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第8話 『雪解けの春は必ず巡って来る(できれば巻き込まれたくないんですが?)』

お話は折り返し点を通過しました。

相変わらず余計な事に首を突っ込むファリスさんです。


 領主の館の一室に閉じ込められ、ファリスは何をするでもなく一週間を迎えた。

 ただ突如何もしない日々が訪れたせいなのか、軟禁二日目に高熱を出して寝込み、最近ようやく部屋の中をふらつきながら散歩できる程度に回復した所だ。

 仕事も何もせず手持無沙汰な時間がこれだけ続くことがなかったので、どうにも落ち着かない。そんなとき、一時間前に部屋を出て行ったメイドさんが戻って来る。

「使者様、湯あみの用意が出来ておりますので、こちらへ」

「あ、どうも。あとですね、私は使者ではなく、ただの調査員……」

「心得ています、使者様」

 ニッコリ笑顔で答えるメイドさん。ファリスは『また(・・)』かぁ………と、半ばあきらめた気分でメイドさんの後をついて歩く。


 軟禁とはいえ特に監視の目がある訳ではなく、なんだったら同行人のシャブナムやアニマにも会えるらしい。ならばと面会希望を出してみれば、メイドさんは病み上がりのファリスを上から下まで眺めて、話を聞きに来てくれていた家令の方に耳打ちする。

 結果、一時間後にこうして廊下を歩く事となっている。


 いつもは(たらい)にお湯を張って体を拭き、王都ではたまに共同浴場を利用する程度の人間が、今日は数人のメイドさんに囲まれてお貴族様同様に手入れをされている。

 慣れない上に、人前に肌を晒すのがファリスにはめちゃくちゃ恥ずかしい。

 どうもメイドさんたちはそんな借りてきた猫状態のファリスを玩具にして遊んでいる節がある。

 その証拠に体を念入りに磨くだけでなく、オイルマッサージや毛剃までやって、すわ登城して国王陛下にでも謁見するのかと言わんばかりの磨かれっぷりだった。


 着ていた服も当たり前のように取り上げられ、メイドさんたちからは地味だの素材が活かせないだの文句を言われた服を着させられたが、ファリスの普段の素っ気ない服装から比べると、随分とめかし込んだいで立ちになった。

 というか、着慣れない服に着られている気分が物凄くて、ファリスは意識がどこかに飛んでいきそうになる。


 口々にお似合いですよとメイドさんたちに褒められながら、頬をひくつかせてお礼を言って廊下に出ると、ここまで連れて来てくれたメイドさんが再び先頭に立って「どうぞこちらへ」と案内に立ってくれた。

