第4話:初めての街と、見えない盾
三歳になったルインは、今日、初めて村の外へと連れ出されていた。
母・エルーカに手を引かれ、やってきたのは活気溢れる隣街。
「わあ……っ!」
石畳の道、並び立つ露店から漂う香ばしい匂い、そして溢れんばかりの人だかり。
かつての玉座から見下ろした荒野とは違い、そこには「生」のエネルギーが満ち満ちていた。
特に、色とりどりのドレスを纏った女性たちの華やかさには、元魔王といえど赤子(の体)の純情が耐えきれず、ルインはポッと頬を染めてエルーカの陰に隠れる。
(……素晴らしい。この美しさを、平和を、私は守りたかったのだ)
しかし、その平穏は突如として破られた。
「――きゃあああ!」
「ガッシャン! バキバキッ!」
悲鳴と共に、屋台がなぎ倒される破壊音が響く。
見れば、数人の下卑た笑いを浮かべたチンピラたちが、二人の若い女性に絡んでいた。
一人は怯える侍女風の少女、もう一人は凛とした空気を纏う、美しい貴族風の少女。
「おうおう、お嬢ちゃんたち! 俺たちと仲良くしようぜぇ!」
「ぶ、無礼者! このお方をどなたと――むぐっ!?」
「黙って! お忍びなのよ……っ!」
貴族風の少女が、慌てて侍女の口を塞ぐ。
騒ぎを大きくしたくないようだが、男たちの手は今にも彼女たちの肩に触れようとしていた。
「ルイン、危ないからママの後ろに……っ! ああ、どうしましょう。あなた(カシエル)がいれば結界を張れるけれど、私は治癒魔法しか……」
エルーカが青い顔をしてルインを庇う。
その震える手を見た瞬間、ルインの瞳から幼児の甘さが消え、冷徹な魔王の光が宿った。
(我の母を怯えさせ、この美しい街の調和を乱す不届き者め。……少しだけ、「お掃除」が必要だな)
「母様、大丈夫だよ。ぼくが……ぼくが『ぷろてくしょん』するから!」
「えっ? ルイン、ダメよ! あなたの魔法はまだ――」
止める間もなかった。
ルインは一歩前へ出ると、あどけない顔でチンピラたちへ小さな手をかざした。
(さて……「守護」とはすなわち「干渉の拒絶」。ならば、彼らと女性たちの間に壁を作るのではない。彼らの「筋肉」と「関節」が、勝手に動くのを防御してしまえばいい)
「……えいっ!」
ルインが短く呟いた瞬間。
女性に手を伸ばしていたチンピラたちの動きが、不自然にピタリと止まった。
「……あ、あ、れ……? 体が、動かねぇ!?」
「おい、なんだこれ! まるで全身をガチガチの氷に詰め込まれたみたいだ……ッ!」
ルインが放ったのは、超高密度の**「指向性プロテクション」**。
彼らの関節の可動域をミリ単位で「固定」し、一切の運動を物理的に遮断したのだ。
傍目には、ただ男たちが変なポーズで固まっているようにしか見えない。
「ひ、ひいぃ!? なんだこのガキ! 何しやがっ――」
リーダー格の男がルインを睨もうとしたが、ルインは首を傾げて「にぱっ」と笑う。
その瞬間、ルインは男の足元の「空気」だけを防御対象から除外し、摩擦をゼロに書き換えた。
「うわあああぁぁぁ!?」
氷の上を滑るように、チンピラたちは次々と転倒し、勝手に自滅していく。
周囲からは「なんだ、あいつら自爆したぞ?」「運の悪い連中だなぁ」という声が上がる。
「……すごーい! ママ、悪い人たち、勝手に転んじゃったね!」
ルインはわざとらしく拍手しながら、エルーカの元へ駆け戻った。
エルーカは呆然としながらも、「ルインの祈りがお空に届いたのかしら……」と彼を強く抱きしめる。
騒動の渦中にいた貴族の少女は、去りゆくルインの背中を、鋭い眼差しで見つめていた。
(今の……ただの偶然? いいえ、あの瞬間に感じた圧倒的な『圧力』は一体……)
ルインは母の胸に顔を埋め、密かに口角を上げる。
(ふふ。やっぱり最弱の体は便利だ。誰も、私がやったとは気づかない……)
だが、この出会いが後に、ルインの「静かなる最弱生活」を大きく揺るがすことになるのを、彼はまだ知る由もなかった。




