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-復活-

「大丈夫かい?明良あきら君。」


車の中でマネージャーが心配そうに僕の顔を覗き込んだ。


「はい…。大丈夫です。」


僕は後頭部を冷たいタオルで押さえたまま答えた。


「やっぱり、病院に行った方がいいんじゃないか?」

「…もし、今日具合が悪くなったら行きます。」

「うん…。…しかし、君らしくないなぁ…階段から落ちるだなんて…。」

「…すいません…」


実は昨夜…というよりは、明け方と言った方がいいのかもしれない。…僕は、事故って頭を打ったのだ。昨日、徹夜でレコーディングしていたので、ふらふらしていたのは確かだ。


「気分が悪くなったら、収録中でもいいから言うんだよ。」

「はい。」


心配そうな表情のマネージャーに微笑んでみせると、マネージャーは少し表情を緩めて前を向いた。


「しかし…まさか、相澤励あいざわ れい君が助けてくれたとはねぇ…。」

「はい。本当に助かりました。…それに先輩と一緒にいたお姉さんにもお世話になって…。」


相澤励とは、実は業界の上では、僕のライバルとされている人だった。僕と同い年で僕と同じようにダンスが得意なアイドルである。レベルも同じと言われているが、僕は相澤先輩の優雅さのあるダンスが好きだった。何でも振付師のお姉さんが元タカラヅカの男役だったそうで、先輩はずっとそのお姉さんに指導してもらっているとか…。独学の僕とは全くレベルが違う。

何度か同じ音楽番組で会ってもいるのだが、マスコミに勝手に「仲が悪い」とされているため、業界の中では後輩である僕からは声がかけにくかった。しかし挨拶だけはしていた。相澤先輩の方も頭を下げかえしてくれたりしていたが、言葉をかけてもらうことはなかった。向こうもきっと話しにくいんだと思う。

だが、今回の事故の時、たまたま通りがかった相澤先輩が、お姉さんと一緒に駆け寄ってきてくれ、助けてくれた。救急車を呼ぶと言ってくれたが、僕は断った。そして、このことは内緒にして欲しいと頼んだ。相澤先輩はかなり渋っていたがわかってくれた。


相澤先輩はそのまま僕をタクシーで送ってくれた。そのタクシーの中で「いい機会だから」と、電話番号とメールアドレスを携帯の赤外線通信で交換してくれた。


「本当は前から君と話がしたかったんだ。時々でもメールくれよ。」


その先輩の言葉に、先輩が僕と同じ思いでいてくれたことを知った。


……


放送局についたころ、相澤先輩からメールが入っていた。僕はうれしくなってメールを開いた。


「無理するなよ。仕事が終わったらちゃんと病院に行くんだぞ。姉貴も心配してるから。」


その言葉を見た時、ふと目頭が熱くなった。


……


今日の収録は、深夜の音楽番組のためのものだった。歌うところだけを録画すればいいので、しゃべりが苦手な僕には楽な仕事だった。歌うのは3曲。頭がまだしびれているが、3曲のうち2曲はバラードだから楽勝だと思っていた。


「はい、5秒前…4、3、2、1…」



ADがキューを出したと共に、バラードのイントロが鳴り出した。…しかし、もうその時点から僕は目の前がぼんやりするのを感じていた。


(いけない…。しっかりしなきゃ…)


そう思ったが、とたんに目の前が真っ暗になり、僕は自分の体が崩れるのを感じた。

悲鳴とマネージャーの僕を呼ぶ声だけが、耳に最後まで残っていた。


……


気がついた時は、病院のベッドの上だった。


(…ああ…もう駄目だ…)


