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お誕生日プレゼントは美青年でした。  作者: ミケ~タマゴ
4/5

♡04話 プレゼント④



「規則は厳しくて勉強は難しい……私は出来が悪くて、回りの皆のように遊ぶ時間を作る事が出来なかったんですよ。

 授業の予復習も宿題も大変でしたが、紳士教育とかもあって、それが課題も実技も多くてね。女性とまともなお付き合いをする暇なんて全然なかった……愛人になるには体に自信が持てません。知識しかない、実践で学ぶ時間のなかった私は技術力皆無です」


 そこまで言うと青年は、深いため息をつきました。憂いを帯びた横顔は、彫刻のような陰影を見せています。悩める青年です。


「昨年父が亡くなって、家に帰って侯爵位を継いだら、借金だらけなのが分かったんですよ。私を外国に追いやった後、何人もの女性を屋敷に囲っていたらしくてね。金目の物を持ち出して、女性達は姿を消したそうです。慌てて金策に走りましたが、何故か逆に借金が増えていくんですよ」


 ハアともう一度ため息をつくと、青年はミユアーミの方を向きました。


「私にはまともな金策の才能がありません」


「顔だけですか」


「ええ、顔だけです」


 ミユアーミと青年は見つめ合います。吸い込まれそうな神秘的な紫の瞳です。


「嫁なら、いきなり技術力を要求される事もありません。お互いに少しずつ学んでいけばいい事です。私にとって、あなたが価値のある女性である事は、お分かりいただけたと思います。

 私は本気で、心の底からあなたとの結婚を望んでいるのです。ですから、持参金をたっぷり持って嫁に来て下さい。」


 庭園の花も色褪せるような青年の顔です。

 でも、ミユアーミには贅沢三昧行かず後家計画があるのです。惑わされるわけにはいきません。


「あの、実践のない方を喜ぶ人もいらっしゃるんじゃないでしょうか。愛人の道を諦めるのは、早いのではないかと思いますわ」


 青年にそう提言すると、青年はビクリと体を震わせ立ち上がりました。両手でお尻の辺りを覆っています。


「やっやめてください! そっそれはそれだけは」


 ミユアーミの方を向いて震え声で叫びます。お尻を手で覆いながら、へっぴり腰になった青年はかなり情けない格好ですが、そんな有り様でもどことなく優雅さを漂わせているのが不思議です。


「ええ、そういうのがいいと、それがいいと、金策に行った先で、たくさんの男性に愛人にならないかと声をかけられました。荒い息遣いで、あちこち体を触られて、色々教えてやるとか何とか……逃げました。

 あれはダメです。ダメなんです! 私にはできません! 男子校だったんです。どんな悲惨な事になるか分かるんです。ムリムリムリムリムリムリゼッタイムリ」


 震える声で早口に言うと、ブンブンと首を振ります。最後の方は何かの呪文のようになっています。


 一気に言って乱れた呼吸を整えると、お尻から手を離して姿勢を正しました。彫像のような、一瞬見とれてしまうような存在感のある立ち姿です。


「実は、いつの間にか増えてしまった借金の返済期限がもうすぐなんです。返せないと、無理な事を強要されてしまうんです。とても悲惨な事になるんです。ですからお金をたくさん持って、私のところへ来て下さい。助けると思って、どうかたっぷり持参金を持って結婚して下さい。」