「あのう、私って一応軟禁されていると聞いているのですが……」

「私に詳しい事は判りませんが、失礼の無いよう、滞在中はお世話をするように指示を受けております。ご心配無きよう」

「あ、ソウデスカ……」

 どうにも解せない対応だったが、有難くはあるので素直に受ける事にした。なによりここ数カ月の様々な出来事のせいで、ファリスの常識はすっかりマヒしている。

「お、元気になったかファリ……」

「おっ……ふ」

 振り返ったシャブナムがファリスの姿に絶句して固まり、それを不審に思って顔を上げたアニマは変な声を出してファリスを凝視する。

 二人の視線に居た堪れなくなったファリスは回れ右をして部屋を出ようとして、ついてきてくれたメイドにドアを閉められ退路を断たれた。


「それで…………」

 そのメイドさんが男二人を軽く頭を傾けて眇眼(すがめ)で呟く。

「男性としては、何か一言誉め言葉とか愛の言葉とか、あるのではないですかね?」

 何言ってんのこの人とファリスは目を見開いたが、メイドさんは動じることなく男二人に顎をしゃくる。

「その……そんな綺麗になれるとは思わなかった。すまない、まっすぐ見れない」

「磨けば光るとは思ってたが……これはこれは」

「フン……まあ及第点ですね。褒めて称えて磨かないとか、美への冒涜でしかありません。そこのところ、従者としては肝に銘じて頂きたいですね」

 勢いに圧倒された二人は首を縦にぶんぶん降る。

「えっと、あの……」

「ああ、ファリスさまはそのままでいいんです。もう少し私たちに遊ば……磨かせて頂ければ、ね」

 それでは失礼しますと言ってメイドさんは部屋を出る。

 後に残されたのは、恥ずかしさから居た堪れないファリスと、気の利いた誉め言葉を話そうとして頭が真っ白になった男二人。

 ようやくファリス訪問の本題に入るまでに、その後五分くらい三人でもじもじしながら、穴があったら入りたい時間を過ごした。


「と、取り敢えず元気になって良かった。ここに着くなりぶっ倒れたから心配してたんだ、な、アニマ」

「ああ」

「それはまた、ご心配をおかけしました」

「いや、心配はこっちが勝手にしていたことだから、それはいいんだ」

 そしてまた訪れる沈黙。辛抱できなかったアニマは用意されたお茶をカップに注いでファリスとシャブナムの前に置いた。

 一口ファリスが口にすると、カップにはうっすら口紅の後が残る。何故かシャブナムはそれから目が離せなくなり、はっとしてファリスを見て、尚の事焦って赤面すると目を伏せる。


 忙しいシャブナムを不思議そうに見ていたファリスだったが、さっきの二人の誉め言葉を反芻してちょっとニヤつきながら、ようやくエンジンがかかり始めた頭を回転させる。

「それで、この一週間で何があったか、教えて欲しいんだけど」

「んー、それがなあ、特に何もない」

 アニマによると、一通り事情は聞かれたが、ファリスの体調回復を待って領主様と面会とだけ伝えられたのだとか。

「なんだか、扱いが不可解だね」

「だよなあ。それなりに探りは入れてみたが、このお屋敷にいる人間は口が固くてな」

 分かった事と言えば例の侍従長さんがずいぶんと暴れ回ったようで、庶民から領主様までまんべんなく嫌われているらしい事と、愚痴っぽく聞かされる「あの人もせめて常識を弁えて頂ければ……」という一言。


「随分嫌われてるなあ……」

「ファリスの言っていた事前情報は全部そのままだ。侍従長さん随分とまた無茶をしたらしい」

「うわぁ……」

 ちなみにここまでシャブナムは一言も発する事無く、ファリスの所作や身じろぎ、ちょっとした首を傾げる仕草にすら目を奪われていた。

「ああそれと一つ渡すものが……おい、シャブナム?」

「え?は?なに?」

「コミューネスの領主様からの手紙あったろ?」

「え?あ、ああ、俺が預かってる」

「あーもうほら、あれファリス宛だろ、ちゃんと渡せ」

 アニマに促されてシャブナムは慌ててファリスに懐から出した手紙を渡す。


「緊急性があったらまずいから、封はここの領主様が切った。一応、確認の立ち合いは俺たちもやっているから中身はそのままだ」

「いやあ、いやな予感しかしないから、中身がない方が助かる……」

 それはまた随分トラウマになっているなとアニマも苦笑したが、嫌そうに便箋を広げるファリスは、書面を読み進めるうちにんまりと笑みを浮かべる。

「お、何かいいことでも書いてあったのか?」

「うん、試作中の快速船の一隻目が二か月後にはできそうだって」

「へえ、あれちゃんと進んでたんだな」

「うん。この騒動落ち着いたら見に行きたいかも。でも領主様によると、乗組員どうしようかって話になってるみたい」

「へえ、今までの船乗りじゃ無理なのか?」

「最初はそう思てったみたいだけど、やること多いから分業しないといけなさそうで、港に出入りする船乗りを暇なときに……とはいかないみたい」

「色々問題が出てくるもんだなあ」

「しょうがないよ、誰もやったことがないんだし。でも、私の発掘品で見つけたアイディアが形になるったの見るの、すごい楽しみになって来た!」

 弾けるような笑顔に、さっきから語彙力が行方不明になっているシャブナムが更にダメージを食らい、無防備な女性の笑顔というキラーパスに、それなりに耐性があるはずのアニマも一瞬妻子の顔を忘れる破壊力を発揮する。


 その日結局シャブナムは一言も発する事無く、ファリスを部屋に送り出した後完落ちした事をアニマに白状し、ようやく素直になった同僚に、アニマは色々助言をするようになったという。