目が覚めた途端、そう思った。


「明良君!」


その声にふと目をやると、昨日、助けてくれた相澤先輩の姉であり、振付師の百合さんが僕を見下ろしていた。


「!?…先輩の…お姉さん…」

「百合でいいわ。励から連絡があって、代わりに行ってくれって頼まれたのよ。」

「…どうして、僕が倒れたこと…」

「マネージャーさんに励が「明良君に何かあったら連絡して欲しい」って、直接頼んでたんだって。…あ、マネージャーさん今、明良君の検査の結果を聞きに行ってるから。」

「…すいません…百合さんにまでご迷惑をかけて。」


百合さんは首を振った。


「どこか動かないとこはない?しびれとかは?」

「動かないところはないですが、左手が…少し…しびれているような…」


僕が正直に言うと、百合さんは眉を曇らせた。


「やっぱり、救急車を呼ぶべきだったわね…。…頸骨に何かあるかもしれない。」

「頸骨って…首の骨ですか?」

「そう…あまり詳しくはないんだけど、しびれがあるということは…」


百合さんがそこまで言った時、マネージャーが入ってきた。


「明良君!!目が覚めたんだね!」


マネージャーがベッドに駆け寄って、僕の顔を覗き込んだ後、慌てて百合さんに頭を下げた。


「このたびは、明良がご迷惑をおかけして…」

「いえ…お医者様はなんて?」

「はぁ…」


マネージャーは、僕の顔を見ながら言った。


「…頭の中の方は出血も何もなくて大丈夫だけど、頸骨の周辺にちょっと炎症が見られるようなんだ。…日常生活や歌うことには問題がなそうだけど、踊りはしばらくやめた方がいいって。」

「……」


僕は目を伏せた。


「ただ…念の為に3日程入院して欲しいって…」

「…わかりました。」


僕が気落ちしているのを感じたのか、百合さんが僕の顔を覗き込んで言った。


「歌えるなら、良かったじゃない。…ねっ。」


マネージャーもその百合さんの言葉に、微笑んでうなずいていた。


……


マネージャーと百合さんが帰った後、僕は独りきりになったためか、急に不安に襲われた。頸骨の周辺に炎症って、どういうことなんだろう。日常生活や歌うことは大丈夫って本当なんだろうか。頭の中では、事故った時の様子が何度も浮かんだ。あの時、うまくかわしていたら…徹夜明けじゃなかったら、ああはならなかった…。そんな、いろんな思いが交差した。


その時、いつの間にかつけられていたテレビに「緊急ニュース」という赤い文字が現れた。僕は思わず体を起こして画面を凝視した。


「…北島由希…活動休止宣言…?」


北島由希とは、80年代に人気アイドルだった人で、僕の姉が大ファンだった。


……


…半年前に、僕は由希さんが同じ音楽番組に出ることを知って、マネージャーに許可をもらい、楽屋までサインをしてもらいに行った。

由希さんは、とても気さくな人だった。


「お姉さんのお名前は?」

「真由です。真実の真に自由の由…」

「真由さんね。」


由希さんは、サインの横に「真由さんへ」と書いてくれた。

「お姉さんはおいくつ?」

「実は…2年前に事故で死にました。」


由希さんは驚いて僕の顔を見た。


「すいません!姉の仏壇に置かせてもらおうと思って…その…」

「何を謝るの…。そう…お気の毒に…。」


由希さんは寂しそうに下を向いた。


「私にも弟がいるんだけど、年が離れていてね…未だに暴走族のリーダーみたいなことをしているみたい。弟が不祥事を起こすたびに、歌手をやめさせられそうになったわ。今はもうどこで何をしているのか知らないけれど…」


