冬の季節使い
お久しぶりです。間宮冬弥です。
さて今回は新作の短編になります。今回も連載中の作品と同じく
結構な長文となっていますのでお時間があればで結構ですので最後まで
読んでみて下さい。
それでは、短編作品の「冬の季節使い」をお楽しみください。
「遅い」
私は待っていた。季節の変わり目で。春から夏へ、夏から秋へ、秋から冬へと。そして冬から春へと変わりを告げるこの変わり目で。永遠とも思える繰り返される循環。その変わり目で私は『待っている』
「お待たせ冬華、遅くなってごめん」
バツの悪そうな表情でこちらに来たのは四大季節精霊のひとりであり私の姉に当たる秋の季節使い精霊の秋葉だ。
「いや〜最後の最後でさ〜夏葉のヤツが気温上げちゃってさ、その後始末で時間がかかっちゃったよ」
一軒家の屋根の上で待っていた私のとなりに腰をかけ笑顔で事の結末を話し出した。
「そう」
そんな話を私は一言で返す。
「冬華は一年たっても相変わらず冷めてるな〜もう少し笑顔を見せてもいいんじゃない? 妹がそんなクールビューティーだとお姉ちゃんは悲しいぞ!」
秋葉は表情をコロコロと変えて私に言葉をかける。
「必要ないから」
私はその一言だけを言う。
「おおぅ……バッサリと切られたな。なぁもっと会話を楽しもうぜ?」
「必要ないから。早く引き継ぎをしましょう」
「冷めてるな〜」
「秋葉が熱いのよ。そんな所は夏葉にそっくりね」
「そりゃそうだろ。だってあたしらは双子だからね。違いは髪と瞳の色くらいか?」
確かに夏葉と秋葉の違いは髪と瞳の色くらいだ。それに身長や顔、髪も短いショートカットだし着る服もゴシックロリータ調の服も同じだ。まぁこれは私たち四大季節精霊も同じだ。ニンゲンで言うところ『制服』みたいなものだ。それと夏葉と秋葉は羽の数も同じ四枚羽。唯一の違いが秋葉の言った通り髪と瞳の色だけ。
夏葉は夏のようなまぶしい金髪金眼だし、秋葉は銀髪碧眼だ。髪と瞳が同じだったらたぶん誰もどっちがどっちなんてわかりはしないだろう。
「冬華の髪は相変わらず雪のような白い髪だな。あっ、よく見ると少し銀髪がまじってんだな? だから少し光ってるように見えたのか」
「触らないで」
私は秋葉の手を払うと『減るもんじゃないからいいじゃんか』といいわたしの手を払いのけ髪を指先で流し始める
「綺麗なロングの髪だな。あたしも髪のばそうかな? なぁどう思う?」
「好きにすればいいんじゃない?」
流されるまま秋葉の手を動かし髪を流す。
「まったく冷めてるな。冬華は」
秋葉は笑いながら私の肩をバンバン叩いてくる。
「そんなことだから冬華はまだ天候使いの精霊と同じ二枚羽なんだよ。もう少しコミュニケーションと愛想をよくした方がいいんじゃないか? 春華姉さんが気にしてたぞ?」
「春華お姉ちゃんが?」
あの春華お姉ちゃんが私の事を……気にしてるんだ。
「おう、この前逢ったときに冬華の事をいろいろと聞いてたぞ」
「そうなの」
「あたしが言ったコミュ力と愛想は春華姉さんも言ってたし直した方がいいんじゃないか? 冬華もわかってると思うけど季節使いは他の天候使いの精霊との連携が大事なんだぞ? それで『天気』を調整してる」
「わかってるよ。そんなこと」
「それに、冬華はカワイイんだから笑った方がもっとカワイイいいぞ」
「なっ、な、なにいってんの!? からかわないでよ?」
「からかってないって。それともなんだ? 照れてんのか? 照れてんのかな? カワイイ妹の冬華ちゃんは照れてるのかな?」
秋葉はヒジで私のわき腹を小突いてくる。やっぱりからかってるじゃない……
「い、いいから引継。引継をしてよ」
執拗に脇腹を突いてくる秋葉を退け私は本題に入るように促す。
「ノリが悪いぞカワイイカワイイ冬華ちゃん。ま、それじゃあ、秋から冬への引き継ぎやるか」
◆
「じゃあ、こんな感じで秋は終わるけど冬から何か質問ある?」
「特にないわ」
「そうじゃあ、明日からお願いね。冬華」
「うん、わかった」
「よしじゃあこれで秋から冬への引き継ぎは終わり。じゃまた四季会議で逢おうぜ」
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜、いたぁ〜〜〜〜〜!!」
引き継ぎが終わると同時に聞こえてきた声に秋葉の表情は曇った。
「あちゃ〜〜夏葉だ」
猛スピードで飛んでくる四枚羽の季節使いの精霊は双子の秋葉の片割れの夏葉でわたしの姉でもある。
「もぉ〜〜〜秋葉〜〜突然いなくなって〜〜〜探したぞ〜〜〜〜〜」
「じゃあね、冬華! 冬の調律がんばってね!」
そう言い秋葉は羽を羽ばたかせ飛んでいってしまった。
「ちょっと! 秋葉! ったく、もう!」
着地した夏葉は秋葉を追いかけずに腰を降ろす。
「ふぅ、疲れた。あ、冬華じゃん。おひさ〜」
「久しぶり。夏葉。それと毎回言ってるけど私は『ふゆか』じゃなくて『とうか』だから」
「わかってるって。ところでさ冬華はあたしの妹であたしは一応冬華のお姉ちゃんなんだけどさ。だからせめてわたしのことお姉ちゃんって呼ばない?」
「呼ばない。それと冬華だから」
「おおっ……バッサリと言い切ったな」
夏葉はすこし引き気味に上半身だけを後ろに反らす。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
沈黙。お互い何も話さずに時間だけが過ぎる。
「秋葉を追いかけないの?」
静寂に耐えきれなくなり私から夏葉に話しかけ沈黙を破る。
「追いかけないよ。別に今生の別れでもないし。四季会議で会えるし。それより冬華さぁ」
そう言い夏葉は私との距離を積めるように座りながらシフトしてきた。また……ふゆかって言った……まったく……
「なに?」
毎回毎年訂正させてもらってるけどわかってない。いいや夏葉がワザと間違えてるんだ。きっと。
「あんた、まだ律儀にニンゲンの予想した天気予報通りに天気を調律してるの?」
「いけないの?」
「いいや、いけなくないよ」
「夏葉、顔が腑に落ちないって表情してるよ」
「そう?」
「何が言いたいの?」
「そうだね。ハズレのない天気予報って天気予報の意味があるのかなって?」
「どう言うこと?」
「う〜ん、つまり天気ってハズレるからいいんじゃないってあたしは思うんだよね」
「それじゃ、ハズレまくる天気の調律をしろってこと」
「いいや」
「じゃあどう言うことなの?」
「他の天候使いの精霊たちとはうまくやってるの?」
「話を変えないで」
「重要なことだよ」
「……うまくやってると思う」
「思うね。確かに冬華は他の天候使いの精霊とはうまくやってると思うよ。風使いの精霊に指示して風を弱めたり、曇使いの精霊に指示して曇りを晴れにしたり」
