第19話 怪しい男、その名は
旅商人ジェフは決して愚か者ではない。
一を教わって十とまではいかないが、手痛い経験を受けたばかりで同じ愚はおかさない。
ラセツとは違って。
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「馬車のなかで隠れているんですな」
少女に優しく、しかし有無を言わさぬ声で告げる。
ジェフは、意を決して怪しい男に話しかけた。
少しでも対応を間違える訳にはいかない。
そう考え、緊張によって鼓動が激しくなるのを一体どうやって止めれば良いというのだろう。
先程の元護衛は意図が分かった。
しかし、こっちはよくわからない。
未知とはいつも隣り合わせでありながら、それが命に関わる事となると。
ジェフは心の内で、
なんと、恐ろしいものでしょうかな。
と、ぼやいた。
「どうも、先程は助けていただいたようで、誠に感謝、いたします」
特徴的な黒い髪の色、碧眼、異常に大きい弓からしてどこの国のものか分からない。
訛りも特に特徴的なものがない。
趣味はなんだ?この服は民族衣装か?
ジェフは思考を目まぐるしい程にする。
相手の言葉は?なんと答える?
「むふっ。そう警戒しなくても良い。俺は、たまたま見かけたから助けただけだ」
怪しい男はそう言う。
しかし、だからと言ってそれを鵜呑みにはしない。
いや、見かけたから等という理由なだけに余計怪しむ。
「そうでしたか」
ジェフは迂闊なことは言わない。
「嗚呼、そんな理由だと怪しむ君の気持ちもよく分かる。
人とは、善意を信じられぬ生き物だからね」
怪しい男の言葉に思っていることが出ていたか?と焦る。
しかし、それに気づかなかったようで、いや、気づいていても気にしなかったのか、男は話を続ける。
「だからこそ、信じられるように多少、見返りをいただこうか?とも思っている。いや、それも間違っているかな。
俺にとって、助けるという行為自体が満足すべき対象なのだが…」
男の言うことにジェフは、何を望むのか、考える。
「君は、商人なのだろう?」
ジェフは、その問いに反射的に答えてしまう。
「え、ええ。商いを職にしておりますな」
「そうか、そうか」
満足そうに頷く男に、不安を抱く。
「実は、だね。俺は君にーー」
男の続くことばに怯えながら、聞く。
「美味しい料理店に連れて行って欲しいんだ」
その言葉に、
「はい?」
拍子抜けしたような声を出してしまった自分を責められないと思った。
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ジェフが操る馬車に、男…ラセツと少女が乗ってテレッシア王国を目指していた。
ジェフは少女の処遇に悩み抜いたが、結局、手の出しようが無いと考え、引き返そうとしたのだが、
「ふむ。せっかく向こうからこっちに来たのに、戻るのか?」
と、ラセツに言われた為に事情を話すことにしたのだ。
無論、少女に話して構いませんか?
と尋ねれば、首を縦に振って首肯したからである。
「ふむ。成る程。白か。こんなに綺麗なのになあ。憧れていたが、苦労はある、か」
そのときに、
少女は怒り、
「何も、知らないのに、何も理解しないで、何を!」
叫ぶ。
これにジェフはヒヤリとするが、
「ふむ。しかし、お前は同情されたいのか?俺は、他のしがらみを考えずに素直に言ったまでだ。
下手に気を遣うより良かったと思うが?」
謝らずに、そう言い放つ。これは、雑種と言われていた自分にとっても、新鮮なことばであった。
少女も、申し訳無さそうにする姿を想像していたのか、一種の傲慢とすら言える、ラセツの我の強さにやられたようで、それ以降は良好そうな関係である。
ただ、
「入玉すれば手を出せまい」
と、呟いた時には、肝を冷やした。入玉とは、玉に入ること。
即ち、玉になるということであり、王として国の頂点にたつということである。
が、少女を一度内部に入れてしまえば、相手はもう手出しできないのだから、連れて行ってしまおう、と言うことだ、と言っていたが、恐ろしい。
そして、テレッシアに着けば、
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「では、ジェフさんと言えど規則ですので、身分を証明するものをご提示願います」
門番が苦笑しつつ言う。
「ええ、規則ですからな。」
ジェフも笑いつつ提示する。
そうしたら、少女もガル・ダーサ王国の最寄りの町の学園の証明を出す。
そして、二つある窓口のもう一つで
「身分証が無ければ、ここは通せん!」
「そこをなんとか。奢って貰う約束があるんだ」
「ダメだと言っている」
「何故だ!?」
「ここは砦としての重要な意味をもつ。
他の大半の町ならば、身分証もなくて入れるだろう!