そんなことを知らなかった僕は驚いた。


「そう…だったんですか…」


由希さんは、ふと僕の顔を見て、


「あなたが弟だったらよかったのに。」


と呟くように言った。僕は顔が紅潮するのを抑えられなかった。


……


「…由希さんが…」


僕は、衝撃を受けてしばらく思考が働かなかった。その時、ノックの音と共にドアが開いた。


「明良…」

「!!…先輩!」


相澤先輩は、僕の方へ駆け寄るようにしてきた。


「頸骨だって?体を起してて大丈夫か?」


そう言いながら、ベッドの端に腰を下ろした。


「はい…あの…先輩…由希さんが…」

「え?」


先輩は、僕が指さす画面を見て、はっとした表情をした。


「由希さんが…活動休止だって!?」


そう言うと先輩は、僕の顔を見た。


「…後で調べとくよ。…でも今は由希さんのことより、自分のことを考えるんだ。」

「…はい…」


僕の目から涙がこぼれおちた。先輩は僕の肩に手を置いた。


「大丈夫か?情緒不安定って感じだな。」


僕は「すいません。」と言って、涙を拭った。


「君のことも、もうマスコミが感づいているらしい。入院していることも、すぐに発表されるはずだ。」


先輩が言った。僕は先輩の顔を見た。

先輩は僕の顔を見返して言った。


「…本当にいいのか?黙ってて…」

「黙ってて下さい!…ばれたら…きっと…」


また泣きそうになりながら言う僕に、先輩が慌てたように言った。


「…わかった…ごめん。今はそのことよりも、首を大事にするんだ。それからゆっくり休め。いいな。」

「はい」


先輩は僕の肩を握り直すと、慌ててドアに向かった。…が、ふと振り返って言った。


「それから、これからは「先輩」もその敬語もやめてくれ。同い年なんだからな。」


僕は面食らったが、思わず笑ってうなずいた。先輩も微笑みながらうなずいて、急いで出て行った。


……


先輩の言った通り、すぐに僕のことは、ニュースで流れていた。


北条きたじょう明良、階段から落ちる事故。頸骨を傷める」

「一部では、かなり酒を飲んでいたとの情報」

「半永久に活動休止か」

「日常生活には問題ないが、一生踊れない状態。万一の場合は、歌うことにも影響か。」


僕は涙もなく体を横たえたまま、ただ黙ってテレビを見ていた。いろんな夕刊を紹介する番組だった。

僕は体質的に酒が飲めないのに、どうしてかなり酒を飲んでいたなんて情報が流れるんだろう。一生踊れない?それに万一の場合は…歌うことにも影響…?そんなこと聞いてないけど。

もう怒りすら感じない。そんな気力がなかった。


『本当にいいのか?黙ってて…」

『北島由希、活動休止!』


僕は、布団を頭の上までかぶった。その時、ノックの音がして、誰かが入ってきた。だが、僕は布団をかぶったまま黙っていた。一人にして欲しい。そんな気持ちだった。

入ってきた誰かは、何も言わずにテレビを消した。


「あんなの嘘だよ。」


その声とともに、布団が下げられた。そして優しい笑顔の相澤先輩の顔が見えた。百合さんも隣にいた。


「…先輩…」

「先輩はやめろって。」


先輩はそう言って、さっきと同じようにベッドの端に腰をかけた。

僕の目から涙が溢れ出た。感情がなくなっていたはずなのに、何故か先輩の顔が見えた途端、またいろんな感情が噴き出してきたようだった。

百合さんがそばにあったタオルで、僕の涙をぬぐってくれた。


「由希さんだけど…」


その先輩の言葉に僕は、はっとして起き上がろうとした。


「だめ!」


僕は百合さんに慌てて体を押さえられた。先輩は1つため息をついてから言った。


「それが…どこもシャットアウトされていて、調べることもできなかった。同じ事務所なのに…誰も何も教えてくれないんだ。」

「…そうですか…」

「そんなことより…。ねぇ、明良君。退院してからのこと、考えましょうよ。」


百合さんが微笑みながら言った。


「退院してからのことって…」


僕がその後の言葉が継げないでいると、先輩が百合さんと顔を見合わせながら微笑んで僕を見下ろした。


「マネージャーさんと今、話をしていたんだけどさ。」

「?」

「1か月ほど休止時間を作って、復活番組の準備をしようって事になったんだよ。」

「?…どういうことですか?」

「今の状態なら、首によほど負担をかけなければ、踊ることだってできるんだそうだ。歌うことは全く問題ないようだし。…だけど、すぐに復帰するよりも時間を空けてやった方が、君が活動しやすいだろうと事務所が決めたんだそうだ。…まぁ、事務所の違う俺がかかわるのもおかしな話だけどさ。」


僕の気持がわかったのか、先輩が苦笑しながら最後の言葉を付け足した。


「でも、せっかく君と仲良くなれたんだから、何か力になりたいんだ。…それでさ、うちの事務所に許可を取って、君とユニットを組むことになった。」

「!?…先輩と!?」

「先輩はやめろっていっただろ?」


僕は思わず苦笑して、下を向いた。


「いきなりは無理ですよ…」

「やっと笑ったわね。」


百合さんがほっとしたように言った。


……


退院した3日後、僕は僕の所属している事務所ビルの防音された練習部屋に1人でいた。復活番組の準備練習のためである。相澤先輩ももうすぐ来るだろう。そして百合さんも来るそうだ。


