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人違いでさらわれた村娘ですが、婚約破棄の前提が雑すぎたので論破しました~いったいあなたは誰ですか?~

作者: アトハ
掲載日:2026/03/17

※ざまぁは薄めです

※細かいことは気にせず楽しめる方向け

 どうも、ニナです。

 私は今、たぶん誘拐されています。


 ……ええ、たぶんです。

 なにしろ、向かいに座っている男が何も教えてくれないので。


 馬車の中は、妙に豪華でした。

 座席はふかふかですし、窓には分厚いカーテン。足元には見たこともない刺繍入りの敷物まであります。

 下町の貸し馬車とは比べものになりませんでした。


 私はひとまず、膝の上の籠を抱え直します。

 中には朝市に出すはずだった焼き菓子が入っています。

 まだ温かかったはずなのに、今はすっかりぬるくなっていました。


「あの」


 向かいに座る男に声をかけます。


 黒づくめ。無駄に姿勢がいい。腰に剣。

 顔は怖いのに、さっきからずっと気まずそうに目をそらしています。


「あの、これって」

「命までは取らん」


 物騒すぎる。


「そんなこと聞いてません」

「では何を聞きたい」


「せめて、どこへ連れて行かれているのかを」

「騒がずに来てもらいたい」

「いや、まあ行くしかないんですけど……」


 男は少し黙りました。


「……そうだな」

「そうですね」

「……」

「……」


 なんとも言えない空気になりました。

 私はため息をつき、籠の布を少し開けます。


「焼き菓子、食べますか」

「いらん」

「そうですか」


 断られたので、自分で一枚取り出します。

 昨日の残り生地を工夫して焼いた蜂蜜クッキーです。

 少し固いですが、味は悪くありません。


 ひとくち食べたところで、馬車が完全に止まりました。


「着いた。降りろ」

「どこにですか」

「城だ」

「……城!?」


 私はクッキーを持ったまま固まりました。


「なんで?」

「お前に伝えるべきことがある」

「もっと道中で言えませんでした?」

「命令でな」


 随分と段取りの悪い命令です。


「いったい誰の命令ですか?」

「殿下のだ」



「──なんて?」

「だから殿下だ。第三王子・ヴィルヘルム殿下だ」

「わーお……」


 この国の、王子が。

 私をさらった。

 下町のパン屋の手伝いのニナを。


 Why? 意味が分かりません。


「……人違いでは?」

「それはない」


 剣の男は即答しました。


「特徴は一致している」

「ちなみにどういう特徴ですか?」


「若い女」

「人類の半分は該当しますね」

「栗色の髪」

「この国に何万人いるんですか」

「庶民の服装」

「やりましたね、少しだけ絞れてきました!」

「パンを持っていた」

「そりゃまあパン屋ですからね!」


 まともな情報、パンぐらいしかありませんでしたけれど?


