第2話 竜との契約と命名
「……で、えっと」
悠人は目の前の巨大な竜を見上げながら、口を開いた。
「本当に……俺を主だと思ってるの?」
「うむ」
竜は低くうなずいた。赤い瞳は、悠人を見下ろしながらも穏やかに光っている。
「……いやいや、俺、ただの元社畜だからな? 勇者でも冒険者でもないし」
「主が何者であろうと関係ない。我を支配した時点で、貴様は我が主だ」
……支配ってサラッと言うなよ。
「じゃあ……名前とか、あるのか?」
「名か。遥か昔、我は**“ファルグリス”**と呼ばれていた。人々は畏れ、終焉の黒竜と名付けた」
終焉の黒竜。
――名前からして胃が痛くなる。
「ファル……グリス?」
「そうだ」
悠人は少し考えて、ぽつりと言った。
「……長いし呼びづらいな。よし、クロって呼ぼう」
「……クロ?」
「うん。黒いし、シンプルで覚えやすいだろ」
竜――いや、クロは長い沈黙ののち、ため息のように鼻息を漏らした。
「……我の威厳はどこへいった」
「いやいや、愛称ってことで。俺、そういうののほうがしっくりくるんだよ」
「……好きにせよ、主」
おお、受け入れた。
世界最強の竜が“クロ”。
ちょっと可愛い。
「それでクロ。君、俺の命令はなんでも聞けるの?」
「主の望みとあらば、世界を滅ぼすことも容易い」
「そんなこと頼まねえよ!」
やっぱりコイツ、本気で最強だ。
「いや俺、戦いたくないんだ。できれば釣りしたり、昼寝したりして暮らしたい」
「ふむ……のんびり、か」
クロが巨大な首をかしげる。その仕草が意外と可愛い。
「だが主、そのためにもまずは住処と食料を確保せねば」
竜に生活指導される俺ってなんだよ。
「……じゃあ、近くの村でも探すか」
「案内しよう。確か南に人の集落があるはずだ」
クロが翼を広げる。
ばさり、と空気が震え、陽光が遮られた。
「お、おい! そんなデカい体で飛んだらバレるって!」
「ならばこうしよう」
クロの体が淡く光り、小さく縮んでいく。
次の瞬間には、大きな犬くらいのサイズになり、悠人の前にちょこんと座っていた。
「……おお……かわいい」
「む。可愛いと言うな。我は終焉の竜だぞ」
――こうして、最強の黒竜“クロ”と元社畜の悠人の、奇妙なスローライフ(予定)が始まった