首によほどの負担をかけなければ大丈夫。僕はそれだけを肝に銘じて、CDプレーヤーの再生ボタンを押した。

音楽番組の録画の時に歌えなかったバラードが流れた。

最初のワンフレーズは声が小さいながらも歌えた。しかし、サビの部分になったとたんに、何かの恐怖を感じて声が出なくなった。僕はとたんに体が後に倒れかけるのを感じた。慌てて態勢を整えようとしたが、そのまま尻もちをついた。

…僕は、のどに手を当てて声を出してみた。ちゃんと出る。…しかし、サビのところでは何故かぞっとするような恐怖を感じて、声が出せなかった。…なぜだろう…。

尻もちをついたまま、僕はぼんやりと首の後ろに手をやった。


「!!明良!!」


その声に僕は驚いて振り返った。相澤先輩と百合さんが駆け寄ってきていた。


「どうした!?…また倒れたのか!?」


僕は慌てて首を振った。


「違うんです…。…声が…出なくなって…」

「声が?」


百合さんが鳴りっぱなしのCDを止めてくれた。


「最初は歌えたんですが…サビのところで…」

「…この歌は、サビでいきなり盛り上がるものね。」


僕と相澤先輩は驚いた顔で百合さんを見上げた。百合さんは照れ臭そうに肩をすくめた。


「実は、隠れ明良ファンだったのよね。」


それを聞いた相澤先輩がふくれっ面をした。


「俺のファンじゃないんだ。」

「姉弟じゃ、ファンって感じにはならないわねぇ。」


百合さんはそう苦笑しながら言った。


「でも、サビで盛り上がると声が出ないってどういうことさ。」


先輩が僕を立たせながら、百合さんに尋ねた。


「盛り上がるというのは、声を張らなきゃだめだってことでしょ?首に負担がかかるのを、無意識に止めようとしてるんじゃないかしら。…明良君、何か怖いって気持ちにならなかった?」

「はい。ぞっとするような感じが…」

「やっぱりね。…物理的には大丈夫と言われても、場所が首だけに怖いと思うの。」

「…精神的なものってことか。…こっちの方がやっかいかもな…」


先輩が不安げに僕の顔を見た。僕は下を向いた。


「体が後に反らなかった?」


百合さんの言葉に、僕はびっくりしてうなずいた。


「自分を支えられなくて、尻もちつきました。」

「それも、首をかばおうとした反動だと思う。…後ろに、ソファーを置こうか。」


その百合さんの提案に他の部屋からソファーを持ってくることになった。その前で立って歌ってみて、もし後に倒れてしまってもソファーに守られるというわけだ。

僕は、ソファーの前に立って何度も歌った。しかし、やはりサビのところで恐怖を感じ、ソファーに座り込んでしまう。心の中で大丈夫だと自分に言い聞かせても、どうしても駄目だった。