「なんなの?」
「冬華はさ、去年雪を降らせた?」
「去年……そうね、雪は降らせてないと思う」
「なんで?」
「ニンゲンたちの週間天気予報が雪は『降らないでしょう』って予報したし、それが続いたからかな?」
「それだよ、それってさ結局天気予報通りの天気にしたってことでしょ?」
「そうよ、いけない。その方がニンゲンたちにはいいんでしょ」
「いいや、いけなくない」
「ねぇ、なんなの?」
「天気予報通りにしてもいいかもしれないけど……それって楽しい?」
「えっ……」
「きっちりしすぎもどうかと思うけどね。おっ、いい感じに気温が下がってきたな」
そう言って夏葉は空を見上げる。空はいつのまにかどんよりと曇り空は灰色になっていた。
「な、なんで……」
さっきまで晴天とまでは言わないけどこんなに曇ってなかったはず……
「ショコラに頼んでおいて曇りにしてもらった。それとシャイニーにも頼んで気温を下げてもらったし、スノウにも頼んで雪も降らすようにしてる」
「えっ、なんてことっ……!」
街を歩く人々を見ると確かに寒そうにして早歩きで家路に急いでいるように見える。中にはかなり着衣を着込んでいる人もいる。
「どう冬華。夏のお姉ちゃんからの心ばかりのサプライズプレゼントってヤツだぞ」
「そんなプレゼントいらない」
「じゃあね冬華。他の天候使いと『仲良く』やれよ」
「あっ、ちょっと待って!」
いらない言葉を残し私の制止を振り切って夏葉はさっそうと四枚羽をはばたかせ飛び去ってしまった。そして最後まで夏葉の中では私は冬華だった。
「どうしょう……秋葉は帰っちゃったし夏葉はどこかいっちゃうし……今は私だけしか……」
状況はとても悪い。今日の天気予報では晴れだったし……気温もこんなに下がるなんて予報士も予報してない……
「ショコラとスノウを探してる時間がない……『干渉』を使うしか……」
私は四大季節使いの精霊だけが持っている特権の『干渉』行使することにした。秋葉から引き継いでいきなり使うのはもったいないけど緊急事態だ。
「こんな事になるなら、逃げ出す前に夏葉にスノウとショコラの居場所を聞いておくんだった」
夏葉を逃がしてしまった事を後悔しつつ、おもむろに左腕に着けている金色の腕輪に右手を当てる。そうしてわたし目をつむりは『魔法』を腕輪に籠める。
魔法がかかった腕輪は光輝き大小の光の粒を放出。わたしの周りをゆっくり動き周り停滞して滞空を繰り返している。
「おいで……わたしのフルート」
言葉に呼応して光の粒が収束、集約して木管楽器の横笛であるフルートを模した『天候干渉霊器』を形成していく。
形成された天候干渉霊器を手に取り吹き込み口に唇を当てる。
「まずは雲を払い晴れにしないと……」
私は数ある天候干渉の楽曲から雲への干渉効果のある『天空のメヌエット』を奏でる。
三拍子の交響曲で奏でる音色は透明な空気を振動させ天空へと広がっていく。
優しく澄みわたった音色は雲を払い、雲の間から光が射していく。
空に響く綺麗な旋律によって徐々に雲が払われ、隠れていた太陽が姿を表す。完全に雲が晴れた空は太陽の光が降り注ぐ晴天となった。
「よし……これで大丈夫か」
でも、これで今日から三日間は『干渉』が行使できなくなったわけか……
『干渉』は一日に一度だけ行使可能で一度使うと三日間使用でいないという制約と聖約がある。これを破ると『天候干渉霊器』を長老様に没収されてしまい返還されるのが一年後となってしまう。数年前に夏葉が一日に二度使ってしまい天候干渉霊器を没収されたあげく、長老様にこっぴどく怒られたっていう経緯があるから気をつけないと。
完全に雲が晴れて太陽の日差しが降り注ぐのを確認すると私は次の行動に移る。
「この晴天じゃ雪は降らせられないから……次は気温の調律か……こればっかりは……」
気温の調律は『太陽』が深く関わっている。いくら季節使いの『干渉』を行使しても万物を創世したひとつである太陽までは従わせる事はできない。出来るとしたらそれは空と大地の神様だけだ。
「と、なると……シャイニーの所にいかないといけないのか……」
あの天然精霊と話をするのは正直疲れるけど……しょうがない。
二枚羽を羽ばたかせ私はシャイニーが一日中いるこの街で一番高い場所。『時計塔』へと羽ばたいていった。
◆
「う〜ん、日差しが気持ちいい〜晴れてよかったぁ。これでもう少し暖かいと最高なのになぁ〜」
時計塔の最上部でひなたぼっこをしている天候使いの精霊シャイニー。彼女は時計塔に一日中いる。ここにいる理由はあるのだがその理由はいまこの物語には関係ないのだ。
「およ?」
シャイニーが立ち上がり背伸びをしているとそこへこちら飛んでやってくる陰がひとつある。
「あれ? あれれ? あの白くて淡く輝く髪ってもしかして……お〜いとぉ〜かちゃ〜ん」
シャイニーは冬華にわかるように大きく手をふる。
「こんにちは、冬華ちゃん。明日から冬だね。よろしくね」
シャイニーの所に降り立った冬華にシャイニーはあいさつをした。
「よろしく。それよりこの気温をあげてくれない」
冬華はあいさつも早々に自分がここにきた用件をシャイニーに伝えたのだった。
◆
「いた、シャイニーだ」
時計塔を目前にしたところで時計塔の最上部で大きく手を振る精霊をみつけた。見間違えることは絶対にない。あの精霊はシャイニーだ。なぜならシャイニーは春華お姉ちゃんと同じ三枚三対の『六枚羽』の精霊だからだ。
「こんにちは、冬華ちゃん。明日から冬だね。よろしくね」
「よろしく。それよりこの気温をあげてくれない」
あいさつも早々に切り上げて私は手早く用件をシャイニーに伝える。
「うん。こちらこそよろしねぇ。冬華ちゃんも一緒にひなたぼっこしない。日差しが気持ちいいよぉ」
間延びしたシャイニーの言葉は私の用件を華麗にスルーしていた。これもいつもどおりだ。
「ひなたぼっこは今度ね。それよりもね、この気温をあげて欲しいのだけど」
「ええ〜気温上げるのぉ? せっかく下げてもらったのにぃ?」
シャイニーは不機嫌そうに顔をしかめた。でも気温をあげることが頼めるのはシャイニーだけなんだけど。
「気温を上げるのは太陽の精霊のシャイニーしかできないことでしょ?」
「う〜んそうだけどぉ、気温を下げて欲しいっていったのは冬華ちゃんじゃないの?」
「……どう言うこと?」
「あれぇ? 夏葉ちゃんが来て『冬華が気温を下げて欲しい』って言ってたけどぉ」
「言ってないよ。たぶん夏葉のウソね」
「ええっ〜そぉなのぉ〜」
夏葉、これは度が過ぎるイタズラよ。シャイニーを騙すって事は太陽を騙すのと同じなのに……気づいているの?