 そして状況は、翌日から動き始める――――


  *


「使者殿には不自由な思いをさせて申し訳ない。だが安全を考えれば致し方ない状況でな、ご理解頂きたい」

「はあ……」

 相変わらず使者と勘違いされているのは半ば諦めていた。

 しかし安全確保というのはどういうことかと聞いた所、領主様に挨拶した後、ファリス達が街中で宿を取って早速あちこち視察に行こうとしたかららしい。


「領主としては情けない事だが、先の侍従長殿の積極的な仕事(・・・・・・)の影響で領民の反撥が激しくてな。王都から誰か来たとなれば袋叩きに遭いかねん状況なのだ」

「それはまた、お気遣いありがとうございます」

「うむ。使者殿に何かあれば、国王陛下に顔向けも出来ない……」

 理由が分かれば納得も出来るもの。とはいえ調査官としては街中や街道予定地の確認んは進めなければならない。

 その点を領主様にお願いし、渋い顔をされたが状況を打開しなければならないのも確かで、二人で方針や予定を話し合った。


 だが、大体方向性が定まった辺りで廊下が騒がしくなる。

 何事かと領主様の側近が廊下を伺い、慌てて戻って耳打ちするのと、騒ぎの主がドアを押し開けるのは同時だった。

「王都から査問官が来たのは真か!」

 ピンと背筋の伸びた、線は細いが初老の厳めしい人物がそこに立っている。

 ファリスはすぐにお察しして、どうしましょうと言わんばかりに領主様を見る。

 領主様はお通ししろとこめかみに手を当てながら指示を出し、案内された侍従長はファリスの右隣りに静かに腰を下ろす。

「どうした?査問を行うなら、領主様の隣がそなたの席であろう?」

「え?私ただの調査官ですので、侍従長様の査問など恐れ多くて務まりません」

「いや、私もすでに覚悟は決めておる。いかなる査問を受けようが、王家への忠誠と忠義に一点の曇りもない。それでも罪に問うというならば、王の名に従って甘んじてその罪を償おうぞ!」

「あのー……すみません、話聞いてください……」


 向かいの領主様は侍従長様の発言に納得したような顔を浮かべ、ファリスに問いかける。

「使者殿は査問官であったか……そうか、身分を偽るのはこの問題を穏便に収めようとする王家のお取り計らいか……当家への配慮と侍従長殿への心配り。さすがであるな」

「いえ、そんな意思は一かけらもなくてですね、一介の平民の私に使者ですとか査問官ですとか任命される事なんてないですからね?」

「フフフ、領主どのよ、これが我らがウン・レーニョ・ドゥヴェ・()・スフィデ・スペリコラーテ・スィ・リベ()ノ・ブオネ・ペル・カーゾ王国よ。我らが国王陛下の御心よ」

「うむ、我らが崇め奉る王冠のなんとと尊く、慈悲と寛容な心に溢れた事か……」


 その後領主様と侍従長殿はコレジャナイ王国の王家や政府をひたすら礼賛し、肩書を匂わせただけで領主様と侍従長殿の対立を解消して見せたファリスを褒め称えた。別にファリスは何もしていないが…………


 二人で盛り上がるのは結構だが、侍従長殿のやらかした商人たちからの徴発や、突然の課税や一時徴収金などは全く解消していない。

 幸いだったのはその辺の話題を盛り上がった二人に切り出したところ、税金の件はあっさり撤回。商人からの徴発も取り敢えず二割は返却し、残りは債権にするか今後の課税減免の権利にするかで還元する方向で文官が動き出す。


 侍従長からは、一連の政策介入について謝罪が行われる事にもなった。

 調査報告のレポート内容を書きとるはずが、何故かファリスが王家と領主の調停役になっている事へ疑問を感じないでもない。しかし後腐れがあると結局自分の身に降りかかって来るので、ファリスとしてもとっとと解消して楽になる事にした。


 その日は様々な文書の取りまとめに巻き込まれ、文官たちと共に騒動の後処理に追われた。

 丸二日掛けて顛末をまとめたファリスは、郵便で報告書を送るべく文官に預けると、ようやく調査に行けると思って、シャブナムとアニマにお願いして街に出る。

 すでに商人たちには融資の善後策を伝え、街の人々にも税の撤回と侍従長からの謝罪のお触れが張り出された。


 翌日になると街中は落ち着きを取り戻し、剣呑な雰囲気(街に入った時ファリスは気付いていなかったが)も和らいでいる。

 街中の街道通過予定部分は元々道幅もあるため殆ど工事が要らないのを確認しつつ、明日は国境方面を視察しようかと文官と話し合う。

 しかし、丁度シャブナムとアニマが気を利かせて昼ご飯を屋台で調達している時、突如現れた屈強な男たちに抱え上げられ、文官と共にファリスは攫われた――――


  *


「あのう……」

「本当にこんな娘っ子が王都の使者なのか?」

「領主様の所では皆そう言っているってうちのかかあが言ってましたが……」

 腕っ節の強そうな男たちに囲まれた一室で、一際(いか)つい顔の初老の男性に睨みつけられながら、ファリスは途方に暮れる。横では文官がおびえたように言葉をなくしてきょろきょろ周りを見ていた。


