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闇の進化

いきなりクライマックス いきなり聖女

作者: 海のくらげ
掲載日:2026/09/13

#####################

#まえがき


「茜、そろそろ起きなさーい!」

階下からお母さんが起こす声に逆らうように私は布団に包まっていた。

まだ大丈夫。お母さんの声が三段階に切り替わって、牛のように声を発したら起きればいい。

そうして布団の誘惑に身を委ねながら夢の世界を彷徨っていた。


「もう!」

はっとした。牛のような声。慌てて起き上がるとパジャマを脱いでベッドに投げ、服を着てカバンを持った。

その間わずか一分。髪も梳かしてないけれど大丈夫。寝癖は付いた事ないし、付いてても学校で誰かが直してくれる。

ドアの前に仁王立ちしたお母さんは呆れたように私を見て、飲むゼリーを渡してくれる。


部屋を出る時についこの前まで部活動で使っていた弓が袋に入って壁に立てかけられているのを見た。

部活動は楽しかった。一つの事に集中していればいいから。部活動が終わるのと同時に先の事を色々と考えなくてはいけない。

「あ、お母さん。三者面談の用紙書いてくれた?」

「もちろんよ、はいこれ」


私はゼリーとクリアケースに入った書類をカバンに入れて階段を駆け降りた。

玄関の段差に座って靴を履く。


#####################

#いきなりクライマックス いきなり聖女


「セレス、しっかりしろ」

目の前が燃えるように赤く、全身が焼けるように熱い。それなのに身体が動かない。力が全く入らず回りの空気の熱に呼吸すら苦しい。

多分私を抱え込み覗き込むようにして声をかけられている。その顔にも見覚えはない。

今にも命が尽きようとしているのが分かる。何が起きたのか全く分からないし、頭もうまく回らない。


(ごめんなさい)

誰かが謝った。何かの事故に巻き込まれたのかも知れない。

ふと身体が持ち上げられる感覚。私の顔を覗き込んでいた男性が抱え上げてくれているようだ。


(私はセレス)

ああ、この男性はセレスという女性を助けようとしてるのか。だとすると私はセレス?


(私は、誰?)

私も声を発する事は出来ない。返事は期待しないけれど心の中で誰かに尋ねる。

(貴女は、アカネ。同化しているので記憶を手繰る事が出来ます)

誰かが応える。明らかに私の中で。その事に驚きながらも、まだ生命の炎を絶やさない事に集中する必要があるので頭の隅に追いやった。


段々と熱から遠ざかっていく。事故はよほど酷かったに違いない。まだ消防車のサイレンすら鳴っていない。

熱源から遠ざかると共に視界がはっきりとして来る。私を抱いて現場から逃げて行く男性はあごひげを生やし、襟の付いた深い緑色の服を来てがっしりとした体格だ。

太い眉、遠くを見つめる目は怒りに燃え、薄い唇は固く結ばれている。しばらく揺られてその男性の事を見ていたが、どうやらそろそろ降ろされるらしい。

何となく地面に再び寝かせられるのが嫌で呟いた。


「あの、何か毛布のようなものを下に敷いてもらえませんか?」

「おお、セレス!息を吹き返したか!」

(この男性はガルバトスとおっしゃいます)

再び誰かの声。男性がセレスと呼ぶから私の見た目はセレスなのだろう。そしてこの男性はガルバトスと言うらしい。

「ガルバトスさん、私は茜、多分セレスさんであり、セレスさんではありません」

声が出る。

「おお、回復が早いな。それに稀人か。セレス、アカネは聖女か?それとも勇者か?」

(アカネさん、私セレスは聖女です。女神様に仕え闇を斃す使命を負っています。女神様は時々こうして異世界から助けを呼び寄せる事があります。その人の事を稀人と呼びます)

どうやらセレスと同化してるらしい。ありがたいのは一つの身体に意識が二つ。記憶も共有されているらしい。

そして、身体の支配権は私にある。さっき喋れた事からもそう判断出来る。多分聖女に同化していると言う事は聖女なのだと思う。

「多分、聖女だと思います」


「そうか、セレスの命尽きる前に転生してくれてありがたい。アカネには悪いが我々は今闇と闘っている。何か出来る事は?」

出来る事と言っても勉強とか料理とか日常生活を営む事は出来るけど、そう言う事じゃないよね?

あとは、部活動でやってた弓道か。

「弓なら、少しだけ」

私はガルバトスの腕から降りて地面に立った。身体のどこも痛くない。

(セレス、どうして貴女は死にそうだったの?)

