第5話:父の疑惑と、深夜の反省会
その日の夜、父カシエルが街の公務から帰宅した。
夕食のテーブルを囲む一家だったが、カシエルの表情はどこか硬い。
「……今日、街で奇妙な事件があったそうだ。数人のチンピラが、若い女性に絡んだ瞬間に石像のように固まり、挙句の果てに氷の上を滑るように自爆したという」
エルーカが「あら、ルインと私が見たのもその事件だわ」と微笑む。
カシエルは箸を止め、じっと息子を見つめた。
「目撃者によれば、その場にいた『小さな子供』が手をかざした瞬間、男たちが動けなくなった……という証言もある。ルイン、お前……何かやったか?」
空気が凍りつく。カシエルは結界術の大家だ。魔法の余韻を感じ取る能力は人一倍鋭い。
ルインはあざとく首を傾げ、口いっぱいにパンを詰め込んだまま答えた。
「……? ぼく、パパにおそわった『ぷろてくしょん』を、悪いひとに『めっ!』てしただけだよぉ?」
「『めっ』、か……。だが、普通の結界で人間を物理的に固定するなど、高等技術にもほどがあるぞ」
カシエルの鋭い視線に、ルインは内心で冷や汗をかく。
(まずいな。父様の「守護」への理解を甘く見ていた。これ以上の追及は、最弱の平穏を脅かす……!)
「あ、そうだパパ! じつはね、ママがとっても綺麗なヒールをしたの。それで悪いひとたちが、まぶしくて転んじゃったんだよ!」
「えっ、私!? いや、私はただ驚いていただけだけど……」
「そうだよ! ママの愛がキラキラ~ってなったんだよ!」
無邪気な子供の嘘。カシエルはエルーカの当惑した顔と、ルインの純粋すぎる(演技の)瞳を交互に見て、ふっと表情を緩めた。
「……そうか。エルーカの魔力が、無意識にルインの祈りと共鳴したのかもしれないな。……すまない、変なことを聞いた」
危機は去った。ルインは心の中で胸を撫で下ろした。
深夜の反省会
両親が寝静まった深夜。ルインは書斎に忍び込み、銀の鎖で縛られた魔道書を広げた。
『――クカカ! 主よ、今日は散々な言われようだったな』
魔道書が嘲笑うようにページを震わせる。
「……うるさい。父様を誤魔化すのがこれほど大変だとは思わなかった」
『当たり前だ。主の魔法は効率が良すぎるのだ。防御術の極意である「干渉拒絶」を、関節の潤滑油にまで適用するなど……。微弱ながら魔力が漏れておったぞ。だから勘のいい親父殿に感づかれるのだ』
ルインは悔しげに唇を噛む。
「魔力制御を……もっと精密にする必要がある。魔王時代の広域破壊術式とは勝手が違うな」
『左様。今の主は、象が針の穴に糸を通すような真似をしておるのだ。いいか、次は「守護」の定義をさらに狭めろ。敵を止めるのではなく、敵の「動こうとする意志」だけを防御するのだ……』
魔道書との密談は夜明けまで続いた。
すべては、より完璧な「最弱」を演じるために。
皇女の画策
一方、街の騒動で助けられた少女――この国の第一皇女・シルフィアは、執務室で報告書を眺めていた。
「間違いないわ。あの時、私を縛り付けていた威圧感、そして理を捻じ曲げるような結界の断片……。あの子供、ただ者ではないわ」
彼女は窓の外、ルインの住む村の方角を見つめる。
「人族最強の守護術師の息子……。もし彼が、私の想像通りの『怪物』だとしたら。……ふふ、どんな手を使っても、私の側に置いておかなければ」
皇女の瞳に、獲物を見つけた肉食獣のような光が宿る。
ルインの望む「平穏な最弱生活」に、音を立てて亀裂が入り始めていた。




