怪物
夢だったらいいのに。と錫杖を支えにして男、スリーは密かに思う。
スリーの周りでは仲間が皆奇声をあげて苦しんでいる。禁断症状だ。
ここにいるのは皆、人間の域を超えてしまったものだ。強靭な肉体と特殊な力の代わりに、生命活動の全てを魔力で行っている。
それなのに自身では魔力を精製できないため、外部から摂取、『喰らう』ことで魔力を得ている。もちろんそれをすることで相手は死んでしまう。
殺すことに抵抗を感じないわけではない。ただ抑えられない。身体が求めているのだ。
もうすぐ皆は魔力を求めて人がいるところへいくのをだろう。
だがスリーもそれは例外ではない。いずれ他と同じように狂い、獣となるだろう。
「哀れですね」
そんな事を考えていたスリーの近くから、声がした。
「こんばんわ。モルモットさん」
少年だ。剣で貫かれ死んだと思っていた、少年。
少年の他には誰もいない。一人でここに来たようだ。
スリー以外は、少年にまったく気づいていない。
「・・・何の用だ、少年」
「ちょっと交渉をしにきました」
「交渉?」
思わず少年の顔を睨むようになってしまう。少年の眼は髪で隠れているのでいまいち何を考えているのかが分からない。
少年はそんな事お構いなしに言ってくる。
「おとなしくここから出て行って、何処かの秘境とかで暮らしてくれませんか? 心当たりがないなら人が全くいない場所を紹介しますよ?」
「・・・君は我々が何か解って言っているのか?」
「もちろん」
にやりと笑う仕草が、なぜかとても怖かった。
「脱走したんでしょ? どこかの研究施設から。魔法を打ち消した事を考えると『神殺し』をベースにした『生体兵器』、ですよね」
「ならば知っているだろう! 我々は魔力が尽きた時、その生命活動は停止する! 君は我々に死ねと言うのか!?」
「まさか! そこはしっかりと考えてありますよ」
少年は大げさに反応をする。
それよりも気になることがあった。
「受け入れなければどうする気だ?」
「全員殺します」
にやりと口元を歪ませて笑う少年。
それを見た瞬間、どうするべきか決まった。
「・・・わかった。君の提案に乗ろう」
「それはよかっ・・・まずっ!」
少年はいきなり走り出し、スリーを投げ飛ばした。
「なっ!?」
空中で見たものは、異形の『怪物』だった。
「ヴヴヴゥァ」
ぐちゃぐちゃと音を出しながら人が集まっていく。それは肉となり塊へと形を変える。
大きな肉の塊から腕が生えた。続けて脚が生え、人のような形を作る。
その四肢の手や足があるべき場所には人の顔のようなものがある。
胴体にも同じように顔が幾つもあるのに、頭部にはあるべき顔がない。
そこに立つ木村の数倍は体格が大きい『怪物』は、巨体に似合わない速さでその大きな腕を木村に向かって振り回した。
木村は大きく跳躍し、腕を避ける。
「・・・やれやれ、こんなのを作るなんて、この国はどこに向かってるのやら」
木村は空中でくるくると回転しながら、脚を思いっきり『怪物』の右腕に叩き込んだ。
ブチブチッ! と音を出して腕がちぎれた。その腕を掴み、間髪入れずに『怪物』に叩き込む。
「・・・ん?」
妙な感触がした。腕が離れない。
見れば『怪物』の腕に顔があり、その口が腕に噛み付いている。
「っと」
腕を蹴り飛ばして引き離すと、遠くへ飛んだ腕は溶けて消えた。
「ゴアァァァァァ!!」
『怪物』が吠えると、グチャグチャという音共に『怪物』の右腕が生えた。
「わーお、めんどくさいなー」
「そいつは普通にやっても死なんぞ!」
声が聞こえた。辺りを見渡すと『怪物』の後ろの方にさっき投げ飛ばした男がいた。
「そいつは『心臓』を壊さないといくらでも再生する!」
「じゃあこうしよう」
木村は一気に『怪物』の足下に行き、脚を蹴り上げる。
『怪物』は真っ二つになり、肉片を撒き散らす。それだけだった。
「あれ? 心臓なんだから真ん中にあるんじゃ・・・」
ズブズブと音がする。
「おいバカ逃げろ!」
男の声が届く前に、『怪物』が動いた。
真っ二つになった『怪物』の手が、木村を掴み、地面に叩きつける。
「この状態で動くか」
木村は何も感じていないのか平然と喋っている。
「おーい、そこのお兄さん助けてー」
「無茶を言うな!」
「けち」
『怪物』は少しづつ動いて一つに戻る。
「あははは」
『怪物』の幾つもある顔の一つが笑い声をだした。
それに共鳴するように他の顔も笑い出す。
「あははは」「あははは」「あははは」「うふふふ」
「う、るさいわ!」
腕を思いっきり蹴り飛ばして拘束から抜け出す。
腕がちぎれ飛んだにも関わらず、『怪物』は笑い続けている。
ちぎれ飛んだんだ腕が突然爆ぜ、肉片が刃物のように尖り、木村に突き刺さる。
それでも木村は全く気にせず『怪物』の胴体を殴り飛ばす。
『怪物』に空いた穴はすぐに塞がり、穴があった部分から剣のような物が飛び出してくる。
それを腹に受けながらも『怪物』に蹴りを入れる。
途端に、『怪物』の笑い声が消えた。
「・・・効いた?」
その瞬間、空が輝いた。
紫色の巨大な魔法陣が、空に浮かんでいた。魔法陣は秒刻みに輝きを増している。
「やっば!」
木村は魔法陣に向かって跳ぶ。しかし『怪物』が腕を剣に形を変え、木村を突き刺すことで木村の動きを止める。
「っええい! うざい!」
魔法陣は輝きを増していき、輝きが一点に収束された。
輝きは槍のような形を作り、槍は地上へと落ちてくる。
音は聞こえなかった。
一切の音を出さずに、光が地上を包み込んだ。