第9話 王都での大事件
――1週間後。
悠人は、王都の大通りに立っていた。
高くそびえる城壁、整備された石畳、賑わう露店と人の波。
これが王都か……!
ただの元社畜には刺激が強すぎる。
肩の上では小型化したクロが赤い瞳で周囲を見回していた。
「ふむ、ずいぶん賑やかだな。だが……匂いがきな臭い」
「きな臭いって何だよ、縁起でもないこと言うな」
悠人は苦笑したが、どこか胸騒ぎがした。
王城へと通され、玉座の間で謁見の時を待つ。
やがて扉が開き、荘厳な衣を纏った初老の男が現れた。
この国の王――アルメイダ三世。
「遠路よく来た。黒竜を従えし者よ」
悠人は慌てて頭を下げる。
「い、いえ、俺はただの旅人で……!」
王は柔らかく笑った。
「謙遜するな。そなたの力は国にとって大きな価値がある」
またこれか……!
悠人は心の中で頭を抱えた。
だが、謁見の最中に突如――
ドォンッ!
爆発音が城外から響いた。
兵士たちが慌ただしく駆け込んでくる。
「陛下! 市街地で魔物が暴れております!」
「なんだと!?」
王が立ち上がる。
悠人は思わず王に視線を向けた。
「……え、これ俺巻き込まれるやつ?」
クロが悠人の肩で小さく笑った。
「主よ、どうする?」
「どうするって……!」
悠人は必死に頭を働かせるが、他に頼れる戦力はいないらしい。
兵士たちは慌てふためき、王も悠人を見て言った。
「黒竜の主よ。頼む、力を貸してはもらえぬか」
悠人は大きくため息をついた。
「……もう、こうなったら仕方ない」
クロが嬉しそうに目を光らせる。
「許可か?」
「ただし! 殺さない程度で! 被害を最小限にな!」
「承知した」
クロの体が光り輝き、瞬く間に巨大化する。
玉座の間に収まりきらないその姿は、まさしく終焉の黒竜。
兵士たちが息を呑む中、悠人は苦笑いしながらつぶやいた。
「……俺、なんでスローライフを求めてこんなことしてるんだろ」
数十分後――。
暴れていた魔物たちは、クロの威圧と軽い一撃であっという間に鎮圧された。
「ま、魔物が……一瞬で……!」
「さすがは黒竜……!」
兵士たちは驚愕し、王も深く感謝の意を示した。
「恩に着る、黒竜の主よ。どうか、この国に仕えてはもらえぬか」
きたーーー!
悠人は心の中で悲鳴をあげた。
「いやいやいやいや! 俺はただの旅人ですって!」
王の勧誘を全力で断る悠人。
しかし、この一件で彼とクロの名は王都全土に知れ渡ってしまった。
――目立たずスローライフ、完全終了。