(闇を斃すには聖女の光で蒸発させる必要があります。聖女の光は命そのものです)

なるほど、数で攻められると消耗する一方なのか。辺りを見回すと街が燃えている。逃げ惑う人が炎に照らされ、黒い何かに襲われている。あれが闇か。

古いヨーロッパの街並みの風景に似た光景。逃げ惑う人々の服装も街並みに合わせたようなシンプルな服装だ。


「使えるか?」

ガルバトスさんが不意に洋弓を差し出す。弦の長さは1.5メートルほどだが、硬く張られて引けそうにない。

「私の知っている弓とは異なるので無理かも知れません」

言いながら弓を引く。思った以上に軽い。

(勇者の力だと思います)

(セレス、どういう事?)

(勇者様は聖女のそばにいるだけで聖女の癒しの力を受けられます。癒しの力で普段無意識に押さえている限界よりも強く力が出せるのだと思います)

もしかしてそれで、私がセレスの力によって回復し、セレスは私と同一だから回復した?

「ガルバトスさん、私は勇者かも知れません。セレスももう回復しています」

「女神様が稀人を寄越す理由がそれらしいんだ。聖女と勇者の同化、闇に対抗する最も強力な武器となる」


「普段なら引けないこの弓も今なら引けるみたい。試しに撃ってみていい?」

「ああ。ついでに聖女の光を乗せてみてくれ」

闇を斃す力。どうやって?

(アカネさん、任せてください)

(アカネでいいよ、何しろ、私はセレスで貴女は茜)

(はい!)

弓を引く指先が光り輝く。違う。一旦消して、矢に意識を集中する。そこから先端だけに更に意識を集中させる。

狙うは、街の人に今にも襲いかかろうとしている闇のシルエット。

指を離す。弦が矢を押し出すのを感じる。ゆっくりと輝いた光の矢が回転しながら突き進む。

(勇者様の権能の一つです。周りの速度よりも遥かに早く考えられます。私も初めて体験しました)

光の尾を引き矢は音もなく闇に向かって飛んでいく。ふっと息を吐くと世界の速度が元に戻る。

と同時に闇の頭が弾け蒸発した。

ガルバトスさんはその光景を見て驚きながら口笛を吹いた。何かの合図?

(聖女、勇者、揃う、弓、攻撃。闇の討伐隊は遠くの兵同士で話す時に口笛を使います)

「ピー(感謝)」

勇者の権能によって腕の疲れは全くない。


「ガルバトスさん、このまま行きましょう。口笛はセレスが翻訳してくれる。疲れもないし連射可能。指示を」

「ピーピピーピー(闇、位置、報告)」

四方八方から報告が上がる。見える位置から順に弓を引き、指を離したあとは結果も待たずに次の矢を番えた。

(今更ですが、闇も頭に大事な核があります。そこを狙ってください)

(任せて!)

遅れて闇の頭に矢が当たると同時に破裂し、途中から霧となって消える。次々と矢を放ち、各所からお礼の口笛が聞こえて来る。

そして辺りが静まり、パチパチと爆ぜる音が聞こえるようになった頃、各地に広がった兵の皆さんが戻って来る。

驚いた事に僅か五名だった。よっぽど精鋭なのか、それとも減ってしまったのか。


「守備隊の三十名は全滅か。核伐隊は五名全員無事だな。傷を負ったものは聖女を抱け」

(えっ!?セレス!!)

(大丈夫です。聖女の癒しの力は皆様にも効果がありますが弱いので密着するだけです)

そうは言っても抵抗あるなあ。けれどそうは言ってもいられない。平和を守るために戦った兵達を労うのも聖女の務め。

にこりと微笑んで両手を広げる。一人おずおずと前に出る。

「人々を守るためにありがとうございます」

抱きしめると癒しをイメージする。

「おお!傷がみるみる癒える!」

(アカネと一緒なのでいつもよりも力が出ます!)

(やったね!)

兵はあっと言う間に完治し、次から次へと抱きしめて五人全員が元気になった。


「さあ、あとはガルバトスさんだけですよ」

さっきからずっと食いしばって痛みに耐えている彼の事がずっと気になっていた。私を抱き抱える時もさぞきつかっただろうに。

全員揃ったにも関わらず座ったままで脇腹を押さえている。頭を抱え髪を撫でた。

「さあ、いきますよ」

奮発して聖女の力を全開にした。身体が光で包まれ、その光がどんどん広がっていく。

そのまま燃えるものがなくなり、くすぶった建物も飲み込み街全体が光に包まれた。そこかしこで闇の残骸が蒸発する。

街の至る所から歓声があがる。人々も聖女の光には救いを感じるのだろう。被害は甚大だが、また日常を取り戻すために人は立ち上がる。

そのきっかけを作れた事を嬉しく思いながらふと街の方を見た。


誰かが立っている。近くにいるはずなのに黒く表情もはっきりしない。街の誰かでない事は明らかだ。

『人間も進歩している』

(こいつがボスかな?)

