姉妹
ちょいと蹴り飛ばそうとしたが、思いの外脆く蹴った余が驚き隠せぬ。抵抗なく突き抜けてしもうた。何だ、呪術で幾らか身体を守っているとばかり思っていたが。よくよく目を凝らせば、まるっきり空きっ腹である。元居た世界では一般人であろうと、指先まで呪術をほどこしながら談笑していたというのに。
余が二つ死体を転ばすと残りの下劣顔は情けない声を出しながらさっさと退散していった。正直、残りのものも片付けるとなるとまた衣にどやされると思っていたので丁度よかったと得心を得る。
事が片付くと、縄で縛られていたものらを解放した。その中でも、妙に熱っぽい視線を送ってくる女が一人いた。名はエミル、聞けば何やら一国のお姫様らしいとのこと。確かにそれなりの見た目ではある。世にも珍しげな、金糸で編んだ如く髪を腰まで下ろしながら、その藍色の青々とした目が爛々と小顔の中で大きく光っているために金の装飾を施された一つの宝石ようだ。如何せんその宝石のような瞳が怪しく光って余のてっぺんから指先までじとりと捉えるのが薄気味悪く感じる。
とりあえず鬱陶しい視線から逃れようとほかのものに話しかけようと試みるが、御用がございましたら私がと、間に割って入ってくる。珍しい色をした眼にばかり気をとられていたが、よくよく見ればそのぷっくりと膨らんだ桜色の唇からは小汚ない涎がこぼれている。
いよいよ気味が悪い。
余がそうして変態を顔面に張り付くした女の相手に面食らっていると衣のころころとした可愛らしい声が頭に響く。
「灯おねえちゃん、大丈夫?ころも、かわるよ?」
衣からの思いがけない助け船に心が弾む。しかし、まだこの世界に来たばかりで何かしらの危険があるやもしれぬ。まして己が身可愛さにこんな変顔の相手を可愛い衣に任せるのは気がひける。そんなことに考え巡らせていると衣は任せてとせがんでくる。ううむと悩むが、実のところ元居た世界で三日三晩万魂食らいの男と遊んだので少々惰眠にあやかりたい気持ちもあった。ので、衣には何かしら起こればすぐに起こすよう口酸っぱく忠告して暫し休息をとることとした。
◆
灯おねえちゃんはずうっと衣のことを心配してくれながらも、やっぱり疲れてたみたいですぐに眠っちゃった。衣が全然違う世界の空気の匂いに不思議がっているとさっきまで灯おねえちゃんにお話していた綺麗なお姫様はすっごくびっくりした顔をしてた。急に目の前で変わったからびっくりしますよね、ごめんなさい。
「あ、のう。ご、ごめんな...」
あう、やっぱり灯おねえちゃん以外の人と話すのは苦手。なんて説明したらいいのだろう。口を開けばあうあう口ごもるころもにお姫様が優しく微笑みかけてくださいます。
「驚きました。変身の魔法が使えるのですね。太古の魔法と聞いておりましたが。あら?でも唇があなた様を欲しがりません。まるで別人と話をしている気分です」
「あ、う。ころも、灯おねえちゃん、と」
「不思議ですね...。あ、恩人の前で、失礼致しました。この度は危ない所を救ってくださり誠にありがとうございます」
お姫様はそういって綺麗にお辞儀をしてくださいました。後ろにクワを持ったりと、立派そうな方々にもお辞儀をされるといよいよころもは頭こんがらがっしゃん。いよいよ泣き出しそうになったころもにお姫様が優しく手を繋いでくださいます。
「ふふっ。とても可愛らしいお方です。あんなに強くいらっしゃるのに。よろしければ少しお時間頂いてもよろしいですか?
...あら、本当ですか?ではわたくしたちの国へご招待致しますね、可愛い勇者様。」
にっこりとお花みたいに綺麗に微笑んでくださり、おまけにぽかぽか太陽様のように暖かい手に包まれた衣はつい二つ返事でお姫様に着いていくと言っちゃいました。灯おねえちゃんに聞かなくてよかったかなぁ?でも優しそうなお姫様だからきっと大丈夫だよね。




