第23話 巨人の慈悲は、なお深い
スンスン、ラセツはおもむろに鼻を上に向けて臭いを嗅ぐと
「おい、エレン。一雨来そうだから、ここで拠点を作るぞ」
とエレンに言う。
「分かったわ」
雨の降りそうな気配は感じないが、疑っても無駄だと、自分の感覚は信じるな、とエレンの心は訴えていた。常識なんて、捨てとけ捨てとけ、と。
非常識なんだろうと、ラセツのことは短い間に認識していた。
「ジェフは起きないからな、こいつと会ったときからもう疲労していたから休息の面ではいいんだろうが」
「疲れていたの?」
「ふん。この男の事だ。お前に心配を掛けたく無かったんだろうよ」
ラセツは、てきぱきと動きながらそう言う。
「そんな……」
ショックを受けるエレンであったが、
「そこに杭を置いといてくれ、その後に薪を持ってこい。乾いているやつで、燃えやすい小枝な」
ラセツは、指示を出す。
《中々、優しいな》
何だ、プロメテウス?俺の優しさにやっと気がついたか?
《あの子だよ》
俺に肩透かしさせるのが……ふぅ。そうだな。
《ああいう優しさは、やはり人の長所だと思うよ。故に、人が好きだ》
ふん。人であってもあんな優しいやつは稀さ。
無二の友であるゴリラは中々だったがな
《だから、考えられないようにしているのか?》
ああ。そうだな。人は考えて思いやれて、今さらになって素晴らしいと思えるさ。でも、優しさは、強くて脆い。
考えすぎれば、自分さえも崩れてしまう。
ならば、考えさせないようにしてやるのも大切さ。
《お主も大概だな》
俺のは、違うさ。
白髪だなんだのと言いつつ、俺はあの神。ディネアを見られる場所程度には行きたいと言う思いがある。
その為に、あの子を巻き込んでしまったんだ。
いや、引きずり込んだんだ。
俺は、奴を、奴に会うためにだけにですら、全てを利用し全てを擲つだろう。
俺の最も大切なものを捨てたんだ。
今さら、何を捨てようと悲しくはなるし、罪悪感も持つだろうが、引き摺る事は…あるまい。
だから、せめて、この位はな。
《やはり、儂が……》
関係ないさ。
俺の道はもう引き返せなかった。
名を捨てる前であっても。
《いや、まだ戻れたはずだ》
戻れないさ。
あの時、尋ねられなければ、俺は所詮中途半端だった。
ダンジョンを出たかすら分からない。
何よりも。
俺がその道に進んだとしても。俺はなっていただろうよ。
《……》
ラセツ、に。
俺の道は、開かれて…「持ってきたわよ」
エレンのその声にラセツは、笑みを浮かべて
「そうか、助かった」
エレンに言う。
「うん?この木は湿気ってるから後だな」
「湿気ってる?」
「ほれ、触ってみろよ」
「本当だ。気づかなかったわ」
「まあ、そんなもんさ」
ラセツは、円錐上に小枝を並べ、その上に大物の木を乗せて竹筒から火種を出して火を付ける。
「便利なものね」
それを見ていたエレンがしみじみと言う。
「今度、作ってやるよ」
「本当に?」
「国を盗るまでには余裕で出来ているさ」
「それも、そうね」
若干ひきつった声で言う。
「でもどうやって、国を盗るの?」
「今、国の体裁を辛うじて取れているのは、軍隊を指揮するハシビロ公爵、財政を安定に辛うじて留まらせている、キンユウ公爵。その二人の貴族のお陰によるものと見て違いあるまい」
だから、
「彼らを味方に出来るか否かですべては決まる」
「成る程」
「そして、現在。それを認識している後継者は二、三名。しかし、それはどちらかと敵対している後継者と来た。まあ、穏便には行くまい」
「でも、私達も無理なんじゃあないかしら?」
「何故だ?」
「だって、交渉材料がないじゃない」
ラセツは、エレンが気付かない程度に少し笑みを浮かべる。
前までだったら、髪の事を持ち出していただろうから。
「だから、ジェフがいる」
「?」
「この道具を売ってもらう。これでかなり金は稼げて知名度も上がるはずだ。そうなったら、こっちのものさ」
そういった後に、ラセツが上を見て、
「さて、続きは明日にしようか」
「どうして?」
「雨が来るからさ。ジェフはテントに寝かせてあるからお前は馬車で寝ると良い」
「あなたは?」
「見張りをやっとくから、大丈夫だ。焚き火もタープの下だから雨が当たらないだろうしな」
「そうね。でも大丈夫なの?」
「何がだ?」
「寝なくて」
「気にするな。俺は寝なくても大丈夫だ」
この男は、睡眠は一ヶ月に一回三時間取れば基本的には大丈夫である。
こういう地味なところで、人でなくなっているのだ。
~…ーーーーーーーーーー夜の帳は落ちてーーーーーー
…大体計画はこんなもんかな。
《そうか》
まだ気にしているのか?