「今日まではまだ秋だから、気温を下げるのはもう少し先の予定なの」
「う〜ん……でもなぁ〜」
「……難しそう?」
「うん。今日の太陽さんは双子のお月さんとケンカしたらしくて機転悪いんだよねぇ〜」
「シャイニーでも頼めないの?」
「そうだねぇ、私はただの太陽さんの従者だからぁ〜頼むことはできても確実に気温をあげるってことは出来ないかも」
「そう……」
これはどうしょうもないか……ならせめてこの天気を維持する事だけを考えないと……そろそろ『来る頃』だし。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜! いたぁ〜〜〜〜〜〜〜!」
その声を聞いて私は思ったより早く『来る頃』はやってきたと感じる。
さっきも同じような叫び声を聞いた気もするけど、そんな事を知るよしのない声の主が二枚羽を勢いよく羽ばたかせ、こちらに向かい文字通りに飛び込んで来た。
飛び込んできた雲使いの精霊ショコラ……と、その後をゆっくりとした速度で降り立ったのは雪使いの精霊スノウだった。
「冬華! なんで雲を晴らしたの!」
着地したのと同時に怒号が私に浴びせられる。
「『干渉』まで使って雲を晴らして、曇らせてって言ったのは冬華じゃないの!?」
「違うよ。それは私の名前を語った夏葉の仕業」
私は冷静に自分が頼んでいないことのありのままの事実を告げる。
「へっ……えっと……」
ショコラの怒っていた表情が曇り空のように曇る。
「ほら、やっぱり冬華ちゃんじゃなかったんだよ」
ショコラの隣にいたスノウが口を挟む。
「でも、スノウだって久しぶりに雪を降らせられるって喜んでたじゃん。嬉しそうだったじゃん?!」
「う、嬉しそうなんてしてないよ!?」
「うんにゃ嬉しそうだった。あの顔は嬉しそうだったぞ! スノウ」
「う、嬉しそうなんてしてないよ!?」
私の顔をチラッと見てはショコラに必死で同じ言葉を繰り返す。
「ショコラちゃん。スノウちゃんが困ってるからそのくらいで許してあげてよぉ」
シャイニーが間延びした声でショコラとスノウふたり仲裁にはいった。
「でもさぁ」
「まぁまぁ。落ち着いて一緒にひなたぼっこでもしようよぉ。あたたかい紅茶もあるよぉ。はい」
「お、おふぅ」
シャイニーは持参のガラスのポットからティーカップに紅茶をそそぎショコラに渡す。
「あ、あのね冬華ちゃん。わたし……その嬉しそうになんかしてないからね」
ショコラから解放されたスノウは私の所にやってきてそう弁明をする。
「ううん、私は気にしてないから。スノウも気にしないで。スノウも夏葉に言われてやったんでしょ?」
「気にしてない……そう、なんだ……」
「スノウ?」
スノウはうつむき呟いている。私なにか気に病む事を言ったのかな?
「えっと、うん。私もね夏葉ちゃんから言われたんだ。
冬華ちゃんが雪を降らせてほしいって。だから、その……わたし別に喜んでなんか……」
「スノウ? どうかしたの?」
私はうつむき何かを考えているかのようにふさぎ込んでいるスノウの名前をもう一度呼んでみた。
「ねぇ冬華ちゃん……今年も雪は降らせないの……?」
「そうね、ニンゲンが雪を降らせないと『予報』すれば降らせない」
「そう……冬華ちゃん」
顔をあげたスノウの瞳はとても淀んでいて……まるで何かに『絶望』しているような顔だった。
「なに?」
「知ってる? 雪ってね『冬に降らせてこそ意味がある』んだよ」
「それがなに?」
「ううん……それだけ」
「そう」
「じゃあ、冬華ちゃん。私帰るね」
「そう。じゃあまたね」
「うん……」
スノウは踵を返して二枚羽をはばたかせ足を中に浮かせる。
「冬華ちゃん……『冬に雪を降らせない雪使いって存在価値』あるのかな?」
「えっ?」
気のせい……かもしれないけど、スノウの瞳から何か落ちたような……涙……?
