬉しいことですな」
「違いないな」
「我々商人にしても、無駄を減らしつつ最大の効果を狙うのが一番ですからな」
「はっはっはっは。俺の故郷では一石二鳥と言うのさ。しかし、向こうは頭は一つらしいぞ?」
「それは?」
「ボウ家の、いや元ボウ家の息子が指揮しているらしい。何故ウゾウ家の血を引くのとつるんでいるのかは不明だがね。」
「まさか! ボウ家はウゾウ家に潰されたも同然。王家との間の子であるとは言えども、アテウマを害しても与するとは思えませんぞ?」
「まぁ、俺の方でもそう調べがついたんだが、分からない物を考えられるのは余裕があるものの特権だ。」
我々が認識すべき事実は二つに過ぎないだろう。そう考えてラセツは、言う
「一つは、サック・ボウが指揮をとり、アテウマが総大将兼神輿だ。
もう一つが、やつらとの戦いを避けることはできず又、避けるべきではない」
以上だ。そう締め括る
「では、どうなさいますかな?」
「エレンは神輿、ジェフは…分かるな?」
「無論ですとも、私は商人であっても“旅商人”。武器・防具・食料は配送までがお値段に含まれておりますからな!」
「今回のお客様は、国の金庫番といわれる男だ。羽振りは保証しかねるが、踏み倒しはあるまいよ」
尤も
「お前に言う必要はないかもしれないが、将来を見越して動いてくれたまえ」
「信用と恩も我々は売っておりますのでご安心を。その対価に建国金を頂戴して参ります」
「はっは。期待しているぞ?」
「ははッ」
「そこを右にいけばもう領内だ。ここら辺でもういいだろう」
嗚呼、そうだ。
「ブッシネスには世話になった。いずれ代金は払うつもりだから、振る舞って貰った分の値段の相場が知りたい。頼めるか?」
「承りました」
「さてさて、そろそろ俺もこの世界で人を殺す覚悟を決めようか。こんなに危険に溢れている世界だと言うのに人を殺すと考えれば、同じように億劫になる」
全く理不尽なものだ。
ラセツが殺しを覚悟する言葉は風にとけて消えた。
~✴️
「……どのような結果になろうとも、責任はとらねばならん」
ザイナスは言う。窮地であるがゆえに、破滅とも救いとも言うことのできない手を取ってしまったなど、何の言い訳になろうか?
「これも時代の流れであるとして、滅ぶべきであったのか?しかしそれでは、民も国も失われるぞ?」
ザイナスは自分勝手な利己主義者ではない。忠義と義務故に縛られざるを得ない巨人。
しかし、ザイナスは悩む。
確実な破滅を恐れるあまりに更なる災厄を招いたのではないか?と。
何よりも、戦えるからといっても勝てると決まったわけではないのだ。ラセツが言ったように。
負ければ被害は途方もない。禁域から強大な魔の物が出てきたとき以来の戦禍に叩き落とされるのだろう。
~✳️
カリカリと言う音を奏でながら、ラセツは紙を使って計画書を纏める。
下手な計画書を作ればザイナス巻き添えに共倒れ……何て事は向こうの錬度からしてしてあり得ない。
が、だからと言って下手なものを作っても良いと言うわけではない。
そう考えながら進めていくが、肝心な事を忘れていたことに気付く。
この世界においては、朝駆け夜討ちですら卑怯と見なされかねない世界。
つまりは、何月何日の何時から何時まで戦争します、と宣言してから始めるのである。
戦いの舞台は、この国では広大な草原となる。
と言うよりも山と森の日本と違って平原が8割を占める為に必然的に平原となる。
それに伴って、主にはチャリオット……馬に自分の乗るリヤカーの様な車を引かせ、突撃しあうのである。
そこには会戦と言う二文字しかなく、機動戦は未だ偶発的なものしか起こった事がないと言う点。
そして、この男が機動戦を得意としていたことにこそある。
と言うよりも現代で必要に駆られて習得した戦略、戦法であるが故に機動戦かゲリラの方が、起こりうる確率の低い会戦よりも得意であることは致し方ないとしか言いようがない。
とは言え、ここで専門外とか初めて等と言う言葉を吐くほど可愛いげのあるわけでも無し。
そもそも、その程度で音をあげる男ならば五十年前どころか地球にいた頃に死んでいる。
しかし、今生き延びて若干の後悔ができていると言うことは、つまり。
そういうことなのである。
~✴️
ふぅ、
「ラセツ様、お待ちしておりました」
「あぁ、キンユウ公は…?」
「はい、我が主は奥に」
こう言う執事が居れば俺も楽ができそうだ。
羨ましいが、まぁ俺としては育った即戦力は人材が集まるまでに過ぎず、純正の自分で育てた奴を重用したいからな。
結局、他人に育てられた者だけで揃えるよりも、多少質が悪くても純正で固められていた方が機能する場合もあるのであるから。
他所を知っている奴が居れば選択の幅が広がることは間違いないがね。
「来た……か。」
ザイナスは覇気を体からみなぎらせているが、どことなく憔悴しているようである。
もちろんそれは、アテウマだけでなく、ラセツまで相手取ることになったが故の疲労であったが、それに気づかせまいとして普段通り、否。普段以上の体調に見せかけているのであった。
舐められてはいけない。それは大領主にして国の金庫番であるキンユウ公爵家として、弱味を見せたと言うことであり、ひいてはテレッシア王国を貶めることに成るからである。
尤も、そう言う貴族の意識をろくに考えられない平民からは
「貴族って気位ばかり高いし、えばってやんの」
等と悪口を言われたりするが、舐められるよりは嫌われなければいけない苦しみである。
しかし、そんな考えなどはしっかりラセツにも分かっている。
ザイナスに嫌悪感などは微塵も抱こう筈がなかった。
むしろラセツとしては
「ハッハ。頼もしい限り、と言うところかな?」
「ふぅ。見栄を張らねばならぬこと、許せ」
「ふん。気にするな、俺にしろここではお前とは対等であると言う許可を貰ってる関係だ」
「そう、だな」
「この地においては、お前がトップであり、俺はそれに敬意を抱いている。そして、協力者としてはこれ以上なく頼りにしているのだ。必要な対応にケチをつけるほど……狭くはない」
それとも、
「俺はそこまで低く見積もられていると言うことか?」
そうならば、それは侮辱であり信を違えるぞ?