そちらで発行してから来い!」
「そんなことになったら、飢え死にしてしまうぅぅ!」
「えぇい!悲痛な声を出すな。そのような身なりのものが飢えるか!」
ジェフは、呆然とそれを見ると、思わず笑ってしまった。
~✴️
俺はどうやらこの世界を舐めていた様だ。どうせあり来たりな中世っぽいヤツ?
異世界シリーズのワンパターン。テンプレだよ。
と考えていた。
しかし、どうやらこの世界は、どちらかと言うと、江戸時代の日本ぽい。
町から町に行くことはあまり難しくない。しかし、今回の場合は、砦である。
成る程、砦にはいるにはしっかりとした身分証明が出来なければならないよな。
昔の日本では、築城時の図を間者が書くことが多く、バレれば切り殺される可能性だってある。
そんな砦に入るにはそれ相応の地位が必要な様だ。
白髪の少女…エレンと言う、であればガル・ダーサ王国の国王の名の下に研究者は身分が証明されている。エレンは実はエリートらしい。
何で知らなかったのか?
と言われれば、人の人生の全てを一瞬で見れるものか!
と言わざるを得ない。
元々、エレンのことは大して詮索しようとしていなかった、と言うのもある。
俺の興味はあの元護衛にこそある。その為に、今も探っているのだから。
そして、国と国の間を行ったり来たりできるものは何種類かあるが、
三つ例を挙げるのであれば、
一つ目はジェフのような商人のなかでも、二つ以上の国から認められている奴だ。
これは大体何代にもかけて信用を重ねて認可を得るのが普通であり、九割以上がそれである。
しかしジェフは一代で成り上がった男であり、多くの幸運に恵まれてなっている。どのような幸運か?と言われれば、
一例では、疎ましく思った同業者が放った矢をくしゃみによって避ける等が挙げられる。
そして二つ目にエレンの様な後ろ楯に国王のようなビックネームがいる場合。
三つ目に、傭兵組合にてそこそこの働きを見せたものである。
最初は難民の中から国が徴兵するためにお金をだし、それに釣られて志願した義勇兵の事であったが、一昔前では国境に関係が薄い職業の者をひと集めにして傭兵と言っていた。
金につられた者達を義勇兵といって良いかは知らないが。
傭兵とされた職業であるが、例えば吟遊詩人や旅人もそう言われていた。
旅人といっても、当時旅人にならざるを得なかった者たちは国が滅んで難民になった者達の子孫であったし、吟遊詩人は罪人や目や足が不自由な人が生きていくために行っていたものである。
そんな傭兵が儲けるためには必然的に多くの場所をめぐる必要が出てきた。
一所に留まり続けるには稼ぎができる場所でなくてはいけないが、吟遊詩人は同じ語りが続けば飽きられてしまうし、犯罪者は蔑まれ旅人は所詮亡国の民と侮られるからだ。
しかし国を跨ぐには身分を示さねばならないがそれはそこの領主及び国王(実際に許可するのは文官)の許可が必要であるから不可能。
そんな傭兵が安住の地を得たいと言う声無き声で叫んでいるときに、ある男が立ち上がった。
それが、傭兵王にして吟遊詩人の男である、ハルトマン・ハルヱ。
彼は多くの国を魔法によって救った男で、既存の魔法の90パーセントが彼の影響を受けていると言われる。
そんな彼が救った国に持ちかけたのは傭兵組合の設立。
そこに所属する傭兵は組合によって評価され、特に良い者を領主に紹介し国外に行きやすくしたり、領主に雇われたりもする。
だから現代人の思い浮かべる傭兵とは違って、下手な人よりも善良に見える者が多かった。
しかし現在においては荒れている国が多く、戦争時の武勲によって評価されるものが多くなり傭兵の質も荒れくれものへと変化していった。←イマココ
と言うわけなのだ。
つまり違う領に出るには領主の許可が必要で、密航は領主への最大級の反逆で親子が斬首。親族は4親等まで村九分である。
なんと葬式はしてもらえず、穴に捨てて終了である。
そして、傭兵の評判は極めて悪い。
一時は国を又にかけて商売することを目指していた者達に人気であったが、今では爪弾き者の溜まり場のようである。
まあ、それでも有能なものは一定の量で産出されているのだから彼の傭兵王、ハルトマン・ハルヱは偉大である。
つまりどう言うことかと言うと、俺はジェフに無理をいって違う町に向かい、不名誉な職業である傭兵になろうとしているのである。
いや、大人になれば仕事を選んでいられない事は知っていた。
幼稚園の頃みたいに、パイロットになりたい!だとかウルトラマンになりたいなんて言えないことも知っていたさ。
この世界で言うところの傭兵って昼間から居酒屋で呑んだくれてるようなものである。異世界に来ても案外世知辛いものだ。
はー。
~~✴️
無茶をジェフに言って他の町に来た俺、ラセツ。
現在、仕事を求めて斡旋所に来ております。ここの町の名前はカイシと言いまして、新しい事を始めるにふさわしい名前でしょう。
開始ですからね。
……現実逃避は辞めよう。
まずこのカイシの町だが荒れくれものが多い為か、賭博場兼酒場と言うところが多く、それに比例して金貸しも多い。
そして身を崩し奴隷商人に売り飛ばされたりするらしい。
カイシの町と言うかカ○ジの町である。
俺の本拠地である山からはそこそこ遠いものの、交通の便はそこそこいい。
砦の町から一番近い町はここである。
しかもここは賭博で儲けるために入場に関する特別な条件もない。
無一文な俺にとってなんと嬉しいことか!