横目で私を見つめていたスノウは何かを小さい声で呟いていたかが私の耳には届かなかった。
「なぁ、知ってるか冬華? 冬の季節使いがお前になってから二年間、『一度も冬に雪を降らせてない』んだぞ?」
「えっ、そうなの?」
スノウが飛び去ったのを見ていたであろうショコラがそんなタイミングで口を開いた。
二年間も知らなかった……ううん違う。『気づかなかった』んだ。
「春華さんはそんなスノウを気遣って春先に雪を降らせていることをお前は気づいてるか?」
「うん……」
確かに春華お姉ちゃんは春先に『雪』を降らせてるけど……毎年なんでって思った……そんな理由があったんだ……
「冬華、冬の調律をするのは冬華なんだぞ。予報士のニンゲンのすることじゃない。天気予報士通りに天気の調律をしてるだけじゃ見方によっては天気調律を放棄してることになるんだぞ」
「放棄だなんて……」
「冬華ちゃん。私が言うのもなんだけどぉ、ショコラちゃんの言うとおりだと思うよ」
「シャイニー……」
私は……調律の放棄なんて……
「冬華ちゃんは気づいてないと思うけどスノウちゃん、結構悩んでたと思うよ。冬華ちゃんはスノウちゃんの友達でしょ? 一度話を聞いてみたほうがいいよ?」
「私……は」
「なぁ、もう二年なんだよ。いいかげん自分で、自分自身で自分の天気の調律をしろよ」
「冬華ちゃん。自信をもって。無責任な言葉かもしれないけどこれは冬華ちゃんにしか出来ない事なんだよ。冬の季節使いの冬華ちゃんしかできない事なんだよ」
私は……天気の調律放棄なんてしてないのに……なんで……
「私は……」
言葉が溢れでて口からこみ上げてくる。みんなわかってくれない……私の苦労なんて……私の頑張りなんて……
「私は放棄なんてしてない!」
怒号共に二枚羽をはばたかせ、空を飛び目的もないまま、感情にまかせてその場を後にする。
「冬華! 逃げるのか!?」
ショコラが私を糾弾する叫び声が響く。
逃げてない……私は逃げてなんていない……でも……これってやっぱり……
『逃げてる』のかな……
その思いを胸に秘めて私は何もない空に、私自身が雲を晴らした青空へと吸い込まれていった。
◆
「冬華ちゃん、行っちゃったね」
「そうだな」
冬華が飛び去った空を見上げてシャイニーが口を開き同じくショコラが答える。
「少し言い過ぎちゃったかなぁ?」
「いいや、あれくらいキツイ方がいいんだよ」
「……冬華ちゃんこれがきっかけで『変わる』といいね」
「いや、無理だろ。あれくらいで『変われたら』冬華はいまごろ四枚羽だよ。無理だからこそ未だに二枚羽なんだ」
「……優しいねショコラちゃんは」
シャイニーは見上げていた空から視線を落としてショコラの横顔を見つめる。
「何言ってんだ。厳しいの間違いだろ?」
「ううん、優しいよ。冬華ちゃんの事大切に思ってる。優しいからこそあんな厳しいこと言えるんだよ」
「買いかぶりすぎだっての。まぁでも冬華はスノウの友達だからな」
シャイニーの視線いたショコラは視線をあわした。
「ショコラちゃんもでしょ?」
「う、うっせ〜、お前ももう立派な『友達』だろ?」
シャイニーから視線をはずし顔をすこし赤らめる。ショコラそんなショコラを見てシャイニーは柔らかい笑みを浮かべていた。そして、
「ううん、私はみんなの友達にはなれないよ」
と言葉を紡いだ。
「なんでだよ」
「だって……私がスノウちゃんたちと友達になっちゃたら……太陽さんはひとりになっちゃうから……」
「難しいんだな。シャイニーと太陽の関係って」
「……そうだね」
シャイニーの顔は柔らかくとても優しい笑みだった。
(なら……なんで……そんな悲しそうな笑顔なんだよ……)
ショコラはシャイニーの笑顔を見てそう思わずにはいられなかったのだった。
◆
「いや明日から……冬か」
カーテンの隙間から外を眺める男がひとり。部屋は男が開けたカーテンの隙間から日差しが注ぎ込んでいるがほかのカーテンは閉ざされて閉め切られている暗い部屋だ。だがポツンと机だけが灯りにともされている。その暗い部屋の中でひとり呟く男がいた。
男の名はタクマ。茶色い髪に赤い瞳の男だ。よく『倭国』の名前みたいと言われるがタクマはれっきとしたアルストリア国の生まれだ。ただ父が『倭国』出身のだけでその名前が付けられた。よく言われるのでうっとうしいと思っているがタクマ自身は自分の名前を気に入っているのであまり気にしていないのが救いだろう。
年の頃なら四十代前半。スラっとした体格で身長は高くとも低くとも言えない。年の割には若く見られるのが自慢だった。
そして服装。服装も特徴がなくそこらへんにいる男性と同じような格好。強いて言うなら標準的。そして結婚していてる。妻もいて娘がひとりいる。
裕福とも言えず、貧乏とも言えない。これも強いて言うなら一般的な家庭と同じだろう。ただひとつ違うのはこの男は世界では四人しかいない『天気予報士』だった。
「明日か……」
そして明日からタクマが天気予報を担当する季節である『冬』が始まる。『二年間天気予報がハズれた事のない』冬が始まろうとしていた。
「明日か……」
タクマは同じ言葉を呟く。しかしその言葉の裏にはひとつの決意が秘められていた。
「今年こそ天気予報は必ず『ハズす』」
タクマはそう誓い光が灯された机へと戻り天気予報図へと視線を戻した。
「何が『冬の完全的中予報士』だ。そんな二つ名なんてこっちから願い下げだ」
万年筆を手に取りインクに浸す。そして天気予報図に何かを記載しはじめタクマは喚く。そうタクマが言うとおりタクマは『冬の完全的中予報士』二年前から天気予報がはずれたことが一度もない。そんなタクマは人々から『冬の完全的中予報士』などと通り名を付けられていた。
「空に神がいるのなら……天気を司る女神がいるのなら……俺の天候予想を邪神が見ているのなら……この天気を構築して見せろ」
タクマは書きあげた天気予報図の端を握りしめる。
「さぁ……神よ、女神よ、邪神よ。いるのならとくと見ろ! 俺の天気予想図を!」
追い込まれていた……二年間天気予報をハズさない男は『冬の完全的中予報士』などと呼ばれプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。そしてプレッシャーから解放されたいと重い思いに病み、タクマは必ずハズす天気予報を天気予想図に書き出していたのだ。冬にあり得ないはずの天気。冬の季節では起こり得ない天候を。
その天候を見たほかの三人の天気予報士はタクマを糾弾し彼から天気予報士の地位を奪い去るだろう。
「あなた……? どうしたの?」
その時、タクマの大声を聞いたのか妻であるアルサがトアを開け夫であるタクマの元へと歩み寄る。
年の頃ならタクマと同じくらいだろう。スマートなプロモーションを持った身体。タクマと同じで年の割には若く見られるのが夫と同じで自慢だ。
