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第30話 心まで浪漫に武装する馬鹿

ラセツ・アツキを出せと言う要求に対して、ブッシネスは表情を変えることはない。

ジェフに店の一つを任される、つまりはジェフに認められた商人である。


そんな歴戦の商人たるブッシネスに下手な脅しや権威など商人としての分厚い面の皮の前では豆鉄砲ですらない。

ブッシネスの顔を動かすのならば、悪鬼のような顔をした馬鹿をつれてくる程度の事はしなくてはならないのだ。


「はて、一体どちら様でしょうか?」


どちらについて尋ねているのかは全く以て不明瞭。ラセツの事を知らないと惚けてるようでもあれば、この男に対して何者か誰何しているようにも聞こえる。

これでうっかりラセツの存在がバレたとしてもどちらとも言える様に保険を掛けることに成功した。

綱渡りが上手なのはラセツであるが、ブッシネスは綱を起点に橋を作れる男。

ブッシネスの鉄壁を貫くには、迂遠な言葉を使ったり飾らずに、品がないとすら思われかねない程の直裁(ちょくせつ)な言葉を用いる他無い。


「私は」


男が名乗る声を遮って


「ああ、それは俺に用があるんだろう?」


声が後ろからする。


「よろしいので?」


ブッシネスは尋ねる。


「ああ、済まないね。手間をかけさせた。ここに戻ってくるのは、少し時間がかかるやも知れない。

だけど、俺の部屋においてある黒い衣紋掛け(えもんかけ)に掛けてある服はそのままで頼む」


ラセツは、そう言って行くかと思いきや、


「それと、さんざん振る舞ってもらってなんだが、出来ることならば滞在費は少し待って来れ。気持ちばかりの少ない物となるであろうが流石にロハとはいかないからな」


細かいことを気にするこの男は、市場を確かめてお幾ら万円かかるかをしっかりと調査して、一応払うつもりではある。

一種の見栄である。


「では、またいらっしゃられる時には名物を集めておきますので、お気を付けて」


ブッシネスは、下手に遠慮せずにそう言っておく。

こう言う男には下手に遠慮すれば傷付く矜持があると理解しているからであり、流石は百戦錬磨の商人である。


ラセツとしてはまた借りが増えるから返済できないなと、思うしかない。

こうした方法で、ブッシネスは縁を切らずに関係を続けていくのである。


~✴️


歩きながら、


「それで、ザイナス殿は?」


ラセツは、何ともなしに尋ねる。


「我が主は、現在御身をもてなす為に四苦八苦しておられるところで御座います」


使者は案外冗談を言えるらしい。

それを確認してラセツは少しほっとした面が無いとは言えない。


手を組む相手が、冗談を介すゆとりを持たない死に物狂いの後がない集団よりも冗談を介すだけのゆとりを持つ集団であると言うのは重要なのである。


少しの間だけ手を結ぶのであれば、前者の方が扱いやすい事は違いないが、エレンを……白髪の少女を王にして、かつそれを支えられる人材が一体幾らほど居ると言うのだろうか?


少なくとも、一人いることが分かったのだ。

それを逃がす訳にはいかない。


あのときだってそうだった。


サ○ラ大戦の20周年記念のフィギュアを組み立てるだけでなく、塗装もしなくては成らないのかと思って、敬遠してしまった後で、お隣のクラスの柄木田の奴から自慢げに見せられた時の怒り。

忘れたとは言えぬあの憤怒。


はらさいでか。


ズゴゴゴゴと不穏なオーラが漂うが、怒気は出せぬラセツであるからこれは邪気である。

無論、使者は表情にこそ出さないが、


この男は大丈夫なのか?


