第5話 盗賊、来襲
「……俺、帰っていいかな」
広場の端で、悠人は小声でつぶやいた。
村の男たちは皆、古びた剣や斧、農具を手に震えている。
勇敢というより、必死の防衛という感じだ。
「主よ、今逃げればこの村は滅ぶぞ」
クロが悠人の肩に乗ったまま、赤い瞳で村の門のほうを見据えている。
「いやいや、俺はただの旅人で――」
言いかけた時、村の門の方で大きな声が上がった。
「来たぞおおおおお!!!」
現れたのは、粗末な革鎧に身を包んだ十数人の男たち。
それぞれに剣や棍棒を持ち、汚い笑みを浮かべながらこちらに歩いてくる。
「おうおう、こんな田舎にしちゃ立派な村じゃねえか」
「作物も家畜もいただいてくぜ!」
――わかりやすい悪党。
悠人は心の中で叫んだ。
「うわあ、ほんとに盗賊だ……!」
「くそっ……! 皆、構えろ!」
村長の号令で、男たちが一斉に武器を構える。
だがその手は震えており、戦い慣れていないのが一目でわかる。
盗賊たちがにやにやしながら迫ってきた。
「戦う気か? こっちは元傭兵だぜ?」
「命が惜しきゃ家畜だけ差し出せ!」
悠人は唇をかんだ。
――怖い。
――けど。
横を見ると、クロが楽しそうにしっぽを揺らしていた。
「主よ、許可を」
「……は?」
「今すぐあれらを消し飛ばす。よいか?」
「いや、ダメだって!」
悠人が慌てて止めるが、クロの赤い瞳がさらに光を増す。
「主。平穏を望むなら、脅威は排除すべきだ」
悠人の胸に、神の言葉が蘇る。
――“あらゆる生物を使役できる”
そうか。
クロは俺の使役獣。
命令するのは俺だ。
悠人は深呼吸をして、言った。
「……クロ。脅かさない程度に、やっちゃえ」
「承知」
その瞬間。
ズンッ――!
地面が揺れた。
小型化していたクロが光に包まれ、瞬く間に巨大な本来の姿へ戻る。
漆黒の鱗、鋭い爪、圧倒的な質量。
「な、なんだあれ!?」
「ドラゴンだとぉ!?」
盗賊たちが絶望の声を上げる。
「ぬ、ぬかせ! やれ!」
先頭の男が突っ込もうとした瞬間――
ゴオオオオオオッ!
クロが大きく口を開き、地面を抉るほどの烈風を吐き出した。
炎ではない。ただの風圧。それだけで盗賊たちは吹き飛び、地面に叩きつけられた。
動ける者は一人もいない。
「……終わった」
悠人はへたり込んだ。
クロは満足そうに鼻を鳴らす。
「主よ、これでしばらくは平穏だろう」
「いやいや、逆に村人からバレるって……!」
周囲を見ると、村人たちがぽかんと口を開けて悠人を見ていた。
――やばい。
俺、目立ちすぎた。
こうして、悠人の“目立たずのんびりスローライフ”計画は、開始早々とんでもない方向に転がっていった。