「すまない……大きな声を出してしまって」
「いいの。それよりこの天気予想図なのね?」
アルサが視線を落とした先にはタクマが書き上げた天気予想図あった。
「ああ、書きあがった。これを明日天気予報として広場で公表する」
「わかりました」
「アルサ……すまないこれを公表するときっと俺は天気予報士を剥奪されてしまうだろう。こんなあり得ない天気などないからな」
「ほんと……めちゃくちゃね……こんな天気なんて」
アルサは天気予報図を見て軽く微笑みをタクマに向けた。
「迷惑をかける」
「いいのよ。あなたが気に病まなくて。『あなたの予報通りになるこの天気が異常』なのよ」
「ほんとにすまない」
タクマはアルサに頭を下げた。深く、赦しをこうように深く深く頭を下げた。
「あなたこの日のためにお金をほとんど使わずに貯めていてくれた。欲しいものも買わずにこの家のために貯めてくれた。だからいいのよ。それに地位を剥奪されると決まった訳じゃないでしょ?」
「それもそうだが……」
「だから気に病まないで。あなたはいつも天気予報の公開前に言ってたでしょ? 『天気予報はハズれるものだ。必ず当たるものじゃない』って。だからいつも通りに堂々としてればいいの」
「すまない……」
タクマはもう一度アルサに深々と頭を下げ謝った。
「気にしないでっていったでしょ? それよりもあなたは朝食を食べてないんでしょ?」
「ああ、そういえばそうだな……」
「用意してあるから食べてください」
「ありがとう」
アルサに促されたタクマは部屋を出たのだった。
◆
月が沈み太陽が昇る時刻。陽光が射し込み朝が訪れる。空には雲ひとつない天気だった。
「予報通りか……」
前日の天気は秋の天気予報士のクライウスが行っていた。予報は晴天。今日は一日中天候は崩れることはないだろう。そして今日からその天気予報を、冬の天候を予想するタクマの天気予報が始まる。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
笑顔で見送るアルサ。そしてその笑顔に笑顔でタクマは返す。その笑顔の裏側にはとてつもない緊張。プレッシャーと恐怖があるに違いない。しかしタクマは努めて冷静に。いつも通りに資材を持ちいつも通りに家を出たのだった。
いつも通りに天気予報を公開する公園へと歩み。いつも通りにカフェでコーヒーを飲みいつも通りに顔なじみは挨拶を済ます。
そしてたどり着いた公園。そこにはすでに大陸中から天気予報を自国に届けるためアルストリア国に来国していた天候伝達員の姿も見られる。天気予報を一秒でも早く届けたいのか何人かは魔導伝達の送信テストをしているようだった。
準備をしていた事、約十五分。
タクマの第一声は『みなさん。天気予報は必ず当たるような事はありません』と集まっていた人々に語りかけるのだった。
◆
「そんな……」
私はニンゲンの天気予報を見て言葉が出なかった。絶句していた。
「あり得ない……こんな天気はあり得ないよ……」
男の書き上げた天気予報図に飛んで近づいて間近でまじまじと見る。後ろからザワザワと聞こえてくるがそんな事はどうでもいい。私の姿は、精霊の姿はニンゲンには見えないのだから。
「今の時期にサラマンダー炎風が吹き込んできて気温が急上昇? それに加えフェニックス前線が荒れる? イフリート高気圧が押し寄せて真夏日になる? えっなに?! 朝方はファイアミストが発生して日中は熱中症に気を付けましょうって……あり得ないよ今は冬でしょ……?」
見れば見るほどあり得ない天気予報。ホントにこの男がこの天気を予報したの?
でもこの天気を調律するなら……干渉を使用しないと不可能だ……風の天候精霊のフィンでもサラマンダーとフェニックスの炎風は吹き込めないしそれにイフリートまで絡むともはやひとりでは不可能。それに……霧の天候精霊のクラウも冬にはファイアミストなんて発生させる事はできない……それにまたシャイニーに気温の上昇を頼まないと……
「昨日干渉を使わなければ……」
干渉と使ったのが悔やまれるよ……夏葉のいらないサプライズがなければ……干渉が行使できれば少なくともサラマンダー炎風とイフリート高気圧はなんとかできたのに……
「どうする? どうしよう? どうすればいい……」
自問自答だけど答えなんて出るわけない。でも……最終的には
「これはヒドい天気予報図だな?」
「ショコラ?!」
その時、私の後ろから声をかけてきたのはショコラだった。
「どうすんだ、これ? 長老様からのおしおき覚悟で『干渉』を行使するか?」
いきなりショコラからの私が考えていた最終手段が提示された。
「今考え中だから黙って」
「へいへい」
ショコラはそれだけを言うと天気予報図へと視線を落としていた。
「どうしよう……ホントにどうしよう」
再び自問自答。でもこれだけじゃ何も進まない。天候には干渉できるけど……ニンゲンには干渉できない……こればっかりは絶対に不可能。あの男の気が変わって天気予報を修正しない限りは天気はこのままだ。
「ならどうするか……」
答えのでない自問。
「どうすることもできない……冬に真夏日になるなんてどう転んでも考えられないよ……」
そして意味のない自答。
そもそもサラマンダー炎風とイフリート高気圧はこの時期には発生しない。それこそ干渉を行使ないと不可能。あとファイアミストは夏の現象だ。
それにファイアミストは夏の季節使いの精霊である夏葉にしか調律が許されていない。
『ハズレのない天気予報って天気予報の意味があるのかなって?』
昨日の夏葉の言葉が脳裏に浮かぶ……こんな時に、こんな緊急な事態の時に夏葉の言葉が響くなんて……
「冬華。明日はあたしの出番はなさそうだから帰るわ。じゃあな、天気をどうするか深夜までじっくりと考えろよな」
「……」
ショコラはそう捨てセリフを吐いて二枚羽を羽ばたかせ青空へと飛び去っていった。
「考えろよ、か」
考えたところで……冬が夏に変わることはない……あがいても……どうやっても冬が夏に変わる事なんて……
じっと男が予報している天気予報図を私は見ている。もう見てもしょうがないのに、答えなんて出ないのに……ううん。もう答えは『出ている』のに……
◆
「双子月が出ているか……」
深夜の日付が変わる時間帯。身を切り裂くかのような優しくて冷たい風吹く。
私は二枚羽停止させ仰向けになって空を漂っていた。空に雲ひとつなく星空が無限と広がり紅と蒼の二つの月が綺麗な円形を描いている。
「よし」
ひとりつぶやき。仰向けから足を地に、頭を天へと体勢を戻す。
朝方までに天気を調律するならこの時間から調律をしなければならない……でも……あの天気に調律する事は不可能だ。『ただひとつの方法を除いて』は
そっと、腕にはめている金色の腕輪をさわる。
「……おいで、私のフルート」