「さっきも言いましたけど、私はただの街道工事の調査官でして、使者でもないですし、捜査官でも査問官でも技術官でもないですからね?」

「フン、怪しい奴はみんな身分を偽って本心を隠す、そんな見え透いた話に騙されるもんかよ」

「それより私を監禁している理由を教えて頂けると非常に助かるのですが……」

 今頃シャブナムとアニマが領主様の所で騎士団を動員させようとしているかもしれない。あまり大事にするとまた報告書の束の厚みが増してしまうので、ファリスとしてはそれは何としても避けたい所だった。


「場所は明かすわけにはいかねえが、俺たちの目的は仕事を寄越せってだけだ」

「はあ……ちなみに何のお仕事を?」

「見りゃわかんだろ、俺たちゃ造船所の職人だ。最近はやれ街道だ何だですっかり仕事を干されちまったんだよ。このままじゃ職人どもを食わせる事も出来ねえ。どうしてくれんだよって話さ」

 ああ、侍従長様が無茶な徴発や徴税やったもんだから、お金が回らなくなって造船業に打撃が行っていたのかとファリスも納得する。

 というか、この親方風の男は場所は言わないと言いつつ、話の内容から町はずれの造船所の一角とすぐに察しが付いてしまった。

 まあ一本気な職人さんたちだから、腹芸も考えなくていいかと思えた。なのでむしろファリスは気楽になる。


「お察しするに、街道工事にお金が回されて、商人さんたちも船の建造をする余裕がなくなったから、でしょうか?」

「それだけじゃねえ、領主様も軍船作る予定が街道工事のせいで無期延期になっちまった。もう設計も出来上がって材料も手配しちまってるっていうのに、そっちの支払いも出来ねえ」

 それでファリスと文官を攫って身代金を要求し、その金で支払いをするつもりだったらしい。穴だらけというか勢い任せというか、それだけ追い詰められているとも言える。

 ファリスが目にしていないだけで、こういったトラブルは今頃どの街でも起こっているのではないかと思い至り、降りかかってくる火の粉の量の多さにファリスはうんざりしてくる。


 その後一時間くらい親方風の男からファリスは話を聞き、二時間後には縄が解かれてテーブル付きの打合せ席で話し合いが始まり、その一時間後には、駆け付けた商人数人と文官に書記をやらせて、今後の方針の会議に発展していた。

 日が沈む前ごろ、小屋の周りを騎士団とシャブナム一行が包囲する。

 だがそのころには小屋からファリスと文官は親方たちと肩を組んで出てきて、そのまま街の酒場に繰り出す所だった。


「…………あの、ファリス?」

「あ……えーとね……」

 呑み込めない状況に辛うじてファリスの名前を呼んだシャブナムに、そもそも攫われてここに居た自分の状況を思い出したファリスも言い淀む。

 ついさっきまでシャブナムが浮かべていた切羽詰まった顔から、かなり心配と迷惑を掛けた事を自覚し、後で二人に沢山謝らないといけないなと思った。

 そして経緯を聞いた騎士団一同は呆れたように包囲を解き、親方風の男にちょっと叱責を行ったが、結果この程度で収まって良かったと、一同がほっとした所で事態は収拾となった。

 騎士団は報告のために領主の館に戻ったが、ファリス一行は報告は明日でいいんでは?となったため、親方風の男たちと共に酒場に向かう。


 結果、たった十日(実質三日)でストレンデ・ハーフェンの混乱を収拾してしまったファリスは、街の英雄としてその後長く語り継がれる事となる。

 後日ストレンデ・ハーフェンで独り歩きする人物像を知ったファリスは、自分の功績ではないのでやめて欲しいと抗議を入れたのだが、それを『謙虚な人柄』や『功績を誇らない人格者』と捉えられてしまう。

 その後気付いて必死に阻止しなければ、危うく銅像が建てられる所だった。


  *


「疲れた……ほんとこの街は最悪に疲れた」

「ご、ご苦労様」

 その後一カ月でようやくストレンデ・ハーフェンを出発できたファリスは、城門を潜って人の気配が無くなったのを確認して毒を吐く。

 造船所で監禁されたとき、親方風の男にはコミューネス領で建造している快速船の件を伝え、この先街道の陸運が機能しなくなる可能性があるので、商人や領主様を口説いて急いで建造したほうが良いと伝えている。