と思ってしまう。

何がとは言わないが。


「では、こちらでお待ち下さい」


使者は、ラセツを町の一角の建物の一室に通す。

流石に、あの情報を受けて尚屋敷で会う愚は犯せないと言ったところであろう。


「さて、どうしようかね」


『我々の為すことは最早決まっているであろう?』


「無論だとも、ああ、決まっているとも。プロメテウス」


ラセツはラセツであるから止まる事は出来ない。

いや、今であれば、未だ間に合うかもしれない。常人であれば。

しかし、ラセツは己の名前をもその対価と、代償と言うべき物として捧げている。


故に、もう止まれない。

何を犠牲にしようとも、何をされようとも。


コンコン


「我が主の準備が整いましたので、開けても構いませんか?」


「構わない。開けてくれたまえ」


案内されて向かったその先には、やはりと言うべきかキンユウ公爵のザイナスがいる。

入口から見て縦に長いテーブルの真っ正面…所謂、お誕生日席の所で待っておりラセツが入ると同時にこちらに歩いてくる。


「腹は決まった、そう言う事で?」


ラセツが口火を切る。ここで、普通に世間話を出来るほど余裕はない。

無論、そんなことは悟らせたくはないが、敢えてここでは時間がないと知らせる。


時間とは、敵であれこそ味方には成り得ない状況であることをもう一度伝えねばならない。

パニックを発症したものは害悪ですらある。しかし、幾ら能力があろうとも、こう言うときはある程度死に物狂いになって貰いたいし、なって貰わなくては困るのである。


とは言え、例えしくじって共倒れにさえ成らなければこれ以上の状況は望めない可能性すらあるが、また数十年待ちに徹する方法もあれば場所を変えることも可能である。


あまり遠くなれば、作ったものを全て破壊した後にリッチや老師に別れを告げる必要があるが…


と言う訳もあり、実情としてはそこまで焦っていない。

ただし、ラセツにはそうしては困る理由がある。

エレンと約束してしまった、と言うそれ一点である。


一応義理深い男なのである。


~✳️


「腹は決まった、そう言う事で?」


そうラセツは尋ねる。


「そう言うことに成る」


ザイナスはその問いに対して返す。


「成る程、成る程。私に良い決定であることを願わずにはいられませんね」


「その言葉遣いは、不要だ」


そう言われてしまえば、完璧と言っても良い笑顔を変える。

人は絶対に欠点を抱えている。

抱えていなければ、それは人ではない。いや、むしろ人として欠点がないと言うのはあり得るかもしれないが、それは動物と変わらない。


しかし、その欠点を無くす事は出来ないが、隠すことは出来る。

ラセツは、ラセツにとって自然な笑み……右頬をつり上げたどこか悪戯を好みそうなニヤリとした笑みを浮かべて言う。


「つまりは協力を得られると言うことで理解して構わないか?」


「そうだ、ただ。一つだけ尋ねたいことがある」


「俺に答えられる事ならば」


「勝率、それを聞きたい」


ザイナスは、一番重要だと考える事を告げる。


「それを尋ねる訳を聞いても?」


「心の持ちようだ。どちらにせよ準備が必要にしても、戦後処理を早くから行うべきなのは間違いないであろう?」


ラセツは、それを聞いて。

成る程……成る程。


「確かにその通りだ。なればこそ、言えることは五割としかない。」


「五割……半分程度しか無いと……?」


「戦と言うものはそう言うものではないかね? 大軍と寡兵であったとしても何か、と言うものはあるものだ。」


「では、何故五割と……?」


「極めて簡単にして単純無比、戦と言うのはいくら戦力差があろうとも、絶対と言うものはなく、もしもあるとするのならば」


「するのならば?」


「それは、勝ったか負けたか。すなわち二つに一つしかないが故に半分の確率である五割。それをおいて予測しようがあるまい、と」


何処までも豪胆。傲慢。それでいて敗けの存在を否定しない臆病さ。

矛盾が存在しそうでしないギリギリに何の考えもなく突撃する馬鹿馬鹿しさ。


「成る……程。確かに、尤もと言えば尤も」


つまり。勝てば勝つ。単純明快である。


「はっはっははっははは!」


ザイナスは笑う。

ここまで、手の込んだ事をやってのけてそう言うか!