言葉に呼応して魔力を籠めた腕輪が輝き、光の粒が拡散そして収束。収束していく光の粒はフルートへと形を変えやがて『天候干渉霊器』を形成していく。
「私も……夏葉と変わらないな」
天候干渉霊器に口を当てる。
「ごめんね。春華お姉ちゃん。秋葉。夏葉……は、いいか」
ひとりの姉を除いてひとりでつぶやき言葉で謝る。姉の誰ひとり聞いてないけど……
「えっ……」
その時、天候干渉霊器に一粒の白い花びらのようなモノが降り注いだ。
「冷たい。これって……雪? なんで……」
空から降り注いでいたのは白い花びらではなく氷の結晶。『雪』だった。
空を見上げる。さっきまで満天の星空だったのにいつの間にか雲が現れて双子月は隠れてしまっていた。
「冬華ちゃん……やっと見つけたよ」
雪はさらに降り私の視界は白に覆われていく。その白の視界から出てきたのは雪の天候使いのスノウだった。
「スノウ……この雪と曇り空はスノウとショコラがやったのね?」
「そうだよ」
「それにこの時間帯でここまで気温を下げられたってことはウンディーネが一枚かんでるの?」
「ううんセルシウス様に……」
「えっ? あのセルシウスに? まさか直接?」
「そ、そうだよ?」
「へ、へぇ〜」
驚いた……いつもおどおどして気弱なスノウがまさか乱暴モノで氷結の業火と言われるセルシウスに直談判だなんて……
「雪をとめて」
でも、驚いただけ。それだけで私の決意は変わらない。
「……」
スノウはうつむいたまま返答もなくそのまま黙っていた。
「スノウ。もう一度言うわ。この雪をとめて」
「……ダメ……」
「えっ?」
「ダメ! あっ、この雪はとめられない」
「なんで?」
「この雪をとめたら冬華ちゃん……天候干渉霊器で天候の干渉するんでしょ?」
「そうよ。それが天候干渉霊器だもの」
「……どうして?」
「なに?」
「……っ! どうして冬華ちゃんは! そこまでニンゲンの予報した天気に合わせようとするの!」
「その方がニンゲンたちが喜ぶから」
自然とスノウの怒声の訴えとは真逆で私は冷静に淡々と感情を籠めずにそう答えた。
「おかしいよ……冬華ちゃんのその考えはおかしいよ? ううん。冬華ちゃんが冬の季節使いになってから変だよ。変になったよ」
そこまで遡るか……でも私は至って正常なんだけど。
「ねぇ、どうして? どうしてそうなっちゃたの? 先代の冬の季節使いは冬華ちゃんになにを教えられたの?」
「スノウ」
「な、なに?」
スノウの感情の抑揚のない呼び声にスノウはビクっとなり少しだけ後ずさる。
「私は天気の調律をしたいの? で、この雪をとめてくれるの? くれないの?」
「と、とめない……」
「そう」
スノウの判断を聞いた私はフルートに吹き込み口に唇を当てる。
スノウにこの雪をとめる気がないなら『干渉』でまとめて調律するだけだ。
「冬華ちゃん! だめ!」
「えっ、ちょっ!」
フルートを吹き込もうとした瞬間にスノウが私に向かって飛び込んできた。
スノウは私を抱きしめる形でしがみつくそのまま私とスノウは落下を開始してしまった。
「は、離して、離してスノウ! 羽の制御ができないから!」
「離さない! この手は絶対に離さない!」
「ちょっ、いいかげんにしてよ!」
手でグイグイとスノウの肩を押すがスノウは本当に離そうとしない、
「離してって!」
「冬華ちゃん! 冬華ちゃんはホントに気づいてないの?!」
スノウが私を見る顔はとても真剣で……とても悲しそうに見えた。
「な、なにが……?」
「私も見た! 見たんだよ?! あのひとが作った天気予報図!」
「あ……」
落下しててもその天気図は忘れられるモノではない。
「あれは、あの天気は予報なんてレベルじゃない! あれは……天気をハズしにかかってる天気予報図だよ!」
「……そんな訳……」
「冬華ちゃん! 冬華ちゃんだって感じてるはずでしょ? 気づいているはずでしょ? もうわかってるはずでしょ!」
「……」
そんな事はわかってる……わかってた。あの天気予報図を見たときから。これは当てにきてる天気予報じゃない。スノウが言うとおり『天気をはずしにかかってる天気予報』だって事は。
「答えて! ねぇなにか言ってよ! 冬華ちゃん!」
「……」
「冬華ちゃん!」
「わかってた! そんな事はあの予報図を見ればわかってたよ!」
私の中でなにかがはじけ飛び、私はスノウに叫んでいた。
わかってた、わかってたけど……私は
「私はあの天気予報に調律しないといけないの! 干渉で調律できない事もあるけど、せめてあの天気に、予報に近づけないといけないの!」
「……っ! 冬華ちゃんのバカぁ!」
パチン!
スノウが私の身体から離れると同時に頬に痛みが走った……
「冬華ちゃんがそこまでする事ないんだよ! 冬華ちゃんがニンゲンの提示した天気に従う必要なんてないんだよ! 冬華ちゃんが感じたままに天気を調律すればそれでいいんだよ! それでその天気がニンゲンと一致すればそれでいいんだよ!」
抱きついていたスノウが離れたので羽の制御をして体勢を立て直す。それはスノウも同じだった。
「ごめんね。スノウ……でも私は……」
フルートを唇まで運ぶ。
「冬華ちゃん……」
スノウは先ほどのように飛び込んでこない。私は一度フルートを見るとフルートを持つ腕をおろした。
「……これ……スノウの仕業だよね」
唇を当てたようとしたフルートはとても冷たくなっていた。そしてその吹き込み口には息が吹き込めないようにしっかりと氷が張り凍結されていた。
きっとスノウが飛び込んできたときに、フルートを凍結させたのだろう。
「冬華ちゃん……ごめんね大事なフルートなのに」
「謝らないでよ。そんな気もないくせに」
「ごめんね」
スノウはそれだけを言うと押し黙ってしまった。
「私はね冬華ちゃん。冬華ちゃんが冬の季節使いになってとてもうれしいんだ。自分の事のようにうれしかったんだ」
「突然なに言ってるの?」
「ごめんね。でもホントにうれしかった。あの時はホントに嬉しかった。だって友達だもん。でも今はその友達が規律違反をして、長老さまに怒られる姿なんてみたくないんだよ?」
「……」
「冬華ちゃんはニンゲンが喜ぶからその天気通りに調律してるって言うけど……天気なんてその日その時で変わるんだよ? それは冬華ちゃんたち季節使いが一番わかってる事でしょ?」
……その言葉は私が季節使いになって初めて春華お姉ちゃんに言われた言葉だった……
私はいつこの言葉を忘れてしまったんだろう……
「ニンゲンが天気通りになったらそれは喜ぶよ……だけどそれだと私たち天候精霊のいる意味がないと思う。ハズレない天気予報なんて天気予報じゃない。冬華ちゃんは天気を殺してるんだよ」
それは夏葉から言われた言葉。でも殺してるってなんて言葉がスノウからでるなんて……思わなかった。
「ねぇスノウ……」
私はスノウに問いかける。
「なに。冬華ちゃん」
スノウはとても優しい口調で答えてくれた。
