第9話:おままごと戦線、異常あり
究極の「おままごと」
「はい、ルイン君。あーんして? これは『愛情たっぷりのポイズン・シチュー(という設定)』よ」
「あ、あーん……(設定が不穏すぎないか?)」
ルインの家の庭で繰り広げられる、ルイーゼとのおままごと。
だが、その平和な風景の裏で、ルインの魔力感知は、周囲の木々に潜む十数名の「隠密魔導士」を捉えていた。姉・シルフィアが放った、ルインの正体を暴くための刺客たちだ。
(……やれやれ。遊びの邪魔をしないでほしいものだ)
その時、一人の魔導士が、ルインの魔力反応を強制的に引き出そうと、目視できないほどの極細な「魔力針」を放った。
ルインはルイーゼに笑いかけながら、おままごとのスプーンをひょいと動かす。
「あ、ルイーゼ様。お口の横にソース(泥)がついてるよ?」
ルインがハンカチで彼女の頬を拭うふりをして、指先をわずかに弾く。
放たれたのは、対象の神経のみを「癒し(鎮静)」の限界まで加速させる過剰鎮静。
「……ッ!?」
木の上にいた隠密魔導士は、声も上げられず、幸せそうな寝顔のままスウッと地面へ吸い込まれていった。
その後も、ルインは「あ、蝶々だ!」「お花が綺麗だね!」と子供らしくはしゃぐ動作一つひとつに「眠りの一撃」を混ぜ込み、ルイーゼに気づかれることなく、数分で隠密部隊を全滅させた。
父の特訓と、完璧な「最弱」
夕方、父カシエルによる「地獄の護身術特訓」が始まった。
「いいかルイン! 皇族を守るには、並大抵の結界では足りん! 私が本気で放つ『光波障壁』を、お前の『プロテクション』で受け止めてみろ!」
カシエルが放ったのは、巨岩をも粉砕する中級攻撃結界。
ルインはあくびが出そうになるのを必死に堪え、あどけない顔で「えーい!」と手をかざす。
(パパの攻撃を『相殺』すると不自然だ。……よし、結界の表面で攻撃を『滑らせて』、裏側の地面に逃がそう)
ズドォォォン! とルインの横の地面が爆発する。
ルインは「わぁ、びっくりしたぁ!」と尻もちをつくが、その体には傷一つない。
「な……ッ! 私の攻撃を完璧に逸らしたというのか!? なんて素晴らしい回避運なのだ……!」
カシエルは息を切らして感動しているが、ルインは内心(今の、最弱っぽく見えたかな?)と不安でいっぱいだった。
深夜の衝撃 ― ルイーゼの寝言
その夜。花嫁修業と称してルインの隣で眠るルイーゼ。
ルインがふと彼女の寝顔を見つめていると、彼女が苦しそうに眉を寄せ、小さな唇を震わせた。
「……だめ……行かないで……」
それは、昼間の天真爛漫な彼女からは想像もつかないほど、悲痛な声。
そして、彼女の口から漏れた言葉に、ルインの心臓は止まりそうになった。
「……アシュタロト……様……。私を……置いて、いかないで……」
(……なっ!?)
アシュタロト。
それは、前世で彼が名乗っていた、魔王としての真名。
ルインは戦慄した。記憶は霧の中にあるはずだ。それなのに、なぜ彼女はその名を呼んだのか。
(女神様、彼女は一体……。ただの『生まれ変わり』ではないというのですか?)
寝息を立てるルイーゼの指先が、無意識にルインのパジャマの裾をギュッと掴む。
その力強さは、まるで千年の時を経てなお消えない、執念のような情愛を感じさせた。
「……やはり、君も『私』を求めて、ここに来たのか?」
最弱の赤子として平和に生きたい元魔王と、その名を寝言で呼ぶ幼き皇女。
二人の魂を繋ぐ鎖は、ルインが想像していたよりもずっと重く、そして深いものだった。