余談だが、無一文と言っても俺の懐には二千円札と新渡戸稲造の千円が入っている。裏面が鶴の奴だ。
二千円札は確か日本のお札の中でも唯一、人物の肖像画が描かれていないのである。表は首里城、裏面が源氏物語である。
二千円札は日本にいた頃から使い勝手が悪いのだが、沖縄の叔父さんはお年玉に必ず入れてくる。
そして、そんな唯でさえ使い勝手の悪い二千円札はこの世界では通貨としては使えない。
しかし、絵柄がきれいなので誰かしらには売れると思う。
高額で。
まあ、それでも俺は二千円札は嫌いじゃないよ?
むしろ好きだとも。しかし、使い勝手の悪さは少々ね。
さて、他には十万円金貨でも持ってくれば良かったと思わなくもないけど、それを今さら悔いても致し方あるまい。
「大丈夫ですかな?」
ジェフに尋ねられた俺は
無論。
と答えておく。
さて、町にはいる行列に組み込まれてはや四十分。
そろそろである。
「次」
門番の声に促されて俺がはいる。
本来、ジェフ達は身分証があるためその隣から悠々と入れたのだが、俺に付き合ってくれた。
気分的には、ネズミの王国でフリーパスを持っているのに知り合いがいるから一緒に並んでいるようなもの。
「名前と入場の理由、滞在期間の目安は?」
門番の問いかけに少し悩んだ俺は、
「ラセツだ。理由は、傭兵組合への加入。滞在期間はある程度だから未定だな」
と答える。
ちなみに、名字はアッキ。
漢字で書くと悪鬼羅刹になる。
正直もっとましな名前があっただろ?と言いたい。
「おう分かった。これを見える場所につけとけ」
門番から粗末な木の板を貰う。
よく見れば、ラセツ、と汚い字だがテレッシア言語で彫られていた。
木の板と言っても、直方体の木の切れはしと言うようなもので、きっと建築の廃材利用なのだろう。
ラセツは、酒もとい命の水の入った瓢箪型の木の入れ物に結びつけておく。
門と言っても昔の武家屋敷みたいなもので、小さい堀にそこそこの高さの(二メートル半)塀。
物見櫓が三つに町の中心には鐘が吊るされている。
それを見ながら、ジェフの馬車に再び乗り込む。
まあ、その他の場所について言うのであれば、多くの者に好奇心旺盛と言われる俺が馬車にこもったと言うことで察してほしいが、控えめに言って最悪である。
何せ糞尿は道端に転がっているし道端でしゃがんでいると思ったら用を足しているだけである。
はっきり言って、異臭がすごいしハエは飛んでくるしなんか伝染病にかかりそうである。嫌すぎる。
まあ、どうしてこうなっているかも分からなくもない。
まず、この町には井戸がない。
次にここの飲料水は川からの物であるが、少し距離がある上にちょくちょく魔獣が出ているため腕っぷし自慢の連中が汲みに行く分だけである。
ちなみに奴隷にされた男の7割近くはこの町の水汲みによって消費されるらしい。
なんでこんなところに作ったと言いたくもなるが、ここに作ったのはそれなりの理由があるらしい。
まず、水場が無いことによって危険な獣も近くにいない。
二つ目に、ここは砦の町と他の町の経由地であった歴史があった。
今は荒れくれものの溜まり場となった為使用されず。
と言うことだ。
しかし、今それで成り立っているのだからきっとそれで良いのだろう。
俺としては臭いし汚いから山に帰りたいしここで出される食事には手をつけたくない、である。
まァ、取り敢えず、傭兵組合に行こうと思う。
ラセツ→目の前でおあずけはひどいや
ジェフ→変な物を拾った気分




