第1話:最弱の産声、最高の愛
ある魔王がいた。
彼が触れる物は、すべてが壊れた。
彼が触れる者は、すべてが死に絶えた。
生まれながらの魔王。その手は「破滅」そのもの。
愛した母でさえ、その指先が触れた瞬間に光の塵へと変えたとき、彼の心は完全に壊れた。
「……消えてしまいたい。私の存在を、この世から消し去りたい……」
魔王は神に祈った。
本来、敵対するはずの神へと。
「我を、最弱にしてくれ。ただ、誰かと触れ合えるほどに、弱い存在に」
女神が舞い降り、一振りの聖剣を授けた。
魔王は自ら、その剣を胸に突き立てた。
痛みはなかった。ただ、溢れる涙と共に、視界は眩い白光に包まれていった。
***
「……ぎゃあ、……おぎゃあ!」
不意に、自分の喉が震えた。
耳を劈くような、高く、弱々しい産声。
目を開けようとしても、瞼が重い。手足に力が入らない。
かつて大陸を沈めた魔力は枯渇し、体内の魔力回路は細く、頼りない。
(あぁ……叶ったのだな)
ルイン――後にそう名付けられる彼は、己の無力さを確信し、魂の底から歓喜した。
これなら、もう誰も殺さない。これなら、もう何も壊さなくていい。
その時、大きな、温かな手が、彼を包み込むように抱き上げた。
「見て、あなた。とっても元気な男の子よ」
「ああ……。よく頑張ったな、エルーカ。……お帰り、私たちのルイン」
頬に触れる、柔らかい感触。
前世でどれほど焦がれても手に入らなかった「壊れない」ぬくもり。
彼を抱くのは、この国でも指折りの僧侶夫婦。
父・カシエルは鉄壁の守護を誇る結界術師。
母・エルーカは絶命の淵から命を拾い上げる治癒術師。
それは、破壊の王として生きた彼にとって、最も縁遠く、最も眩しい「光」の家庭だった。
「……うう、あう……」
ルインは、小さな手で母の指を握りしめた。
握りしめても、母は塵にならない。
握りしめても、その笑顔は消えない。
ルインは心に誓った。
この「最弱」という名の幸福を、何があっても守り抜くと。
――しかし。
彼はまだ知らなかった。
魔王の魂が持つ「万物の理を見抜く目」が、両親の教える慈愛の魔法を、いかに恐るべき「力」へと再構築してしまうのかを。
最弱を求めた少年の、平穏(?)な日々が幕を開ける




