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歌が終わって、二匹の猫がそろそろ帰ろうと立ち上がった時、背広姿の中年
の男が、フェアリーに近づいてくるのが見えた。
「ミレイ、あれ」
翡翠はミレイの背中をつま先でチョンとつついた。男はフェアリーの側に寄
ると、なにやら小さな紙のようなものを手渡しながら、しきりに話しかけてい
る。でもフェアリーは、体をすくめながら首を強く振った。
「ミレイ、あいつ。背中になんか黒い影みたいなものが見えるよ」
「あら、翡翠。あなた、あれが見えるの?ねえ、ちょっと進化したんじゃない
?」
「冗談を言ってる場合じゃないよ。あいつ、悪いやつだよね。フェアリーちゃん、すごく嫌がってるみたいだ」
「あの男には、人をだましたりする邪悪なものがついてるのよ」
「ええっ、大変だ。ねえ、何とかしてあげなきゃあ」
「そんなにあわてないの。今日のところは、彼女がちゃんと断ったみたいだから大丈夫よ」
ミレイの言う通り、男はあきらめたらしくその場を立ち去った。フェアリー
は、ギターケースを抱えて、男が去ったのとは反対の方向に、少し肩を落とし
ながら歩き始めた。
次の日も男は現われた。翡翠は男の姿が見えたとたんに「フウーッ」とうなり
ながら背中の毛を逆さか立てた。男は歌が終わって帰ろうとするフェアリーに「ちょっとお話だけでも」としつこく食い下がっている。
「嫌がってるじゃないか」
翡翠はとうとう我慢できず、男の足に飛びついて思い切り噛み付いてみたけ
ど、牙はむなしく空を切った。
「あのね。そういうことしても無駄なの」
ミレイがあきれたように言った。
「でも、このままじゃあ、フェアリーが悪いやつにだまされて、ひどい目にあってしまうよ」
「大丈夫よ。あの男は悪人だけど、彼女に乱暴なことをしたりはしないわ。それに彼女はおとなしそうに見えるけど、意外にしっかりしてるし。怪しげな甘い話みたいなものには、そんなに簡単にだまされたりはしないわよ」
「でも……」
ミレイが言ったとおり、二人はしばらく話をしていたが、やがてフェアリーがとても厳しい表情で何か言ったので、男はようやく引き下がった。