第15話:禁忌の契約、誓いの口付け
放課後、裏庭に向かう廊下の片隅で、ルインはリュックの中の魔道書と密談を交わしていた。
ルイーゼから漏れ出る、あの規格外の聖魔力。あれはもはや「力」ではなく、世界を塗り替える「災害」に近い。
「ルイーゼの聖魔力……危険だよね、魔道書さん。どうにかならないの? 禁忌でもいい、彼女自身が壊れてしまわないか心配なんだ」
『――クカカ、主よ。ならば提案がある。彼女の膨大すぎる力を、主が半分引き受け、「共有」してはいかがかな?』
「そんなことができるのか?」
『禁忌ですから。……がしかし、それには二人の間に、魂を一つにするほど強固な契約が必要となります。……すなわち、誓いの口付けによる「魂の共有」。この世界で言うところの、真なる婚姻の儀ですな』
ルインは絶句した。三歳にして、魂レベルで彼女と結ばれ、逃げ場を失うということだ。
だが、放課後の裏庭。そこで待っていたのは、殺気立つ勇者レオンだけではなかった。
裏庭の修羅場
「……遅かったわね、ルイン君」
「あ、ルイーゼ様……?」
裏庭には、決闘状を送ったレオンと、それを察知して先回りしていたルイーゼが対峙していた。ルイーゼの足元の芝生は、彼女から漏れ出る聖魔力で真っ白に結晶化している。
「レオン。貴方、ルイン君を呼び出して何をしようとしていたの? ……いいわ、ここで貴方の存在ごと、私の光で浄化してあげる」
「くっ、この膨大な魔力……! 皇女、正気か! 学園が吹き飛ぶぞ!」
レオンが聖剣を抜くが、ルイーゼの放つ光の余波だけで剣身が震えている。
(……まずい。このままではレオンが死ぬだけでなく、王都が消滅する!)
ルインは意を決した。もはや「最弱のフリ」をして見守る段階ではない。
彼はルイーゼの元へ駆け寄り、その小さな、震える肩を後ろから抱きしめた。
「ルイーゼ! ぼくが、ぼくが君を守るよ。だから……ぼくに、君の全部を預けて」
「……ルイン君……?」
ルインは、魔道書が示した禁忌の術式を脳内で展開する。
それは、二人の境界線を曖昧にし、膨大なエネルギーを循環(循環)させるための回路。
「……忝ない、女神様。私はもう、戻れないようです」
ルインは、ルイーゼの驚きに濡れた唇に、自身のそれを重ねた。
――瞬間。
裏庭を覆っていた暴走寸前の聖なる光が、渦を巻いて二人の中心へと収束していく。
ルイーゼの膨大な魔力が、ルインの「空っぽの器」へと流れ込み、二人の魂が黄金の鎖で繋がれた。
「……あ……、ああ……っ」
ルイーゼの力が静まり、彼女の瞳に穏やかな光が戻る。一方でルインは、全身に流れる「彼女の温もり(聖魔力)」に、立っているのが精一杯の状態だった。
魂が混ざり合う、あまりの熱量にルインは呻いた。
三歳の子供の小さな器では、共有された二人の膨大な魔力を受け止めきれない。膨れ上がる魔力に呼応し、二人の肉体が内側から脈動を始める。
『――クカカ! 器が魂の出力に追いつかんか! 主よ、覚悟せよ。再構築が始まるぞ!』
まばゆい光の柱が、裏庭から天を貫いた。
光の繭に包まれた二人のシルエットが、見る間に伸長していく。
短かった手足がしなやかに伸び、幼かった顔立ちは、かつての面影を残しながらも凛々しく、美しく削り出されていく。
光が霧散したとき、そこに立っていたのは――。
十五、六歳ほどにまで成長した、銀髪の麗しき青年と、彼に寄り添うように立つ、絶世の美少女だった。
「……手が、大きい」
ルインは、自分の大きく、節くれだった手を見つめた。
声は低く、落ち着いた響き。かつての魔王時代を彷彿とさせる、だが「破壊」の色を持たない澄んだ声。
「……ルイン、様……?」
隣で同じく成長したルイーゼが、頬を染めて彼を見上げていた。
子供服は成長の過程で魔法的に再構成され、騎士の正装のような意匠へと変わっている。
「ルイーゼ。……大丈夫かい?」
ルインが自然に彼女の肩を抱くと、ルイーゼはその胸に顔を埋めた。
三歳の時にはできなかった、「壊れることのない」強く深い抱擁。
「ええ……。ずっと、こうしていたかった。この大きさの貴方に、抱きしめられたかったの」
「……ああ。待たせてしまったね」
二人の周囲には、神秘的な魔力の余韻が漂い、百戦錬磨の勇者レオンですら、その威風に気圧されて言葉を失っていた。
「……なんだ、これは。三歳の子供が、一瞬で……。おい、お前ら、本当に何者なんだ……ッ!」
レオンの叫びは、学園中に響き渡る。
騒ぎを聞きつけた教師たち、そして「泥棒猫」の排除に現れたシルフィアやゼノスまでもが、裏庭の光景を見て石のように固まった。
三歳の「最弱の息子」は、一夜にして「伝説を体現する青年」へと変貌してしまった。
『――クカカカ! 爽快だな、主よ! これで平穏な生活は完全に、一ミクロンも残さず消滅したぞ!』
魔道書の哄笑が響く。
ルインは苦笑いしながらも、腕の中のルイーゼの温もりを噛み締めた。
例え平穏が壊れても、この手を離さないこと。それが今世での彼の「最弱」という名の戦いになるのだから。