《それは…な》
慈悲深いものだ。
お前ら神々にとって、人と言う種族全体はともかく、一人や二人塵あくたに等しいだろうに。
《それが、巨人が負けた理由だろうて》
何を言うか。
お前と言う男が居たからこそ、ゼウスは上手く行ったんだろう。
巨人の思いなんぞは、大した意味も無いだろう。ゼウスも人に炎を与える気はなかったようだし。
《そう言う意味ではない。小さな事に気を掛けなかったと言うことだ》
そう言うことか。
まあ、でも神話世界において、知略に本当に優れた奴なんて見たことはあまり無い気がするなぁ。
オデュッセウスを始めとする幾名か?
タナトスを嵌めた男も居たな。
《トロイヤか》
ああ。
一応オデュッセイアは見た事があったからな。
《彼の男か》
まあ、やつは、賢いと言うよりも狡猾だった気もするがな。
《違いあるまい》
あの時に出ていたのは、ゼウス、アポロン、アテナ等の神々からアキレウスやヘクトール等の有名どころか。
アキレス腱以外は急所じゃないのはともかく、アキレス腱を射られただけで死ぬって言うのは納得のいかないものがあるな。
《強者には弱点もあるものだ》
ジークフリートは、背中以外が無敵なのはまあ良い。
だって要するに、亀が腹以外は堅いようなもんだろ、でもアキレス腱はなぁ。
背中はともかくなあ。
ラセツは、夜になれば自分の本当の思いが出てしまいそうだから、下らない話で暇を潰しにかかっていた。
そんな甲斐あって、
…朝か。
朝だといってどうと言う訳ではないが朝と言うのは、やはり特別である。
特に、何時でも大して変わらないが朝日が上るときなんかはちょっと感動する。
…だからどうしたと言う話であるが。
「ふぁあ…ラセツ。」
「ああ。おはよう。」
エレンが起きてくる。
まあ、三十分前には息遣いが変わっていたから起きていたのだろう。
言ったら変態扱いされかねないから言わないがな。
乙女心の分かる男。それが俺である。
「ラセツ、貴方なに食べているの?」
ラセツの口はもしょもしょと動いている。
ごきゅっ。
「これは、ハラツウ草だ。これを食うと、腹痛が起きにくくなる。こう言う屋外では結構重宝するぞ。」
「…美味しいの?」
「昔食べた木の皮よりゃ。」
「そう、苦労したのね…」
其の回答に憐れむような瞳をしながら答える。
「…おい。その憐れむような目をやめろ。」
~…ーーーーーーーーーー…~…ーーーーーーーーーー
「いや、よく眠れましたな。」
ジェフが起き出してくる頃には、食事の準備は整っている。
「起きたか。」
「ええ、ご迷惑をおか…」
「掛かってないから飯を食うと良い。食事を終えたら、これからについて話そう。」
食事を取りながらラセツは情報を整理する。
ラセツの取り柄は本能的な勘と経験から来る勘、そして判断の早さでありこう言うのはあまり得意ではなかったが、最近ではめっきりこう言うことばかりな為に慣れが出てきている。
…この世界の住人から、俺の協力者として取り込みたいのは寿命の長い種族だ。
アールブ…俗に言うエルフが真っ先に思い付くが、ドワーフも捨てがたい。
エルフは何か貧弱な気がする。国作りに関しては。
かといって、俺はモグラでもあるまいから地底城とかも辛いし。
人間って脆弱だな。
…ダンジョンの経験から地下が怖くなった訳じゃあ無いぜ?
ウム、どうしたもの…このパンうまいな。
…料理楽しみだなぁ
~…ーーーーーーーーーー
さて、どうしましょうかな。
ラセツ殿は、今後と言った。この後だった気もするが、まあ良いでしょうな。
国家を操るつもりでしょうかな。
「美味いものを食べている時に考え事を…」
モシャモシャ…ゴクン
「するのは感心しないぜ?」
ジェフはどこか緊張した面持ちで俺を見ている。
俺はそっちの気はないからそんなに見つめられても困る。
と言うか見つめられると照れる。
「それで、これからの事でしたな?」
「いかにも。そう。これからのことだ。」
…これからの事って言うがそこまで緊張する事だろうか?
はっきり言って、大したことじゃ無いと思うんだが?
