第7話 貴族の目
翌朝。
宿の女将に呼ばれ、悠人は村長宅へと向かった。
正直、気が重い。
昨日の盗賊騒ぎのあと、村人たちの視線がやたら熱いのだ。**“救世主”とか“勇者様”**とか、小声で呼ばれているのも聞こえてしまっている。
俺は勇者でも救世主でもない。ただの元社畜なんだってば……!
村長宅の広間に入ると、村長が恭しく迎えた。
「改めてお礼を言わせてくれ。旅の方、そして……その黒竜殿」
「いやいや、竜殿って……」
悠人は慌てて手を振る。
「本当にたまたま居合わせただけで――」
「謙遜なさるな! あなた方がいなければ、村は焼かれていた!」
そう言って頭を下げる村長。
周囲には村の有力者たちが並んでおり、まるで悠人は英雄の凱旋でもしたかのような空気だ。
いたたまれず視線を逸らすと、クロが隣で平然と座っていた。
「主よ、ここは受けておけ。人の感謝は悪くないものだ」
「いや、そんな悠長な……!」
そのときだった。
コンコンと扉が叩かれた。
「村長殿! 急ぎの知らせでございます!」
扉の向こうから兵士らしき声が響く。
村長が眉をひそめる。
「入れ」
現れたのは、立派な鎧に身を包んだ男だった。村の兵士というより、領主の騎士のような雰囲気だ。
「村長殿、この村に“黒き竜を従えた男”がいるとの報告がありました。領主様がぜひお会いしたいと――」
悠人の心臓が止まりかけた。
「やばいやばいやばい!!」
「……領主様が?」
村長が驚くのも無理はない。
この辺りを治めるのは、数代続く名家の領主。
そんな人物がわざわざ一介の旅人に会いたがるなんて、普通じゃない。
「ついては、こちらまでお連れいただきたい」
騎士が悠人に視線を向ける。
悠人は反射的に口を開いた。
「いや、あの、俺ただの旅人で――」
「主よ」
クロが小声で囁く。
「無視できぬな。ここで逃げれば、逆に怪しまれる」
「うぐっ……」
頭の中で警鐘が鳴る。
これは絶対に面倒なことになるやつだ。
結局、悠人は断りきれず、騎士の護衛とともに領主の屋敷へ向かうことになった。
馬車に揺られながら、悠人はため息をつく。
「……なんでこうなるんだよ……俺、目立ちたくないのに……」
膝の上で丸くなったクロが、愉快そうに言った。
「主よ。目立たずに生きるのは、最強の力を持った者には難しいものだ」
「俺はそんなつもりでこの力もらったわけじゃないんだけどなぁ……」
異世界スローライフ――。
悠人の理想は、どんどん遠ざかっていくばかりだった。