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 翡翠はその日から、いつでも好きなところへ行くことができるようになった。

 ママに秘密にしてるのは気が引けるけど、もう一匹の翡翠がちゃんと家の中に

いるから、ママは気がつかないはずだ。


日が暮れて広場に降りていくと、たいていミレイが待っていてくれた。ミレイは翡翠にとって生まれて初めてできた友だちだった。そして翡翠をいろんなところに案内してくれた。

 

 翡翠の背丈とあまり変わらないような、すごく大きなソフトクリームのお店が

あった。ほかにも、かぶりつきたくなるような香ばしい匂いをさせるフライドチキンとか、いけすの中でおいしそうな魚が泳いでいる居酒屋さんとか、ミレイが連れて行ってくれるのは食べ物のお店が多い。


「おいしそうだけど、でも、僕たち食べれないよね」


「あら、ご馳走を見てるだけで幸せな気持ちになれるからいいじゃない。それに

あたしたちの姿は見えないんだから、ちょっとくらいなめてみたってわかりゃあ

しないわよ」

 

 けれど翡翠は、ミレイの言葉にそそのかされて、揚げたてのフライドチキンを

なめて舌の先をやけどしてしまってから、やっぱりながめているだけで満足する

ことにした。


 遊び疲れると二匹は、デパートの前の広場に戻ってくる。雨が降っていなけれ

ば金曜と土曜の夜は、フェアリーの歌を聴くことができるからだ。今夜の彼女は

きらきら光る銀色の髪飾りをつけて、ふわりとした緑色のワンピースを着ていた。今ではお客さんも増えて、十人近い男女が彼女の歌声に耳を傾けている。二匹は生け垣の上に並んで、しっぽで軽くリズムを取りながら歌を聴いていた。


「すごくきれいな声だよね。僕はこの声を聴いていると、とても幸せな気持ちに

なれるんだ。ママの膝で眠ってる時と同じくらい」

 

 翡翠がそう言うと、ミレイはうなずいた。


「あのね。美しい音楽とかことばには、あたしたちがまたたびをなめた時みたい

に、人間をハッピーにできる不思議な力があるらしいわよ」

 

 そう言いながらミレイは、またたびの味を思い出したらしく、ぺろりと舌なめ

ずりをする。


「でも、ちょっと気になることがあるんだけど」


「えっ、何?」


「この歌、別れの歌よね。大好きな人と離れていなくちゃいけないんだけど、ずっと彼のことが好きっていう」


「そうなんだ」

 

 実は翡翠は、人間の話す言葉はあまりよく分からない。ママが「ひーちゃん、

ごはんよ」と呼びかけてくれるのなんかは、もう何千回も何万回も聞いているの

ですぐに分かるけど、少し難しい話になると「〇×△▲★▽×」といった感じなのだ。


「あの子、すごく寂しそうでしょう。彼女、自分の想いをああして歌にして唄い

続けながら、大切な人をずっと待っているんだと思うわ」

 

 ミレイは本当に物知りだなと翡翠は思う。それに彼女には、翡翠には全然分か

らないことも分かってしまう超能力みたいなものがあるらしいのだ。けれど前に

何気なく「ミレイはいろんなことを知ってるけど、本当は幾つなの?」と聞いた

ら「まあ、レディに年を聞くなんて失礼ね」とぷんぷん怒っていなくなってし

まったので、それ以来翡翠はミレイのことをあれこれたずねるのはあきらめてい

た。


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