「そ、それは」
「その通りだよ。君の予想通りのことだと言っておこう。君との約束を果たしてもらおうと思ってね。」
そんな約束はしていない!とジェフは叫びかけるが、なけなしの理性で堪える。
「何のことでしたかな?」
「そう惚けないでも良いだろう?」
くっ、これで誤魔化そうとしたがやはり甘かった。イヤ、まだ時間は稼げた。
何かハプニングが起これば、国盗りなんぞの片棒を稼ぐ…ではなく担がなくてよくなるはずだ。
とジェフは考える。
しかし、ラセツは、何故ジェフが怯えているのかが理解できない。
何故、美味い店を紹介すると言う約束を果たすだけで怯えているのかが分からない。
諸悪の元凶は、この男が変に芝居がかった言い回しを好んで使いたがることにある。
最早、これは性分と言うよりも病気だろう。
ラセツは芝居がかった動きで辺りを歩くと、ジェフの後ろに回り、囁く。
この時点で、ジェフは死を覚悟する。
「忘れたとは言わせないぜ?」
「ひっ」
「美味い店を紹介すると言う約束。」
「へっ、なんです、と?」
「…本気で忘れていたのか。」
ラセツは、ぼそりと、ジェフに気付かれないように口の中で呟いた。
~ーー…~ーー…~ーー…~ーー
さて、そんな訳で俺たち“ラセツと愉快な仲間達”は二つ目の町にあたる場所に向かっている訳である。
まず、俺の持っているスキルとかを開花させる板…傭兵証とジェフの紹介があれば近辺の大概の町には入れる。
コネクションは素晴らしきかな。
まあ、正義の主人公みたいにコネクションの有る無しに関わらず目的を成し遂げるのに憧れがないと言えば嘘、いや、真っ赤な嘘になってしまうが。
そんな幻想も理想も地球に居た頃から捨てている。
ちょっと期待したりもしていたが、まあ良いだろう。
細かいことだ。気にするな。
それに伴っての問題点は、荷を積んだジェフの馬車では動きが緩慢だ、と言うことだ。
ジェフの馬車は商人にしてはリッチな二頭だてである。
ドラ○エVであっても、パトリシアの一頭で引いていたと言うのに。
ル○マンなのだろうか、ト○ネコみたいな姿をしている癖して。
あまり変わらないとは言ってはいけない。
さて、どうして引けないかと言われれば、単にこの馬の非力さに有ると言って良いだろう。
何せ、体重が72キロ程もあるジェフはともかく、40数キロのエレンと200キロほどの俺と100キロの馬車でヒイヒイ言うのだ。
ヒヒンヒヒンかもしれないが。
全く情けない。
まず、馬車も戴けないのだ。こんなにスマートな俺が乗るだけで軋むのだ。
儲けてそうなんだから、良いものを使うべきだと思うんだが。
不必要なところは削るべきだが、商売道具はケチるべきでないと言うのが俺の持論である。
そのせいで荷物を減らすことになり、俺が選別を担当して上げることになったのだが…
「どう言うことですかな?こんなに減らしてしまうなんて!」
せっかく、整理してやったと言うのにこの言いぐさである。
足の速い消耗品から整理していったのに何が不満なのだろうか?
貴重な物っぽいのは、しっかり整理して一纏めにしてあるだろう?
そう思って、指でチョイチョイと指し示すのだが効果がない。
「あんな物は良いんです!いえ、良くはないんですが…」
結論を先に言わないのを他人にやられるのは嫌いである。
自分がやるのは好きだが。
「ええ、じゃあいいますとも。」
おう、なんだ。
「食料品を全て食い荒らすとはどう言うことですかな!」
…すまない。美味しそうだったから
ジェフは、やれやれ、と言うように肩を竦めると
「ふむ、そうですな。」
ジェフは、少しずつ考えを纏めてきた。
今まで何をしたかったのか、これからどうするべきなのか、を。
だから、ジェフはその一歩、ジェフにとって、とても大きな一歩と成るであろうそれを、踏み出す。
「ならば、少しお詫びとして…」
「ま、まさかご飯が無しにな」
ラセツは、罰が来ると思って、焦るが…
「あなたの行く末を特等席で見させて頂けませんかな?」
そう言った。
~ーーここから先は、ネタバレ含みますーーーー
登場人物
▪️ラセツ・アツキ
本名 白鷺大樹
定期考査の最中に女神 ディネアにクラスメイトごと召喚される。
しかし、ディネアが黒幕であると言う謎の論理の飛躍を見せたがそれがニアピンだった為に記憶(黒幕であると言ったところ辺り)を消されて処刑方法としてクラスメイトが送られる六百年前に異世界バルストに飛ばされる。
しかし、白鷺の一族は古来より鳥の一族と呼ばれてきており、謎の強運によって案外しぶとく生き残っている。
今は“人”から人と何かの間である“人間”になると言うプチ人外化を遂げる。
人生を、ディネアへの復讐と言う目標で埋めることによって折れかける心を繋ぎ止めた。
その為に、大樹の誇りにして大切な物である“白鷺”の名を復讐が終わるまでは返上し、それを誓いとした。
現在の名は、神の敵対者に相応しい名をプロメテウスに提示され、それを気に入って“ラセツ・アツキ”と名乗っている。
初期の案では、顔は悪人顔か狂気を迸らせたヤバイ奴をイメージしていたものの、今はワイルドっぽいモノの茶目っ気のある顔を考えている。
本人は清潔感がないと言って長髪を嫌っているが、体質的に長髪を強制されている。
▪️ディネア
色々神格を持っている。
初期案では、ヒロインに近いポジションになる予定で、其に伴って白髪の予定であった。
作者のとちくるった考えによって悪の親玉的なポジションを獲得。
こいつが敵ではなかったら、ラセツは六百年モノ準備が予想される戦いを強いられる事は無かっただろう。
神殺しは数十年じゃあ出来ないだろうと言う謎のリアリィティを追い求めた結果である。
敵に成ったことで金髪になった。
▪️エレン
白髪の王女?