「……殿下は、間違っていないとお考えだ」

「そんな馬鹿な……」


 不安しかありません。

 ──そんな訳で、私・ニナは王城にドナドナされる運びとなったのでした。



***


 城門をくぐり、中庭を抜け、通された先はやたらと広い部屋でした。


 赤い絨毯。高そうな花瓶。無意味に大きい窓。

 壁には肖像画。たぶん偉い人たちです。


 そして部屋の中央に、ひとりの若い男が立っていました。


 金髪。白い詰襟。きらきらした肩飾り。

 顔だけなら絵本の王子様みたいですが、胸を張る角度が妙に腹立たしい。


 なるほど、これが王子ですか。



「連れてまいりました、殿下」

「うむ」


 王子はゆっくりとうなずき、こちらを見ました。

 ものすごく満足げです。

 嫌な予感しかしません。


「ついに捕まえたぞ!」


 ついに捕まえられてしまったようです。


「……どうも?」

「よくも今まで平気な顔をしていられたな」

「何の話ですか?」

「だが安心するがいい。私は寛大だ」

「それはどうも」


 一人で盛り上がる王子を前に、私はじとーっと目線を返します。


 王子は自信満々のドヤ顔で、



「お前との婚約は、破棄してやる!」


 ──そんなことを言いやがりました。


 私は瞬きをしました。


 剣の男は無表情を装っていましたが、目がちょっと死んでいます。

 部屋の隅にいた侍女は、気の毒そうな顔をしていました。


 ……私はそっと手を挙げます。


「なんだ、言い訳か」

「いえ、確認を」

「確認?」


 とりあえず前提を確かめたいと思います。


「まず、あなたはどちらさまですか?」


 王子の顔が固まりました。


「……は?」

「その、初対面なので。どちらさまですか?」

「何をふざけている」

「ふざけているのはそちらでは?」


 不敬罪? 知りません。誘拐は犯罪です。

 さすがに文句を言ったぐらいで、処されることはないでしょう。


 私の言葉に、王子が眉をつり上げました。


「私はこの国の第三王子、ヴィルヘルムだ!」

「ご丁寧にありがとうございます。では、もうひとつ確認です」

「まだあるのか」

「あります。あなたは、私を誰だと思っているんですか?」


 王子は鼻で笑いました。


「愚かな。自分の名も忘れたか?」

「忘れてはいません。そちらの認識を聞いています」

「お前は……その……」


 私は静かに目を細めます。


「名前、ご存じないんですか」

「し、知っている!」

「では、聞かせてください」

「…………ベアトリス」


 誰やねんそれ。

 私はにっこり笑いました。


「私は、ニナです」

「そんなはずはない!」


「では、姓は?」

「……」

「住んでいる場所は?」

「……」

「年は?」

「……」


「前提が、あまりにも雑すぎますね……!」


 何がしたかったのでしょう、この王子。


「だがお前は、私の婚約者候補として名が挙がっていた女だろう!」


 そんな訳あるかいな、こちとらただの平民やぞ……、内心でそう突っ込みつつ、


「初耳ですね」

「父上が言っていた! 街に有能で、王家に取り立ててもよい娘がいると!」

「それ、婚約者候補ではなく官吏候補では?」


 それも多分、私ではないのですが。 


「なっ」

「有能だから王家に……は、どう考えても仕事の話ですよね?」

「だが私は、てっきり婚約だと」

「どう考えたらそうなるんですか」


 この王子、大丈夫でしょうか。


「あと、婚約破棄とおっしゃいましたけど、婚約はいつ成立したんですか?」

「そ、それはこれからする予定だった」

「では破棄ではありませんね!」

「ううっ……」


 私は呆れてため息をつきます。


「予定の破棄ですらありません。あなたが勝手に勘違いして、勝手に連れてこさせて、勝手に何かを終わらせたつもりになっているだけです」

「言い方!」

「事実ですから」


 いっそ悪い夢であってほしいです。

 この国、大丈夫でしょうか。


「お前、さっきから無礼だぞ!」

「さらってきた相手に言う台詞ではないでしょう」


 何がおかしかったのか、剣の男がついに吹き出しました。


「ガレス!」

「申し訳ありません、殿下」


 剣の男が、表情を真面目なものに切り替えようとして失敗します。

 まったく申し訳なさそうではありませんでした。


「ぐぬぬぬ……。私はもっとこう……涙ながらに『ひどいです殿下!』とか言われる想定で……」

「言いませんよ。初めましてですもの」

「だが、婚約破棄された令嬢ならそう言うだろう!」

「生憎、村娘なので」


 もう帰ってもいいですかね。

 私がそんなことを考えていた、その時。




 ──後ろの扉が開きました。


「ヴィルヘルム、お前今度は何をしでかした!」


 怒鳴り声。

 入ってきたのは国王陛下でした。


 私は慌てて膝を折り、王子は青ざめます。


「ち、父上。これは違うんです──」

「報告を受けた。勝手に縁談を押しつけられると思い込み、相手の名も確かめずに婚約破棄を突きつけただと──おまえはそれでもハリヤ王家の血を引くものか!」


 ──えぇ……?

 この世で一番雑な婚約破棄に、思わずドン引きな私です。




 国王は私を見ました。


「そなたがニナだな」

「はい」

「下町のパン屋を手伝いながら、帳簿の不正を見抜いた娘」

「……はい」


 なぜか国王陛下に名前を知られています。

 そこはかとなく嫌な予感がしました。


「ヴィルヘルム。お前が連れてきた相手は合っている」

「「は?」」


 声が出たのは私でした。


「私が取り立てたいと言った娘は、その娘だ」

「人違いだったのでは?」

「そこのバカ息子が先走って本当にすまない。正真正銘、君のことだ」


 私は王子を見ました。

 王子も私を見ました。


「相手は合ってるのに、名前も確認してなかったんですか!?」

「うっ」

「名前も確認せず、それでいて婚約もしてないのに婚約破棄だけ始めたんですか」

「だ、だって仕方ないだろう!」


 ヴィルヘルム王子は、国王陛下を指差し、


「どうせ父上は、私をさっさと誰かと婚約させて、王城の外にでも追い出したかったんだ!」

「人聞きの悪いことを言うな! 誰が追い出すか!」

「だって兄上たちにはちゃんと期待してる顔をするのに、私にはいつも『落ち着け』『問題を起こすな』『せめて良縁をまとめろ』ばかりではないか!」

「馬鹿ものが! それはお前が普段から問題を起こすからだ!」

「ほら! もう期待してない!」

「自覚があるなら直せ!」


 ……これ、ただの村娘の私が聞いていいやつでしょうか?



