第二話 テンポの悪い作戦会議
街中を抜けてようやく目的地に辿り着く。ライラの東側にある軍の施設だ。
建国以来戦果の絶えないライラは国の周りを城壁で囲っている。東西南北それぞれに門があり、それぞれに軍の支部が設けられている。
その東門の前で、門番の兵士と角を生やした少女が何やら話していた。
「…なんです、それは」
「見りゃ分かるじゃろ、スコット屋のアイスじゃ」
「…一応これから盗賊団の調査に向かうんですよ?」
「うるさい、儂にとっては任務よりアイスの方が大事なんじゃ」
軍の施設の前で起きてるとは思えない会話だ。まあ日常茶飯事だからもう驚きもしないけれど。
私は二人の間に立つと、兵士は慌ててこちらに敬礼して、少女はにまーっと笑った。
「カルミアじゃないかぁ。今日は其方と一緒かの」
「そうですよベロニカさん。で、任務なのに何故アイスなんか持ってるんですか」
「構わんじゃろ。どうせこやつらはどれだけ儂らが軍紀に反しても何の処分も出来んのじゃから」
門番の兵士を指差してベロニカはいけしゃあしゃあと言い放つ。それはその通りなのだが、後で一緒にリオネル司令官に怒られる気持ちにもなって欲しいものだ。
「さて、カルミアも来たことじゃし、はよう軍議をするぞ」
ベロニカはそう言うと私の腕を掴んで施設内へ引っ張っていく。門番の兵士が何か言った気がしたけどよく聞こえなかった。内心いつも迷惑かけてごめんねと思いつつ施設に入っていく。
「はっはっは、其方らは相変わらず変わらんな」
セイガ東部管轄司令官は部屋に入ってきた私たちを見るなりそう言ってきた。ベロニカがアイスを持ってきたことに対してなのか、ベロニカが私を引っ張ってきたことに対してなのか…多分両方かな。
「龍人隊ベロニカ、只今参上しましたなのじゃ」
「りゅ、龍人隊カルミア、同じく参上しました」
セイガ司令官に敬礼すると、司令官は苦笑いを崩すことなく資料を手渡してきた。今回の作戦について書かれている。
「イスはそこら辺のを適当に使ってくれ 始めるぞ」
ベロニカと私は部屋の隅に置かれたイスを取ってくると、セイガ司令官の机の前に置いた。この距離の近さがセイガ司令官のこだわりらしい。なんだか学校みたいで嫌いじゃない。
「では、軍議を開始する。今回の任務は東の森に逃げ込んだ盗賊団の討伐だ。生死は問わないが、出来れば一人ぐらい捕獲してもらえると助かるとのことだ。まあ単に事情聴取なのか、見せしめにするのか知らんが…」
セイガ司令官は軍議の最中でも穏やかな表情を一貫して崩さない。リオネル司令官と違って凄く親しみの持てる方だと思う。ちなみにベロニカはまだアイスを頬張りながら見てるけど、その表情は任務前の軍人というより、遠足前の説明を受ける子どものようだった。
「東の森にはファリオンの残骸が残っている。兵器の残骸等は無い筈だがそれでも定住されると厄介だ。鬱蒼とした森の中に国の跡があるからな」
ファリオン…私が生まれる前にライラとの戦争で滅んだ東国らしい。互いに総力戦となって疲弊したライラは今後二十年は戦えないと言われていたそう。実際は五年も経たずに北国ティルナと戦い始めたけど。
ここでベロニカがふと手を挙げる。
「司令官、儂はまだ聞いとらんのじゃが、盗賊団の名前はなんじゃ?」
「ああ、そう言えば言ってなかったな。今回の討伐対象である盗賊団は…
サンフォールだ」
一瞬、セイガ司令官が言葉に詰まったように感じた。資料から顔を上げて司令官を見ると、いつもの穏やかな表情で特に変化は見られない。
…今のは気のせいだろうか。
「奴らは戦争を続けるライラを破壊して作り直すと謳っているらしい。理想がどうかは兎も角、少なくとも今の奴らは破壊と略奪を繰り返す許し難い盗賊共に過ぎない。其方らの活躍に期待する」
セイガ司令官は資料を机に置き、特に私を見つめてくる。質問があるかという眼差しだろうか。
「セイガ司令官、サンフォールの人数はどの程度でしょうか」
「ああ、すまん。言い忘れていた。多くても二十人前後だそうだ。ただ頭領が元軍人で戦闘慣れしてるから油断は禁物だぞ」
続いてセイガ司令官はベロニカを見つめる。それに合わせて自然と私の目線もベロニカに向かった。そして初めて気づいた。
ベロニカから先程までの呑気な表情が消え、深刻な面持ちをしていた。サンフォールとはそれだけ危険な盗賊団ということなのだろうか。
「……セイガ司令官、一応聞いて置くが……本気なんじゃな?」
ベロニカの質問にセイガ司令官は一拍置いてこくりと頷いた。質問の意図が分からなかったが、ベロニカはスッと立ち上がりまた私の腕を掴んだ。
「じゃあ言ってくるから、帰ったら酒の用意だけよろしく頼むんじゃぞ」
ベロニカは先程から一転して子供のような表情に戻り私を引っ張りながら司令官の部屋を後にしようとする。
背後から、セイガ司令官の穏やかな声が聞こえる。
「たっぷり用意しますよ」
あまりに穏やかすぎる声に私は何か引っかかるものを感じながら、私はその場を後にした。