 何かの参考になればと、船の構造図面とコミューネス領での快速船の建造期間やかかった費用も、書面に残してきた。


 商人たちを通し、軍船の焦げ付きに頭を悩ませていた領主様も快速船の案には飛びつく。

 建造費用の話になった時、会議に参加した商人の「海外資産で対応可能」という説明をファリスが聞いた時、ああ、この人たちは正しくコレジャナイ王国の商人だなと思った。

 いかにも虎の子の資産を領主様のために用立てする、国思いの商人を演じているが、この国の商人は利に(さと)くリスク回避は標準装備。滅多なことで得られる利益の一面待ちはしない。

 おまけに様々な国に資産を分散させて、しぶとく生き残るなんて事も常套手段にしている。


 そんな(したた)かな連中が飛びついてくるのはそれだけ利益が見込めるからだ。

 コミューネス領の領主様にももう一押しして事業拡大を進言してみようかとファリスは思いつつ、徐々に規模の拡大していく話し合いをニコニコしながら眺めた。

 もっとも、ファリスの興味は快速船の方に限られていて、商人の弾いているソロバンに全く興味はない。

 コミューネス領からの報告を聞いた後で、温めていた新機軸や機構をさりげなく計画に混ぜ込み、それがどう実現化していくかを見守ろうとすらしていたのだ。

 なんだかんだと、ファリスもやはりコレジャナイ王国民だった。


「それで、国境までの街道はどうするんだ?」

「いやあ、コミューネス領みたいに爆薬使って湖作る訳にもいかないでしょ?まっすぐ作るのは諦めましょうって言うしかないよ」

「それで国王陛下は納得してくださるだろうか?」

「そうは言ってもねえ、シャブナムも見たでしょ、あの絶壁みたいな坂道」

「あー、うん。まあ……あれでだいぶ歩けるようにしたって言われてもなあ」


 国境地帯までの街道では試験的に一部の山を削って街道を直線化しようとしたが、つづら折りの坂道を一直線に登ろうとしたらどうなるか、それを目に見える形にして、全く使い物にならない事を証明しただけだった。

 皮肉交じりに通りすがりの行商人からは「山羊を横並びにして歩けるようになったと言っていたよ」と言われ、これまでの道を当たり前のように使われる始末。

 国王陛下の面子のために資金をドブに捨てるような現実に、誰も本気でこの山間部の工事をしようとしていない。


 幸い比較的平たんなプロフォンデの街からストレンデ・ハーフェンの街までの間も結構な工事が必要なため、当面そっちに注力するとして国王陛下の方針転換を待つ姿勢で行くことにしたらしい。

 まあ、それが賢明だよなあとファリスも思っていた。

 いったん国境地帯までたどり着いた後は、我らが宰相殿からも一度王都に戻って直接報告を頼まれていている。

 それもあって数か月ぶりに帰途にあるファリスは、帰れるのは良いけれど、次はまたどんな無理難題が来るだろうかと戦々恐々となる。


 ファリスの横で馬を進めるシャブナムは、そんな悩ましい表情のファリスを心配そうに見遣るが、こんな顔も可愛いなと考えてしまい、自分の恋心がだいぶ悪化してきているのを自覚する。

 アニマはそろそろ家に帰って妻と子供の顔を見たいなあと思いつつ、不器用なファリスへのアピールを繰り返している同僚を、もどかしくも微笑ましく見守る。

 領主様からはどんな手段でもいいからコミューネス領にファリスを引き抜けと密命を受けていたが、アニマは無理強いするつもりは毛頭ない。

『シャブナムと夫婦になりゃコミューネス領に来てくれそうだけどなあ……できれば自分の意思で来て欲しいしな』

 アニマはそんな事を考えつつ、もうこれ恋人同士じゃないか?という二人の距離を見ながら、成り行き任せで見守る事にした。


 そんな三人はそれぞれの思いを抱きながら旅路を進み、王都にあと二日というあたりで雪の峠道に差し掛かる。

 街道の整備はどこでも手を付けやすい平地部分から進んでいて、こういった峠道は昔のままな所がほとんどだ。

 この辺もどういう風に変わるんだろうかと三人で話しながら馬を進めていると、尾根筋をぐるっと回った先の道に、道を塞ぐ岩が見えた。

「ありゃりゃ……向こうから人が来ないと思ったら……」

「アニマ、これどかせられるかな?」

「んー、三人でなんとかできるか……な?」


 そんな事を考えていると、山腹から武装した人々が踊り出してきて、あっというまに三人は囲まれてしまった――――


つづく

次回は5/22(木)に更新予定です。

宜しくお願いします!

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