5回を超えた時、僕はソファーに座り込んだまま、思わず涙がこぼれるのを感じた。そして自分でも驚いて頬に手を当てた。


「…明良…」


その先輩の声に僕はとうとう嗚咽をもらして泣き出してしまった。そしてそのまま、声と涙を押さえられなくなった。


「…励、そばに座ってあげて。」

「…わかった。」


先輩が僕の横に座って、肩に手をかけてくれた。僕は先輩の顔を見られず、ただ泣くことしかできなかった。


「頭を抱いてあげるの。そっとね。」

「え?」

「抱いてあげて。…早く!」

「う、うん。」

「泣きたいだけ、泣かせてやって。自分で悔しいんだと思う。」


先輩は僕の頭を自分の肩に押さえてくれた。何か懐かしい感覚だった。


「焦らなくていい。1カ月で駄目だったら、また1カ月延ばせばいいんだから。」


先輩が言ってくれた。僕は泣きながらうなずいた。


その時、突然ノックもなくドアが開いた。皆、びっくりしてそちらを向くと、マネージャーが息を切らして、立っていた。


「明良君…どうして黙っていたんだ!」

「!!」


僕と先輩はそのまま動かなかった。百合さんが「…何かあったんですか?」と冷静な声でマネージャーに言った。


「…北島由希が活動休止のことで緊急会見をして…今…」


マネージャーはそこまで言うと、部屋の隅にあったテレビを慌ててつけ、チャンネルを合わせた。

僕と先輩はテレビの前にかけよった。



『それは本当なんですかぁ?』


テレビの向こうで、気の抜けたような記者の声がした。


『…単に注目を浴びたいだけじゃないかという声もあるんですがね。」

『北条さんは、階段から落ちたと言っていますが…』

『北条さんと北島さんの接点は今までありませんでしよね…』

『弟さんの不祥事のために、北条さんが北島さんをかばう理由はなんなのですか?それに北条さんと仲の悪い相澤励さんまでかかわってるなんて、信用するにも…』


僕は、体が震えるのを感じた。マネージャーが僕の顔を凝視したまま言った。


「北島由希は、弟に脅されて暴力を振るわれかけたところを、君が助けにきてくれたって言っているんだ。そのために、君が壁に打ち付けられて、頭を打ったんだって…。そして、そこへ…」


マネージャーは相澤先輩を見た。


「相澤君がたまたま通りかかって、その弟を追いかけてくれたが、捕まえられなかったって…。」

「…」


先輩も黙っている。百合さんがゆっくりと僕達に近づいてきた。


「…このままじゃ、由希さんが嘘つきになっちゃいそうな雰囲気よ。…マネージャーさん、これどこで会見してるの?」

「…相澤君の事務所ビルです。」

「ここから、車で10分ってところね。…明良君、励、行くわよ。」



百合さんが先に部屋を出て行った。僕達も後を追った。


……


会見場の前の廊下につくと、人でごった返していた。そして僕達の姿を見つけた人達が騒ぎ出すのを感じた。


「北条明良だ!」

「おい…相澤励まで…」


僕は会見場のドアを、ためらわずに開け放した。

記者達の背中が見え、遠くに由希さんがハンカチで顔を覆っているのが見えた。


「!?」


ドアの音で、記者達が一様に驚いて僕達に振り返った。僕は、いったん立ち止まって記者達に向かって頭を下げた。すると、どよめきがおこり、シャッター音と共にフラッシュが光った。


由希さんが驚いた表情で立ちあがっていた。僕はだまったまま由希さんの傍まで駆け寄った。


「北条君…大丈夫なの?」


由希さんが僕の左腕にそっと手を添えて、消え入りそうな声で言った。

僕は何も言葉が出ず、ふいに由希さんの体を抱きしめていた。フラッシュが激しくなったのがわかった。


「どうして…どうして…活動休止なんか…」


やっとの思いでそう僕が言うと、由希さんは僕の胸元で泣きながら首を振った。


「いいのよ…北条君…もういいの…ごめんね。」


その時、先輩が背中から僕の肩を叩いて「座れ」と耳元で囁いた。百合さんが椅子を置いてくれた。僕は由希さんと先輩に支えられるようにして座った。そして先輩が、僕の頭を抱いたままの由希さんの耳元で何かを言った。由希さんがうなずいた。


「あの…」


相澤先輩が、記者達に向いて口を開いた。


「今、この2人は話せる状態じゃないと思うので、僕がすべてお話します。そしてこれは作り話でもなんでもなく、事実だということを信じて聞いてもらいたいんです。」


先輩に向かってフラッシュが光った。


「僕がその現場に着いた時は、もう明良…北条君が、壁にもたれて座り込んでいました…。」


僕は先輩の声をぼんやり聞きながら、その時の事を思い出していた。


……


僕がレコーディングを終えたのは、朝の4時頃だった。マネージャーとはスタジオで別れた。最近、うちの事務所は金欠で車の送り迎えも最小限になっていた。


(今日は、番組の収録とまたレコーディングか…。レコーディングに集中したいよな…。)