「……ふむ。あまり笑われるのは、好きではないのだがね?」


ラセツは少し眉を潜めて言う。

勿論、アピールの一環に過ぎないのだが……


「済まない。気を悪くしないで貰いたい」


ザイナスは、流石に少し不味いと言うべきか、ばつが悪いと言うような顔を作るが、うっすらとだが、楽しげな雰囲気を纏っている。


「なに、何処までも慎重な手を打ち続けていると言うのに豪胆なものだな、と」


ザイナスにしてみれば、ここ何日かで情報はそれなりに収集してある。

年末年始にもかかわらず部下の尻を蹴飛ばして働かせたのだから、忠誠心は幾分か落ちたような気もするがある程度は許容し得る。


何せ、自領の存亡が掛かっているのだからここで調べることを怠る、そんな間抜け極まりない事をすることも、許容する事も出来ない。出来よう筈もない。


故に、態々探らせた結果が1ヶ月以上前の事は全く不明と言う怪しさを裏付けるに申し分ない結果である。

しかし。しかしである。

事実として、第2後継者たるアテウマが、アテウマの軍が動いている、それに間違いはないのである。


確実な破滅よりは、不確実な助け。

希望を信じざるを得ず、怪しくとも手を取る事しかなし得ぬ状況になっている。

否、作られているのだ。


「これは、もう」


ラセツにしてみれば、タイミングが奇跡的と言える程、たまたま噛み合ったに過ぎないと言うべき所であるが…


ザイナスにしてみれば、態々手の打ち様の無い状況を狙って来たようにしか見えない。裏で糸を引いていても怪しくないレベルで怪しい。

そんな、油断してはいけない相手と言ったところであろうか。


「……フ」


ラセツは馬鹿である。

しかし、人の気持ちあるいは考えの予測と言う面では優秀である。


それ故に、相手がどの点で勘違いしているかを瞬時に把握することも容易く、このときも成功する。

しかし、この男をこの男足らしめている“馬鹿”が叫ぶのである。


強キャラムゥゥゥゥウブ!


と。


故に、意味ありげな笑み……俗に言う意味深な笑み、或いは思わせ振りな笑みを浮かべ、勘違いを加速させる。


狙って行っていると言う点が、性質(たち)の悪さを露出している。

気づかない内の勘違いさせる行為は悪質でこそあれ、悪意はない。

しかしこの男の、ことこの場面においてのその行為は最早犯罪。

思考誘導ですらある。


「さて、それでは乗ると言うことで合意を戴けるのかな?」


白々しくも問いかける。


「無論。これより我々は、ラセツ殿と協力させていただく」


返答は、これしかないザイナスは、そう微笑みながら言う。


「良い返事が聞けて喜ばしい限りだ。なに、ここで断られる事も覚悟していたものでな」


「「ハッハッハ!」」


何を白々しい事を。


ふぅ、良かった。


ラセツとザイナスの心中は兎も角。

二人は笑いながら手を握り合い、軽く振る。

ガッシリと組み合わされたソレは解けることなく、瞳に写ったその色は覚悟を示すに十分以上の物であった。


「さて、我が友に私の案を語ろう…と言いたいところだが、どうにもテーブルの上の物に目移りしてしまう。頂いても?」


「無論だとも我が友よ。舌にあえば良いのだが……何分、どの様なものが好みか分からなかっただけに私の好物を並べさせて貰った」


「この豪華な献立はキンユウ公の趣向、と言うわけか」


「喜んでいただけた様で何よりだ」


「これで喜ばないのはよほど食に頓着しないものであろうな」


先程食事をしたばかりであるとは言わない。

まぁ。尤も。

これを言わないのはただ単純に未だ食べられるから、と言った所であろう。


心情的なもので言えば、美味しそうだから早く食べたい。が間違いない。


~~✳️


「さて、」


ラセツとキンユウ公爵家当主ザイナスは食事を終えた後に実務的な話をすることにしていた。

切り替えるときには、さて、と言わないとそんな気にならないラセツの癖である。


「まず、俺の用意した案と言っても、そこまで奇をてらった様な物ではなく、むしろ基本的には単純な物だ。

作戦コードは、ドキッ! ハンムラビ法典? 目には目を、歯には歯を! ……だ」


「つまりは?」


尋ねるザイナスに対して


「向こうが王族だと言うのならば、こちらも王族を擁すれば良い」


ラセツはさも容易な事であるかの様にサラリと言ってのける。


「王族……? だが、第一継承者であった、ホンメイ様は彼の件によって今はもう亡く、現在の第一継承者であるタイコウ様は少し難しいぞ?