「私はどうすればいいのかな?」
私の問いにスノウは……
「この大気の状態を見て冬華ちゃん自身が決めていいんだよ」
と、スノウは残酷な答えを提示した。
◆
「寒い……」
タクマはベッドから目覚めたると第一声がそれだった。
「寒い!?」
繰り返す言葉。だが二回目のその言葉は大きく意味が違っていた。
それは自分が昨日予報した天気を思い出した事に起因していた。
そしてベッドから飛び起き一目散に窓に向かい思いっきりカーテンを開く。
「雪?! 雪が降ってる……」
そこには白銀の世界。白で覆われた景色が、雪が積もった街並みが広がっていた。
「雪が……」
呆然と外の降りそして積もっていく雪を見てタクマまただただ眺めていた。
「天気予報が……ハズれた……」
白銀に染まった世界。自分が予想した天気と違う世界が広がる。
「やったぞ……俺は……」
タクマの感情は今や『歓喜』に満ち満ちている。二年間思い続けやっと自分の思いが届いたのだ。それはまるでアルサに告白して付き合い始めた時と似ている感情だった。
「あなた」
「アルサ、見てみろこの天気を!」
アルサがタクマの部屋にやってくるなりタクマは自分の妻に言葉を投げかける。
「ふふっ、嬉しそうね」
「ああ、こんなに嬉しいことはない! なんせ二年振りに天気予報がハズれたんだ!」
「おかしいわね。あなたは『天気予報はハズれるもの』っていつも言ってたのに」
「ああ、けど俺は今、歓喜に支配されている!」
目を輝かせ外を見ているタクマにアルサは優しく微笑んでいた。
「でも、これからが大変ね。家計のやりくりをがんばらないと」
「ああ、そうだな……」
アルサの一言でタクマは我に返る。タクマは天気予報の地位を剥奪されていた。いわば今のタクマは収入のない無職の状態なのだ。
「すまない……迷惑をかける」
「いいのよ。すぐに次の仕事を見つけてくるでしょ?」
「……善処するよ」
「お願いね。じゃあアリスがまってるから食事にしましょう」
「ああ、そうだな。少しの間は家族と過ごせそうだ」
「ふふ、ホントに『少しだけ』よ」
「……善処するよ」
ふたりはお互いの顔を見合い笑顔を絶やさないままで部屋を出たのだった。
◆
「これでよかったのかな……」
私は時計塔の最上部の屋根から優しく吹雪く雪を見てそうつぶやいた。
「うんうん、これでいいんだぉ〜冬華ちゃん」
私の隣で嬉しそうに言うシャイニー。でも私にはホントにこれでよかったなんてわからない。
「でも、毎日こんな寒いのはヤダよ。そこはしっかりね」
「大気の状況次第よ」
「ぶぅ〜冬華ちゃんのイジワルぅ〜」
と、言ってぶうたれているシャイニーはとても怒っているようには見えなかった。
この大気の状態を見て冬華ちゃん自身が決めていいんだよ
スノウの言葉がよぎる。
「天気は自分で決める……先代からは一度もそんな事言われなかったな……」
季節使いになるための鬼のような修行時代を思い出す。厳しかったし辛かった……充実してた時。でも先代は天気の事はなにも教えてくれなかった。調律の仕方や天候干渉霊器の使い方や干渉の方法ぐらい……それに先代はニンゲンの天気予報なんて見ずに勝手に天気を……
「あっ……そうか」
あれは勝手に調律したんじゃなかったんだ。先代はいつもぼーっと空を見ていた。晴れの日はいつも外で昼寝ばかりしていた。いつも天候使いの精霊と他愛のない話ばかりしていた……そんな先代を私は呆れ顔で見ていた。見ちゃってた。
あれは、もしかして大気を全身で感じていたのかもしれない。空を見ているのはきっと雲の流れや気温の状況を……昼寝は風の流れを観察していたのかも……天候使いの精霊の話は空や風の状況を確認したのかもしれない……
「なら、わたしは……」
私は先代の教えをまったく理解してなかった。むしろ逆の行動を取っていたのかもしれない……
「それを私は……」
先代の行動に呆れ果て勝手に思い違いして、勝手に勘違いをして挙げ句の果てに自分のいいように天気を……ニンゲンの天気予報を見て……それでその通りに私は……
「私は……バカだ……」
ホントにバカだ……私……
目の前に広がる降り続く雪。そして白に染まっていく街。そんな街には子供たちが雪だるまを作っている光景や街の人々が歩きにくそうに街を行き交う。
でも……心なしかなんかみんな嬉しそう。そんな印象を受けてた。
「冬華ちゃん。おはよう」
「スノウ」
空から飛び降りてきたのはスノウだった。昨日は暗くてよくわからなかったけど、所々擦り傷がある……たぶんセルシウスの所に行くときに負った傷だと思う。あそこはとても寒いから肌が割れたのだろう。それにつららや尖った氷などがある。
「スノウ、ごめんね」
「冬華ちゃん……?」
私はスノウの腕を取り傷跡をさすり、いろいろな感情を籠めて謝った。
「あっ、いいんだよ! これは違うから!」
スノウはすぐに腕を引っ込めて腕を後ろに回してしまった。
「……ねぇ、スノウ……お願いがあるんだけど……」
「いいよ。なに?」
「あ、明日の天気の相談をしたいから……その、そ、相談に乗ってくれる? それとほかの天候使いの精霊の話も聞きたいんだけど……相談しに行くの、つ、付き合ってくれる?」
「冬華ちゃん……うん、いいよ! 全部オッケ〜!」
スノウは満天の笑みで答えてくれた……そんなスノウを見て私は恥ずかしくなったけど、ハニかんで『お願いします』と、丁寧に返したのだった。
「あはは、友達なんだからそんなにかしこまらないで」
「うん、ごめんね」
「いいよ。じゃあさっそくショコラちゃんを呼んで天気相談始めよっか!」
「う、うん」
「冬華ちゃん、私のことも忘れないでねぇ〜ちゃんとあとで相談しにきてねぇ〜」
シャイニーからクギをさされ私はシャイニーに向かってひとつ頷いた。
「じゃあ、行こうかスノウ」
「うん!」
私とスノウ。ふたりは仲良く羽を羽ばたかせ雪が降り続く空へと消えていった。
今でもこれでいいのかわからないけど、今は手探りで天気の調律をしようと思う。そう思いながら私とスノウはショコラと相談するため空を舞っている。
雪が降る。季節は冬になったばかりだった。
季節使い。完
おまけ 「気象教会」
「じゃあ、行ってくる」
タクマは妻にそう告げて扉に手をかける。
「もう少しゆっくりしていったら? 何もそんなに急いで探さなくても……」
「いいや三日間ゆっくりしたし、そろそろ職を探さないとな」
「そう?」
「ああ、じゃあ行ってくる」
「わかりました。気をつけてね」
「ああ」
タクマはアルサに手を振り扉を開ける。
「さて、まずはあいつの所に行くか」
タクマは知り合いで自営業をしている『カミール』のと所に行こうと決めた。そこで自分を雇ってもらえるかはわからないがとりあえず雇ってもらおうと相談するつもりだ。
「今日はいい天気だ」