そう目で尋ねる。
「無論その様なわけではない」
一拍置き
「我々からしてみれば、ここが最後だ。些細なことでも、それでご破算になる訳にはいかない。謝る程度でそれが回避できるのならばそうせぬ理由もあるまい?」
むしろそっちこそ、そこまで見抜いてくれよ
そう訴えかけるザイナス。
それに対して、
「女心はともかく、そこにまでは気が回らなかった。すまぬ」
少し困ったような顔で頬をかく。
「お二方とも下手に気が回る分、大変なことです」
執事がお茶を入れながら、そう言う。
それに対して思わずザイナスとラセツは目を合わせて肩を竦める。
「おやおや、喉の乾きを鎮めようとお飲み物を用意した老いぼれに対して……」
「ハッハ。このように愉快な老いぼれが居てたまるものかよ」
ラセツはそう嘯きながらお茶を飲み、アピールする。
真っ先に茶を飲めるぐらいには信用してる。そっちも信用してくれ、と。
それでもって、空気は穏やかなものになる。狙ってやったのだとしたら。
この執事、やはりただ者ではない。
「さて、始めようか?」
ラセツは、そう切り出した。
~~✴️
わずか数行の間ながら絶大な存在感を見せつけた執事はともかく。
「我々は、提供された地図をもとに道を模索。後継者エレンをこの地に招くことに成功した」
「おぉっ! 成し遂げられたのか!」
「勿論だとも。このラセツ話を盛ることはあっても、出来もしない事を信用を対価に叫ぶ様な輩と見くびってもらっては困るな」
「それで、今はどこにいらっしゃる?」
「セイル商会の、俺が世話になった場所に」
「セイル商会の? 大丈夫なのか……とは聞かない。信用しよう」
「おいおい、俺の顔を窺わなくても構わない。実際、不安だろう」
そう言いながら懐から手紙を一枚差し出し、見るように促す。
すると、執事がペーパーナイフを差し出し、ザイナスが開き読み始める。
「成る程。旅商人、ジェフ・セイルの全面協力か」
「あぁ、この俺に抜かりは無いとも」
「ならば、」
「無論、兵站は彼らに任せられる。有料だがな」
「それは構うまい。滅びるかどうかの瀬戸際に惜しむものはない」
「ならば、」
「無論」
「「我らに栄光の在らんことを!」」
~~✳️
「そうは言うものの、我々としては負けるつもりも気持ち無いが、戦力差は現実としてある」
ザイナスはそう切り出す。
キンユウ公爵領はテレッシア王国の比較的内陸部にある。
その為に、数多の魑魅魍魎の跋扈するといわれる禁域からは少し距離があり、反対にある敵勢諸国とはテーブルの上でしか戦いはない。
基本的には……だが。
何せ禁域と言うのは、魔竜が流れ着いたり恐ろしい程の巨駆を持つ獣、山一つとも言われる巨大な地下迷宮等々、数多の伝説を持つ地である、がしかし。
これといった旨味がないのも事実である。
鉄の製錬技術が迫り来る魔と対峙する為に進歩している今であっても、鉱山が在ったからといってその鉱夫の安全性や流通経路の確保ができないのでは無意味。
さらに言うのならば、土地が粘土質であったり水捌けの悪いところが多くある上に川などの水源は無いと来た。
小麦などを主食の原料としているテレッシアを始めとした大国や、領土欲がある新興の大国ガル・ダーサ王国であっても不要の土地となっていた。
尤も、ガル・ダーサ王国はそう言う感情を見越して禁域に接した部分に国を作り、世界の防波堤を名乗ることによって大国にのし上がった国である。
禁域に旨味を感じている数少ない国家と言えよう。
話を戻そう。
キンユウ公爵は言うまでもなく大領主である。
とは言え、それには義務および責務の大きさも比例しているのは間違いなく、更には財政に特化するように勅命が下っていた。
これは賢王と名高き先々代王、とはいっても今代の王は決まっていないのだから実際には先代王、が貴族がそれぞれマルチな人材となるよりも一点特化とすることで、国の事業をそれぞれの専門とする家で進めるようにしたのである。
言うのなれば、キンユウ公爵家と言うのは財務省でありその家臣は職員、ザイナスは国王から任ぜられた財務大臣といったところである。
庶民の識字率が低いことを考えればノウハウが確立された家での世襲の方が大切であった。