一体誰を……まさかッ!」


「その通り、第三継承者であるエレンを御輿として担がせてもらおう」


「成る……程。しかし……」


どうしても、分の悪い賭けのように思えてならないような顔のザイナスに告げる。


「ここだけの話だが、エレンはもうほんのすぐそば。この近くへと向かっている。そう言えばよろしいかね?」


「……! 彼女は帝国に居たはず、まさか貴様はッ!」


「まァ、落ち着け」


一言でもって激昂するザイナスを制する。

それだけの力は持っている。


「私は帝国に関わっていないどころか足を踏み入れたこともない」


「……何を以て信とする?」


「本人に聞けばよかろう?」


「本人?」


「エレンだよ」


~✴️


所変わってオリウス。

ジェフと共に十日ばかり過ごしていたエレンに手紙が届く。


『疾く来たれ』


ただの一言が戦況を変えることは、歴史書においてままある事である。

ラセツは妙な言い回しに凝る馬鹿ではあるものの、必要がソレを欲すると言うのであれば、最小限の言葉に最大限の意味を込めるのもやぶさかではなかった。


故に、その手紙に書き記された文字の総てが、


『宛;親愛なるジェフ殿

発;その友


疾く来たれ』


のみだとしても、なんら問題ないのである。


受取人……名目的な(ジェフ)でなく、本当の(エレン)が多少へそを曲げようとも問題ないのだ!


「行きますかな?」


「えぇ、勿論。……言いたいことが色々ありそうね」


「はっはっ。必要に迫られての事でしょうから程ほどに」


「分かってるわよ」


有能なジェフがそれとなくフォローしてくれると見越しての物であるのだから。


要らないところにも頭が回る男、故にその本質は馬鹿なラセツである、が。しかし。

乙女心の理解者を名乗るのは伊達や酔狂などではない、そういうことである。


エレンはジェフの馬車に乗り込み、ジェフは馬に馬車を引かせ、進む。


~~✴️


ジェフ達が馬車に乗ってキンユウ公爵領へ向けて出発し、ハシビ街道を上りその先にあるであろう関所について考える。


「さて、どうしますかな?」


「今回もいるならば、面倒は避けられそうにも無いわね」


「ふむ」


ジェフは鼻の下の髭を一つ扱き、こう呟く。


「ラセツ様の進んだ道がどこかにあるのでしょうなぁ」


「そこを右だ」


「……?」


ジェフは、突然隣に現れたラセツに思わず二度見してしまう。


「一体いつからいたの?」


エレンが問いかける。


「ついさっきからだな。あ、そこを左だ」


「……ふむ。何故こちらにいらしたのですかな?」


「お前らを呼んだのは俺だぞ? 出迎えぐらいはするさ」


まあ、


「護衛兼道案内って所かな? 今はアテウマが出張ってきていやがるから、鬱陶しいことばかりさ」


「兄上が?」


「おぉとも。お陰で行軍出来る程度には広い街道は衛兵が駆り出されてやがる」


エレンは、今進んでいる道を見て、


「でも、この道には誰もいないわよ?」


「おいおい、考えてみろよ。今曲がった道の先には、人一人分しか幅がなかっただろう?」


「成る程。道なり……直線で行った場合は、徒歩の人が一人しか通れない程度の幅しかない道であるから衛兵がいない、と言うわけですな?」


「そういうことだ。太い道を選んで進めば案外進める道があると言うわけさ」


とは言っても……と続け


「まぁ、キンユウ公に地図をお強請りする羽目になったがね。そうしなくては分からなかったから致し方あるまい」


()()を作られたのではないですかな?」


「案外、かりを作った方が円滑に進む物があるのだよ。まぁ、こんなことは言わなくても君なら知ってると思うがね」


「はっはっは。まぁ、多少は存じ上げて……と言った所でしょうかな」


「ふん。謙虚なことだな。あ、中央をそのまま頼む」


「地図はどうなさいましたかな?」


「ハッハァッ! ジェフ君、おいそれと持ち出せるようなものな訳無いことは君も知っているだろう? まぁ、君のことだから新しい販路に獲得へと繋げたかったのだろうがね」


「ええ、まぁ。そういうことですな」


ご存じでしたか、と言うような顔をして見せるジェフに対して、

勿論だとも、と頷いて見せるラセツ。



「そういうだろうと思って、道は覚えてきた。なに、気にすることはない。

俺は部下には優しいからな!」


「ちょっ、それは不味いんじゃないの?」


「エレン、そう言ってくれるな。俺も良心は痛んだとも。だがね。部下の喜ぶ顔には代えられないとは思わないかね?」


「ラセツ様!」


「ジェフ!」


小芝居をエレンの前で繰り広げると、彼女の瞳に冷たい物が宿る。


「まぁ、冗談はここまでにして、我々は、これから戦をするのだぞ?」


「……え?」


ラセツ→ザイナス……逃がさんぞ



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