 二人ともヒートアップしているようで、黙っていたら一生続くかもしれません。

 そう思い、私は思わず口を挟みました。


「つまり、ろくに確認もせず『どうせ厄介払いされる』と拗ねて暴走したんですか?」

「……」

「図星なんですね」

「言い方が冷たいな!」


 王子の突っ込みに、私はしらーっとした目を向けます。

 国王陛下も、額を押さえていました。


「すまないな、ニナ嬢。我が息子が、妙な入れ知恵を真に受けてしまったようで……」


 なんというか、王家の教育事情が心配になってきました。



「ニナ嬢、この度は迷惑をかけた。もしよければ、できるかぎりの便宜を図ろう」


 国王陛下が、そんな殊勝なことを言い出します。


 私は少し考えました。


 正直、怒って帰りたいのは山々です。

 けれど、ここまで振り回されて手ぶらで帰るのも癪に障ります。


「では、せっかくなので……」


 私は口を開きました。


「本来の用件、就職の話を聞かせてください」


 王子がぎょっとします。


「待て! おまえ、城に就職するのか?」

「かもしれません。せっかくのお誘いですので」


 澄ました顔をしていると、国王陛下が初めて笑いました。


「なるほど。ちゃっかりしているな」

「お褒めに預かり光栄です。ついでに条件があります」


「申してみよ」

「……まずは、二度とさらわないこと」


「こたびの件は本当に申し訳なかった。当然のことだ」

「あと、そこの王子殿下が業務に口を出さないこと」

「おいっ!」


「また勘違いで私生活に介入してきたら、容赦なく叩き返します!」


 国王は真顔でうなずきました。


「認めよう」

「父上~!?」

「反省しろ。必要な条件だ」


 情けなく崩れ落ちる王子。

 そうして私は、王城で働くことになりました。




***


 どうも、ニナです。

 どうやら私、本当に王城会計局の臨時補佐になることが決まってしまいました。


 給金は悪くないですし、勤務日も相談できます。

 なにより国王陛下が話の通じる人でした。


 唯一の不安要素は、第三王子ヴィルヘルム殿下です。

 あの日から目をつけられてしまったようで、ことあるごとに突っかかってきます。


 ──ドタバタドタバタ。

 今日も外から慌ただしい足音が聞こえてきます。

 そうしてノックもなく扉が開け放たれ、


「ニナ! 大変だ!」


 ヴィルヘルム殿下が飛び込んできました。


 相変わらずやかましいです。

 私だって暇ではありません。


「今度は何ですか」

「お前、求婚状が届いたって本当か!?」

「今さらなんです? はい、うちの向かいの肉屋の次男からですね」


 しれっと答えると、王子は本気で焦った顔をしました。


「受けるな」

「どうしてです?」

「どうしてって……いや、その……お前は会計局に必要だからな」

「結婚したくらいで仕事はやめませんよ」


 結婚したら仕事を辞めるというのは、古い時代の考え方です。

 不思議に思って首をかしげる私を見て、


「そういう意味ではない!」

「じゃあ、どういう意味ですか」

「…………お前がいないと、調子が狂う」

「そう言われましても」


 調子が狂うと言いながら、私と顔を合わせるといつもこんな調子なのですが。


「ニナ、今日は一段と冷たいな!」

「そりゃまあ、いきなり婚約を受けるなと言われて優しくできる人の方が珍しいと思いますけど」


 私がそう言うと、王子は黙り込みました。

 それから不満そうに眉を寄せます。


「では、どう言えばよかったんだ」

「せめて『受けるな』ではなく、理由を言ってください」

「理由を言ったらどうなる?」

「一応、話ぐらいは聞きますよ」


 王子はしばらく考え込みました。


「……私は、お前ともっと話したい」

「それは分かっています」

「そうか! 分かっているのか!?」

「それはもう、毎回こうして押しかけてきますし」

「ううっ」


 王子は少しだけ視線をそらしました。

 それから、いつになく真面目な顔をします。


「お前とは話してると、不思議と落ち着くんだ」

「……これだけ突っ込まれてるのに?」

「突っ込まれるのが楽しいんだ」


 え、えぇ…………?

 この王子、もしかして突っ込まれたい人なんでしょうか。

 それとも、私のせいですか? 王子に変な性癖を植え付けたって、投獄されたりしないよね?


「だからもっとこの感情を知りたい。これからも、こうやって話していたいんだ」

「多分、その感情は知る必要はないかと……」


 私は爆弾解除するような慎重さで、おそるおそる王子から距離を取ります。



 そんな私を見た王子は、なにを思ったのか何かを決意したように顔を上げると、


「今度、二人で街に出かけないか?」


 ──そんなことを言ってきやがりました!



 困ったものです。

 この王子は、いきなり何をいきなり言い出すのやら。


「……前提が雑でなければ、考えます」


 私はピンと指を立てます。


「前提?」

「まず、二人で出かけるなんて一国の王子が気安く口にしてはいけません」

「ぐっ」

「そもそも将来的にあなたに相手ができたとして──いきなり二人きりは段階を飛ばしすぎでしょう」

「なるほど、段階……」

「ええ。今後を考えたら、あなたには必要でしょう」


 王子はしばらく考え込んでから、やがて真面目な顔で言いました。


「では……今度、茶を飲まないか」


 将来のために、私で予行演習しようとは。

 まあ、いいですけどね。



「……いいでしょう。前提が雑でなければ、お付き合いしますね」


 ニナはただ、少しだけ王子の気まぐれに付き合ってやったつもりだった。

 けれどヴィルヘルム王子にとっては、そんな軽い話では済ませていなかったらしい。

 ──そのことを彼女が知るのは、もう少し先の話である。

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