かつての強国テレッシアの後継者の一人。
不幸の象徴とされる白髪にコンプレックス。
ラセツは白髪が好みだから、何かと構うがそれがウザいと思っている面を持つ。
序章でのキーパーソン。
後々、エレンの残した功績がラセツとある人物を引き合わせる…予定。
素直な性格で、ラセツはそこを利用しやすいとするが、他人を信頼しすぎる面が短い付き合いでも分かるほどに出ているため、共犯者としては少し不安。
▪️ジェフ・セイル
エルフの血を継いでいるものの、雑種と蔑まれてきた。
純粋ではないからか、トル○コの様な姿であり語尾は「ですかな。」
序盤からラストまで出るであろうキャラクターであり、有能ながら苦労を背負う様になると思われる。
原案時点からキーパーソンを運ぶ商人という役割とジェフという名前迄変わっていない稀有なキャラクター。
しかし、語尾は違った。
▪️プロメテウス
言わずと知れた巨人。
先見の明があることで有名であるが、それを恐れたディネアにダンジョンの奥深くに封じられていた。
ラセツに宿ることによって封印を破ることに成功した。
その代わりに肉体を失い、格も薄れた。
再生するためにラセツに居候中。
本来なら、ディネアがいるポジションである、ラセツの孤独パートの繋ぎとしてストーリーに投入された。
本来は存在しなかった弊害か、徐々に出番が減りそうである。
▪️リッチ・ノーライフ(仮)
骸骨、最初期案より描写はなにも変わっていないものの、徐々に設定が脳内でつけられている。最初期の名前は、骸骨X。現在も仮の名前であり、変わると思われる。
▪️酒呑老師(仮)
鬼、最初期案より描写は何も変わらない。バックボーンとなる設定は存在しないため、唯一の世界開始5秒前に生まれた存在。最初期の名前はケンポー。現在も仮の名前であり、変わると思われる。
✳️ストーリー
この二人の闘いの歴史…と見せかけて、意識しているのはラセツだけである。
ディネアの記憶からはラセツは大して記憶に残っていない。
顔を覚えることが苦手なラセツも大して記憶に残っていない。
ラセツの一人相撲が序盤を占める模様で、とりあえず土台固めと異世界でのディネアの影響力を削ることに力を割く予定。
で、あったものの、途中で小説が消えたり、構想練り直したり、空想の世界に入った結果、大幅に変更。三年以上たってるから仕方ない。
また、ヒロイン候補が敵になった為に、ヒロインが暫く不在となるでしょう。
ハーレム……はどうなるか未定。色恋沙汰を書いても結局拳で語り合いそうだから。とはいえ、一応色々なことに理由はつけていきたい為、国民を背負ってる王様とかが無駄にペコペコ頭下げるとか言う訳の分からない事はない様にしていきたい。
野郎の出てくる割合の方が高い。
ラセツは強運による補正があるモノの、無条件の幸運はない。
何時でも、不幸と表裏一体。
ラセツ→慈悲深き巨人、プロメテウス。悔いるのは、柄じゃないだろうに
エレン→ジェフは、私を負担に?そんな
ジェフ→商機を見逃さないことに自信があるのです
プロメテウス→ラセツ、そのとき取れる最善手が取れたとしても悔いはあるものよ
龍生→設定を戻すべきだろうか?いや、このまま……