三日前の大雪にくらべ今日はとてもいい天気だ。太陽の日差しも手伝って気温も上がっている。まだ街には溶けずに雪が残っているが今日の気温である程度は溶けるだろう。
そして、タクマがいつも天気予報を発表している公園へと辿り着く。そこにはタクマの知らない天気予報士が天気をたどたどしく公表していた。
「若いな。無理矢理仕立てあげられたか……」
タクマはひとりつぶやき、おもむろに群衆に混じり、その口舌を聞いている。
(経験が浅い。この大気ならたぶん朝はさらに冷えるし日中は気温が上がることはない)
タクマは知らない新人の天気予報は朝方は冷え、日中は暖かくなるとの予報だった。しかしタクマはその予報を否定して『朝はさらに寒くなり、日中は気温が上がらない』と独自の予報を立てていた。
「行くか……」
そんな独自の予報は公開もされないまま、新人の天気予報士を見送り踵を返し公園を後にした。
「失礼。天気予報士のタクマさんですね」
突然タクマに声をかけてきたのはタクマより年下の青年だった。
「天気予報士ではないですが……タクマは私ですがなにか?」
怪訝な顔をしてタクマはその青年を睨んだ。
「そう睨まないでください。あっ失礼。僕はこういうものです」
青年はカードケースから名刺を一枚取り出しタクマに差し出した。
「気象教会? 教会の人間なの君は?」
名刺をざっと見たタクマはそう口を開くと青年は『はい、気象教会のマクドガルと申します』とても事務的で丁寧な口調で答えた。
「マクドガルさんね。で、この気象教会はあの教会と関係あるのかい?」
「はい、この気象教会は教会の一部です。仕事は天気の予報を主に行っています……まぁ正確にはこれから行うのですが」
「天気の予報……?」
その言葉を聞いたタクマには疑問が浮かぶ。そして後ろを向き先ほど見かけた天気予報士を見る。
「天気なら彼らに任せておけばいいんじゃないのか?」
そう、天気の予報なら今まさにタクマの後ろで演説している天気予報士にまかせればいい? それは昨日まで所属していたタクマが一番わかっていた事だった。
タクマはそうマクドガルに促すとマクドガルは『いいえ、天候機構ではダメなんです』としっかりとはっきりと答えた。
「理由は?」
「タクマさん。あなたは『世界』を知らない」
「世界?」
「ええ。タクマさん。あなたは『自然災害』をご存じですね」
「当たり前だ」
マクドガルの問いかけにタクマは凛とした態度と口調で答えた。
「なら明日に大雪や大雨が発生するとわかったらどうしますか?」
「その事を踏まえて天気予報を公開して注意を促すよ」
「そうですね。ではその後の事は『タクマさんの天気予報を聞いた人が『魔導伝達』で配信される』言う事ですね?」
「そう言うことになるな……」
タクマはマクドガルの意図がわからずにいる。困惑している。何を言いたいのかわからない彼の態度に困惑しているのだ。
「そこで先ほどの問いのタクマさんは『世界』を知らないという質問につながります」
「どう言うことだ……?」
「タクマさん。天気予報士の天気は『一部の人々』にしか伝わらない。大雪や大雨の予報はすべての人には伝わらないんですよ。知っていましたか? 伝わらない事によって多くのヒトが亡くなっているんです。自然災害によって」
「……っ!」
驚きを隠せない。タクマは目が開き驚きの表情を浮かべている。
「そ、そんな事はありえない。天気は等しくすべての人々に」
「伝わっていないんです。それが現実なんです」
マクドガルは力強く言う。
「な、なんで……そんなことが君にわかる?」
タクマはマクドガルが言った事が信じられず問い返す。答えによってはタクマが行ってきた予報はすべての人に伝わっていないことになる。タクマは天候機構からすべての人々に天気予報は伝わっていると教えられている。そして自分も小さいときから天気予報を見てきている。
「僕の生まれた村は貧相な村でした。でもとても幸せでした。でもある日の夜にすごい大雪が降ってすべて家のが一夜にして雪に押しつぶされました。天井が崩れて雪がなだれこんできて……それで終わりです」
「魔導伝達は……来ていたんだろ?」
「タクマさん。僕の話を聞いて本当にそう思っていますか? 届いていたら対策ができるはずです。でもどこの家もそれはできていなかった!」
「……」
「この気象教会はそんな事を起こさせないため、すべての人々に平等に天気を届けるために村の生き残りで設立されました。何十年もかけてやっと!」
青年の手は強く、とても強く拳を作っている。爪が食い込むほど強く握りしめているかのようだった。
「……」
「タクマさん。天気予報士としてのあなたの能力が必要なんです。僕たちは待っていました。天候機構からはみ出す予報士を。だから一緒に生きましょう」
差し出される青年の右腕。
「俺は……天気予報をハズたんだぞ?」
「……今までの天気がおかしいんです。あなたの予報通りになる天気なんておかしすぎる。でもこれが正常。二年かけてやっと天気は正常に戻ったんです。だからこそあなたは信用できる。天候をじっくりと観察して、そして大雪や大雨が起こらないとわかったあの日に、あのでたらめな天気を予報した。そんなあなただからこそなんです!」
青年は差し出した右手をさらに強調するかのようにタクマの胸の前に差し出す。
「俺に……できるのか?」
「あなたに……重荷を背負わせる事になると思います」
「確かに、これは重いな」
この青年の手を握ったら世界に発信する天気予報をしなくてはならい。そのプレッシャーがタクマにのしかかろうとしていた。もちろんしばらくタクマひとりで天気予報を作成することになるだろう。このマクドガルの話が真実なら気象教会の天気予報士はタクマひとりなのだから。
「ですがそれで救える命があるのなら、あなたはこの手を取るべきです」
その言葉にタクマは反応して目をつむり、逡巡の後、青年の手を取った。
「ありがとうございます!」
マクドガルはタクマの手を上下にふり喜びを表していた。
そんなマクドガルを笑顔で見るタクマはひとつの疑問が生まれていた。
それはなぜ天候機構は一部のひとたちにしか天気を公表していない事と、自分には世界に天気を公表していると教えていたのだろうという事だった。
だが、この疑問はタクマが気象教会に初めて赴いたときにわかったとこなのだがそれはまた別の話だ。
おまけ 「気象教会」 完
お久しぶりです。間宮冬弥です。
まずは最後まで読んでいただきまして真にありがとうございます。
現在連載をひとつ執筆していますが、その連載を一時中断してこちらの
作品を書きました。
で、この作品を通して何が言いたいかというと「天気予報は必ず当たるものではない」ってことです。当たることもあればハズれる事もあります。
天気予報があたらないとお天気お姉さんを悪く言うひとがいるとの事をチラッと耳にしました。正直ビックリです。
なのでそんなビックリした体験を作品にしてみました。