(多分そうです)

「お前は誰だ?」

ガル(長いのでそう略した)……名前を聞いてどうするの?

「我が名はジル」

「そうか、自分から名乗らず失礼した。俺は討伐隊のリーダー、ガルバトスだ」

言い終わる前に兵の一人がその場で崩れた。何事かと思うと首が地面に転がった。

「全員の名を聞いている暇はないのでな」

ジルの動きはとても速い。脚の先に力が入ったと思ったら筋肉の動きを無視して動き始める。

勇者の権能をもってしても捉えるのはギリギリ。いや、先に脚の筋肉の動きを見せたのは罠だったか。

この状況で弓を引くなど無理だ。隙が欲しい。

更に一人斃れる。

「ピー(弓)」

「聖女には触れさせん」

兵が一人私とジルとの間に立つ。兵のおかげで弓を構えられる。

「無駄な死だ」

「ピー(撃て)」

合図と共に弓が放たれる。

兵が左に避ける。

ジルは矢が来る事を見越し、口角を上げながら兵の方向に避けた。

失敗した、そう思った瞬間、兵のナイフがジルの首を落とした。

そして光の矢を掴まえるとジルのこめかみに突き刺した。


私は走り出していた。絶対にこのままでは終わらない。逃げられる。そんな予感がしたからだ。

「ジル!」

叫ぶ。名前を呼ばれて意識がこちらに向けばいい。

「ジル!」

「ジル!」

「ジル!」

生き残った皆が口々に叫ぶ。その声に反応してジルは涙を流した。遠い過去の記憶を呼び戻しているのかもしれない。

でももう遅い。私はジルの頭を両手で挟むとありったけの力を込めて聖女の光を放出した。




「危ないところを助かった」

ガルは手を差し出す。

(アカネ、本当にありがとうございます)

その時少し離れた場所に光の塊が現れた。闇とは異なる闇と対極にあるもの。見ているだけで癒される。聖女の力など及ばない位の強さだ。

光が収まると、そこには女性が立っていた。

(女神様です)

「女神様」

『セレス、アカネ、よく頑張りました。それに皆さんも聖女を守りよく戦いました』

皆は片膝を付いて頭を垂れて聞いている。

『さあ、アカネ。あなたの役目は終わりました。元の世界へ戻します』

(アカネ、さようなら。あなたの事は忘れません)

(セレス、私も忘れないわ。何か困った事があったらいつでも言ってね!)




気が付けば玄関で靴に踵を入れているところだった。


#####################



シェイドフェルの闇討伐報告書



概要

シェイドフェルの街で発生した闇に対して討伐隊を組み討伐実施、討伐完了。


討伐隊

守備隊: 30名。全員死亡

核伐隊: 5名。二名死亡

勇者: 名: レイヴン。死亡

聖女: 名: セレス。生存、還俗

討伐隊長: 名: ガルバトス。生存

ナビ: 死亡


闇に関する知見

・人を捕食するために街を襲う凶暴性あり

・ジルと名乗る個体は筋肉の動きで次の行動を討伐隊に見せて誤認させ油断を誘う知能あり

 ・表面上の筋肉と内面の構造は異なる為、筋肉の動きだけで判断するのは危険


討伐詳細

・稀人アカネが聖女セレスに転生憑依

 ・聖女セレスの意識あり

 ・二人は内面で意思の疎通が図れている模様

 ・稀人アカネは弓の心得あり

 ・稀人アカネは勇者と思しき

・聖女セレスの力と稀人アカネの弓術でもって闇を討伐

・稀人アカネは勇者の権能でより早く回復し、その宿主となるセレスも回復した。

・稀人アカネの弓術は確かなものだが、セレスの身体では弓の弦を引く事も叶わぬ。

・癒しの力は普段以上の力を引き出す事が可能との事。連射も可能。

・討伐後、稀人アカネは元の世界に返され、聖女セレスは還俗。


所感

・過去の報告書を見る限り、ジルは何度も現れている。この事が何を意味するのか分からないが注視すべき。

・勇者の権能だけでは闇を斃す事は不可能。勇者の成育についても検討されたし。重ねて上申する。



以上

ガルバトス

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