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 いつも見慣れた広場が、今夜は光にあふれていた。中央にステージが設けら

れて、大勢のお客さんたちが集まっている。

 

翡翠が広場に下りた時にはもう演奏が始まっていた。男性二人のヒップホッ

プのユニットの歌に、みんな気持ちよさそうに体を揺らしている。


「おそかったじゃない」

 

振り返るとミレイの笑顔があった。


「ねえ、今夜はまるでおとぎの国にいるみたいだね」

 

明るい光に照らし出されたハロウィンの飾り付けの回りで、お客さんが思い思いの仮装をしている。かぼちゃのお化けや骸骨の着ぐるみもあれば、魔女や妖精やドラキュラ伯爵もいる。ドラキュラなんかは、白塗りのメークに牙までつけて本物そっくり。仮装だと分かっていても、翡翠は自然に毛が逆立って体がふくらんでしまった。小柄な翠の姿はひとごみにまぎれて、翡翠たちのいる場所からは見えない。


「あっ、あいつだ」

 

 翡翠は叫んだ。二匹がいるいつもの生け垣のすぐ側に、あの男が立っている。


「どうしよう。今日は仲間までいるよ」

 

 男のそばに若い男が二人。三人はなにやらひそひそと言葉を交わしている。

そこにパトロールに来たらしい二人の警官が現われた。その警官の内の一人が男

たちに目を止めて、連れの警官に何か耳打ちした。警官たちが男の側に近づいた。男の顔色が変わる。連れの若い男たちはあっという間に姿を消した。数分後、男は警官二人に両脇をはさまれるようにして広場から連れ出されていった。

 

 翡翠はまるで狐につままれたような顔でミレイを見た。ミレイはちょっと得意

そうに鼻を上に向けた。


「まあ、ああいう奴は、いろいろ悪いことしてるものなのよ」

 

 そう言われても翡翠には、ミレイが魔法でも使ったとしか思えない。まして今

夜はハロウィンの夜なのだ。


「ミレイって、もしかして、ま、ま……」


「魔女の生まれ変わりとかって言いたいわけ。あのね、あたしたち猫は確かに

不思議な力があるけど、もともと人間に悪いことはしないの。それなのに人間が勝手にいろんなお話を作って、猫を悪者にしちゃっただけなんだから。ほら、

そろそろ始まるみたいよ」

 

 ミレイにうながされてステージを見ると、翠がギターを抱え、可愛い花の冠

をつけて立っていた。


「みなさん、こんばんわー。白水翠と申します。毎週金曜と土曜はこの広場で

路上ライブをやってまーす。よかったら、そちらにも遊びに来てくださいね。

それでは、私の歌、聴いてください」

 

 ギターの弾むような音が流れ出した。一曲目はテンポのある明るい曲だ。

大きな、明るいステージで一生懸命唄っている翠は、いつもより一層可愛く

て生き生きしてみえる。翡翠はうれしくてたまらなかった。曲が終わると大

きな拍手が起こった。

 

 そして三曲目。ゆっくりとしたアルペジオのイントロ。翠がいつも唄って

いる曲だ。けれどそのギターの音がなぜか二重に聞こえた気がして、翡翠は

耳をぴくぴくさせた。

 ステージの袖から、ギターを弾きながら一人の男性が現われた。

 がっしりした体つきで、真っ黒に日焼けしている。けれどその指先から流

れ出るギターの音色は驚くほど繊細で美しい。振り返った翠の目が大きく見

開かれた。

  

 歌が始まった。声が震えている。今にも歌がとぎれるのではないかと、翡翠ははらはらした。けれど翠は、素晴らしいギターの音に励まされるように、そして涙がこぼれ落ちないように何度も何度も上を向きながら唄い終えた。大好きな人に伝えたい想い、届けたい想い。満場の拍手の中、彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「やっと会えたわね」

 

 めずらしくミレイの声までがしんみりとしている。


「ミレイ、ありがとう」


 翡翠は自分の気持ちをなんといっていいのかわからず、とりあえずミレイの体に何回も頭をこすりつけた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。あの二人の感動の再会は、私がやったんじゃないわよ」


「えっ?」


「だから言ったでしょう。あたしは魔女なんかじゃないんだって。あたしの

遠いご先祖さまはタイの王様に飼われて、王様のこどもになっていたの。だから

あたしは猫のお姫さまなのよ。わかった?」


「は、はぁ?」

 

 翡翠は首をかしげた。でもミレイがプライドが高くてキレやすい理由だけは何となく納得した。

 

 くしゅんとミレイが小さなくしゃみをした。


「ああ、寒い、寒い。ねえ、そろそろおうちに帰りましょう。あたしたち猫

なんだから、寒いのは体にも美容にも悪いわ。また春が来たらここで会いま

しょうよ」


「そうだね」

 

 翡翠もほこほこのママのベッドを思い出すと、居ても立ってもいられないくらい家が恋しくなってきた。


「でも……また会えるかな」


「大丈夫。きっとまた会えるわよ。じゃあね。ハッピー・ハロウィン」 

 

 その言葉とともにミレイの姿は消え失せた。


 ベッドの中のママの隣りで、もう一人の翡翠はぐっすり眠っている。ママ

の寝息が聞こえた。ここはいつも春の陽だまりみたいだ。翡翠はもとの体に

納まるとあまりの気持ちよさに思わずうーんと伸びをした。するとママが小

さくつぶやいた。


「おかえり、ひーちゃん」             (了)



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