 スッと指の長い形のいい手が、ミユアーミの前に差し出されました。


「お断りします」


 パシっと青年の手を払いのけます。無情です。


「私のお尻がどうなってもいいんですか?!」


 驚愕の表情を浮かべ、ミユアーミの顔を見ながら青年が叫びます。


「わたしのお尻ではありませんから」


 淡々と返事を口にします。非情です。


「嫁に来ればあなたのお尻になるかもしませんよ?」


 青年はミユアーミの顔を屈んで、覗き込みます。誘うような色気の漂う目つきです。


「いりません。人間にはお尻は一つで十分です」


 ミユアーミの返答に、青年は体を起こして呆然とした表情を浮かべます。


「なんて薄情なんだ……尻の一つも救う気がないとは!」


 体を一度震わせた後、じっとミユアーミを見つめました。青年の形のよい眉がつり上がり、段々と据わった目つきになっていきます。


「……くっ……こうなったら、こうなったら仕方ない。最終手段だ」


 ぶつぶつと呟いた後、青年が急接近してミユアーミの顔をパンッと両手で挟みます。痛いと叫ぶ間もなく、顔を上向きにされました。

 大きな手の平で力強く挟まれたため、頬が潰れて唇が変な形で前に突き出ます。青年が同じように唇を突き出して、ミユアーミの唇にくっ付けました。

 青年の顔が、一瞬でカーッと真っ赤に染まります。チューゥと音を立てて、突き出た口を吸われました。タコが出ました。


 顔を離すと青年がやってやったと言うように息を弾ませます。


「キッキス、キスしたぞ。もう結婚するしかないんだ。既成事実というやつだな」


 視線をあちこちにやりながら、真っ赤な顔でそう言う青年は本当に恥ずかしそうでした。初々しい、綻び始めた赤い薔薇の花のような風情です。

 青年が手を離してくれないので、ミユアーミは頬の潰れたタコくちのままです。喋る事も出来ません。青年の手を離そうと腕に手をかけて引っ張ってみますが、無駄でした。

 一杯一杯らしい青年は、もがくミユアーミの窮状に全く気づいくれません。


「はっ初めてのキスだったんだ。責任はちゃんと取ってくれるだろうね」


 青年の言い草にミユアーミは、目を見開きました。あれがキスだと言うのならミユアーミにとっても初めてのキスです。無理矢理されたキスの責任を、なぜ取らなければならないのか分かりません。責任を取って欲しいのはこちらの方です。いえ、取るのも取られるのもダメでした。


「結婚してくれるだろう?」


 視線をそらしたまま、赤く顔を染めた青年が尋ねてきます。このままでは何も言えないと、ミユアーミは抗議の声を上げました。


「ウーウーンウンンンン」


「本当に?! 『うん』と言ってくれたんだね! ああ、ありがとう!」


 青年がミユアーミの顔を見て、輝くような笑顔を浮かべます。また、唇を突き出して軽く口を吸われました。タコの再登場です。


「ありがとう! 本当にありがとう!」


 口を離して青年が感激して叫びます。

 今度は体に腕を回され、ギュウッと抱き締められました。

 なぜ、あれが承諾の返事に聞こえるのかミユアーミには分かりません。青年の耳は意味不明の呻き声を自分の聞きたいよう聞かせる機能があるようです。いえ、解釈する頭の中身の方に問題があるのかもしれません。美青年なのに残念な事です。


「浮気はしない。愛人なんて絶対に作らないよ。愛する人が一人いてくれればいいんだ。あなたが幸せになれるように頑張るからね。

 毎日一緒に食事をしよう。一人の食事は侘しいからね。あなたの好きなものを作ってあげる。料理できるようになったんだ。こちらに来てから自炊していたからね。

 一緒に眠ろう。暗い中で一人きりでいると悪い夢を見るからね。話も一杯しよう。話し相手がいないと胸が苦しくなるからね。

 子どもも作ろう。男の子も女の子も欲しいな。兄弟は多い方が寂しくないよね。私は一人っ子だから兄弟のいる人がとても羨ましかったんだ。子どもの世話は手伝うよ。お風呂にも入れる。ジャガイモを洗うのは上手くなったんだ。抱いて子守唄も歌うよ。自分も眠くなるほど子守唄には自信があるんだ。学校のボランティアで孤児院で歌ったら、一発で寝落ちすると評判になったものさ。子ども達はたくさん可愛がって愛情たっぷりに育てるんだ。哀しい思いはさせないよ。

 誕生日プレゼントは一人一人にちゃんと『おめでとう』と言葉をかけて手渡すよ。カードだけの贈り物なんて嬉しくないからね。

 子ども達を連れて遊びに行こう。カルガモの親子のように、ゾロゾロ家族で仲良く出掛けるんだ。ガヤガヤ喋りながら歩くんだ。見てる人が羨ましく感じる位、明るい仲のいい家族になろうね」


 強く抱き締められて、始めはもがいていたミユアーミでしたが、青年が耳元に囁いていく言葉を聞いているうちに、抵抗する気持ちが無くなっていきました。

 これは何でしょうか。青年が思い描いた家族像を聞かされて、胸が痛くなってきました。同情めいた気持ちが胸を占めていきます。


「犬や猫も飼おうね。家の中は賑やかな方がいいよね。誰もいないと寒いからね。生き物の気配があれば家が暖かくなるよね。

 私はあなたを大事にするいい夫になる。子ども達を可愛がるいい父親になる。ちゃんと世話をするいい飼い主になる。努力する。頑張るからね。

 家の中を笑い声で明るくするんだ。幸せな事を思い出せる家族を作るんだ。どんなに好みじゃなくても我慢しようと思ってたけど、お金をたくさん持ってるのがあなたでよかった」


 『あなたでよかった』という青年の言葉を耳にしてミユアーミは目を瞬かせます。

 脳裏に初めて会った時に、何かを呟いた青年の口元が浮かびました。動きが鮮明に頭の中で再現されます。こんなにはっきりと思い出せるのが、自分でも不思議でした。

 再現された唇の動きを読み取る事が出来たとたん、カアッと頬が熱くなりました。胸がドキドキと高鳴り始めます。





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