そう思いながら家に向かって歩いていると、ひと気のないはずのところから、男がどなるような声が聞こえてきた。僕は思わずビルの隙間をぬって声の聞こえる方へ向かった。

すると、男がどなりながら、前にいる女性の胸倉をつかんでいた。

思わず僕は走り出していた。よく見ると女性は由希さんだった。ふと姉の顔と重なった。


「!何をしてる!」


ためらわず、由希さんと男の間に割り入った。すると男が今度は僕の胸倉を掴んだ。


「邪魔するな!」


そう言われたとたん、僕は壁に打ち付けられた。とっさに頭をかばったため、まともに頭を打つことはなかったが、首に何かの衝撃が走り、目の前が暗くなった。

僕は壁に背を乗せたまま、座りこんだ。由希さんが泣きながら僕の上にかぶさった。



「もうやめて!」

「姉さんが黙って金を出してくれりゃ、こんなことにはならないんだよ!」


その言葉で、僕はこの男が由希さんの弟だとわかった。


「ほら、早く出せよ!」


そう言って男が手を差し出した。僕はその手を、とっさに右手ではじいてにらみ返した。



「こいつ…!」


男が僕に掴みかかろうとした時、こっちに向かって走ってくる数人の足音がした。男はその足音を警察か何かと思ったのかもしれない。反対側へ逃げて行った。


「大丈夫か!?」


走り寄ってきた1人が僕の前にしゃがみこんだが「姉貴、こいつ頼む!」と言って、男を追って行った。それが相澤先輩だった。その先輩に「姉貴」と呼ばれた人…つまり百合さんは、由希さんに優しく声をかけると、僕の頭から首のあたりに両手を滑らせた。



「頭を打った様子はないけど…。」

「…大丈夫です。」


僕がそう言うと、由希さんが泣きながら首を振っている。


「弟が…」

「弟?」


百合さんが由希さんを見た。


「…もしかして…北島由希さん?…今の弟さんなの?」


由希さんはうなずいた。

すると、足音が近づいてきて「駄目だ。追いつけなかった。」と息を切らして、相澤先輩が戻ってきた。そして「どうだ?大丈夫か?」と言って、僕の前にしゃがみこみ、顔を覗き込んだ。僕はその時(相澤先輩だ)と思った。



「!!北条明良?」


先輩のその言葉に、由希さんと百合さんが驚いて僕の顔を見た。


「北条君?…そんな…」


由希さんが僕の肩に手を乗せて「ごめんなさい!」と何度も言った。僕は首を振ったとたん、痛みを感じて壁にもたれた。


「救急車を呼ぼう。警察も…」


そう言って、先輩が携帯を開いたのを見て、僕はあわてて「駄目です!」と先輩の手首を掴んだ。


「!?…どうして?」

「今のは由希さんの弟さんだったんです。これが知れたら、由希さんが…」

「北条君、いいのよ…!」



由希さんが首を振りながら言った。


「駄目です!…僕が勝手なことをしただけです。お願いです。黙っていて下さい。」


僕はそこまで言って、急に頭のうしろにしびれを感じ、思わず顔をしかめた。


「北条君!!」

「大丈夫か?…やっぱり救急車…」

「駄目です…呼ばないで…」


皆、しばらく黙りこんでしまったように思う。すると先輩が「わかった。」と言った。

由希さんと百合さんが驚いた表情で、先輩を見た。


「とりあえず、今日は黙っていることにするよ。」


先輩はそう言ってから「姉貴は由希さんを送ってあげてくれ。僕は北条君を送るから。」と百合さんに言った。


「…明良君。今日必ず病院へ行くのよ。必ずよ。」


泣いている由希さんを立ち上がらせながら、百合さんが僕に念を押した。


「はい。必ず行きます。」


僕はそう答えた。


……


先輩の話は続いていた。


「これですべてです。僕は黙っていると約束しましたが、由希さん自身は、北条君がかなり酒を飲んでいたとか、事実じゃないことが報道されていることに罪の意識を感じて、正直に話してくれたんだと思います。」


記者達は誰も口を開かなかった。


「僕は、由希さんの活動休止宣言を撤回して欲しい。そう思っています。そして…北条君も同じ思いだと思います。」


由希さんが僕の手を強く握り直してくれた。僕も強く握り返した。


……


記者会見から3日後-


僕の精神状態が安定するまでと休んでいたが、今日から準備練習を始めてもらった。が、僕はまだ歌えなかった。それでも先輩と百合さんは辛抱強く僕の練習につきあってくれている。