無論、それだけではなく財務は財務。農林は農林と言うように分けることによって、兵力を奪うことに成功したのである。
すべての兵は王家に仕え、そこから各家へと派遣され各領地を守護するのである。そうすることで危険な土地でありながら財力不足で兵力が足りずに滅亡することはない。
更には、財力で兵を集め反乱を起こされない様にすることや、必要に駆られて集めたことで他家からの不信感を募らせられ無い様に管理できる。
全て王家に認可されなければ兵は集められず、非常事態においては徴兵および追加の派兵が王家より認可される。
その様な画期的と言うべきその制度を編み出す事に成功したのである。
ただし。賢王は一つ考えを間違えていた。そして、それは致命的な間違いだった。
賢王は、正しい教育、健康な体、家族からの愛があれば分別のある……少なくとも致命的な何かは行わない後継者になると考えていたのである。
結果は、息子からしてアホであった。
息子はそれまでの意味も価値もろくに理解せず、いや、理解していたとしても納得せずに改革を強行したのである。
ついでに言えば、エレンが白髪を持って生まれてきたときに全員同じように接すれば愛が自覚できるだろうと言う、ちょっと可笑しな愛情の表しかたでトドメが刺された。
更には、飢饉が巻き起こる事で言うなれば、ライフが0の状況で死体蹴りが行われ庶民にまで影響が及んだ。
それによって、食い扶持を得るために娘を売る農家が続出。安易な考えだが、買われたならば食べるものには困らないだろうと言う親の愛情もあった。
……がしかし、今度は対価が人のみと言う維持にむしろお金がかかるものを押し付けられた商人の首が回らなくなってしまったのである。
負の連鎖が続き、巷には腕っぷしだけのノータリンが傭兵を名乗り荒れ狂う。
農村では若者がいない状況で最早先がない。
商人は売れば売るほどお金がなくなる。
馬鹿な孫たちは国の覇権を競いあって余計に民に負担をかける。
有能な貴族たちが賢王の備えた通りに機能したからこそ国はある程度無茶が利いているが、有能な貴族達の毛根は国の行く末を暗示するかのように息絶え、不毛な大地を着々と築き上げている。
砂漠化は何処でも悩みの種なのだ。
さて、そんなこんなでザイナスの兵と言うのは国王に忠誠を誓い派兵された者と、領民からなる私兵である。
私兵は王が死ぬと分かった直後に許可を奪い取った為に持っている分であり、最早落ち目である事は分かっていただけに恨まれる役職のザイナスは用意をしておいたのである。
ここでエレンが必要になったわけである。
王に忠誠を誓っている連中は、腐ってもアテウマ……腐っても王家のアテウマに従わなくてはならない。
ここで逆らえば兵隊としての仕事はなくなり飢饉の中に放り込まれるからだ。
しかし、ザイナスが支援するエレンが居れば白髪といえどもアテウマよりもマシには見えてくるものである。
ひどい男であるアテウマと比べてもマシ程度にしかならない白髪への忌避観に驚くばかりであるがそれでも御輿になれば兵はザイナスと共にいてくれるだろう。
それどころか、敵勢力の引き込みにもある程度は期待できる。
まぁ、ザイナスにそれを気づかせないように意識を必死に逸らしているが、それが勝利するための条件である。
「では、少し手品と言うものをお見せしよう」
ラセツはそう告げて懐から取り出したるはロックグラス。
ラセツは江戸切子のような透かし模様がついたそれを二つ取り出すと、またまた懐から一枚のシートのようなものを出す。
地球人の人はこれを下敷きと言うのだが、それを取り出して振り、机に置く。
そして、安いお酒、水を用意した。
「俺は、このグラスに注がれた物をそっくりそのまま入れ換えて見せよう」
其を以て信とせよ
そう告げる。
「さぁ、始めようか」
ラセツ→命は軽くなっても、殺す重みは変わらない。やなものだ。
ザイナス→博打打ちになるとはな
ジェフ→儲け時だ!
鯉滝→方向性がぶれすぎてよくわ……
ロバート→執事です
鯉滝→執事は設定;執事
です。
こんな忠実そうなのに裏切り者って言うのも燃えそう( °言°)




