第4話 騒動の火種
「いやー、今日はいい買い物したな」
悠人は宿の部屋で袋の中身を確認していた。
干し肉、黒パン、簡単な旅道具。村の雑貨屋で揃えた生活用品だ。
ここに来てわかったが、異世界の物価は意外と優しい。しばらくなら働かなくても生きていけそうだ。
「これでしばらくはのんびり暮らせるぞ、クロ」
「……主よ」
クロがベッドの下からのそりと顔を出した。その赤い瞳はわずかに鋭さを帯びている。
「どうした?」
「外が騒がしい」
悠人は耳を澄ませた。
確かに、外からざわめきが聞こえる。大勢の人が何かを叫んでいるようだ。
「……なんだ?」
宿を出ると、村の広場に人が集まっていた。
村長らしき老人が声を張り上げている。
「落ち着いておくれ! 皆の者、落ち着くのじゃ!」
だが、村人たちはざわつき、恐怖と怒りの表情を浮かべていた。
「今度は北の森か?」
「畑が荒らされたって話だ!」
「また奴らか……!」
奴ら?
悠人が近くの村人に声をかけた。
「すみません、何かあったんですか?」
村人は振り返り、険しい顔で言った。
「あんた旅人か。この辺りに出没する盗賊団のことを知らないのか?」
「盗賊団……?」
「最近になって現れた連中だ。作物や家畜を奪っていく。こないだは南の村が襲われたって話だし……今度はうちが狙われるかもしれん」
悠人は思わず背筋が冷えるのを感じた。
やばい。
盗賊? いやいや、そういうのは勇者とか騎士の出番でしょ。
俺はのんびり暮らしに来たんだってば。
こっそり立ち去ろうとしたその時、クロが悠人の肩に乗って囁いた。
「主よ。あの者たちを、滅ぼすか?」
「いやいやいやいや、滅ぼすって物騒な!」
「我ならば一息で片がつくぞ」
「だからそういう問題じゃないの! 目立ったらダメなんだって!」
悠人は必死に小声で説得するが、クロはつまらなそうにしっぽをぱたぱたさせている。
「主よ、貴様は平穏を望むのだろう? ならば脅威の芽は早めに摘むべきだ」
理屈はわかる。
でも、やるのは俺じゃない。
「……ほら、村には村の守り手がいるだろ? きっと何とかしてくれるって」
悠人がそう言った時だった。
「村の男衆は集まれ!」
村長が大声で宣言した。
「盗賊どもはすぐそこまで来ておる! 戦える者は武器を取れ!」
その言葉に、広場が凍りつく。
「……え?」
悠人は青ざめた。
逃げ場がない。
のんびり異世界ライフを夢見ていた社畜の脳内で、警報が鳴り響く。
クロが不敵に笑った。
「ほう、戦か。久々に楽しめそうだな」
「おい待てクロ、笑ってる場合じゃ……!」
こうして、悠人の“平穏な日々”はたった一日で脅かされることとなった。