そして、僕が練習を始めることを聞いた由希さんが、事務所を通して手作りのお弁当を差し入れてくれた。



百合さんが、椅子に座って、相澤先輩に指示を出している。


「うーーん…こうしようか。…励!明良君の後ろに回って。」

「?後ろ?」

「あ、ソファーをどけようか。」


そう百合さんは言うと、ソファーを一人で移動してしまった。


「ソファーなしで、どうするのさ。」

「あんたがソファーになるの。」

「はぁ?」

「いいから、明良君の後に立って。」


とまどう僕の後ろに、相澤先輩が回った。


「で?」

「明良君のウエストのところに左手を回して…そうそう、そのまま自分に体を引き寄せて、支えてあげて。」

「えー?なんか男同士で気持ちわりィ…」

「私がやったら、ファンに殺されるのよ!」


その百合さんの言葉に、先輩も僕も思わず吹き出していた。


「わかった、わかった。それで?」


相澤先輩は、僕を後から抱きしめた。


「で、右手の手のひらで、明良君の首の後ろを押さえてあげて。」


先輩は言われるままにしている。僕は何か強い安心感を憶えた。


「で、明良君は励にもたれるようにして…そう。で歌う時には下腹を意識するのよ。首じゃなくてね。よし、この状態で歌ってみよう。」

「何の曲?」


先輩が顔をずらせて、尋ねた。


「さっきもやった、明良君のデビュー曲」


そう言って、百合さんはCDを操作している。


「あのさ、なんでデビュー曲なの?」

「私の趣味!」

「はぁ?」

「いいから、流すわよ」


曲のイントロが流れ始める。僕は歌った。そして何度歌おうとしても、歌えなかったサビのところに来た。思わず力が入ったが、先輩に支えられている心強さからか、その時自然と声が出るのを感じた。


「!?」


びっくりして思わず口を閉じると、百合さんの怒号が飛んだ。


「止まらない!歌って!」


僕は続けて歌った。歌える!…涙が出たが、そのまま構わず歌った。先輩の手に心なしか、力がこもっているのを感じた。歌い終わった時、僕は先輩にそのまま背中から両腕で抱き締められていた。


