切り株と女の子
今日も、私は少しひんやりした空気を吸って心に平穏を呼び戻すことができた。
ここ最近は得体の知れない怯えがお腹の底に居座って感情を暗く澱ませるせいで倦怠感や諦念と四六時中向き合わなければならなかったのだ。
多分こういう理由のない不安を感じるのは私だけじゃなく、子供も大人も皆付き合っているのだと思う。
でも、強いていうなら私は殊更弱い人間なのだろう。
昔から何をするにしても人のことが気になって不安で仕方ない性分だったように思う。
ままならない自分の心に深い息を吐いてしまった私は凭れかかった切り株の肌を撫でた。
大樹が鬱蒼と隔てるこの森の中で、何故この木だけ切られてしまったのか。
そんなことを調べられるほど私は余裕もなければ能力もなかったから、未だにそれは謎のままだ
ただ心の安定を保つための森林浴に来る度、縋り付く先に利用している。
「今日もお話聞いてくれますか」
頭を腕に預けて、木々の影で薄暗い森の奥に視線を流したまま、ぽつぽつと切り株に悩みを打ち明けていく。
それなりにきちんとしたものから、本当に小さく曖昧な不安まで、赤裸々に。
人には話せない秘密を開けっ広げにしてしまうと肩の重荷が降りていくような快感があった。
うとうと、と瞼が怪しくなってきたが、そのまま話を続けながら身を任せてしまう。
澄み切った空気は冷たいけれど、上から射し込むお日様の光でカーディガンがぽかぽかした。
意識が
暗
く
落
ち
て
ゆ
ぐ
ぅ
「……ぅん……。」
深い眠りについていた私は眠りから掬い上げられるように意識を覚醒させた。
毎度のことながら、ここで眠った後は驚くほどすっきりした目覚めを迎えることができる。
自分の部屋のベッドより安心できているからだろうか。
陽射しの色からして午後2時くらい?
「おなかへった」
持ってきたバスケットに、あ……。
寝ている間に入ったのか、立派な体の雉がでんと膝の上に座っていた。
何だ起きたのかとでも言いたげな雉は人が怖くないようで逃げる素振りは全く見えない。
まぁ、それならそれでいいけれど。
暖かいし。
バスケットを取って、作ってきたおむすびを齧る。
塩を振り忘れた。
白米が味気ないから二つに割って中の梅干も少しずつちぎってアクセントにしてみた。
美味しい。
「あなたも、食べる?」
米粒を少し手のひらに落として差し出すと、くすぐったいようなちくりとするような刺激を感じた。
こうやって誰かと食べることが苦しくないのは久しぶり。
長い時間をかけておむすびを食べた私たちはお腹一杯になってお別れした。
雉は木々の向こうへ帰っていく。
振り向かなかった。
それから夜まで切り株とお話をしている間も、兎やいたちが姿を見せたけど、雉のように寄ってくることはなかった。
他愛もない話がようやく尽きる頃には、陽がとっくり沈んで月が顔を見せていたように思う。
綺麗な欠け方をした三日月だった。
流石に肌寒くなったからジャンパーを着込んで、切り株に背を預けて星を見上げた。
生憎と星座は分からないのだけど、濃紺にキラキラ光る白い星はとても美しく感じる。
優しい風で控えめに話す枝葉の声を子守唄に、私はいつの間にやら眠っていたらしい。
本当は見える範囲の星を数えてやるつもりでいたけど、だめだった。寝た。