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第8話:平穏の終焉と、花嫁修業の幕開け


「……泊まり込み、ですか?」

 父カシエルの声が、かつてないほど裏返った。

 三歳児とは思えぬ堂々たる態度で、第二皇女ルイーゼは頷く。

「はい。わたくし、今日からここでルイン君と一緒に暮らします。未来の妻として、花嫁修業が必要ですから!」

「ダメに決まっているでしょう、ルイーゼ!」

 割って入ったのは、顔を真っ赤にした第一皇女シルフィアだった。彼女はルインを射殺さんばかりの鋭い視線で睨みつける。

(……おかしいわ。わたくしの可愛いルイーゼが、こんな得体の知れない田舎の子供に一目惚れするなんて。絶対に何か「魅了チャーム」の魔法を使っているに違いないわ!)

 シルフィアの疑念はもはや嫉妬に近い執念へと変わっていた。

「騎士団長! 至急この家、いえ、この村全体の『身辺調査』を命じます。アリ一匹の出入りも見逃さないで。特に、この子が夜中に怪しい儀式をしていないか、二十四時間体制で監視なさい!」

「は、ははっ!」

 庭先が騎士たちで埋め尽くされ、ルインの家は一瞬にして「国家最重要監視区域」へと変貌した。

(……女神様、話が違います。私は最弱として、ひっそりと目立たず生きたかったのですが……!)

 ルインは心の中で悲鳴を上げる。しかし、彼の受難はそれだけでは終わらない。

「ル、ルイン……。お前が皇女殿下に認められたのは誇らしいが……もし何か不手際があれば、我ら一族は文字通り消し飛ぶぞ……」

 胃を押さえ、顔を土気色にしたカシエルがルインの肩を掴む。

「こうなったら、明日から『護身術』の特訓だ。相手は皇族だぞ? 触れることすら不敬とされる方々なんだ。もしルイーゼ様が転びそうになっても、指一本触れずに、かつ完璧に結界で守り抜く技術を身につけろ!」

「ええっ、パパ、それって……」

「スパルタで行くぞ。いいな、ルイン!」

 

 父による「絶対に触れてはいけない護衛術(という名のスパルタ訓練)」の開始。

 一方で、ルイーゼはルインの腕をぎゅっと抱きしめ、幸せそうに頬を寄せる。

「ねえ、ルイン君。まずは一緒に、おままごとから始めましょう?」

(……おままごと、か。前世では魔物軍団を指揮していた私に、配役は何をしろと?)

『――クカカカカ! 主よ、配役は「家畜」か、あるいは「喋る家具」がお似合いだぞ!』

 リュックの中の魔道書が、呼吸困難になりそうなほど笑い転げている。

 ルインはルイーゼの柔らかいぬくもりを感じながら、ふと気づく。

(……ああ。でも、こうして彼女に抱きしめられても、彼女は壊れない。私がいくら弱くなろうと、彼女を守るための力だけは、誰にも悟られずに磨き続けなくては)

 監視の目、父の特訓、そして愛しき人の執念。

 元魔王ルインの「最弱」を偽装した、あまりに騒がしい新生活が幕を開けた。

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