第1話 沈黙の門
初めまして、久我かけるです
私の拙い文章をAIを活用して補っています。
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大陸の真ん中に、石の海が口を開けている。迷宮都市は、その口縁にしがみつくように建っていた。
正午の鐘が鳴る。硬い音が空を切り、群衆のざわめきを縫って、門前の列が少しだけ前へ進む。
カイル・レーヴェンは荷物と呼べるほどの物も持たず、ただ空腹だけを抱えて列に並んでいた。
喉の奥が張り付いている。言葉は出さない。出せないのではない。——出しても、誰にも届かなかったから。
村を追い出される最後の日、彼はうまく笑えなかった。笑い方を忘れた顔は“気味が悪い”と評され、襲撃の夜に何もできなかった彼は“役立たず”と呼ばれた。
だから今は、口を閉ざす。代わりに、目だけはよく動かした。怒鳴り声、笑い声、泣き声。人の痛みのにおいは、騒音の中でも嗅ぎ取れる。
門をくぐると、迷宮の冷えた息が街路までしみ出してきているのがわかった。石畳を伝って、どこかで開いた穴の方角を示しているようだった。
角を曲がればギルド本部。大扉の上には金属の紋章、依頼板を求める冒険者がひしめいている。
「——声、持ってかれたヤツ、また出たらしいぜ」
耳に引っかかった会話に、カイルは足を止めた。
「上層の第五層だ。返事もしねぇで突っ立ってたら、もう、声の出し方を忘れたってよ」
笑い混じりの噂話。けれど、背筋に薄い寒気が走る。
受付に立つと、栗色の髪をきっちり結い上げた女性が顔を上げた。
「初登録?——ようこそ、ルディアへ。私はリオナ。書類はここね。名前、出自、得意分野、緊急連絡先」
矢継ぎ早の声が弾ける。カイルは黙って羽根ペンを取った。筆圧は強く、字は硬い。出自の欄に“辺境・デュール村”と書く手が、一瞬止まる。
リオナはちらりと視線を落として、柔らかい笑みを作った。
「……無口、なのね。大丈夫、ここじゃ珍しくないわ。迷宮は人からいろんなものを取り上げるから」彼女は軽快に説明を続ける。
「冒険者ランクはFからS。あなたはF。依頼は同格か一つ上まで。パーティは原則、ランク差が大きいと不可——ただし“保護対象”として同伴する例外あり。報酬は基本割。都市税は一割。迷宮資源はギルド経由で買い取り。質問は?」
カイルは首を横に振った。
「オーケー。はい、登録証。ルディアではこれが命より大事。落としたら私のところに泣きつきに来なさい」
金属片の冷たさが掌に移る。Fの文字が光を返す。
背後で椅子が倒れる音。振り向く前に、酒臭い腕がカイルの肩を掴んだ。
「なあ新入り。無口か? 声、迷宮に置いてきたか?」
酔っ払いの冒険者。取り巻きの笑い。
カイルは流れるように一歩下がる。掴んだ手首の角度、足の体重移動、取り巻きの視線。動きの音が、頭の中で網のように広がった。
——殴る気配はない。脅し。なら、無視。
肩を払って通り抜けようとしたとき、別の方向から短い悲鳴がした。
「きゃっ!」
荷車が依頼票にぶつかり、札が舞う。その端で、小柄な少女が足を取られて倒れかけていた。
カイルの身体は勝手に動いた。腕を伸ばし、肩を支ええ、落ちる札を足で止める。
少女の琥珀色の瞳が見開かれた。口が開きかけ——彼はただ、こくりと頷いて手を離した。
「……ありがと」
小さな声。聞こえたが、彼は答えない。代わりに札を拾って掲示板へ戻す。周囲のざわめきが、さっきより少しだけ柔らかくなった気がした。
「おあつらえ向きのがあるわよ」
リオナが依頼板の端を指で弾いた。
「上層——第一層周辺。薬草《青霞草》の採取。危険度は低いけど、油断すると噛まれるわよ。スライムに。初日にぴったり」
カイルは札を外し、受付台に置いた。視線で「受ける」と伝えると、リオナは満足げに頷いた。
「明朝、東門集合。同行者は自由。……それと」
彼女は少しだけ声音を低くした。
「“言葉を奪う”噂、聞いたでしょ。あれ、全部が迷信じゃない。もし妙な静けさに出会ったら、声を出す前に一度、考えなさい。戻れない静けさもあるから」
カイルは短く会釈した。
街を出る前に宿を探さなければならない。腹も、もう限界に近い。
扉へ向かう途中、背中に軽い風が触れる。
「ねえ、あなた——明日の採取、前衛、いる?」
振り返ると、さっき助けた少女が、三つ編みを揺らして立っていた。
「私はミリア。回復術士の見習い。兄を捜してるの。……“保護対象”で組めるって聞いたから」
カイルは言葉を持たない。けれど、ゆっくりと右手を差し出すことはできる。
ミリアはほっと笑って、その手を握った。温かい。
——明日、迷宮へ行く。
沈黙の誓いが、胸の内でひどく静かな音を立てた。