「…やったな!…明良…」


先輩の声が泣き声になっていた。僕も先輩の腕に手を乗せたまま泣いた。


「男前同士が抱き合ってる姿って、いい絵だわぁ~…」


そんな百合さんの気の抜けた声に、僕と先輩は思わず泣きながら笑っていた。


……


2週間後-


番組は、僕の復活と相澤先輩とのユニット発表を同時にすることになった。

僕はその方が気が楽だった。


1曲目が終わった時、録画からスタジオにカメラが戻った。


「最初からダンスの入った曲でしたが…収録の時、大丈夫だったんですか?」


司会の女性が、僕に尋ねた。


「はい…怖かったですけど。」

「収録の時も1番最初に撮ったんだよな。」


僕の横に座っている先輩が言った。僕はうなずいた。


「最初に1番怖いことをやっておけば、後が楽だろうってことで。」

「でも、首のことじゃなくて、振りを間違えて撮り直しになったんだよな。」

「先輩!それは内緒のはずじゃないですか!」

「ごめん、ごめん!」


司会の女性が笑っている。


「相澤さんと北条さんは仲が悪いという噂がありましたが、ダンスが終わった後、抱き合いながら泣いてらっしゃいましたよね。仲は悪くなかったんですか?」

「全然!俺、こいつとなら、寝れますよ。」


司会の女性はびっくりしていたが、スタッフが爆笑している。


「僕はお断りします。」


僕がそう言って頭を下げると、先輩がへこんだ振りをした。


「ごめん!うそ、うそ!」

「え?寝てくれんの?」

「いやいや、そうじゃなくて…」


司会の女性が笑いながら言った。


「相澤さんって、こんなお茶目な方だったんですね。北条さんとユニットを組んでから、変わったみたい。」

「そうかなぁ…?」


先輩は頭を掻いている。


「では次の曲は、北条さんのデビュー曲です。ずっとこの曲で練習されていたそうですが、…この選曲はどなたが?」

「俺の姉の趣味です。」


先輩がそう言って、前を向いた。

百合さんがカメラの後ろにいて、手を振っていた。

司会の女性も百合さんの方を見ながら言った。


「今、その相澤さんのお姉さんがカメラの後ろでこの収録をご覧なんですが、お姉さんは今回の振付もなさって、明良君の精神面も支えてこられたとか。」

「楽しかったです。ジョークを言って下さったりして、深刻な状況にも関わらず、そうならなかったというか…」

「元々、ふざけた奴ですからね。…あ、いけね。姉貴がこぶしを温めてる!」


百合さんはその通りにしていた。僕達は思わず笑った。


「では、お姉さんが一番楽しみになさっている北条さんのデビュー曲に行きましょう!」


僕達も司会の女性と一緒に手を差し出して、キューを出した。


・・・・・


本当は生放送で歌いたかった。

しかし、何が起こるか分からないからと、収録になった。案の定、何度か撮り直すことにはなったが。



1曲目は、先輩の曲でダンスのあるもの。

2曲目は、百合さんの好きな僕のデビュー曲。

3曲目は、先輩との新曲でバラード。

そして、4曲目は…


番組も終盤になった。

司会の女性が、わざとらしく声を大きくした。


「さてここで、特別出演の方をお呼びしましょう!」


僕と先輩は、椅子から立ち上がった。

その人は、カメラの後ろにいた百合さんと握手をしてから、僕達のところへ近づいてきた。


「北島由希さんです!」


スタッフから拍手があった。

由希さんは、僕と相澤先輩と握手をして、打ち合わせ通り僕達の間に立った。


「北島さんは先月活動休止宣言を出されたのですが、北条さんと相澤さんの強い要望でこれからも活動を続けられることになりました。そして今日の最後の曲は、北島由希さんと北条さんのデュエットだそうですね。収録の時はいかがでしたか?」


由希さんは僕の顔に微笑んで言った。


「とても照れました。こんな若い子とデュエットするなんて、今までなかったですから。」

「今回の曲は、北条さんの亡くなられたお姉さんのお好きだった曲を、デュエットにアレンジされたのだとか。」


その言葉に、由希さんが少し下を向いた。


「光栄です。」

「この曲は姉が毎日のように聞いていました。僕も歌いながら、何度か泣きそうになって…。」

「そう…私も何度も泣いちゃって、4回だったっけ?撮り直したのね。」


由希さんがそう言うと、司会の女性が驚いた。


「4回ですか!そんなに…」

「俺も見てたんですけど、どっちかが泣き出すたびに手を握りあったり抱き合ったりするから、もうどっちに嫉妬してるのかわからないくらい妬けました。」


その相澤先輩の言葉に、僕と由希さんが笑った。


「また姉の演出がすごくて…あ、これは見てからのお楽しみ。」


先輩がそう言って、口に人差し指を当てた。僕と由希さんは顔を見合わせて笑った。

司会の女性が体を乗り出してくる。


「えっ!?何ですか!?何?」

「だから、お楽しみですって。…では、姉の趣味をご堪能下さい!どうぞ!!」


先輩がそう勝手にキューを出して、スタッフが笑った。


モニターの中では、僕と由希さんが曲の最初から最後までずっと見つめあって歌っていた。そして歌い終わった後に強く抱き合っているシーンが流された。

また、その後の番組のスポンサー紹介のところで、僕と先輩が歌い終わった後、泣きながら抱き合っているシーンが流れた。


「あのさ、お前どっちが好きなの?」


番組の最後は、そんな先輩の言葉と、皆の笑い声で締められていた。


(終)

お読みいただきありがとうございます。


さぁ…14年間の夢想から書いたこの小説…。


先日アップした「夢」から1年が経ったことになっている「復活」ですが、「夢」では、アイドルになりたてて生意気だった明良君が、ちょっと成長しています。

そこで「相澤君」という仲間ができるんですが、この相澤君の方が夢想の中でも、私は好きです(笑)


明良君は、またここで病院ざたになるわけですが、これまたどんくさい(--;)まぁ、許してやって下さい。夢想の中でも、彼は一生懸命やっています(笑)


ここで明良君は「頸椎」を傷める訳ですが、文章中では「頸椎の周辺の炎症」としてあります。医学知識がない私にはこう書くのが精いっぱいだったんですが、実は、本当に階段から頭から落ちて、頸椎を傷めた友人の症状を聞いて書いています。(あ、でも気を失うのは作り話(^^;))その人は今でも手がしびれているそうですが、通常の生活には問題ないとか。それを参考にさせていただきました。


また次もよろしくお願いいたします!

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